日常

第4話 ムシ取り日和

 ユテンさんに朝の挨拶を済ませるとミロクは街の東門へと来ていた。

 まだ朝も早いということもあって辺りにはあまり通行人の姿はない。

 だが門は開いていた。なので早く出発してしまおうとミロクが走り出した時、横から声をかけられた。


「おーい少年どこに行くんだ?」

 門脇の詰所に居た見張りのおじさんだ。

 窓から顔を出してこっちに来いとミロクに手招きをしている。

「あー……向こうでムシが出たと聞いたので確認をしにちょっと」

 内心舌打ちし、ミロクはその場で足踏みを繰り返して外を指差す。


「一人でか!? 馬鹿を言うな止めなさい」

「あー大丈夫っすよ逃げ足は自信あるんで。軍が来るまで詳細な情報も必要でしょ? ただでさえあいつら動きが遅いんだ」

「だっだからといって無防備な若者を行かせるわけにはいかん!」

 詰所からおじさんが出てこようとする姿に焦るミロク。


「俺、駆除屋の見習いなんす! なんで最低限の身の護り方はわかってるんで、ホント」

「駆除屋? うーーーむ。いや? うーむ」

「……ということで行ってきます」

「あっおい!」

 ユテンさんの名を出しおじさんが一瞬考え込んだ好きにミロクは走り出した。

後ろから聞こえる止める声も聞こえないふりをし深い草原をひた走る。


 ミロクはただひたすら走った。走れば走るだけ自分でもわかるほどに高揚感で胸が高鳴っていく。

 やがて草原を抜け辺りは大樹の並んだ林になっていた。

街が見えないほどの距離まで来て足を止めると、ミロクは深く息を吐いて大きく伸びをした。

「ストレス発散には虫取りが一番」


 人に振り回されるということは気づかぬうちに苛立ちを募らせていく。

(ちょっと顔がいいからって人を振り回しやがって……)

それを人前で爆発させないためにも、発散できる開放するのが好ましい。

ミロクは紅蜜入りカートリッジを二つ取り、顔を上に向けてその中身を思いっきり吸った。

ドロッとした熱い粘りつく蜜が口内、のど、胃と順に熱し心臓にまで到達する。

「──ああ……温まるわ」

さんさんと太陽が照らす下で、汗もかかずに零す。

紅蜜を飲むとドクドクと血管の一本ずつに熱湯が流れているような高揚感、今すぐ暴れ回りたいような焦燥感が体を駆け巡る。

そのどうしようもない高ぶりがつい癖になってしまう。


 はぁっはぁっと息を荒く、ミロクはカバンの底に敷いた底板を外し、手のひらに余る長方形の薄い黒い板を取り出した。

 それを持った手とは逆の手で小刀を抜き、板を持った手の人差し指先端を軽く切る。

「ははっ!」

 蜜の興奮作用のせいか間欠泉のように血が吹き出し板を汚す。

 ナイフをしまい、板をそちらの手に移し指先から垂れる血で絵を描く。大きなランタンのような花だ。



トクンットクンッ

 板が血を吸い込み鼓動が始まる。

『──ん』

 黒い板の表面上にふよふよと浮かぶ血で描かれた花が震え声が聞こえる。

「おはようサンダーソニア」

 ミロクが顔を上気させたまま板に話しかける。

『──はいおはようございますマスター』

 板から静かですっと染み込むような女性の声。

「今から、俺ムシ取りに行きたいんだ」

『そうですか……それは大変有意義なことだと思います』

「ああ俺もそう思うよ」

『座標確認。直ちに手配いたします』

「ああ」

ガガガガ──

 会話を止めふらっと後ずさりし大樹に背中を預ける。ミロクの口が釣り上がり笑みが濃くなっていく。

──ガガガガガガガガ

 大地が揺れる。いや、大地の中に埋まった世界樹の根が揺れている。


シャアアアアアアアアアアア……

 土が割れ、無色透明な蜜が間欠泉のように噴き上がる。

 蜜の噴水が収まるとそこに、一機ヨロイが現れていた。

 ミロクとその精霊サンダーソニアのためのヨロイ。


 人型二足に含まれるタイプのモデル。

 サイズは頭部までの高さ6mと現在の基本的なヨロイより一回りほど大きく、人の骨そのものの様な細い体を濃い黄色をベースに赤のラインが入った装甲が覆う。


 上半身内部はがらんどうで椅子もなにも無く、唯一内部右側面に先ほどの黒い板、精霊端末・カゴを差し込む穴だけ。

 その胴体部を隠す前面装甲は上下に分かれる二重式になっており、乗り降りのタラップにもなる薄い下部装甲を内側に、それよりはいくらか厚い上部装甲が包むように閉じる。


 細長い両腕の前腕外側に砲塔が肘から手首へ並んで二門、内側にも武装を収納したボックス。

 首の左右肩に乗るように突き出た三角の突起。


 足首下は、垂直に曲がりヒヅメの様な使い方のできる爪4本で構成。

 腰からは筒状補助脚が縮んだ状態で左右2本づつ。これは伸ばすとメインの足と同じ長さになる。

 ブースター、バーニアの類は無く、ミロクはヒヅメと四本の補助脚を適宜展開しての高速戦闘を好んだ。



 そんなヨロイが透明な世界樹の蜜を滴らせ、補助脚を地面に打ち込み動きを止めた。

 空気の抜けるような音と共に装甲が開き、主を迎え入れる準備が整う。

『お待たせいたしましたマスター』

「こいつも久しぶりだな」

 ヨロイの脚を軽く撫で正面に回る。

 タラップを上りサンダーソニアの入ったカゴを差し込む。

『──同期に成功。各部正常動作を確認。エネルギー残量9割。腕部兵装弾数60、ステッキ数4』

 装甲が閉まる間にソニアが報告をよこす。どこで整備メンテナンス補充を受けているのかは知らないがいつも同じ数値だった。

 装甲が閉まりきるとミロクの前方に映像が映った。

『では改めましてお久しぶりですマスター!』

 画面内で口調だけは丁寧に、しかしどこか力の抜けた敬礼の真似事をする赤い飾りを付けた金髪の少女。

 ソニアは昔からその姿を自分の真の姿だと言い張っている。

「わかったから行くぞ」

『はい』

 もう一度敬礼をしソニアが画面から居なくなり外の景色に変わる。

『では、リンク開始』

 モニターの明かりだけに照らされた薄い暗闇から草のつたのようなものが伸びミロクの体に絡みつく。この触手によりミロクの操縦する意思とヨロイから伝わる情報を共有することができる。

 これを受けねばなにも操作することができない。


 木々の隙間から見える太陽はまだ真上にも行かない、これなら今日中にムシの元へたどり着けるだろう。

 サンダーソニアの補助脚を全て地面に刺し、腰をかがめる。姿勢を低くするのと同時に補助脚も縮め力を貯める。

ダッッ!!!

 勢いよく補助脚が伸びサンダーソニアの胴体が10mほど飛び上がる。

 勢いつけたまま近場の巨木へ接近し、補助脚の一本をクッションに使い別の足で幹を軽く蹴る。

 蹴り跳ねた先の木にも同じことを繰り返し、数メートル置きに生えた巨木の林を飛び跳ねてミロク達は進む。


タスッタスッタスッ

『ところでマスター』

「ん?」

 樹上を跳び始めてそれなりに時間の経った頃、ソニアが不意に口を開いた。

タスッタスッダスッ!ダダダッ

『虫取りにはどちらまで?ここらにもムシはたくさんいるみたいですが』

「は?」

 ムシが居る。そう唐突に告げられ、考えるより先に補助脚を4本深く幹に刺しヨロイの動きを止める。

 だがミロクとリンクされたサンダーソニアの探知機能にはムシの反応はない。

(伝達機能に不備が有るのか?)

 ミロクが片目を閉じ、つながれた触手から感じる情報を確かめる。

「どこだ?俺にはなにも来てないぞ」

『……?そこらにいますが?ほら』

 モニター中央下に得意げな顔をした小さなソニア(通称ミニソニア)が現れ小さな画面を胸の前で作る。

 そこに……普通の昆虫が拡大表示された。

「ん?……いや大型害虫の駆除に決まってんだろ」

『あっ』

 モニター内でミニソニアが口に手を当て薄く頬を染める。

ガッ──タスッタスッタスッ

 脚を抜き木をまた蹴り跳ね出す。

「なんで昆虫採集に行くと思ったんだよ」

『いえ、たまにはそんな気分もあるのだな、と』

「はあ、お前も寝ぼけてんのか?頼むぞ」

『はい、お任せ下さい』

タスッタスッタスッ

 ため息を漏らすミロクにソニアは微笑みを返す。

 サンダーソニアが傾きかけた太陽を浴びながらただ跳ねて行く。

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