次なる巫女の力量は

 放課後の公園通いも一週間を超えた。

「ふぬーーーーー!」

「だから力んでも意味無いって言ってんでしょ」

「だってー。先輩と呼吸合せようと思っても全然合わないしー」

 それはお前が蒔崎の呼吸に息を荒げるからだ。

 この一週間、学校近くの公園で西澤の霊視のトレーニングを続けている。修行場所が俺がトレーニングを受けた神社じゃないのは、単にこっちの方が近いから。しばらく前に祓った禍つ神まがつかみが人の侵入を拒んでいたおかげで近所の人も寄り付かなくなり修行にはちょうど良い。ついでに俺達が部活の体裁を得たおかげでアイちゃん先生が駆け付けられる範囲にいる必要が出来たので、なるべく学校に近い方が都合が良いということになったわけだ。

「なあ西澤。たまには一人で修行したらどうなんだ」

 俺は自分の頭の上の精霊をつついたりして遊び相手になりながら、なし崩しに俺達の後輩部員となった彼女に提案してみた。

「……あたしの幸せタイムをうばうつもりですか!」

「そうやって幸せタイムにしちゃうから修行にならないって言ってんだよ!? そんなこと続けてたって霊視の習得なんて出来ないし、蒔崎だって見放すぞ?」

「そんなことありません! ほら、先輩は……ね?」

 微笑みながら西澤が視線を向けた先の蒔崎は。

 目を逸らしていた。

「ちょ……せ、先輩……? こっち見てください……?」

「いや-、祓えを始める前だったらこんな状態でも仕方ないな-って感じなんだけど……。実際にヤバい禍つ神まがつかみとか見ちゃうとね……。綾乃ちゃん、もうちょっと真面目にやってくれないと怖いなーって」

 ぁぁぁぁぁ、と絶望的な声とともに西澤は顔色を土色に沈めた。

「まあまあ、二人ともそんなに虐めたりなや」

 とととっ、と軽い歩調で三毛猫が歩み寄る。

「あんた等ふたりとも習得の早い方やで? 綾乃ちゃんと比べたったら可哀相やわ。まあ……一週間超えてくるんはちょっとかかりすぎかな、て思うけど」

 お前も追い打ちかけてんじゃねえか。

「けどさあ初瀬、こいつって霊力はあるんだろ? それがここまで能力が出て来ないっていうのは何か原因があるんじゃないの?」

「うーん。綾乃ちゃんは加茂の姿も見えてたわけやし、見えんことは無いはずなんやけどなあ」

 ふむ、初瀬にも原因は見えずか。

 後輩への指導に頭を悩ませる俺達の目の前に、生まれたばかりの小さな精霊が現れた。手のひらサイズくらいの小さな精霊だが、かろうじて人型をかたどっていて、たどたどしく俺の前をとことこ歩き回っている。

 ちょっとイタズラ心が沸いて、その精霊の背中を、ちょい、と指で突いてやった。

 彼はそれに驚いたかテケテケと小走りを始め、そのまま西澤の方へ向かっていく。そしてその足下にぶつかりそうになった――その瞬間。

 ひょいっ、と西澤が飛び退けた。

「ちょっと先輩、何するんですか!」

 全員の目が点になる中、西澤が俺に向かって怒鳴る。

「……っていうか、あんた見えてるじゃない!?!?」

 今までの苦労が無駄な努力だったと思われたんだろう、修行の面倒を見ていた蒔崎がそれ以上の絶叫を上げた。今度は西澤がきょとんと蒔崎の顔を見上げる。

「えー、だって気持ち悪いじゃないですか! 白い毛玉転がしてきたら!」

「……毛玉って、何?」

「転がってきたじゃないですか、私の足のとこへ。武井先輩から」

「……綾乃ちゃん、ちょっといっぺん落ち着いて話聞かせてもらおか」


「早く言えーーーーー!!!」

 蒔崎と俺の絶叫が、人気の無い公園に鳴り響いた。

「えーだってー、あたしにとってはふつうのことだったんだもん-!」

 そりゃそうかも知れんが。

 西澤は、物心の付いた頃から視界の中で「白くてふわふわしたもの」、つまり彼女が呼ぶところの「毛玉」が常にどこかしらに見える、という生活を送ってきたんだそうだ。それは大小、数の多寡はあるものの、自分や人の動きにはあまり関係なく動き回っている。ただ急にその毛玉が動きを変えたとき、例えば向こうの方から急に無数の毛玉が流れてきたり、少数の毛玉が飛んできたりした時には、交通事故だの何だのといった事件が必ず起きるんだとか。

「要するに西澤は、その毛玉の動きは目で追えるわけだな?」

「はい」

「そんで今は、その毛玉以外に精霊っていうものを見ようとして頑張ってたってこと?」

「はいそうです先輩!」

 俺と蒔崎の扱いが違うことはもうどうでもいい。今大事なことは……。

「つまり綾乃ちゃんは、今までずっと霊視が開きっぱなしやったわけやね。けど力が強すぎて、そこらにおる精霊程度の姿はぼやけてしっかり見えてへん、いうことやろねえ。力が大きすぎて持て余しとるんやろか」

 露光の高すぎるカメラを買ったら、写真を撮りたい目標が白飛びしてぼやけてしまった。そんな感じだろうか。

 いや、そんな現状分析よりも大事なことは……。

「結局この子、もう霊視出来てたってことだよね……。私達、ほんっとに無駄な努力してただけじゃん……。」

 蒔崎の言う通り、その事実だけだった。


 公園を端から端までダッシュ。……西澤がへろへろになって片道ダッシュを完了するうちに、蒔崎は二往復半を完了していた。

 鉄棒で懸垂。……一回か二回、ヒジが外側に開こうとしていたのが目視確認出来た以外、動きは無し。

 立ち幅跳び。……あれ、今の歩いてたわけじゃないのか。

 平均台歩き。……せめて一歩目くらいは平均台の上に踏み出してくれ。

 ボール投げ。……せめて下に向かって投げるのは止めようよ。んで、それでも地面に叩き付けてバウンドしないようなボールじゃないはずなんだけど。

 霊力の修行に合わせて、祓え巫女として戦うための基礎体力測定をしてみた結果である。監修・北里先生。

「いやー、低空飛行もここまで来るとなかなか壮観だな」

 あんた教師だろ。もうちょっと頭悩ませるとか無いのかよ。

「まあ……何とかなるやろ。霊力で身体能力強化したら多少は」

 いつも飄々とした表情を浮かべている初瀬は、対して深刻な表情だ。そりゃそうだ、実際に戦いに出て戦闘をサポートするのはむしろ初瀬の役割だし。

「しかし、どないしたもんやろねえ。ずっとこのままやったら戦にならんで」

 前言を肯定し続けられなかったのか、初瀬が弱気な言葉を吐いていると。

「別に良いじゃん」

 公園の鉄棒で一人ぐるんぐるんと回り続けている蒔崎が、お気楽に話し始めた。

「私がやったような大物なんてそうそうお目にかからないんでしょ? だったらそんなに戦えなくてもいいわけだし。それに綾乃ちゃんは霊力があるんだし、ちょっと穢れかけてるくらいの神様だったらひと撫ででお祓い出来るんじゃ無いの?」

「そらそうやけど……」

「ちょっと大きくなりそうなやつだったら今のうちに祓っちゃうから。初瀬が心配することじゃないって」

「先輩~、それちょっとひどいですー。あたしが役立たずみたいじゃないですかー」

 期待されていないと思ってふくれっ面を見せる西澤だが、蒔崎の本心はそこじゃない。要するに後輩であるお前を危険な目に遭わせたくないっつってるんだよ。そこまで理解出来ないのかよ、なんて心の中で突っ込んでみた。

 迷惑をかけまくる後輩にも優しさが捨てられない。やっぱり蒔崎はそういう奴なんだ。改めて彼女を知ることができた、今日は良い日だと思う。

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