二人の帰路の後ろ影は

 心拍と呼吸があることが確認出来た中江を加茂とともに裏路地に残し、俺達は表通りに出て帰路につく。

 祓えが終わって変身を解いて以降、蒔崎の機嫌が非常によろしくない。駅前ロータリーを抜けて切符を買い改札を抜けて電車に乗る間、むっつりと黙り込んだままだ。

 中途半端な時間のせいかあまり人のいない車内で隣り合わせに座るが、何だか肌がピリピリするような空気を感じる。隣をうかがってみても、彼女の視線は明後日の方を向いたままだ。

 電車の走行音が、やたら耳につく。

「何で」

「え?」

 唐突のつぶやきに、俺は間抜けな声で返事をした。

「何で助け呼ばないのよ」

 さっきの路地裏の話か。

「いや……無理だろ。ハンバーガーショップから無理矢理あそこまで連れて行かれたんだぞ? 助け呼ぶタイミングなんか無かったって」

「それでも加茂捕まえて行くとか、手はあったじゃん」

「そこまで機転利かねえわ。いきなり三人に囲まれたら何にも出来ねえって」

 応えても、こちらに向き直った彼女の目の奥にある苛立ちは消えない。

「……だから、何なんだよ」

「……変なこと、考えなかった?」

「変なことって?」

「だから……、私のためにさっきのアイツ引きつけよう、とか」

 一瞬目を逸らしてしまった俺を、蒔崎の視線が捉える。

「いや……まあそれもちょっとは」

「止めてよね、そういうこと」

 間髪入れず返される言葉に、俺は少しむっとする。

「あのさあ……。勝手にやったことだから別に感謝しろとまでは言わねえけど、そういう言い方するか普通?」

 反論する俺を、ぐっと強い目で見つめる彼女。

「『私のため』って言ってあんたが怪我したらね……、それは『私のせい』になるの。あんたがどうどういうつもりでも、私にとっては」

 一瞬、息が詰まった。

 俺は、自分自身を蒔崎に背負わせるところだったのか。

「私の知らないところで、私のせいであん……誰かが怪我したりするのは我慢できないの。そんなことするくらいなら、さっさと私呼び出して」

 やっぱり彼女は優しい。

 誰かが傷付くくらいなら、自分が前に出る。いくら自分が有利だからと言って、あれだけの戦いをやって恐怖心が無いわけはないだろう。なのにそんなことを言い切れる彼女は、本当に人を気遣える人なんだと思う。

「ごめんな」

「分かれば良いの。……あと」

「何?」

「私も、ありがと。何だかんだで助けようとしてくれたことは間違いなさそうだし」

「……おう」

 さすがに照れ臭い。無愛想に返事を返すと、彼女はさっきと同じく視線を明後日の方へ向けた。

 けど、その後ろ姿に見えたとげとげしさは、幾分薄れたように思う。


 さて。

 後から思い返せば、ということになるんだが。

 そんな俺達を隣の車輌から見つめる目があったことに気付いていれば、その後の学校での騒ぎも少しは落ち着いたものになったんじゃないかと思うと、少しばかりだが悔やまれる。

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