第8話 林の王とベニの雨
天井を砕いて現れ、ミロクたちを飲み込んだ巨大な口。その口内にはびっしりと生えた人の腕ほどもある刺。外の巣の壁と同じく薄明かりを出し体内を照らす皮膚。奥にはプレス機のような器官があり、今は先に入った食材の圧縮作業中だ。
サンダーソニアを食った親ムシは更に巣の建材である木や獣の骨なども次々飲み込んでいく。ガレキの波に押されサンダーソニアはどんどんムシの腹の奥へと流れていく。
だが、ピンチのように見えるこの状況にミロクもソニアも動じない。
「これ、親だよな」
今日の天気を尋ねるような気楽さでミロクが言う。
『確実に』
必要以上に喋らず肯定だけをするソニア。
「じゃあ焼いて終わりだな」
『そうです! ゴーゴー』
モニターの中楽しげに踊るミニソニア。
今もサンダーソニアの全身からは火の粉が吹き出している状態で、一緒に奥へ押されていく周囲のガレキにもそれは燃え移っている。
自分の体の中が燃えているという状況に気づいたのか、早くサンダーソニアを押し花にしようと巣を食べる速度を上げる親ムシ。
初めのうちは同じ食材を何度も潰してから奥へと流していたのだが、今は一回のプレスだけで奥へと送っている。
とうとうプレスの順番が巡ってきた。プレス機のハンマーがサンダーソニアへと振り下ろされる。
だが、それは台にまで着くことはなく、サンダーソニアの両腕で受け止められていた。
サンダーソニアの両腕が触れた部分からハンマーにも火が廻り中央部分からドロリと溶けていく。溶けたハンマーが液体となりサンダーソニアの体にかかるがミロクは気にせず、白濁とした雨の中腕を伸ばしある物を掴んだ。
それはハンマーを
紐と一緒に上顎の肉がぼとりと落ち痛みを感じたのかムシの喚き声が奥の方から轟く。
痛みに耐え切れないのかサンダーソニアを吐き出そうとムシが体を上下左右に振り回す。そのせいでムシの口内は溶けた物体や原型を留めたままのものがグチャグチャに混ざりまるで一固まりの団子だ。
団子と一緒に吐き出され天井の高さから地面に落とされるサンダーソニア。火力を上げ団子を燃やし尽くすと補助脚を
濃い白い水煙が立ち込める中、サンダーソニアの体に燃やした団子の灰が降る。灰は火の粉と反応し大きな火花を散らす。
天井にはあの親ムシの顔がまだ見える。兵隊ムシや子ムシと同じく竹に似た丸い管のような顔。半開きになったままの顎の上下に4つ付いた無機質な目。ミロクはその無機質さから漏れ出る怒りに喜びを感じていた。
「そんなに見つめたってなにも出ないぞ」
『私はなにもなくてもいつも見てますよ!』
はしゃぐミニソニアを無視しムシを見据えるミロク。
嬉しそうにムシの顔を見ていたミロクだが思い出したように顔を下げ一度首を振ると目を閉じた。
「
目を閉じたまま静かに唱える。サンダーソニアの体から火が消え、紅の色も薄れる。
サンダーソニアの首両脇に乗っている三角の口から、上へ二本紅色の柱が伸びる。細く静かで真っ直ぐに何者にも邪魔をされずただ伸びる。
その柱に引かれるように巣の中に漂っていた蜜やムシの燃えた残骸も細かなチリとなって一緒に天に上がっていく。
ムシの親が何かを感じたのか天井からズルズルと大きな体を下ろしサンダーソニアを押しつぶそうと頭をもたげた。
「
紅色の柱が消え、ポツポツと紅色の何かが雨のように巣に降り注ぐ。その雨は空の高くから降り注ぎムシの巣を上から濡らした。雨に濡れた箇所は木材もヨロイも獣の骨も蝋も何もかもが溶けだし。溶けたそれらは雨粒に混ざり大きな球へと変わっていく。
巨大なムシは自分の体にコツコツと当たる物が何なのかわからず、急に全身を襲った痛みに怯えた。そしてわからないうちに体を削られ、痛みに怯えるうちに命を落とした。
巨大なムシがサンダーソニアのすぐ目の前で息絶えた。その残骸にミロクの興味は既にない。今はまだ形が有るがどうせすぐにその体も他のムシ達と区別もつかなくなる。
だからその体にはもう興味がない。ミロクはただここには大きなムシが居たという記憶だけを持ち帰る。
「紅蜜・嵐」
ミロクが最後の言葉を唱える。
サンダーソニアの視界を埋め尽くす紅色の雨珠。巣と巣の中にあったもの全てが変化した結晶だ。
それが鮮やかに輝きだし一粒ずつが巨大なエネルギーの塊となって爆発を起こしながら膨れ上がる。
膨れ上がった珠がとなりの珠にぶつかり音を立てる。
カチッカチッカチッカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ──
音が止む。珠の動きも全て止まる。
ミロクもソニアも何も言わずその光景を見つめていた。
十数秒後、全てがはじけた。
一つ一つが人間の拳サイズのエネルギー塊が全て同時に。
ミロクの見ているモニターには何も映っていない。ソニアの話す声も何も聞こえない。光量が強すぎて何も見えない。 爆発音が大きすぎて何も聞こえない。
ただ感じるのは暖かさ太陽に焼かれる暖かさではない。親の腕で抱かれているような落ち着く包み込まれる暖かさ。
その暖かさも徐々に冷め、視覚も聴覚も戻ってくる。
モニターを埋める太い紅色の柱。耳を覆う暴雨風の叫び。
その全ての感覚を堪能し満足すると、ミロクは祭りの終を告げた。
「回収開始」
紅蓮の柱がサンダーソニア両肩の口へ吸い込まれ風の声も穏やかなものへと静まっていく。
サンダーソニア胴体内。ミロクの前方に有る開閉する装甲の両脇、そこに2本のスリットが見える。中には太いガラス瓶が入っていてその中身は空だ。
サンダーソニアが吸い込んだ紅の柱がその瓶の中に灰のように積もる。
世界樹の蜜を飲んだムシや害獣を燃やしその体や痕跡を灰として奪う。これがサンダーソニアの回収だ。
「あっそうだ」
ミロクが触手に命じ自分のカバンの中を漁らせる。そして熊からミツを回収した時の包帯を取り出させ、紅の灰が積もる瓶の中へとそれも入れた。
包帯は灰に触れ一瞬青く光ったがすぐに紅に染まり瞬きするともう区別がつかなくなっていた。
全てを吸い込み切ったサンダーソニアが立っていたのはなにも無い空き地だった。そばにはずいぶん深い穴になった樹脈炉と世界樹のきりかぶだけ。
自分の手でやったこととはいえミロクはこの現実に引き戻される瞬間が嫌いだった。
さて次はどこに向かおうか。などと考えているとミロクの頭にあの少女の顔が浮かんできた。そういえば仮にだが今は帰る場所があったのだ。
ミロクは少し嬉しくなり街へと急ごうとサンダーソニアを林の方へ向け、彼女らと出会ってしまった。
「おい! そこのヨロイ! いったいここで何をしてるんだ!!」
この声は確実にあのユテンさんだ。ミロクは一瞬で乱入者の正体を理解しイタズラがバレた子供のように顔をしかめた。
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