新たに出でたる眷属は

「熱かったー!!」

 試合終了後。試合会場から駅前に向かい、ハンバーガーショップに入った。試合前の約束通り、チケット代の代わりに俺が二人のセット料金を支払う。

 時間が少し早いためか店内は比較的空いているが、奥の方に騒がしい連中がいるらしい。彼等とは反対側の窓際カウンターに陣取り、食事を始めた。まるで自分がリングに上がったかのように動き叫んで腹が減っていたんだろう、蒔崎はあっという間にハンバーガーを平らげ、今はちゅるちゅると満足そうにコーラのストローを吸っている。

「ねえ、どうだったどうだった? 初めての女子プロの試合見て」

 試合中や前後のハイテンションほどじゃないが、それでも未だに彼女の目が輝いている。まだ興奮冷めやらぬ、といった風情だ。

「ああ、実際びっくりした。何て言うか、目が離せなかった」

 試合からも、隣に座っていた……というかほとんど座ることの無かったお前からもな、と心の中で補足する。

「うんうんそうだよねー。試合中は熱くなっちゃって私も気付かないんだけど試合運び上手くてみんな飽きさせないんだよねー。攻守入れ替わるし撃ち合いも気合い入ってるし、ロープワーク無くてもリング上走り回るし」

 それにぴったり合わせて絶叫する子が隣にいたし。いや確かに試合展開も息をつかせないのは凄かったけど。

「ほんとに小学生のレスラーがいるとは思わなかったよ」

「ありさちゃんだねー。前にこっちに来たときはデビューしてから初お披露目だったからリング上でもいっぱいいっぱいな感じだったけど、今回は周りが見えてる感じで上手くなってたよ。今日は負けちゃったけど、将来的に良い選手になりそうだね。良かった良かった」

 まるで見守るような口振りに思わずコーラを噴き出しそうになる。

「お前は親か。姉ちゃんか。それとも親戚のおばさんか」

「ちょっと、おばさんって言い方酷くない? っていうか、女子プロファンってみんなこんな感じだと思うよ? デビュー戦見て頑張れって応援して、次の試合見て成長してるなあって思って、私も頑張らなきゃ、って思うの。だからお父さんとかいつも言ってるもん、プロレスは人生だって」

 なるほどなあ。人生は大袈裟にしても、応援して自分も頑張るっていうのは良いと思う。

「そんで、私も技とか勉強するの。別にプロレスラーになりたいわけじゃないけどね」

 胸を張って見せる蒔崎。そうかそうか、プロレス技の勉強を……って、え?

「あのさあ蒔崎。今日の試合見ててちょっと気になったことがあったんだけど」

「何? 何でも聞いて、答えてあげよう」

「いつだったか神社のトレーニングの時に俺を締め上げた技は一体何だ」

 少し、にらみを利かせてみる。

「ああ、あれ? 確かあの時は……フェイスロックだったかな?」

 俺のガン飛ばしもさらりとかわし、平然と答えやがる蒔崎。

「ったく……、プロ仕様の技を素人にかけるなよな……って……え?」

 突っ込みを入れようとした俺は、視界の端の何かに引っかかり、注視する。

「何よあんた……って……何?」

 彼女も俺の視線の先にある謎のものに、吸い寄せられるように目を落とした。


 それはトコトコと俺達の目の前に歩いてきて、俺のポテトの残りに手を伸ばしていた。

 頭身は普通の大人と大差無い。服装は和装、というか神社の神主さんが着ているような、何というか雅な感じの服だ。平安貴族とでも言えばいいんだろうか。

 ちなみに俺達が座っているのは前述の通り窓際のカウンター席。向かいに人が立てるわけもなく、店外からガラス越しに俺達のカウンターを覗き込んでいるわけでもない。

 頭身は普通の人間だが、身長が圧倒的に足りないのだ。

 その身長、大体十センチ。

 つまり彼は、カウンターの上を優雅に歩き回りながら俺達の目の前で人の食い物のおこぼれに与ろうとしているというわけだ。

 全く人の目を気にせず俺のポテトの小さな欠片を手に取り、それでも彼の手に余るそのポテトを抱えたまま蒔崎のトレイに移動。ポテトを蒔崎のハンバーガーの包みに残ったケチャップに突っ込み、取り出す。そのケチャップポテトを頬張りながら、彼が初めて口を開いた。

「う~む、甘露甘露」

 甘露か? 甘いのか? いや、ケチャップなら甘みはあるか。っていうかこいつ何なんだ。蒔崎の方に視線をやると、俺と同じ訝しげな表情を浮かべている。

「しかし、たまには魚も食したいものだがなあ……。…………?」

 独り言をつぶやきながらたまたま彼が向けた視線と俺達の視線が一瞬交錯する。

 そのまま他所へやった彼の視線が瞬間戻り、俺達を二度見、三度見。

 しばしの沈黙の後。

「ぬし等……、見えておるのか?」

 恐る恐る聞いてくる彼。

「……うん、まあ」

 曖昧ながら首肯する俺達。彼はこほん、と咳払いし、朗々と語り始めた。

「人の子等よ、お初にお目にかかる。我こそはかの大国主命の眷属、加茂と申す。ぬし等、我を見ることが出来るとは祓えの才能が」 ガポッ。

 彼の姿はフライドポテトの空カップを被せられて視界から消えた。

『待たれよ! ぬし等、少しくらいは我の話を聞こうとせんか! 我は大国主の眷属ぞ! 神の使いぞ!?』

「あー、私達そういうの間に合ってるから。大人しく消えてくれると嬉しいな」

『その前に少し話を聞くくらいは良かろう? ていうか出られん!? おぬし、何やら怪しげな術を使っておるな!?』 

「怪しげとか言うな」

 カップを被せた張本人、蒔崎は彼――加茂の言うことも聞かず、さらにトレイを上から置こうとしている。それはさすがにグロいんじゃないかな、相手が普通の生き物だったらって想定すると。目の前で小動物が潰れるのとか見たくない。

「とりあえず解放してやったら? 人畜無害そうだし」

 不承不承彼女がトレイを除け、カップを外すと、彼はカップの中で必死の抵抗を試みていたらしく、たたらを踏んで転げた。

 数秒の沈黙の後ゆるりと立ち上がった彼は、再び余裕の口調を取り戻し語り出す。

「ふむ、そこな娘はなかなかの力を持ち合わせておるようだな。ぬしが被せた紙箱、ただの紙なら我もすり抜けられようが、紙にぬしの力を籠めて居ったのだろう。いくら押しても通り抜けられなんだ。どうだ、ひとつ我と契約を結んで――祓え巫女というものをやってみる気は」

 ガポッ。

 再びポテトのカップが被された。さらに彼女はカップを指でポンポンポンポンと間断なく弾き始める。

『ああっ! 止めて、止めてくれぬか! 音が、音が響く! 頭の中にまで響く!!』

 ようやく音響責めから解放されて伏せられたポテトのカップから解放された彼はぐったりとしていた。

「ハァ……ハァ……。一体お主は何なのだ……。祓え巫女の任を全うすれば如何なる願いも叶えようというのに……。それに我を通さぬ壁を作るほどの力を持って居るとは」

「だから間に合ってるって言ってるでしょ、私その祓え巫女やってるから。他の眷属のところで」

「ほお、それは奇遇な。どれ」

 彼はするするとテーブルの上を滑るように歩き、彼女がテーブルに突いたひじに触れる。ぽう、と薄い光が柔らかく弾けた。

「ほう、初瀬の手の者だったか、これは済まぬことを。道理で普通ならすり抜けられるその紙箱を抜けられぬ訳だ」

「え、分かるの?」

 俺の問いに、彼はさも当然とばかりにさらりと答えてみせる。

「ああ、分かるとも。眷属同士で顔見知りでもあるし、まあ大体の癖というか、霊的な傾向が何となくだがな。しかし大変だのう、あんな装束を着けさせられるとは。なんと言ったかな……魔法少」

 ごりっ。今度は直に指でねじ伏せられる加茂。

「それを言うな」

「こ、この娘は手加減を知らぬな……」

「あんたの発言に手加減が無いからだよ。こいつ魔法少女って言われるんだって嫌がって毎回祓え巫女って訂正するんだぞ」

 俺のフォローにうんうんとうなずきつつ、彼も真面目そうにつぶやく。

「いやいや、あの装束は娘にはきつかろうて。我のところであればもう少しまともな装束を用意しておるが」

「え、どんなの?」

 少し興味を示した蒔崎の求めに応じ、彼は自身が持つ祓え巫女の力の源――祓えの書を取り出し、己の身の数倍はあるその巻物を器用に操ってひとつの絵を指し示した。

「ほれ、これだ。確かこれを描いたのはお主等と同じ男女の連れ添いでな、男の方が嬉々としてこの絵を描いておったわ。これはこれで良かろ」

 ビシャッ、バンッ。

 加茂はハンバーガーの包み紙を被され、その上から平手打ちで潰された。

「バッッッカじゃないの!? 誰がそんな格好すると思ってんの!? もう知るかっ!」

 荒々しく立ち上がり、立ち去ろうとする彼女を制止する。

「ちょっと蒔崎、何処行くんだよ」

「聞くなっ!」

 彼女はバタバタと怒りを足音に乗せて店の奥へ消えていった。……ああ、トイレか。彼女を見送りつつも、彼女が平手打ちしたハンバーガーの包みの下をちらっと覗いてみた。

 ケチャップにまみれた平安貴族が這い出てきた。

「……どうして我がこんな目に遭わぬといかんのだ」

 俺は祓えの書に描かれた装束――水着姿を指差して言った。

「それが分からないうちは誰も祓え巫女になってくれないと思うぞ」

 そんな会話を交わしていると、唐突に背後から荒っぽい声がかかった。蒔崎じゃない、男の声だ。

「おい、お前。舐めた真似してんじゃねえぞ」

 見た感じの年齢は俺と同じくらい。……っていうかこいつら、隣のクラスの不良三人組じゃないか?

「おう、こんなとこでウダウダ喋るのも何だ。場所替えるぞ」

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