彼女の明かす言の葉は

 防御のためだけにわざわざ変身させられた女子中学生は、予想通りと言うべきか、とてつもなく不機嫌な形相で学校への帰路をズンズン足を進める。サボりたいのか何なのか、猫と一緒にのんびりと歩く先生は既に遥か後方だ。心配というわけでもないが、一人で放置しておくのも何なので、俺は歩みを速めて蒔崎の後を付いていく。

 一緒に歩いているとは言いがたく、と言っても俺がストーキングをしているわけでもない。そんな微妙な距離を開け、無言でつかつかと俺達は歩き続ける。

 はや数分、背後に目をやると、先生達の姿は曲がり角の向こうで見えないところまで引き離していた。ちょっと蒔崎に声でもかけるか、しかしどんな言葉をかけたもんか……。そんなことを考え始めた頃。

 彼女がぴたり、と足を止める。ぐん、と息を大きく吸い込み――ぷはぁぁぁ、と大きく溜息をついた。

 驚いて背後で立ち止まった俺に彼女の顔が向けられる。後ろ姿から思い浮かぶ怒りの表情はそこにはなく、ただ何やらバツが悪そうに顔を赤らめていた。

「アンタ、何なのよ」

「えっ、何のこと」

 唐突な絡みに、何のことか分からず返す言葉も無い。

「だから、今日一日。教室じゃ私の方ずーっと見てたし、さっきの公園へ行く途中だって急に話しかけてくるし。部室でだって、何か喋りたそうにしてたじゃん」

 喋りたそうに見えてましたか。喋りたかったのも顔を見ていたかったのも事実なので何も反論できません。

「……い、いやー。けどおかげで知らない一面見せて貰ったよ。小遣いアップで魔法少女になったとか、びっくりだわ」

 笑顔を作ってみせる俺に、今度は悔しそうに両の拳を振る。

「だってだって! おこづかいなんて何万も上げろって言ってるんじゃないし! まさかそれが百万拾うより難しいとか思わないし! そうだって分かってたら百万欲しいって言ったもん!」

「いや、いきなり百万持って帰ったらお母さんとかびっくりするぞ? 内緒にしてたってさ、変に高い買い物してるの見つかったらどうすんだよ」

 俺の言葉に一瞬体を固めて考えるも、またも拳をぶんぶん振り始める蒔崎。

「でも、でもー……やっぱりタオルとか買いたいし……」

「……タオル? タオルなんて買ってどうすんの」

「いや、だって物販で……っ」

 しまった。あからさまにそんな表情を浮かべて言葉を詰まらせた蒔崎は、再びつかつかと足を速めて先行する。何だよ、何が言いたいんだよ全く……。そんな文句を頭の中で浮かべながら彼女の後を小走りで追いかける。

 すると、ぴたり。再び彼女が足を止める。


 前に回り込んで声を掛けようかとも思ったが、肩が小刻みに震えていて、何やら近寄りがたい雰囲気だ。それでも何とか声を掛けようと気合いを入れるため、息を大きく吸い込む。その瞬間。

「あ、あの!」

 唐突に振り返った彼女に驚き、飛び退きそうになるのをぐっとこらえる。

「な……何?」

「あの……付き合って!」

 予想外の言葉に、頭が真っ白になる。

 いやそれはとても嬉しいけどいきなりすぎてどう答えれば良いのかっていうかそういうことはむしろ俺の方から告白したかったっていうか俺とても幸せですありがとうございますって答えれば良いのかなとか頭の中でいろんな思考が詰まりまくって混乱していると、背後から声がかかった。

「お、ついに告白と来たか」

「この子等にも春が来たみたいやねえ」

 ようやく追いついたらしい北里先生と初瀬の声だ。その声を聞いた蒔崎は一瞬呆然とし、その言葉を数秒間頭に巡らせ、その意味をようやく理解して……顔を紅潮させ、叫んだ。

「い……いやいやいや! 違うから違うから! そういうんじゃないから!!」

「そういうのんと違うんやったら一体どういう意味なん? 放っといたら武井君可哀相やで」

 可哀相ってわざわざ言われると逆に辛い気もするが、確かにその意味は気になるところだ。俺が問いを投げようとすると、彼女はスマホを取り出して操作を始める。数タップで目的の画面を表示したらしく俺の眼前に突き付けながら。

「だから、これ見に行くのに付き合って、って言ってるの!」


 画面上に表示されているブログ記事には。

『遠征シリーズ・山際カチューシャ 女子プロレス団体・ブルーカチューシャ』

 そう書かれていた。

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