その闘いの礎は

「クリスタルパワー……チャージ・オン!」

 聞き覚えのある声、言葉が、遠くから聞こえてきた。どうやらこの袋小路へ続く路地から聞こえているらしい。

 けど、その声の主の姿は見えない。

「穢れは決して見逃さない! 魔法少女、プリティー・サファイア!」

 キィィィン。以前も聞いた、かすかに聞こえる変身時の台詞と変身完了を示す謎の金属音。

 どうやら蒔崎は、表通りから入った人気の無い路地裏で変身を済ませたようだ。ということは……。

「ちょっとそこの禍つ神まがつかみさん? 悪いけど祓わせてもらうから覚悟しててね。あとその向こうの中学生こっち来い」

 凄むように祓え巫女たる蒔崎が現れる。しかしいかんせんフリル全開の魔法少女姿では迫力に欠けるわけで。

「無茶言うな! っていうかお前も中学生だろうが!」

 あっ、と思ったがもう遅い。反射的に突っ込みを入れた俺が、彼――中江の嫉妬心を核にした禍つ神まがつかみには彼女と談笑する姿に見えたんだろう。その全身が一気に闇色に包まれ、大きさも元の体の倍ほどにまで膨らむ。

『ンゴァァァァァァ……シ……シネェッ!!』

 その声も人ならざるものと化した彼が、俺に巨腕を振り下ろす、その時。

「っしゃーんなろーーーー!!!」

 絶叫とともに、俺を壁に追い詰めた彼の顔面が、背後のビルの壁に突っ込んだ。どうやら蒔崎が彼の後頭部に強烈なドロップキックを食らわせたらしい。

 その着地した脚でさらにジャンプ、蒔崎は彼の背中をするりと通り過ぎるように這い上がり、一瞬で彼の振り上げた腕に脚を絡め、ガッチリと関節を極めてみせた。

『ギィィィィィィ!!』

 悲鳴のような雄叫びを上げる彼を呆然と見上げる。

「ちょっと何やってんの! 早く!」

 彼女の声で我に返る。そうだ、蒔崎は彼の腕を締め上げて俺の逃げ道を用意してくれたんだ。慌てて壁面を転がるように移動し、彼女が組み付く腕の下をすり抜けて巨体の背後に逃げおおせた。

『ジャマダァッ!!』

 巨人はその腕を力任せに振り回し、まとわりつく彼女をビルに叩き付ける!

「きゃぁっ!」

 たまらず肢体を緩め、蒔崎は彼の腕を解放する。

「蒔崎! 大丈夫か!?」

「大丈夫じゃないわよっ! もうちょっとで完全にヒジ伸ばして完全に極められたのに、悔しいーーっ!!」

 ……何言ってんだこいつ。

「いや、大丈夫かって言ったのはお前の体の方なんだけど……」

「体? 何のこと?」

 パタパタと服をはたき、彼を見据えながら目の端で俺の方をうかがいながら彼女は聞き返してくる。いや、霊力で体が強化されてると知ってはいるけど……ここまで頑丈なのかよ。一方で相手方は、さっきまでねじり上げられていた腕から黒い霧が漏れ出しているように見える。関節技が効いてるって事だろうか?

「大丈夫なら別に良いんだけど……。そうだ、そんなことより! そいつ、中に人間入ってるぞ! それも隣のクラスの中江って奴だ!」

「ふーん。で、誰?」

 え。いや、もうちょっとリアクションあってもいいんじゃ無いのかと。そりゃ俺もこの男のこと知らなかったけどさ。

「誰、じゃなくてだな! あんまり荒っぽいことしたら中の奴も怪我したりしないか、って話だよ!」

「あ、そっか。……困ったなあ」

 まるでバスの待ち時間が思ったよりかかる、程度の軽い困り顔を見せる蒔崎。その俺達の背後から、また別の声が聞こえてきた。

「いや、その辺は心配せんで構わんぞ」

「……ってお前いたのかよ!?」

 ついさっきハンバーガーショップで俺等とくっちゃべっていた神様の眷属、加茂が足下をもぞもぞと動いていた。

「彼奴はスサノオ。とは言っても須佐之男命そのものでは無いがな。人に粗暴な行いをさせたりする厄介な連中に与えられた通り名よ。彼奴の場合は時折こうやって不埒者に取り憑いて、周囲の人やものに当たり散らしては消えていく。満足すれば憑依は解けるが、憑依されておった人が怪我をしておったことは無いわ」

「そんな厄介な奴を祓うのがお前の役目なんじゃないのかよ!?」

「仕方なかろ、我には今のところ祓え巫女が居らぬのだから」

 平然と応える加茂にムカつきつつも、多分こいつに実戦経験は無さそうだしこれ以上の情報を求めるのは無理だろう。むしろ今実際に手合わせしている蒔崎自身が一番経験がありそうに思える。それでももう少し、何か情報がないものか。

「なあ加茂、あいつ今までどんな相手と戦ってたんだ?」

「ふむ、そうさな……。そこいらの破落戸が一番多そうだな。大抵はそこいらの金属棒やら何やらで殴りかかるのが一番多いが、刃物程度は刺さっても大した傷は負っておらんな。ああ、なんと言ったか……ピストルだったか? 警官が持ち歩いておる飛び道具。あれには少し苦しそうにしておったが」

 少し苦しそう……銃弾ですらその程度なのかよ。

「どうするよ? 攻め手は無さそうだけど」

「何言ってんのよ。これこそ本領発揮じゃない」

 ……え。

「さすがに今日は血がたぎってるのよねー、良い試合見た後だから。いつもだったら家でお父さんと技の掛け合いしたりサンドバッグで投げ技やったりするとこなんだけど」

 ……おい。

「さっきの空中腕ひしぎだってさ、ほんとは腕を折るくらいの勢いでかけたのよ? それでも何か平気そうだし。これは本気出せるかもねー?」

 ……なんでテンション上がってるの、お嬢さん。軽くステップ踏むの怖いから止めて。

『ぐぅぉぅぉぅぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ぉぉぉおおおお!!!』

 蒔崎の熱気に呼応してか、あちらさんも何やらヒートアップしているらしい。どうすんだよこの状況。

「おっしゃ、行くよーーーーー!!!」

 巨腕を振り下ろすスサノオに、真っ正面から突っ込む蒔崎……正気か!? そんな声をかける間もなく。

 ガクン、と彼女の上体が崩れる。転倒したのかと思いきや。

 瞬間、巨人が顔面から地面に倒れ込む。

 どうやら彼女は転倒したのではなく、スライディングで巨人の脚に自分の脚を絡めて前に倒れ込ませたらしい。

 そう言えばさっき一緒に見た試合でもある選手がこれをやっていて、彼女に聞いてみたら「ああ、あれ? 逆カニばさみ! そこだいけー!」と片手間に教えて貰った記憶がある。それ以外にも最初のドロップキックや空中腕ひしぎ。もしかして蒔崎は……プロレス技をノリノリでかけてるだけなんじゃ無いだろうか……。

 って、肝心なこと忘れてないか!? 今だって蒔崎は鈍い音のパンチやチョップを数限りなく当て、あるいは三角跳びで顔面や脳天に蹴りを幾度も当てている。こんなにボコボコにしてたらさすがに取り憑かれた奴も無事じゃ――!

「お、おい蒔崎! 忘れてないだろうな、中に人間がいるんだぞ! あと……そいつ、お前に惚れてるらしい」

 俺の言葉に一瞬体を強ばらせた彼女は、体をほぐすように手をぷるぷる振り回し小さく何度もジャンプしながら応える。

「あー、いいこと教えてくれてサンキュ。ようやくセメントで行ける」

 改めて巨人と差し向かい、拳を構える彼女。ってセメントって何だ? ガチってことか!?

 これだけ一方的にやられながらも懲りずにのそりのそりと歩み寄る巨体に、ヒュッ、と蒔崎の鋭いパンチが飛ぶ。

 パァン! さっきまでの鈍い音とは違う、何かが破裂するような激しい音が裏路地に響く。何だこれ!? この音が本気って事か!?

「蒔崎、大丈夫なのか!? まさか相手に大ケガ負わせるとか無いだろうな!?」

「こいつに殺されかけた張本人が甘いこと言ってるねえ」

「いやだってさ……」

 俺が巻き込んだせいで、蒔崎が加害者になるのはさすがに寝付きが悪い。

「大丈夫。霊体じゃなくて人の体に当たればさすがに分かるから。ついでにこういう奴に好かれるの嫌だから、効く攻撃より痛い攻撃に切り替えて刷り込みにならないかなーって思って」

 呑気な口調で俺に話しながら、蒔崎は奴の腕を掴んで指先をねじり上げた。

『イギァァァァァァ!!!』

 彼女の攻撃に悲痛な叫び声を上げるスサノオにむしろ同情を感じるようになってきた、と言ってしまうと人に暴力を振るわせる禍つ神まがつかみを前に不謹慎か。その巨体は傷つけられるたびに傷口が裂け、その裂け目から黒い煙が細く上がり、霧散する。その傷は彼女が腕を振るい飛び上がる度に増え、無数の煙を上げるスサノオは……徐々にしぼみ始めた。そして。

「娘よ! スサノオが逃げよるぞ!」

 存在を忘れられかけていた加茂が声を上げる。見るとスサノオの体から抜けた煙がその頭上で凝り、形を為そうとしていた。

「蒔崎! それ撃ち抜け!」

「言われなくても分かってるわよ!」

 返事をしながらも、彼女は左手の甲に手を滑らせる。そこにあった見慣れないオーブが一瞬煌めいたかと思うと次の瞬間に消え去り、代わりに彼女の手の中にはいつもの弓矢が出現していた。

「『ディープブルー・クリスタル・アロー』!」

 ほぼノータイムで撃ち出された青白い光は斜めに突き上がる巨大な光の柱となり、黒い霧の中に浮かびかけた鬼の形相を灰燼に帰した。

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