一章八節 リバティック・フィルター
来るべき時を告げる全校放送に騒然とする校内を、ハヤブサ隊の兵士達が疾走する。
教室、職員室、理事長室に至るまで、武装兵の包囲は速やかに行われた。
〈全学徒は強制認識による融頭痛に備えよ!! 各ユニットリーダーは、総司令からの命令が――ちょっ! 何アンタ達!! 銃を下ろしなっ!!〉
放送に乗るオペレートリーダーのミカが発する怒号と学徒達の悲鳴が、世界中で低く不気味に鳴り響くサイレンと共鳴し、人心の混乱を加速させる。
「ハヤブサはっ!」
「既に展開! 包囲はほぼ完了との事! 冬条、ランス、シールドをロスト!」
「探しなさいっ! でも司令塔は抑えた。シェルターへの誘導を!」
メガミは
――職員室
「き、君達! まず銃を下ろしなさいよ!」
「子供達には手を出さないでっ!!」
「危害を加える者ではありません! 指示に従って下さい!」
――教室
「軍人サイテー! おまえら出てけっ!」
「もう私たちに構わないで下さいっ!!」
「学徒諸君! 銃を下ろし、指示に従え!」
――理事長室
「理事長、チャックを上げて、指示に従って下さい」
「えっ――あっ!!」
――一年ジェットタイガー組 兼第二司令室
「君達! 銃を下ろし回線を切りなさい! 違法なアクセスをやめなさい!」
「ざけんな軍人!! 町の復興もロクにしないでやる事ぁコレかよ!!」
〈せめてアタシらの邪魔すんじゃねーよっ!!〉
ミカの怒りがスピーカーを通し、空に響く。
「……これも抑止力の一つです。あなた達の自衛的交戦権は剥奪します。以後、私の指揮に従いなさい。――如月大尉!」
「はっ! ……レンカ様、地下シェルターへ御同行願います。お聞き入れを」
五人の兵士に銃を突きつけられ囲まれる少女の目は、動揺もなく如月を見据える。
「……こんな所で何をしているのですっ。ここはもう駄目です。船のチケットは届いているでしょうに、何故ウィアースへ向かわれないのですかっ」
低く声を抑え、如月はレンカを悲しげに叱る。空には、司令班女子学徒の悲痛な叫び。
〈総司令っ!! 聞こえてますか?! 世界各地で軍による学徒部隊の拘束が確認されていますっ!! 救援要請多数っ!! 総司令っ!! 応答を!!〉
「…………」
レンカは短い沈黙の後、少し、空を見上げる。その瞳は、悲しさと強さが静かに灯る。そして、如月へ答えた。
「せき止める為さ。子供が最前線で銃を握り死んでゆく、このフザケた流れを」
レンカへ向けるメガミの表情に、迷いとも取れる切なさが宿る。
「……ってるんですか……」如月はつぶやき、うつむく。表情が、見えない。
「ここで、この時代で終わらせる。……せめて、新天地には届かないように」
その少女は銃など構えてはいない。だが取り囲む如月以外の兵達は少しずつ、後ずさりをしている。
〈――そんなっ……情報部から入電! 統合軍の展開戦力、陸、海、空、宇宙、すべてに撤退命令が出されたとの事っ!!〉
「アナタは何言ってんですかっ!! そんな想いとかだって、届かないですよ向こう側の人間にはっ!! 新天地が軍備をやたらと増強している事は政府放送でも伝えてるでしょう?! どうせここに残された人間からの報復を恐れてるような愚劣な体制下なんですよっ!」
如月の悲痛な眼差しと叫びが、レンカに放たれる。
「……だからこの地に過ぎた力は許されない、かは知らんが、我々は泣き滅ぶ為に生まれてきたのではない。銃を下ろさせろ」
メガミの後頭部にはリボルバーの銃口が押し当てられる。
「なっ――?! 貴様どこからっ!!」
「やめなさい冬条!!」
狼狽する如月に対し、微動だにせず、母の如く背後の冬条を叱りつけるメガミ。
「――君も、レンカ様も、逃れられる人から、逃れればいいじゃないか……」
再び悲しげな眼差しに変わっていく如月から、力無く言葉がこぼれた。
〈――空院女学院司令部より入電っ! 現在世界核本体より放たれたと思われる人型複数体と交戦中っ! 世界規模で人型の存在が確認されているとの事っ!!〉
「大丈夫だ、冬条」
緊迫した空気に、レンカの場違いな程の穏やかな声が響いた。
「アナタは父、総京の部隊にいた者か?」レンカは如月へ目をやる。
「は――はっ、その通りです。ここにいる者は少佐以外全員が……准将閣下の部下であれた事を皆、誇りに、思っております」
レンカに向けるその手の銃口が、微かに震えている。
「……父が処刑台に立つ前、最期にアナタ達へ残した言葉があっただろう。憶えているか?」
――彼等の心は、既に泣いていた。
肩章を継ぐ者に、銃口を向けたその時から。
「……はっ、わ、『我らの存在は、銃を
「そうだ!! 貴様らは機械人形などでは断じて無い!! ならば今こそだ大尉!!」
壊れゆく星の少女が解き放つ咆哮が、時間をも支配した。
「今こそが貴様自身の手でっ!! 貴様を纏う貴様だけの魂が、その銃口を下ろす時と知れ!!」
――――その時、父親が
かの人が、処刑台の上で銃弾に体を貫かれるその時まで、静かに微笑み見上げていた、空。
導かれるかのように共に見上げた、解放の青。
潤む瞳に力を込めて、軍人達は、一斉に銃を下ろす。
最早この屋上で、人に向けられた銃口は存在しない。
「た……大尉」目を見開く女性士官よりこぼれ落ちる、力無き言葉。
「総員っ!! 学徒総司令、雪原レンカ『准将』に、敬礼っ!!」
如月の号令と共にレンカの包囲は解かれ、
…………女性士官には、向けた銃口を敬礼に変える部下達に発する言葉など、もう、何も浮かんでは来なかった。
――――
〈人型の攻撃により各遊撃隊負傷者多数っ!! 敵本体攻撃態勢に移行っ!! 市民の避難誘導が間に合いませんっ!! 准将っ!! ……レン、レンカちゃん。……わ……私達は――――〉
包囲の中、状況を必死で伝え続けた女子学徒の声が
「雪原!!」
冬条より投げ渡される司令用インカムを片手で
そして少年少女達の逆襲の
〈――――総員に告ぐ!! 神鵬学徒部隊はこれより、敵世界核を迎え撃つ!!〉
――――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!
全校に響き渡る総司令レンカの大号令に呼応し、学徒達の歓喜の叫びが校内を駆け抜ける。
「黒ハヤブサより各ハヤブサへ! コード〇八〇九! 作戦中止! 学徒並び関係者を即時解放せよ! 繰り返す!」
全てを覚悟したその目を女性士官に向け、如月は無線を開く。
〈――さあ行こうか。たとえ、全ての統合軍が敵の進攻を許そうが……。我らがそれを、砕き返す!!〉
「おー!!」コブシを天高く上げるミカ。
「いえーす!!」今やっとチャックを上げる理事長。
〈子供達を解放せよ!〉
突然の命令と子供達の勢いにとまどいながら、銃を下ろす兵士達。
「やろーよ! みんなっ!」
「私たちで、戦おうっ!!」
「よっしゃああっ!!」
町に響く終末への警報を、躍動する生命の音が
「――――生きていくのさ。抹消など、抗って」
メガミの横に立ち、天を睨み付ける冬条。
「……そう」
僅かにうつむくメガミの表情は、どこか悲しげに、全てを許している。
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