彼女のいない放課後は

 部室に来てみたものの、蒔崎は学校を休んでいる。今この部室にいるのは――。


「どうして先輩がいないんですかーー!!」

 お前のせいだよ! そう怒鳴りたくなる気持ちをぐっとこらえる。

 目の前にいる西澤さんをいくら怒鳴りつけたところで、本人に問題意識が無いうちは効果なんて全く無さそうだ。まずは自分のしでかしたことを理解させるのが先決だろう。

「あのさー、西澤さん」

「……なんですかー」

 俺が説教しようとかけた声に、憮然とした表情を向ける。俺、一応先輩なんだけど。

「何で蒔崎が休んでるか分かってんのか?」

「さあ……風邪でも引いたんでしょうか? ……ああっ、それじゃお見舞いに行かないと!」

 ちげーよ。目輝かせてんじゃねえよ。

「昨日、蒔崎がどんな顔してたか覚えてるのか?」

「それはもう! ………………あれ?」

「どうせテンション上がりすぎて周り見えて無かったんだろ。あいつ、西澤さんが何か喋るたびに顔歪めてドン引きしてたんだぞ」

 ふぇ? と言葉にならない声を上げ、彼女は無感動な顔を俺に向けている。この子……かなり物わかりが悪い方らしい。

「まず順番に説明するぞ。まず第一に、蒔崎はそこにいる初瀬に誘われて祓え巫女になった」

「はーい、それは初瀬さんから聞きましたー」

 言葉だけを見れば真面目な受け答えだが、視線は明後日の方向へ流れて声も平坦、全くやる気がみられない。

「ったく……。それでだな、その時点で蒔崎は変身後の姿があの姿だったとは教わってなかったんだよ」

「はい?」

 初瀬、説明サボりやがったな? 苛立ちとともに視線を背後の窓際に向けると、窓からの光を浴びながら丸まった三毛猫が尻尾の先で空を掻いて遊んでいる。そしてこうやって知らん顔をしている時でも、俺達の話をちゃっかりと聞いているのがこの猫なのだ。

「つまり蒔崎は、あんな格好させられるなんて知らないままで祓え巫女にならされたんだよ。俺が初めて見た時なんて、服の話しただけでぶん殴られたんだぞ」

「いい気味です」

 何で俺、こいつにそこまで嫌われてんの。

「……だから俺がどうしたって話しじゃなくてだな。蒔崎は魔法少女スタイルを嫌がってるんだから、あの格好を褒めたりしたら逆に気分悪くするし嫌われるって話だよ」

 俺の言葉に、彼女は急に泣きそうな顔になる。

「そ……そんなこと言わなくてもいいじゃないですか! あたしだって先輩とお話したいんですっ!」

 ダメだ。こいつ自分の都合しか頭に無い。

「俺にどう噛み付いたって構わんけどさ、どうやったって今のままの言動だったら西澤さんを避けるぞ、嫌うぞ、蒔崎は。それでも良いんだったら勝手に続けりゃ良いんじゃね」

 俺の投げっぱなしの言葉に、しゅん、と空気が抜けたように縮む彼女。ふわふわの髪も、くたっ、としぼんでしまったように見える。さすがにあこがれの先輩に嫌われるという想定は彼女にも効果があったみたいだ。

「明日蒔崎が出て来たらさ、その辺はちょっと考えて付き合ってやってくれよ」

 少し声の調子を優しくして、諭すように彼女に頼んでみる。それを聞いた西澤さんは一旦縮んだその体を無理矢理膨らませるように力を込めて。

「……あたし、先輩のこときらいですぅっ!!」

 俺に一喝し、そのままカバンを抱えてパタパタと出て行ってしまった。それで頭を冷やして俺が言ったことろ理解してくれると助かるんだが。

 ひとまず後に残された俺と猫。ふぅ、という俺達の溜息が重なる。初瀬もそれなりに俺達のことを気にかけてくれていたようだ。

「まあ、なるようにしかならんわな。とりあえず明日、チカちゃんが来たときも面倒見たってや」

「おう、そうするよ……あ、そうだそうだ」

 肝心な事を忘れてた。今西澤さんに話した内容を蒔崎にも伝えておかないといけない。スマホを取り出し、蒔崎宛にメールを書き始めた。

『蒔崎が祓え巫女の格好を嫌がってること、西澤さんに伝えておいたよ。彼女は説教した俺に怒って帰ったけど』

 送信から数分、蒔崎からの返信メールが届く。

『ありがと。助かる』

 素っ気ないけど、蒔崎に信頼されてるのが感じられる。……俺の欲目かな。

『良いってことよ!』

『調子に乗んなバカ』

 はい、調子に乗った馬鹿です。けどそんな軽口を叩ける関係が嬉しく感じるのも事実だ。

「なあ、初瀬」

 俺は今も尻尾と口以外ぴくりとも動かさない三毛猫に声をかける。

「どないしたん」

「俺と蒔崎の関係ってさ……どう思う?」

「自分の胸に手を当てて考えてみ」

 がくりと脱力する。やっぱりそうですよね。俺と蒔崎の関係が進展してるとか、そういうことは無いですよね。気の抜けた俺に、初瀬が言葉を継いだ。

「武井君とチカちゃんはしっかりした絆で繋がっとるで。初めてうちらが逢うた時に、武井君のほっぺたに突き刺さった拳で」

 酷い絆もあったもんだ。あの日俺の頭を揺さぶった衝撃を何となく思い出して、右の頬に手を当てた。

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