第7話 林の城とムシの王

 壁を抜けた先。そこは高さがこの巣全体の天井までぶち抜きで、広さも半径数十mほどはあるドーム状の部屋だった。

 壁には蝋で固まった獣の骨やヨロイの物らしき金属のパーツ。

 その残骸の纏う蜜が壁を怪しく光らせる。


「なんだここ墓場か?」

 ミロクが素直に思ったことを述べた。

『マスター。ここが中央部で間違いありません』

 ではここに何か有るのだろう。ミロクは視線を巡らせ壁以外に何かないかと探る。

 奥まで見てもどこも同じ壁壁壁どこかへ通じる道すらない。


『──上です!』

 焦ったように急かすソニア……それとモニター端で指を一本立ててジャンプを繰り返すミニソニア。

 上? ミロクが上を見ようとした瞬間、サンダーソニアが勝手に飛び退いた。そのことにミロクが何かを言う前にモニターが上下画面を分けそれぞれ別の場所を映す。


 下側、床にキラキラ光る謎の水たまり。

 上側、先程までのムシのふた回りは大きいムシ。

 水たまりはいったん置いておき、ミロクはムシを注視した。先程までいたムシ達と同じく節で繋がった筒状の胴体。違うのは長さが倍以上あることと人のような形をした腕が何本も付いているところだ。


 口からボタボタとよだれのような液体を垂れ流し、うぞうぞと。そんな表現しか出てこないほどの気持ち悪い歩き方でその巨大ムシが天井を這い回る。

 

「こいつが親?」

 その動きを目で追いながらミロクが尋ねた。その顔は今にも飛びかかって殴りたそうにしている。

『違います』

 ミニソニアがバッテンを作る。


 ならあれは子供か。子供は数匹居るって話しなのに嫌になる。

 まあなんにせよ地に落とし潰すだけだ。

 そんなことを思いながらミロクはムシの元まで行く方法を考える。


 ムシはサンダーソニアへよだれを掛けようと執拗に頭上を狙い天井を這い回る。

 

「壁登ってくか」

 残骸の埋まる壁を見てミロクが言う。

『いえ、推奨できません』

「さっきみたいなことがあるからか?」

 ソニアは応えずミニソニアだけが頷く。


「じゃあ撃ち落とすか」

 サンダーソニアの肘を曲げ拳を天井に向け、手首を内側に倒し前腕外側に付いた砲塔を起動させ二本の砲身が回転しながら伸びる。

 サンダーソニアに搭載されている砲弾は片腕に60づつの計120発分で、細い腕に積み込む関係上一発の弾は小さい。


 虫はサンダーソニアよりもでかく張り付くための腕も多い。

 威力の低い弾をどこに当てれば効果的か


「あの節ってどう思う?」

『柔軟性は高いでしょうが強度はあまりないかと』

 だよな、と呟き補助脚で体を固定し数発弾丸を発射する。ほとんどが体である管に当たったが、一発だけ狙ったところに行った。


 パラパラと落ちる弾丸。ムシは特に問題もなさそうに這い回る。効いている、のか?


 続けて数発打つ。狙いは変わらず頭すぐ下の節、徐々に命中制度も上がり床に落ちる弾の数が減る。

 ムシの体液で汚れていく床を避ける作業は操作ごとソニアに任せ、ミロクは黙って打ち続ける。


 やがてパンッと節がはじけムシの頭部だけが床まで転がってきた。

 落ちてきたその頭を踏み潰し「よーしっ」一匹目、とミロクが言ったその時。

 ミロクは不思議なめまいを感じサンダーソニアをふらつかせた。


 倒れないよう補助脚を動かし、今まで避けていたムシの体液に触れたとたんに膝から崩れ落ちそうなほどの脱力感に襲われる。


 しかもふらついた視界の中で頭の取れたムシがまだ元気に動いている姿が見える。

『これが先ほどの原因ですか』

 その姿を見てミロクは吹っ切れた。そしてそれと同時にミロクはようやく理解した。この体液はエネルギーを吸収するのだと。


「やめだ、やめ」

 ミロクの言葉にミニソニアが軽く頷く。


 最初ユテンさん達の街を出たときにミロクはストレス発散だと言った。つまりこれは彼の中ではいかに苦労せずムシを潰すかの遊びのようなものだ。

 それなのに先程から半端な罠にかかってばかりで苛立ちはいっこうに晴れない。


「なんでこんな場所に来てまで奪われなきゃなんない」

 サンダーソニアの装甲に刻まれた紅の線に光が灯り。

「全部奪い返す。それでスッキリ帰るぞ」

『強制徴収形態へ移行』

 

 首の横、肩の内側に付いた三角の突起が横に割れ中では火の粉が吹き荒れ。

 補助脚先端に火が付き触れた床にも火が廻り、蜜や木が火に消され土台の土が現れる。


 正面を向いていた火を噴く突起が天を向き周囲に火の粉の雨を降らす。

 蜜に引火した火が広がっていき壁や天井までも落とす勢いで、サンダーソニアの辺りはムシの体液が蒸発した白い煙と火花の紅で染まっていく。


『最初からこうすれば良かったんじゃないですか!?』

 ミニソニアが興奮したように騒ぐ。彼女が一言発するたびにサンダーソニアの突起から火の粉が飛ぶ。

 

「よおーし潰す、潰す、潰す!!!」

 壁に補助脚を刺しサンダーソニアが登り始めた。本物の昆虫のように気持ち悪い速度で壁を這い上がる。壁は触れる端から溶け先ほどのようにミロクたちを拘束することはできない。


 天井付近ではどこからか残りの子ムシも現れたが今更邪魔にもならない。 一気に壁を駆け上がり手近な一匹を殴り潰す。

 そしてサンダーソニアの拳はムシを貫き天井を掴んだ。


 拳から熱が広がりムシの残骸を燃やす。

 その体が灰になるのを前にミロクは脚を天井に引っ掛けムシと同じ逆さまの世界へと到達。ムシ達の無表情な顔をじっくりと見た。

 

 怖気づいたのか尻を見せ逃げようとするムシたちに弾丸を一発づつ当て、弾は鳳仙花のようにはじけその足を潰す。

「なんで逃げんだぁ?」

 わざとゆっくりとサンダーソニアがムシ達に近づいていきその体を燃やしていく。細い管から漏れる断末魔は面白い。全部燃え尽きろ。

 ミロクはいやらしい笑を浮かべムシをいたぶる。


 ムシたちが全て燃え果てる直前、火のついた天井が割れ巨大な顎がサンダーソニアのモニターから溢れ出るほど大きく映り、そのままミロク達を飲み込んだ。

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