一章九節  星 対 人

〈――ミカ! 敵本体は!〉

〈変な月ですがなにかっ?!〉

 

 空を見渡すレンカ。

 

 いた。

 淡く光る月が二つ。向かって左の月は明らかにおかしい。

 いびつな円形が陽炎かげろうみたいにユラユラと形を保てていない。そして単眼で、黒い裂口が笑っている。

 

 月になり損ねたナニか。一つ目の幽霊月。

 いよいよフザケた世界だ――レンカは冷笑する。


「見事に、笑ってるわね」天を仰ぐ苦笑のメガミ。

 

 そして屋上に立つ全員が、嫌な笑みで地球を見るソレを睨み付けた。


「今度は星、か」冬条の口角が不敵に歪む。


〈超絶級、確認した。――超絶? それがどうしたっ!! 『SFS』、起動っ!!〉

〈了解っ!! 『ウィズダム・ネット』、展開っ!! みんな、ヨロシク!!〉

 

 レンカの雄叫びに血を熱し、静かに目を閉じるミカ。

 コンソールに囲まれるその姿がノイズを纏うが如く不安定に暴れだし、彼女を構成する色が時に黒く、時に輝く。


『ウィズダム・ネット』――自らの第四脳フォース・ブレインを空間解放し、この世界の全てを構成する最終粒子に干渉する事を目的とした強制的なネットワーク、と言われている。


 強制認識とも呼ばれるソレは『認識兵器』へのプロセスであり、前にも少し触れたが、そのノウ力の強さは不確かながらFB進度で表される。


 ある転機を迎えた事により進化を促された人脳が展開する最終力に関した真実は、統合政府内における最重要機密とされており、そこにまつわる人類最終機関の強制解体、関係者の抹殺等、闇に葬られた悲劇も数多く存在する。


 しかし発見当初の最終力は人類の共有財産とうたわれたこともあって、当時の世界における有力者達、すなわち『五皇帝』ごこうていと『九の王』の手に密かに流出しており、それぞれが独自にこの力の解明にあたり、我が物としていった。

 冬条財閥も、その内の一つであった。


 ミカは超広範囲特定粒子の事象を把握、数値化し、並列進行で複数のコンソールに嵐の様な指捌きを踊らせると、戦略プログラム『SFS』に情報が雪の様に舞い積もってゆく。


〈『SFS』、起動っ!!〉

 コマンドを確定すると、司令室と化した教室前面の大型モニターに、敵影と地球のグラフィックを中心とした様々な波形や数字の羅列が映し出される。 


〈外部司令部との共有確認!〉 

〈全遊撃隊へ通達完了!〉 

 ミカをサポートする司令班の学徒達がそれぞれの端末を前に声をあげる。


〈敵本体は強制認識推定スケールFB9ナインを展開!! 第一波、来るよっ!!〉


――融頭痛に犯される地球を笑う、そのニヤつく口の中の漆黒に、無数の光点が集う。


〈各遊撃隊は市民の避難誘導を優先しつつ、会敵かいてきの際は防戦戦術『撹乱の猫』(攻撃レベル小、中、大、最大の内の中レベルによる撹乱行動)にて対処せよ! 校内各攻撃隊は自由陣にて校庭へ展開! 対空戦術『一点の龍』(攻撃レベル最大による一点集中攻撃)準備! シールドっ!!〉

 インカムに声を張り、空を仰ぐ総司令レンカ。


〈……はい〉

「あ……」

 前方上空に幽霊の様に現れた黒髪の女子学徒を、メガミは悲痛な声と眼差しで捉える。


〈敵兵器発動っ!!〉緊迫したミカの叫び。


 歪む月より、巨大な光弾が地球へ放たれた。

 それは徐々に大きさを増し、既にレンカ達の視界では二つの月を確認できない。


(認めさせあう世界)僅かに目を閉じるメガミ。


 人間は敵と同質の力で戦っている。真相などにこだわっていられる程、人間には余裕も時間も無い。それは今を生きるほぼ全ての兵の中で決着していた。


〈最大直径約千二百キロメートルの敵弾球状光体は秒速約八千キロメートルで地球へほぼ直進っ! 地表到達まで、距離あと三十四万っ! 落下予測地点、日本全域っ!!〉

〈断じて認めさせるな!! フィルター、解放っ!!〉

〈はい〉

 レンカの号令に、消え去りそうな声で答えるシールド。そして彼女もノイズに身を包む様に激しく光り輝いた。それに伴う融頭痛が、人々を襲う。

〈ぐっ――強制認識スケールFB5ファイブでフィルター解放!! 敵兵器存在強度あと百!! 九十!! 八十五!!〉

 

 新たな痛みに耐え、惨劇回避へのカウントダウンを遂行するミカ。地上の人々が見上げる視界の中で巨大さは増してゆく、だが僅かに薄れていく敵の光。


〈地表まで距離あと二十五万っ!!〉

〈強度あと五十!! ち……上がった六十!! 五十五!!〉


「う……ぐ、ぅう…ふぅう…!」

 流れ込む、化物からの超絶級の強制世界と痛み。

 あの光は人間を何に変えてしまうのだろうか――想像に畏縮いしゅくしたシールドが放つ光は淡く弱まり、恐怖と痛みに弱くあえぎ、見開く目からは黒い涙が流れる。


〈――敵弾速度上昇しましたっ!! 地表まであと二十万っ!! 十九万っ!!〉 

〈避難誘導率がまだ五十パーにも届かない!! これじゃ間に合いませんっ!!〉

〈くっ! 負けんなシールド! あんな馬鹿光、アタシらも絶対拒否してやるから!!〉

 インカムを飛び交う状況に、戦慄のトーンが走る。

 

 その時――震えおびえるシールドが抱く、クマ型のインカムから声が聞こえた。


 まだ戦う力の無い、初等部の子供達の懸命な叫び声が。


〈がんばってー!〉 

〈クマのねーちゃん負けないで!〉 

〈あたしたちも逃げないから!〉

〈ずっと、いっしょだから!〉

 

 学園には親を失った子も多かった。

 そんな中で優しい母性を感じさせるシールドの周りにはお昼休みや放課後などにちびっ子達がよく集まり、一緒にごはん食べたいとか、抱っこしてとか、大きくなったらケッコンしてとか――。


 正体? そんなもの、この馬鹿みたいに寒い宇宙の中で、巡り会う子供達の純粋な熱の前で、大して重要ではないのだ。


――クシャクシャの泣き顔。

 歪みの走る腕で、シールドは涙に濡れるクマを強く抱きしめる。


〈――准将!! 世界各地で、拘束を免れた他校学徒部隊が人型へ一斉攻撃を開始!!〉

〈何?〉レンカは小さく驚くと、聞き返す。


〈シー!! 聞こえてっか!!〉

 オープン回線に割り込むハスキーな女子の声。


〈人型はアタシらがぶっ潰す! ヨソの学校の知らねえガキどもなんかも一緒だっ! オマエらばっかに任せっきりにしてたまるかよっ!〉

〈地表まであと十三万っ!! 十二万っ!!〉


「――京子きょうこちゃん」

 どこかの町で懸命に戦う友の熱い声。

 シールドの泣き顔に微笑みが浮かび、取り巻くノイズと輝きが止んだ。

〈雪原と冬条は気にいらねえがオマエは好きだっ!! また巨漢と微妙な学徒アイドル連れてウチの学校遊び来いよ! つーかアタシが!! 会いに行くから!! だから――だから……よぉ〉


〈五十から下がらない! この強度はまずいよレンカ! UM暴走覚悟のイチバチだけど、ランスとの多重展開に打って出るしかない! 承認を五秒以内に求む!!〉


〈見せてやろうぜシー!! クソッタレの神様だかに、ガキどもの一撃をよおおおおおおおおっ!!〉

「うううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 明日への咆哮を解き放った空の少女の長い黒髪は天を貫く。

 

 ドス黒いノイズを纏い、歪み、などではない、断続的ではあるがシールドを表現する線が鬼の女神とも言うべきかの様な異形を結ぶ。


〈問題無いよミカ。彼女は――〉レンカの口角が上がり――。


「負けない!!」

 悪鬼の形相が叫び、光へ目を見開いたその瞬間、世界を激しい闇が駆け抜けた。

 凄まじい轟音と共に、落ちて来る光は暴れ狂う闇に微塵に食い千切られていく。


〈――て、敵兵器存在強度激減っ!! 五十から二十へ!!〉ミカは驚愕きょうがくの声を上げる。


「『認識兵器』……」見上げるメガミの瞳に闇が舞う。その悲哀の表情には、誰も気付く事無く。


〈地表まであと五万!! 四万!!〉

 砕け散ってゆく敵兵器。光の血飛沫が空で泣き叫ぶ。

〈十! 五!! 行けゼロっ――YESっ!! 敵兵器存在強度ゼロ、確認!!〉

 指令室内に一瞬沸いた歓声と共にミカは熱く拳を握った。

〈上空約二千キロ地点で敵弾完全消滅しました!!〉 

〈全攻撃ユニット展開完了!!〉


 光球を食い散らした闇はまたたく間に消え失せ、空に歪む月の笑顔が現れる。

 それを確認した異形のシールドは大地に降り立ち、消え去るノイズと共に微笑み、倒れた。

〈衛生班はシールドの救護を! ゆくぞランスっ!!〉ギラリと光るレンカの両目。


〈……そう、我は騎兵〉ギラリと光るランスの左目。

〈ランスはスケールFB9で強制認識を展開!! 全攻撃隊、セーフティ解除!!〉


 砂埃すなぼこり立ち舞う校庭には多くの学徒攻撃隊が展開する中、その中心で一人、何か刀のような、槍のような長い物体を肩でトントンと遊びたずさえる長身の学徒が優しく歪み、光る。


「な……無茶苦茶だ……」

 校庭を見下ろす如月大尉の開いた口が塞がらない。

 トントンと揺れる、肩から天へ伸びるソレのその長さが、襲う頭痛も相まって軍人達に恐怖を感じさせた。

――ソレの先端が、長すぎて見えない。

 

 突如、司令室内の数台のモニターから不快な電子音が鳴り響く。


〈――マズイっ!! 全人型がフィルターを解放!! 奴ら盾かよ!!〉

 険しく見開くミカの目。世界を映すモニター上に無数のアラートが踊り湧く。

 チッ――レンカは握り拳を口元に添え、苦く舌打つ。火力が殺されるのだ。

 その直後だった。


〈――――邪魔はさせません。フィルター、始動!〉 

 

 通信回線に透き通る声と、西より世界に放たれる異色な頭痛と光。

「む!」淡い光源の方向に顔を向けるレンカ。 

「間に合ったか」冬条は低くつぶやく。


〈つうっっ……! レンカっ!! 空院学徒部隊が対抗フィルター発動っ!! 敵フィルターを侵食開始っ!! 完全侵食まであと八十っ!! 七十六っ!!〉

〈総員っ!! 目標へ照準合わせっ!!〉

 レンカは言い放ちながら羽織る礼服をなびかせ、ショルダーホルスターから四十五口径リボルバー『冬猫』を抜き取ると、振り出した回転式弾倉を指で弾き回転させ、手首の返しで戻す。


(痛みの走る、でも、純粋な光)

 女性士官は、もう何も見ようとはしない。

(この子達は、ただ純粋に、諸刃を振るう……)


 全世界の学徒達がその兵器を通す為、敵に弾き返されようが殴り、蹴り、投げ飛ばし、そして撃ち貫く。

 生への熱血オーケストラに、何者も国境線などを引くことは叶わない。


〈気合見せろテメーら!! クソ人型のウサミミ引っこぬいちまえオラァっ!! おい雪原ぁぁぁ!! 聞こえてっかぁ!! テメびびってんじゃねーぞコラぁ!!〉

〈学徒部隊の猛攻により各地の人型が次々に殲滅されていきますっ!!〉

 フフ――ガサツな女の発破に微笑を浮かべ、その手の大口径を歪む月へ向けるレンカ。

〈グッジョブ、ガキども!! 侵食まであと二十五っ!! 十九っ!!〉

〈敵本体が強制認識第二波展開っ!!〉


 再び、フザケた衛星の黒く裂けた口に光点が収束していく。


「――良ければ、力を貸してくれないか」

 クライマックスに微笑むレンカは軍人達に視線を流す。


「届くはずがないんだ」一人の中年曹長が冷や汗を流し震える。


「そうだな。人は積み重ねてきた知識などで守られていた。だが曹長、もう、届いてしまうのさ。それを認めてくれ、といっても難しいだろう」

〈侵食まであと十五!!〉


「――家族は?」

「……仙台に……つ、妻と、一人娘が!」うつむき目頭をつまみ、涙をこらえる曹長。

「顔を上げろバカヤロウっ!! 手を貸す!! 守るぞ!!」

「ぅうああああ!!」

 レンカの怒号に曹長は顔を上げ、携行ロケットランチャーを空に構える。

「チクショウ、援護する!!」 

 如月大尉を始め、メガミ以外の統合軍兵士達もその目に青い炎を宿し、銃器を空に構えた。


〈そうだ距離など問題では無い!! 貴様らの総意を認めさせる事こそ意味が有る!!〉

 総司令の声に勇気をたぎらせ、歪む月に照準を合わせた学徒達は世界に乱立する暴風と痛みの中で歯を食いしばり、それぞれの引き金に指を添える。


(第四進化……『認識兵器』……。終末の力で終末に抗うその矛盾が、なぜこうも純粋に見え……)


 メガミは銃を抜かず、何か黒いモノが立ち込めてゆくレンカをうれい、見定める。


〈……月だが……やれルナ?〉襟元のインカムで人知れずランスに問う支配者。

〈フッ、笑っておこう〉ランスの手にする恐ろしいモノが、血の色に強く輝く。


 そして撃鉄を起こすレンカにノイズが走り、終焉しゅうえんの神、とでも言うべきかの如く光る暗黒をその身に這わせ、震える空気に魔王の形相で怒りを放つ。


〈生きてやれ!! 世界がどれだけフザケようが上等だ!! 一つだけのこの命が全部まとめて笑い飛ばすっ!! 世界に!! 笑い抗え!! 世界達っ!!〉


〈六!! 三!! ――ゼロっ!! 通った!! 姫君ぃっ!!〉

〈フィルター緊急停止っ!! 今ですっ!!〉


「――我っっ!! 人の願いを率いるは!! 月貫く槍刃そうじんなりぃぃぃぃっっ!!」

一斉射いっせいしゃっっ!! 撃てえええええええええっっ!!〉

 激しく世界を引き裂く火器の轟音と共にランスは大地に激震を放ち、歪む月へと伸びる一条の赤い光となり、消え去った。


 その大空で、学徒達の放った数多あまたの銃砲弾が、光へと変わる。



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