二人の後輩。
部室の新たな住民は
「そら大変やったなあ」
週明けの部室。休日に出会った件の
「……いや終わりかよ!?」
「今からうちがどうやこうや言うて何になるん? もう終わったことなんやし」
いや、そりゃそうなんだけど……。俺がそこそこのピンチに陥って何やかんやで助かった話をそこまであっさり流されてしまうと、どうも納得がいかない。
「そういや向こうにいた加茂とかいうの、初瀬の知り合いか?」
「そらまあ、眷属同士やからお互いの顔は知っとるで。君等で言うところの隣のクラスの生徒、みたいなもんやね。最近まともに動く眷属なんか数が知れとるから、今も君等みたいな人間と話が出来る眷属いうたらうちの他は加茂くらいやろか」
「他の眷属は? 引きこもってるのか?」
「さすがにそこまでなまくらと違うわ。お社に信者があんまり来んようになってしもたから顕現する力が足りひんのよ」
初瀬は達観しきった調子で答える。さすがに現状を何年も何十年も見守り、既にそれが彼女にとってごく普通のことになっているんだろう。
「お、今は武井だけか」
唐突にガラリとドアが開き、顧問の北里先生が入ってきた。
「どうしたんですか先生」
「いや、別にどうということは無いんだが……ちょっと珍しかったんでな」
珍しい? この部室内に変わった様子は無い。違うことと言えば蒔崎がまだ来てないくらいだけど、彼女がクラスメイトに捕まって遅れて来るのはむしろ日常の風景だ。
「ああ、そこの子のことやな?」
「うむ」
初瀬が訳知り気にドアの方へ目をやる。誰かそこにいるってことか? けどこの辺は人払いの結界が張ってあるはずだから、あんまり人が立ち止まることは無いはずなんだけど……。そう思いながらドアの方に歩み寄る。すると。
『いや、ちょっと待って』
『待ちません! 一度お話を……』
再びガラリと開いた扉から、蒔崎がどすんと荒々しく脚を踏み込ませて入ってきた。
そして――その後ろに、後輩らしき女子が続いた。
蒔崎が。
机に突っ伏している。
それも仕方ない。蒔崎の入り待ちをして捕まえ、たった今部室に入ってきた彼女――二年の西澤さんの第一声が。
「先輩のコスプレ、見てました!」
……これである。
「おーい蒔崎ー、生きてるかー」
「無理……。私、生きていけない……」
隣から声をかける俺に、完全に力を失った声が返ってくる。
「そんなこと言わないでください先輩! いつもの先輩もクールでかっこよくてステキだけど、あのコスプレもとっても可愛らしくて、いつもと違うって感じで良かったです!」
その追い打ちに、蒔崎はさらに頭を丸め込む。その姿はまるでずぶずぶと机に沈み込むようだ。
「実は私、いつも教室の前で先輩のこと見てたんですけど」
それは知ってる。教室前にやたらふわふわした髪で小柄な下級生の女の子が蒔崎に熱い視線を送っていたのは教室内でも有名で、中にはこの子に声をかけようと画策していたクラスの男子も何人かいた。ただしこの子が蒔崎目当てで教室前に溜まっているのは明白で、そのために男子はみんな心を折ってたけど。
「あたし、こないだは隣の市の雑貨屋さんを見に行ってたんですけど、その帰りに先輩を見かけたんです。これって運命ですよねっ!?」
いや知らないし。蒔崎も今の「運命」でさらに縮こまったし。
「先輩、何か手に持った人形としゃべりながら歩いてて。それで後をつけたんですけど」
いやそれもうストーカーだし。
「そしたら先輩、いつの間にかあんな可愛い服に着替えちゃってるし。それでおっきな謎のモンスターと戦ってるし! とってもかっこよかったですっ!」
蒔崎は限界まで体を折りたたみ、これ以上の情報が入ったとしても抵抗が出来ないようだ。肩を叩いて意識を確認するが反応が無い。肩を抱き起こしてみると、目の焦点が定まっていない。口も半開きで涎が流れかけている。
「せ、先輩どうしたんですかっ!?」
「いや君のせいだからな!? 取り敢えずこないだのことはこれ以上喋らないでくれないかな!?」
不服そうな顔を見せられてもこればっかりは譲れない。このままだと蒔崎が戻って来れなくなりそうだ。
けど、彼女をどうしたもんだろう。蒔崎のことを考えると固く口止めしておきたいところだが、口止めをして素直に応じてくれるだろうか。むしろ「自分だけが目撃した先輩の姿」を自慢気に吹聴して回る可能性すらあるわけだ。
しかし戦っている姿まで見られてたとは、不覚というか何というか。……そこまで考えて、ふと話のあるポイントが気になった。
「えーっと、西澤さん。蒔崎……さんが戦ってるところを見たって言ったよね?」
「はい。壁でジャンプしたり、ビシバシ殴ったり、ビームで攻撃したり。とってもステキでしたっ」
とても嬉しそうに語ってくれる。
「じゃあ、敵の姿もちゃんと見えてたの?」
「え? ……はい、もちろん。何か黒い毛玉を丸めたみたいな感じでちょっとびっくりしたけど、頭とか手とか足とか見えたから人間の形なのかなって。それがどうかしましたか?」
本当に見えていたらしい。そしてちょっと驚いたくらいであっさりとその存在を受け入れているようだ。
「先生、こういうことってあるんですかね」
「私に聞かれてもなあ。そういうことは専門家に聞くべきだと思うが……」
俺の質問に、アイちゃんも口ごもる。当然俺達の中で精霊や神々に詳しいのは初瀬ということになる。が、ほぼ初めて会う人間の前で猫の姿をした初瀬が人の言葉を話してしまうとどうなるのか。ちょっと想像がつかない。用心に越したことはないが、ならこの場をどうやって勧めるか……などと考えていると。
「気になるんやったら聞いたらええやん、うちに」
何の空気も読まないような素振りで、たった今まで教室の隅で丸まっていた初瀬が唐突に話し始める。
「……へ?」
急に部室の机に飛び乗ってきた三毛猫が人語を操ったことで、西澤さんは見事に目を点にし、口をポカンと開けて絶句した。
「まずはこないだ会うた神さんが見えるかどうか、の話やな? まあ普通の神さんが普通の人の子等に見えることはあらへん。ただ特殊事例でさっき聞いたみたいな人に憑依した類いの神さんは見えることが無いでもないな」
西澤さんは初瀬の顔、俺の顔、アイちゃんの顔、そして蒔崎の顔に視線を泳がせている。とても不安げに。
「とは言え、人の子が見たところで普通は下地の子が見えるだけやったり、あるいはいびつに人の体が歪んで見えたりするくらいのもんや。黒い毛玉とか人の身で有り得ん姿に見えたいうことは、この子にもちゃんと霊力がある、いうことやな」
「いや、けどそんなこと言われても信じられねえよ……」
戸惑う俺に、鼻白みつつも答えを返す初瀬。
「武井君、何言うてるん。この子が他にもちゃんと見た話をしてるやん」
「見たって……何を」
「加茂や。チカちゃんが人形と喋ってた、て言うたはったやん。眷属がうちみたいに猫の形を与えられて普通の人にも見えるんは特例やで? 加茂が見えるいうことは取りも直さず霊力があるいうことや」
何だかごまかされたような気がしてならない。
「それに他にも証拠はあるで。えーっと……綾乃ちゃん、やったな?」
「……へ? は、はい」
唐突に目の前の猫に名前を呼ばれてあたふたする西澤さんに、初瀬が落ち着いた調子で話を続ける。
「この部屋の前におったらしいけど、その間何か変わったことは無かったか? 気分が悪うなるとか、なんか落ち着かへんとか」
「いえ……別にそういうのは。先輩がいつ来るかと思ってそわそわしてましたけど」
ほう、とアイちゃんが声を上げる。
「この教室の周囲には結界が張ってあるんだ。野次馬除け程度の効果しか無いが、その中で気持ち悪さを感じないとは。そこそこの霊力はあるらしいな」
何やら持ち上げられているらしいことに気づき、しかしその理由が分からずキョロキョロと忙しなく視線を泳がせる彼女を他所に、女教師と三毛猫がわいわいと彼女を持てはやす。
「なあ、どないや? 次の代の祓え巫女、やってみいひん?」
「え? ハラエミコ……って、誰ですか?」
うん、前もって知識が無いとそう思うよね。
「要するに巫女さんだよ。そこの喋る猫が暴れそうな神様見つけて来るからお祓いしたり退治しろって話」
混乱させるばっかりってのも何だと思い俺が横から口を出すと、彼女は急に目つきを尖らせてキッと俺をにらむ。
「……あたしに何させるつもりですかっ!? あたし、そんな経験ないのにっ!」
いや俺に言われても。やれって言ったのは俺じゃないのに。
「いやいや、別に今すぐやれ、いう話と違うんよ。今はそこのチカちゃんが祓え巫女やってくれてるんやけど、近々その期間が終わったときに引き継いでくれたら嬉し」
「やりますぅぅぅぅぅ!!!!!」
瞬間に態度が一転、食い気味でグイグイと迫ってくる西澤さん。一体どういう心境の変化が……。
「先輩の後を引き継いでそのハラエミコさんとかいうのをやれば良いんですね!? つまりこれは文字通りの後輩ってことですよね!? っていうかもう妹みたいなものですよね!? 蒔崎先輩、いえ姉様と呼ばせてくださいぃっ!!!!」
「え……ちょっとあんた何いきなり……」
抗弁の隙もない圧でガンガン押してくる後輩に、蒔崎は突っ込みどころかへんじをする暇すら無い。
「姉様、何なら今すぐあたしが引き継いでも良いですよ! 姉様を傷つけるようなことはあたしがぜったい防ぎます! 今日からあたしが姉様を守って見せますぅっ!!」
ほとばしる熱意のこもった言葉で西澤さんは蒔崎に激しく迫り、その激しい情熱に押された結果――。
翌日、蒔崎は学校を休んだ。
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