第2話 見知らぬ街

 その後どれだけ問答を繰り返しても、どうしてもユテンさんはミロクが一人で行くことを認めようとはしなかった。

 少しは自信のある身体能力を活かして勝手に離れようとしても、彼女の動きも人間離れしたものでどうにもうまくいかない。

 仕方なくお試し期間として、ミロクが数日間彼女の暮らす街レイジータウンに留まり彼女のことを知りそれでも嫌なら出て行くということでなんとか話はまとまった。



「何度も言いますけど、俺はそんな良い奴じゃないっすよ?」

 立てた膝に肘をつきすねたような口調でミロクが言う。

「大丈夫だ。仮に本性が好ましくなかったとしても、私は人の矯正には自信がある安心しろ!」


 ユテンさんはヨロイを前面装甲が開いたまま歩かせ、ミロクはそこに乗せてもらいながら彼女の街を目指していた。熊との争いで視覚機能が壊れていて視界を確保するためと前面部を閉じるとミロクが乗れないからだ。

 ミロクは歩いても構わないと言ったのだが、ユテンさんがどうしてもと言うので強く断ることができなかった。


ガタッガタッガタッガタッ

 徒歩よりはいくらか早い程度の歩みでヨロイは進んでいく。

 森を抜け細長い草のぎっちりと生えた草原を抜け、太陽がやや傾き始めた頃ようやくユテンさんのいう街が見えてきた。


 地面から2mぐらいの高さに積まれた害獣よけの一般的な石壁。

 そのところどころから同じく石造りの物見やぐらが突き出て見える。

 やぐら同士は木の吊り橋でつながっており、見張り番達が談笑している姿もある。

 さらに壁の向こうに大きな世界樹の姿もあった。


 壁沿いを門に向かってヨロイは進む。

 途中何台かの土木用ヨロイとすれ違う。二足の人型タイプは無く四足八足の物ばかりだったがどれも見るからに荒事に向いてないといった感じのむき出し操縦席で、横を通るたびに元気に手を振りながら声をかけてくる。


「おーうユテンちゃん!随分ボロボロだが成功したかい!」

「またなんか拾ってきたのか!相変わらずもの好きだな嬢ちゃん」

「今度また肉の調達頼むぞー!」


 そんな声にユテンさんも元気よくヨロイの手を振り返し、

「成功したぞ!」や、

「今回はとびきりの掘り出し物だ!」や、

「おう!任せてくれ!」等と負けないほどの大声で返事を返す。


 石壁の境にある大門を抜けると、少し先にまた門とその脇に今通りがかったものよりわずかに高い石壁があった。

 その壁と壁の隙間空間をガタガタ抜けるときにふとミロクが横を見ると、二つ目の壁前には斜めに刺さった白い杭がズラリと並んいて、更にその杭の前には細長い溝が掘られている。


 溝の役割はわからないが小型の害獣はまず街を視認できず、壁を越えることのできる獣はこの隙間で討つということだろう。

 ある程度防衛として設備が備わっているからこそ、外に出て害獣を狩るのはユテンさん一人しかいないということか。

(でも一人に任せんのは好きじゃねえな)


 出会ってから短時間では有るがミロクはユテンさんに好感を持っている自分に気づいていた。

 だからこそミロクは、

(このままこの街を好きになれずにいれば、後腐れなくまた出ていける)

 と嫌いになることに必死な自分に自嘲気味の笑いをこぼした。


「さあ着いたぞ。ここが私たちのアジトだ!」

 石壁のすぐ近く街の中心部はまだ遠くに見える、ありていに言えば街外れの人通りもなさそうな場所。

 そこに有った石造りの大きな平屋の建物。その前でヨロイは足を止めた。ここがユテンさんの拠点らしい。


「ここっすか?」

 聞こえていたが聞き返さずには居られなかった。建物の扉は大きいがとてもヨロイが通れそうにない。

「ああ、だがヨロイ置はそっちにあるぞ」

 ミロクの疑った声にユテンさんはヨロイの向きを変え、建物脇にある真四角で銀色のプレートを指す。

 ヨロイ用のリフトだ。どうやら地下にガレージが有り整備などはそちらにて行なっているようだ。


 プレートの上にヨロイが立つと足元からヨロイを固定する器具の音が聞こえた。

 リフトの昇降のために固定だ。荷物が動いては色々と危ない。

ヴーーーー

 サイレンが聞こえる。これだけの巨体を上下に動かすのだ万が一のことが無いようにアピールをしている。


「じゃあ俺降りたほうがいいっすよね?」

 ミロクが当たり前のことを言った。ヨロイとユテンさんは固定されているがミロクは適当に座っただけだ。当然危ない。

「なぜだ?」

 だが振り向いて見たユテンさんの顔は本当にわからないといった表情で……。

「こんなとこに座ったまま動いたら危ないじゃないっすか──」

ヴーーーー

 ミロクが説明するまでもなくサイレンの2度目が鳴り、ゆっくりとリフトが動き始めた。

「なんでもう動いてるんですか!!」

「気にするな!今まで事故は起きてないぞ」

 ヨロイがどんどん下に降りていく。壁やらがミロクの鼻先を過ぎていく。

「今までじゃなく今ですよ!」

 ミロクができる限り体を後ろに下げ叫ぶ。

「んっおいあまりくっつくなくすぐったいだろ」

 ふよんとミロクの頭が柔らかい物に触れ、甘い香りがしたような気がした。

 そのことを認識しようとした時、


プレートが到着し動きを止めた。


「うわっと」

 ミロクが慌てて柔らかい物から頭だけを上げると、

「おかえりなさい!ユテンさ──」

 笑顔のまま口を開けて固まった小柄な少女と目が合った。


「……えっあっえ?え?」

「ああただいま。ユッカ。ほらミロク、下についたんだからそろそろ離れろ」

「あっすいませぅあああっ」

 ユテンさんに促され、ミロクが体を離そうと体を動かしたらつい勢いをつけすぎてしまい、ヨロイから転がり落ち、少女の足元まで転がっていく。


「だっ誰ですか! この人……ってすっごくボロボロですよユテンさん! ええっどうしよう」

 スカートを抑えミロクから飛び退くように距離をとった少女は、ヨロイの惨状に気づくと手をパタパタと揺らしわかりやすいうろたえ方を見せる。

 

「今日はずいぶん元気だな」

 わたわたしている少女と床に座ったままのミロクを避けながら笑いながらユテンさんはヨロイをハンガーに付ける。

 ヨロイの横、ハンガーの壁から作業用アームがヨロイに伸びるのを確認すると、薄い長方形の板をヨロイの中から抜いてユテンが床に降りる。


「よっと!落ち着けユッカ。……コイツはミロクと言って森で私が助けられたんだ」

「わっわわ……──っ助けられた!? ユテンさんがですか!? 」

 板をヨロイハンガー前にある装置に刺すとユテンさんは少女に近寄りその体を持ち上げるように抱きしめた。

 少女も一瞬目を細め柔らかな落ち着いた表情になるがすぐ驚いた顔に戻りミロクとユテンさんの顔を何度もすごい速さで見比べる。

「おいおい何をそんなに驚く。私だってたまにはミスもするさ」

 そんな驚いた少女にユテンさんは少し外れた返事をし、小さな頭をそっと撫でた。

「たまにじゃないですよ……」


 横で黙って立っていたミロクは二人の話に入るタイミングが掴めず、なんとなくガレージ内を見回していた。

 ガレージ内はユテンさんのヨロイが収まってもまだそれなりの広さがある。

 壁際にシルバーのリフトが今乗って降りてきたものと、もう一つ同じものが隣りにも有って二つ。更に奥に少し横長幅のリフトも一つ。


 リフトの正面にヨロイ置きのハンガー、それはヨロイ5台は置けるくらいのスペースが有るようだが、熊にやられ半壊した物と、背中に何かでかい物が乗った亀の様な獣型四足ヨロイの二機だけしか見えない。

 個人で駆除業をやるにはこれだけのヨロイで十分だというのだろうか。

 ヨロイハンガーの端、部屋の一番奥の後ろに螺旋階段と柵に囲われた小さなスペース。

(多分人用のエレベーターかな)


カツンッカツンッ

 床には厚い鋼板が敷かれていてミロクの足音が反響する。

 まだ二人は話が止まらなそうだったのでミロクは足を勝手にハンガーの方へと進める。

 ヨロイ一機づつ区切られたハンガーは手前に作業用コンソールが置かれており、その隅に擬似精霊格納デバイス(通称・トリカゴまたはカゴ)を差し込むスロットが付いていた。


 ヨロイを操作するのと同じで、操縦補佐をしてもらう擬似精霊自身にメンテナンスの補佐もしてもらえる便利な装置だ

 そこに今はユテンさんが先程まで使用していたであろう白いカゴが刺さっており、スタンバイ状態を示す緑の発光を繰り返している。


 ハンガー上部には細かなパーツを吊るすためのレールが手前から奥に何本か。

 側面にはヨロイ自身の腕と同じくらいの太さを持った腕がたたまれておりこれも何本も入っていた。

 予備のパーツなどが見当たらないが、どこに置いてあるのだろうか。

 もう少しハンガーの中を覗こうとミロクが横へ回ろうとしたとき、あの少女の大きな声がガレージ内に響いた。


「ええっ!?この人、一緒に暮らすんですか」

「ああ!面白そうだろ?」

 ミロクが振り向き見たその顔はミロクを誘った時と同じく、無邪気な笑みだった。


「……ユッカです。はじめまして」

 その後、一階に上がったミロクはユテンさんから少女の紹介を受けた。

 彼女の名はユッカ。家族は無くユテンさんともう一人の女性を姉同然に慕いここで一緒に暮らしているのだそうな。


 ユテンさんは戦闘は得意だがそれ以外のことはどれもあまり得意ではないらしく、家事やヨロイのメンテナンスなどはほぼ彼女、ユッカちゃんが行っているという。

 軽い世間話をしていると日も暮れ始め夕食にとユッカちゃんが手料理を振舞ってくれた。


 それは昼前に食べたユテンさんの料理よりも優しい香りのするとても美味しいものだった、もちろんユテンさんの料理も美味しかった。そうミロクが二人に感想を言ったところユッカちゃんはまたあの驚きわたわたした状態になってしまった。


 なぜ驚くのかと不思議がるミロクにユテンさんは『褒められて照れているのだろう』と笑い、部屋に案内するからついてこいと席を立つ。


 普通の蝋燭の入ったランタンに火を着けユテンさんが先を歩く。


 ガレージ上の地上部分。最初に見た大きな扉から入ると椅子と机の並んだ広間がある。となりには厨房もあり食事はほとんどの場合ここで取るそうだ。

 広間の玄関と向かい合った戸を出るとガレージに続く螺旋階段と廊下が広間を囲むように左右に伸びている。

 この通路右にはユテンさんやユッカちゃんの私室が有るそうだがそちらには今空き部屋がないため、左側の物置横の部屋を使うようにとユテンさんは案内してくれた。


「なにも無い部屋で悪いが一応客間として用意してあったものだ。後で布団とかの寝具を持ってきてやる」

 ユテンさんがランタンから火を室内に置かれたランプに移し室内を明るく照らされる。


 ミロクが案内されたのはユテンさんの言うとおり狭い部屋で、その部屋にはベッドと二人がけの椅子小さな机しかなかった。

「ああ別にそんなのいいっすよ」

 ミロクが顔の前で手を振りながら断る。


 今まで森の中を長い月日一人で歩き寝泊りをしていたのだ、人工物の上で眠ることが出来るだけで全然違う。

 それにここら一帯はもの凄く暑かったのでミロクはいつも石の上や樹上の木陰など涼しい所で休んでいた。

 そんな地域で上に何かをかけると暑くて眠ることができないだろう。


「そうか?ならいいんだが」

「はい今日はこのまま休ませてもらいます」

「ではおやすみ」そう挨拶を残してユテンさんは出て行った。

 

 ユテンさんの足音も聞こえなくなるとミロクは腰に下げていたナイフとカバンを外し机の上に置くと、椅子に座りあくびをしながらシャツを脱ぎ上半身裸になり。

 昼前にユテンさんに巻かれた包帯を剥がし丸めて机の上に捨てておく。

 もう傷は跡形もなく紅蜜の赤い汚れも全く残っていない。

 そんな腹をさすりながらランプのところに行き消火するとベッドの上にドサっと飛びのった。


 ベッドで眠るのはいつ以来か。そんな思いに引っ張られるように付いて来た故郷の記憶を無理やり他所にやり、ミロクは目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る