第5話 ムシの時間は夜の頃

タスッタスッタスッ タスッタスッタスッ

 日も落ちかけた林の中をサンダーソニアが跳ねていく。

 樹から樹へリズムよく休みなく。

タスッタスッタスッ タスッタスッタスッ


 自分が今どこにいるのか目的地はどこにあるのかミロクはそれを知らないでいる。更に今木々を飛び移っているこの行動もほぼ自動行動であり、ミロクの意思とは関係なしのことだ。

 精霊のサンダーソニアと人のミロクどちらがヨロイのサンダーソニアを動かすのかは言葉を介さずになんとなくで決まっていて、その切り替えもお互いが言葉に出さずともスムーズに行われている。


「ソニア、樹脈炉の反応が有ったら教えてくれ」

『はいマスター。進路このままで遠くに小さな光が有ります』

 ミロクが久しぶりに声を出した。

 すると、画面下にミニソニアが現れ、ミロクに一礼すると自分の発言内容を必死に体で表現し始める。

「どれくらいで着くかな」

『この速度で行けばここまでの道程の1/4もかからないかと』

 両手を肩幅ぐらいに開きそれを胸の前で合わせるように縮めることで少なさを表現するミニソニア。 


「そっかならもう少しの我慢か」

『はい。それよりもマスター、先程から気になっていたのですが』

 胸の前で腕を組み、首を傾げるミニソニア。

「ん?」

『なんだかマスターから他の人ミツの匂いがします』

「は?」

『私が留守にしてるあいだに他の人ヨロイに浮気したんですか?』

 ガーンと大口を開けて座り込むミニソニア。

「浮気って……」

『まあ最後に私のとこに帰って来てくれるならいいんですけどね』

 片目を閉じ、上半身をかがめ右の人差し指をピンと立てるミニソニア。

「……こんな体にしたのはお前だろうが」

『そんな昔もありましたね』

 クルリと後ろを向いてポーズを決めるソニアと苦笑いをするミロク。


 そんな和やかな談笑からしばらく飛び進んだあと。ミロクは大きな違和感を覚えた。

「んっ結構濃くなってるぞ」

『ですね、蜜の変動速度からみて中規模になりたての群れのようです』

 サンダーソニアから管を通してミロクに伝わる様々な情報のうちの一つに、世界樹の根の位置とそこを通るエネルギー量という項目がある。

 それはとても大雑把な項目でエネルギーが多い場所は濃い、少ない場所は薄いといったアバウトな判断基準にしかならない。


 だが、今回のような探索を兼ねての移動ではとても重要な基準になる。

 例えばムシの群れというのはどうしても規模が大きくなる物だ。すると群れを維持するための日々の消費と予備として大量の蜜貯蔵庫を設ける傾向がある。


 そして中規模の群れとは最初の親と数体の第二世代それに数十から百ほどの兵隊が居る程度の群れで、根付いてから比較的新しい群れのことだ。

 だからここいらに漂うエネルギーが濃い。

「ムシの種類はわかるか?」

 ムシとの対峙が待ちきれない様子で少しそわそわしたミロク。


 自分の感覚でムシの存在を確認し、ミロクの顔も輝く。

『……少々おまちを、ええと胴体が長く、長く長い……とても長いです』

 画面端に居るミニソニアが両手を広げナガーイを必死に表現する。

(長い……? 単純な昆虫系とは違うのか……あぁ楽しみだ……)

 


 樹の密度が薄くなり、場のエネルギーは濃さは増す。

 樹下にはムシが切り取ったと思われる大木の切り株などもちらほら見える。

「ぉお! 来るぞ来るぞ来るぞ!!!」

『マスターの嬉しそうな姿に私も嬉しくなります』

 口角を上げ歯を見せて笑うミロクにミニソニアも両手を上げるように喜びを表した。

 が大慌てで両手をクロスさせバッテンを作り、

『おおっとストーーップ!』

 叫ぶと、樹にしがみつくようにサンダーソニアは補助脚を全て伸ばした。


 あと何本か樹を飛び移ればそこは樹脈炉だ。

 ソニアはそこまで自分の意思で突っ込んでもいいのかためらったのだ。

『マスター。到着いたしました』

 先程までのおどけたミニソニアは姿を消し、通常サイズのにソニアが頭を下げる。

 そして自分の仕事はここまでだ。そう言いたげに押し黙る。

「ああ、ありがとうソニア。あぁっとりあえずちゃんと巣の見えるとこに行くか」

 熱っぽい息を吐きミロクがサンダーソニアを移動させる。


 ムシの巣は木材と蜜蝋で覆われたドーム状の物だった。

 いくつも丸い穴が有り、そこを兵隊と思しきムシが何匹も通るのが見える。

 高さはここらに生えた大樹よりは低いがそれでも十数メートルは下らない。

『中央部にて高密度のエネルギー反応を検知』

「ああ」


 ソニアの言った高密度のエネルギーが親ムシで間違いないだろう

 巣に空いた出入口から兵隊役のムシたちがしきりに物を運んだりしている。

『マスターいかがいたしますか? 私は小型の物から順におびき寄せ殲滅することを推奨いたします』


「いや、もういい。ああいうでかい城みたいなの嫌いだしぶっこわす」

 補助脚を縮ませ跳躍の力を溜める。

『了解』


「ステッキ」

 大樹の林を超えるほど高く大きく空へ飛び跳ねたサンダーソニア、その前腕内側のボックスが開き1mほどの紅い棒が射出される。

「アンカー」

 サンダーソニアが掴んだ棒、その両端に透明な人の手のひらほどの小さい刃を生成され槍のような形になる。


 数十メートルの高さより落下しながら右腕を振りかぶり、その短い槍をムシの巣付近へと打ち出す。

 着弾地点をモニターに拡大して映し、ミニソニアがしっかりと地面に深く刺さったことを指差しで確認。

『──根へとつながりました』

 ソニアの声を聞きながら一度槍から視線を外しミロクはヨロイの補助脚を伸ばすと、手近な大樹の幹を削って徐々に速度を落とす。

 地上15mぐらいの高さでサンダーソニアの体が静止し、息を吐いてミロクは再び落下地点を見る。


 槍に群がるムシが小さく見える。

どれもが細長い管の様な胴体をいくつもの光る節で繋げた蛇の様な姿。

(気持ち悪い)

 キラキラ光る体を地上でくねらせ集団でうごめく姿は目をそらし、忘れたくなるような不快さが強い。

 その嫌悪感を力にするためあえてムシ達の姿をミロクは凝視した。


「……いくぞ、ソニア」

『はいマスター』

 拳を突き上げ飛び跳ねるミニソニア。


「スッテキ!」

 先ほどとは逆、左前腕のケースから同じ棒が飛び出る。

「コネクタァー!」

 サンダーソニアが左手で掴んだその棒の上部が開き、透明な蜜が棒の長さの3倍ほど吹き出る。

 それが凝固するまで数秒待つと、また樹を強く蹴った。ただし今度は上へではなく斜め下へ。


 補助脚を2本地面に突き刺しサンダーソニアが地面に着地する。その衝撃で土煙と爆音が周囲に響き渡る。

 着地時に数体の兵隊ムシを地面に付けなかった補助脚で貫き、左手には棒が無い。

 あれは着地前に手放しており、今は先に地面にさしておいた短槍の石突きにくっついている。


ギギギッギギギギギッギギー

 土煙が収まりムシ達がサンダーソニアの姿をようやく認識し、管の様な体を震わせ警戒したような鳴き声を出しながら周囲を覆っていくがすでに遅い。

 サンダーソニアは一体化した槍に背を向け、右手でそれを掴むと背負うように引き抜いた。

「うらああああああああああああ!!!」


 ミロクの叫びとともにバキバキと地面を鳴らし槍が抜かれた。

その槍、いやつかの下には透明だが分厚く長い刀身。

 サンダーソニアの全高よりも長いその刃に紅色の波紋が刻まれていく。

『形成完了。純度! 密度!! 感度!!! 全部良好!』

 通常ソニアを画面の外にどかし、堅苦しい事務的な姿を捨てたミニソニアが画面の中で暴れだす。


 引き抜いた大太刀をサンダーソニアは正面に構え両腕で掴む。

 柄になっている二本の棒の間にはすでに蜜が無く、直接棒同士が連結されていた。

 城からもわらわらと兵隊ムシが這い出してくるがミロクとミニソニアの顔には笑みしかない。

『さあさあ!!! 始めましょうか!』

「当たり、前だあああ!!!」

 小さな刀のようなものを振り回し叫ぶミニソニアにミロクも叫びで応える。


「くたばれえええ」

ゾッッ!!!

 まず補助脚を全て地面に刺しサンダーソニアの体を固定すると右から左へと思い切り刀を振るう。刃に触れたムシから順に体が溶けるようにちぎれ落ちる。

『後ろも!!』

 クルクルとコマの様に回るミニソニアに習い、

 右から百八十度薙いだあと、左前方の補助脚以外の3本を地面から抜き、勢いのままその残された脚を軸に回転。

 サンダーソニアの周囲を取り囲んでいた全てのムシを一太刀で切り伏せた。

 体が後ろに回転しきると脚を全て地面に刺し回転を止める。キラキラと飛び散った蜜の結晶が夕日の中で輝いていた。


 この時点で最初に外にいた兵隊ムシはほぼ全て殲滅していた。

外にいるムシはサンダーソニアの少し離れたところに2匹と城から出てこちらに向かってきているのが十数匹。


 このムシたちは角や爪がない代わりに高い跳躍力と、顎の力が強く。とくに顎は細長い頭部がワニの様に大きく開き、大木ですらひと噛みでへし折ることができる。

 仲間のムシが死んだと瞬時に認識した彼ら兵隊は機械的に彼我の能力差を判断しようとしていた。そして背中を向けている今ならば細い部分程度は噛みちぎれると結論づけた。


 体を縮めサンダーソニアの背後へと高速で飛びかかるムシ2匹。

ギィィギイイギイイイイイ

 その牙がヨロイに突き立てられる瞬間、

──ゴォウッ

 再び回転したサンダーソニアがその二匹のムシをも切って捨て、その回転の勢いでムシの巣へと刀を飛ばす。

 ムシ達が反応することもできない速度で大太刀が飛び壁に刺さり、建材になった木っ端や蝋の破片が飛び散る。


 蜜で出来たサンダーソニアの大太刀は常に普通のヨロイならば数日は動けるだけのエネルギーを放出し続けている。

 それは普通の人間や生き物が近寄るだけでめまいや吐き気がするほどであり、近くをその高出力の刃が通った、たったそれだけで兵隊ムシ達は一時的な許容超を起こし動けなくなっていた。


ズンッズンッズンッ

「…………」

 無言で巣に近づくサンダーソニア。

 黙っているがミロクと画面のミニソニアは今にも大声で笑いだしそうなほどの笑顔。悶えるムシたちの姿に一歩一歩近づくごとにミロクの中に喜びが湧いてくる。


クシャッッ……クシャッッ

 動けないムシ達の頭部を踏み砕き、大太刀で壁を壊し巣の中に入る。

 内部は蛇に似たムシ達が動き回りやすいように、狭い管状の通路の集合体になっていた。

「親はどーこだぁ?」

『まっすぐまっすぐ掘っちゃいましょう!』

 ツルハシのようなものを振るミニソニア。


ギイィィッギイイイイイイイイ

ギイイイイギイッギイィイイィイイ

 少し進んだだけでムシ達の声がうるさい。声を聞くたびに発生源の方へ刀を振るうが、一向に当たらず声がどんどん増えていく。

「うるさい! ああもう」

『うーんもうすぐなんですけどねー』


 元気だったミニソニアも巣を進んでいくにつれどこか引っかかるような物言いが増えてきていた。だが興奮状態にあったミロクはサンダーソニアの僅かな違和感に気づかなかった。

 そして、いつの間にか暗闇の中でムシ達に浴びせられていた体液の存在も効果も気づくことはなかった。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る