二人の会話。
彼女の秘めた言の葉は
「武井ぃぃ、ノート見せてくれよぉぉぉぅぅぅ」
授業も終わり、机の上を手早く片付けて部活に向かおうとする俺の席に、友人の高木がべたりと身体を貼り付かせる。
「やだよ、俺だってこれから部活なんだからな」
「何だよー、友達の苦境は無視して自分はお楽しみタイムかよー」
……嫌な弄り方をしてくる奴である。
「……分かったよ、ちゃっちゃと写せよ? ったく、テメエが居眠りして板書してなかったくせに」
「へへー。サンキュな」
ついさっき授業中に居眠りしていたところを教師に教科書でぶん殴られた彼は悪びれもせずに俺のノートを受け取り、何か知らないが鼻歌を奏でながらノートを写しにかかった。
さすがに日数が経てば、新学年で友人のいなかった俺も付き合いが広がり、数人の友人が出来た。主に「ノートを真面目に取ってそう」といった理由だが。まあそんなクラスメイトの頼みを無碍に断るほど俺はコミュニケーション不全じゃない。今目の前にいるこいつもそんな連中の一人だ。
足止めを食らった俺は特にやることもなく、ぼんやりと教室内を眺める。とは言え特に目立つのは教卓の前あたりに数人の女子が陣取ってわいわいと雑談を繰り広げているくらいで、他の連中は数人ずつのグループで部活などそれぞれの目的地に赴いている。
その数人の女子が目立つ……というか、そこに俺の目が引かれるのも無理は無い。その中にいるのだ、あいつが。
数週間前に魔法少女の姿で俺の目の前に現れた上に目撃者である俺をぶん殴り、致命傷を与えた女子。
蒔崎チカだ。
すこし高めの身長のために、視線はほかの女子の頭の上を飛び越えて俺とぶつかる。なんとなく目をやると時折目が合い、その度に何事も無かったかのように視線を逸らされるか、あるいは全力のガン飛ばしを食らうのはいつものことだ。
そんなこととは無関係に彼女の周囲の女子は言葉を交わし、それをどことなく見守るように蒔崎が相槌を打っている。そして教室の外にはそんな蒔崎に憧れているらしい下級生女子が未だに集る。一時期に比べれば数は減っているが、彼女らの放つ空気は未然と比べると圧倒的に……重い。教室を出て彼女らの前を通って一瞬視界を遮るだけで、「ちっ」とこれ見よがしな舌打ちが聞こえてくるのだ。一体どうしろと? 蒔崎が教室を出るまで俺等は教室に籠もってろと? 全く、いい迷惑だ。
「おー、何やってん……だっ!」
他の誰かが現れ、目の前で俺のノートを取る男の頭をがっしりと掴んでみせた。クラスで主に絡むもう一人の友人、土田だ。
「ぬおっ!? じ、邪魔すんなよっ」
「お前こそ何やってんだよ。武井の幸せタイム邪魔しちゃ悪いだろうが? ノートなら俺が見せてやっても良かったんだよ」
「……おい何だそれちょっと待」
「いやーそれは重々承知なんだけどさぁ。土田のノートって読み辛いんだよ。文系科目は武井のノートが一番分かりやすいんだ」
俺のノートが褒められるのは悪い気がしないが、とは言え何だその「幸せタイム」とは。これからの俺の時間は部活なわけだが、それが俺の幸せだとでも言うのか?
「けど羨ましいよなー、蒔崎と二人っきりなんて」
「いやいや、顧問がアイちゃんってことの方が重要でしょ」
「土田はそっちの好みだったか……。ところで、なー武井、彼女と二人っきりの部活ってどんな気分?」
「あーそれ俺も聞きたかったわ。どうなんだよ、お前等の進展は」
……完全に勘違いされているようだ。
「あのなあ……全然全くこれっぽっちも、そんな雰囲気なんて無えから。俺とあいつはそういう関係じゃねえから」
目の前の二人はきょとん、とした顔を俺に向け、しばらくして破顔した。
「またまたぁ。そうやって『あいつ』とか言い合う関係のくせにぃ」
「そりゃ一応同じ部活やってんだから赤の他人じゃねえよ。ただ……まあ、その程度だよ」
殴られました、とは言えない。下手に言って噂が流れて蒔崎の耳に入れば、今度は拳や絞め技では利かないだろう。
「けどさー、わざわざ部活作ってまで一緒にいたいなんてのは……さすがに何かしら意図があるんじゃね?」
ニヤニヤといやらしい笑顔で煽ってくる。けどここで大声で反論して蒔崎の耳に以下略。
「だからさぁ、お互い色々と断れない事情があったんだよ。ほんとに色々ややこしいからひと言では言えねえけど」
こんな曖昧な言い方をすれば余計に弄られるのは分っているが、今の俺はそう上手い言い訳が他に思いつかない。「断れない事情」があったのがむしろ顧問を引き受けてくれた藍ちゃん先生の方だったという事実をぼかして、「俺達が断れなかった」と誤解させるのが関の山だ。ますます嫌らしく歪む友人達のニタニタ笑顔から目を逸らして、一瞬視線が蒔崎の方を向いてしまう。
ああ、またいつもみたいにガン飛ばされるな。そう思った俺は、肩透かしを食らった。
何やら話題を振りたいが、何だか気が引ける。そんな雰囲気で戸惑いの表情を浮かべていた蒔崎の視線がたまたまこちらを向き、まるで助けを求めているように見えたのだ。
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