腰を据え居る神様は

 到着した公園に人の気配が無いのは、単に立地が入り組んでいるからということだけが理由では無いと思う。錆び付き、また「使用禁止」の雑な掲示のくくり付けられたいくつかの遊具が人を寄せ付けない雰囲気を助長しているが、何より人の立ち入りを拒むのは中央にその身を構える神様――禍つ神まがつかみそのものだろう。人に危害を加えてか、それともその空気が人を寄せ付けないのかは分からないが。

「はい、あの神さんが今回の相手やで。頑張ってや、チカちゃん」

 公園に入ることもなく他人事のように言い放って物陰で丸くなる猫に文句を付けようとする蒔崎を、俺はその腕を引いて止める。

「ほら、済ませることはとっとと済ませて帰ろうぜ?」

 そのまま公園に踏み込もうとする俺に、唐突に初瀬から声がかかる。

「あ、武井くん? 生身でその公園に入らん方がええで」

「え?」

 初瀬の方に視線を向けながらも、踏み出した足はそのまま公園に一歩踏み込み。

 ――びすびすびすびすっ!!!

 一呼吸置いたように一瞬その身を膨らませた禍つ神まがつかみから無数の光の棘が放たれ、その幾つかが俺の脚に、腕に、額に突き刺さる。

「っっっっっっっ痛ええええええええええ!!!!」

「武井!? 大丈夫っ!?」

 電気が流れたような激しい痛みが全身に走って地面にうずくまるどころか海老反りになって悶える俺を、蒔崎が腕を全力で引いて公園から引きずり出した。肩が抜けそうになった痛みに対して文句を言いたいところだが、それ以外の追撃から救ってくれたのは感謝すべきだろう。……今のところそんな余裕は無いが。

「せやから入りな、言うたのに。あの神さん飛び道具使うから」

「そういうことは先に言え! どうすんのよ、こいつ食らっちゃったじゃない!」

 俺の代わりにブチ切れる蒔崎に初瀬はのんびりした調子で応える。

「心配性やなあチカちゃんは。安心しぃや、命に別状はあらへんて。あの神さんの針は霊感そのものに刺さって痛みを感じさせるだけのもんみたいやし。霊感のある者には痛みが走るみたいでな、うちも見廻りでこの公園入った時にはえらい目に遭うたわ」

 恐らくその時に撃たれたことを思い出しているんだろう、しっぽの先を舌で毛繕いしながら言葉を続ける。

「まあ霊感の無さそうな子等もあの針食ろうてたけど、何とも無さそうやったところを見たらやっぱり霊感の有無だけが問題なんやろねえ。自分をどうにかしに来る霊能者の類いを排除するんが目的、いうとこやろね」

「そんじゃどうやって祓えばいいのよ」

「見た感じではあの針も相当無理して出してる感じやからねえ。普通に頭撫でるだけでも祓えそうなんやけど……」

 つまり攻撃、っていうか威嚇にステータス全振りしてるから防御は紙なんじゃないか、ってことか。

「いてて……。でもさ、問題はどうやって近付くかってとこじゃないのか?」

 針の痛みがようやく薄れて起き上がった俺の言葉に、つう、と三毛猫の目が細まる。その様子を見て、それまで特に何をするでもなく大あくびをついていた北里先生が唐突に割って入った。

「変身すれば良いじゃないか」

 へけっ、とまるで笑顔のようにも見える引きつり顔を先生に向ける蒔崎。

「な……そんなの別に要らないし……別に変身する意味ないんじゃ……」

「あるに決まってるだろう。魔法少女のスタイルは防御力も高いんだぞ? 私が設定したんだから間違いない」

 魔法少女の設定を行った当の本人が堂々とのたまう。

 蒔崎が続けて視線を向けた初瀬は、それに目をくれることも無く公園の標柱の陰で再び体を丸めていた。

 必然的に残る一人である俺にガンが飛んで来る。勘弁してくれ。


「クリスタルパワー……チャージ・オン!」

 若干投げやり気味に放たれた言葉とともに、彼女の周囲を舞っていた無数の結晶が凝集する。パチンパチンと光が弾ける度に、彼女の衣装が露わになっていく。集大成のように残った光が彼女の胸に集まって大きな宝石となり、またもうひとつの光が彼女の手元に集まって装飾弓を形作る。

「穢れは決して見逃さない! 魔法少女、プリティー・サファイア!」

 キィィン、という金属音とともに、蒔崎は決めポーズとともに名乗りを上げ……そして、がっくりと肩を落とした。

「何やってるんだ、蒔崎。新たな被害者が出ないうちに祓えを済ませないと、ほらほら」

「えー……それは分かってますけど……」

 ダラダラとやる気なさげに公園内に歩みを進める蒔崎に、予想外にテンション高めの声をかける北里先生。……さてはアイちゃん、実は中二病完治してないんじゃないのか? そんなことを思っているうちに、蒔崎は無防備に公園に踏み込んでいく。

 ――びすびすびすっ!

 数は少ないながらも、俺の時と比べると明らかに狙いを定めた数本の針が蒔崎に向かって直進する。

『……っ!』

 直接針を食らう蒔崎と、ついさっき同じ針を食らった俺の身が固まる。……が。

「……ほんとだ。痛くない」

 防御姿勢すら解いて棒立ちの彼女の体にびすびすびすびすと絶え間なく浴びせかけられてる針が、ことごとく弾け、赤黒い煙になって消えていく。さすがに顔に食らうのは怖いらしく彼女が眼前に手のひらをかざして防いだ針も、その柔らかそうな指にさえ刺さること無く散って行った。

「防御力高いとは思ってましたけど、あんな攻撃まで防げるんですね!」

 驚きとともに珍しくアイちゃん先生を尊敬する声を上げた蒔崎に、しかしアイちゃんは予想外の答えを返した。

「ああ、私も驚きだ!」

 えっ、と彼女と俺の目が点になる。

「霊格がそんなに高く無さそうな禍つ神まがつかみとは言え、攻撃の強さは分からなかったからな。武井君も五体満足だったことを考えればさすがに魔法少女がダメージを食らうほどでは無いと思っていたが、痛みすら感じないとは! 全く大したものだな君は!」

 実験体の扱いを受けたことを知った魔法少女様のこめかみに、ピキッと血管が浮かんだ。

「ねえねえ武井」

「どうした蒔崎」

「私さーマホウショウジョの先輩に戦い方レクチャーして欲しいんだー。ちょっとこっちに先生連れてきてくれないかなー」

「よーし分かったー。先生よろしくご指導のほどお願いしますね-」

 先生の腕をがっちりと掴み、公園の入り口へ向かって引き摺る。

「いやちょっと待て武井君!? 私だって元魔法少女だぞ霊感持ちだぞ!? 私があの針を生身で食らえば君の感じた痛みを私も感じることになるんだぞ! 一般人の私にそんなリスクを冒させようと言うのか!?」

「いやー、やっぱり尊敬する先生からの指導は頂きたいですしねー」

「いや無理無理無理無理無理無理無理無理! 悪かった、悪ふざけが過ぎた! 謝る、本当に済まなかった許してくれ-!!」

 必死に抵抗する教師の絶叫が公園の付近一帯に響いた。


 ちなみに、公園にいた禍つ神まがつかみは。

 必殺技を使うまでもなく、蒔崎が頭をひと撫でするだけで邪気が消え、無害な和神にぎかみへと転じた。

 ほんとに攻撃ステ全振りの、針さえ何とかすれば良いだけの神様だった。

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