第3話 朝の市場

 次の日の朝、早く目が覚めたミロクは朝市に出かけ、そこである情報を仕入れていた。

 その話の内容を頭で反復しながら買ってきた色とりどりの果物を頬張っていると、ユテンさんが眠そうな顔をして起きてきた。

「あっおはようございます」

「んん……おはよぅ」


 ユテンさんはパジャマ替わりの薄い長袖のダボついた上下の服のまま、棚からパンを2つ取り出しテーブルにつく。

 ミロクが「食いますか?」と差し出した果実を黙って受け取ると、

 彼女は髪を書き上げながらみずみずしいその青い果実を口に頬張り汁を啜った。

「あっユテンさん、おれ今日はそこらを見て回るんで」

 見とれてしまいそうなその姿から目を離し、急いでバキッバキッと果物の硬い芯までかじりながらミロクが言った。


「んー?私が案内してやろうか?」

 大きな丸いパンをちぎり少しちぎりもしゃもしゃと食べている手を止め、ユテンさんが付いていこうと言ってくれる。

 ちなみにユッカちゃんはまだ寝たままだ。

「いや、あのー一人の方がじっくり見れるんでそれはちょっと遠慮します」

「ふむ?そうか。まあちゃんとここに帰ってこいよ?」

「ちゃんと出てく時はちゃんと挨拶しにきますよ」

 ほっぺにパンクズをつけながら笑うユテンさんに手を振りながらミロクは外に出た。



──その日の早朝

 太陽がようやく顔を出し始めた頃ミロクは街の中心部に近い市場まで歩いて来ていた。

 ガッコガッコと四足の運搬用ヨロイが大量の食品を積んで歩く姿を横目に食べ物の屋台や果物などが売られた小さな市場をふらりと見て回る。

 名前のわからない奇妙な果物を袋で買ってその一つをかじりながら歩いていると、市場の中心にあった広場のようなところに人だかりが出来ていた。

(こんな早くからなにか見世物でもやってんのかな)

 興味が惹かれフラフラとミロクもよっていく。

 だが近寄っても音楽が聞こえるわけでもなく、きらびやかな装飾などもない。どちらかというと剣呑な空気すら感じる。

「──ムシだよ──」

「─女王が─」

「近くに─」

 ミロクが集団から数歩離れたところで聞き耳を立てていると流れてくる単語の中に気になるものが聞こえた気がした。

 そっと集団の後ろの方にいたおじさんの背中を軽く叩いて声をかける。

「すんません、なんか面白い見せもんでもやってるんすか?」

「ん?おう、いや見せもんなんて楽しいもんじゃねえよ。ムシが出たんだとよ。しかも規模からいってはぐれじゃなくコロニーが有るんじゃねえかって騒ぎだ」

「ああ……ムシっすか。そりゃあヤバイっすね」

 

 ムシ、それはどんな種であれ蜜の影響で変異した生物群の中でもとりわけ危険な部類に入る生き物だ。

 前日にミロクが戦った熊などの哺乳類で変異度が軽いものはその元を取り除けばある程度正常な状態に戻る。

 しかしムシは蜜との相性が良いのか初期のものでもその甲殻から姿が変貌し除去などはできない。さらに元々考えを持たず本能にのみ従って生活しているため見境がないのだ。


 そして、一番重要なことが一匹のムシが蜜による変貌を遂げるとそれがどの種でもまず卵を産み数を増やしていくというところだ。

 卵によって生み出された第二世代のムシたちは最初から親と同等の変貌を遂げている。単純な数の力で餌場となる樹脈炉を占拠しどんどん活動範囲を広げていく。

 昨日の熊も、もしかしたらそんなムシの出現を察知し逃げるように街の近くまで来ていたのかもしれない。


「ムシだといつもの動物みてえに嬢ちゃん達にも頼めねえしな」

「あー嬢ちゃんって駆除屋のユテンさんっすよね?」

「おうなんだ嬢ちゃんの知り合いか?」

「ええまあそうです。あのーその目撃場所ってこっからどれくらいの場所っすか」

「あっちの東門を出て運搬用ヨロイで二日、人の足だと三日ってとこだな。そこにでっけえ炉があんだよ、樹になりそこないのがさ」


 おじさんの指差す方をミロクも目で追う。昨日入ってきた門と同じ物があった。

「了解っす。一応ユテンさんには俺から伝えときますんで、皆さんに言っといてください」

「おう?ああなら嬢ちゃん達には無茶して出てくなって言っといてくれよ!」

ミロクは少し顔をほころばせ後ろ手に手を振り走り出した。

 

 広場から出るとミロクは足早に近くの屋台街の裏路地に入る。

「行きに一日、軽いごたごたもあって帰りは二日。……そんなもんで行けるか?」

建物の壁に頭をつけ息を整えながら指を折ってかかる日数を数える。

その顔はうっすらと紅潮し口元もわずかに緩んでいる。

早くムシを潰したくて、町を飛び出してしまいたくてあまり我慢ができそうになかった。

だが、

(あっ一応ユテンさんに言っとかなきゃな)

どうせすぐ旅立つ身だが断りは入れておこう。そう思い直し転がり落ちた果物に見向きもせずにミロクはユテンさんたちの家に戻っていった。



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