一章七節  放課後

――――神鵬学園 裏庭


 

 夕暮れは、彼女達の影を奇妙に大地へ引き伸ばした。


「――以上の中枢五名の行動には、特に注意を。各ハヤブサ隊は現状維持で待機。いつでも動ける様に」 

「イエス・マム!」

如月きさらぎ大尉、現時刻までの状況報告を司令部へ」 

「了解しました」

 

 吹き付ける風は、獅子のタテガミにも似たメガミの金色の髪をさらに勇壮に演出する。


「暴動の一つも起きずに……見事な統率力ね。力の扱いを心得ているわ、あの子」

 メガミは淡いオレンジ色に染まる校舎を見やり、自らのたける髪をそっと撫でた。

「その通りです! さすがは――」 

「大尉」

 

 メガミの制する声は、決して強くない。むしろ同情の悲哀をも感じさせる。

「……失礼しました、少佐」

 如月はややうつむいて言うと、口を閉じた。


――散開してゆく兵士達。

 人気ひとけの無い校舎裏で、一人たたずみ太陽を見上げるメガミ。

 校舎にはまだ灯りの色は見えない。あと少しもすれば、朝まで消えない光に満たされるであろう。

 

 学徒達の放課後は、長すぎる。

 

 ふと落日に、メガミは、何か世界の真実をつぶやいた。そして、寂しげに微笑んだ。



――――神鵬学園センターエリア屋上



 町にはやがてぽつぽつと電光が目立ち始め、半壊したビルや焼け落ちた住宅街からは炊事の煙が数多く立ち昇る。

 その光景は、たくましくもある人の営みを時代へ知らしめるかの様だ。

 

 防護柵へ寄りかかり、静かに町並みを見渡す学徒総司令。

 

 きらびやかな駅前商店街、お気に入りのカフェ、装甲路線バス、共同墓地。

 口にはシガレットタイプのハーブシリンダーをくわえ軽く揺らす。

 スゥと吸い込みフゥと吐くその吐息は、何か冷たい花の香りを思わせる。


『認識兵器』の弊害として、特定範囲の人間に軽度の頭痛が発生する。

 

 融頭痛ゆうずつうと呼ばれるこの現象に対し統合政府は、鎮痛、沈静、加えて兵士には眠気覚ましの効用を持つハーブタブレット、シリンダー等を推奨、配布している。

 

 実際のところ、融頭痛の正しい対処法はまだ発見されておらず、医科学の分野では幻肢痛げんしつうと似通ったモノではないかと推測されている為、偽薬効果プラシーボの意味合いが強いという。

 

 慢性的な痛み。だがやがて人々は慣れてしまった。今もどこかで、最終兵器が踊る日常に。


「それ、無害のやつでしょうね?」 

 

 特にとがめる訳でもない声色が、背後から投げかけられる。


「オリジナルブレンドだが、ママに叱られる様なモノは混ぜてないよ。問題無い」

 振り向かず答えるレンカへ、ゆっくりと歩み寄るミリタリーブーツの靴音。


「――ごめんなさい休憩中。ここにいるって聞いて……少し話でも、ってね」

「構わんさ少佐」


 レンカの返事に薄く笑みを浮かべ、冷たい香りの横に立ち、並んで町並みを見渡す女性士官。


「……随分とイカレてしまったな、この星は」

 言いながらカチャリと金属音を鳴らし、シリンダーに新たなハーブカートリッジを装填するレンカ。


「物も、大人も、子供達も……伝えていくべき事さえも、随分と壊れてしまった」

 シリンダーを口に添え、レンカは想いに目を細めた。


「……あなたはそこに、新しい国でも創りたいの? すでに『ウィアース・プロジェクト』が発動されている中で……」

 

 メガミの瞳は母性の光をたたえて、世界を見る。


「――遠い宇宙に造られたという、新天地。特別に選定された人達が、航宙艦に乗ってこの星から旅立ってゆく。防衛上の理由とやらで場所も秘匿ひとくとされている中で、時折統合政府の放送では、ソコに住まう人々の豊かな日常が映し出されているわね」

 

 太陽に見せた寂しげな微笑が、再度メガミに浮かぶ。


「第二地球、WI・アースか……そして、ソコは皆で行くには小さすぎるのだろう?」

 シリンダーを口から離し、ケースにしまう。


「大部分の人間がこの星に置き去りにされるらしい。戦う力すらほとんど残されずにな」

 苦笑を浮かべるレンカへ、静かに、僅かに顔を向けるメガミ。

「あなたのお父様とお母様が、あなたと妹さんにどれだけの真実と呼ばれるモノを託されたのか、私はそれを詮索、対処するつもりは無いわ」

 

 レンカはきびすを返し、階段へと歩き出した。


「――雪原さん、もう『認識兵器』は使ってはいけない。このままでは、いずれ大きな抑止力が動きだしてしまう」

 メガミは懇願こんがんの目で後を追従しながら訴えた。

「――義務教育として銃を持たせたのはお前達だろう」

「『認識兵器』まで与えてませんっ!!」

「キッカケを言っている」

 

 次第に感情をあらわにするメガミ。動じないレンカ。互いの歩みは止まらない。

「あれを民間レベルで扱っていいモノとでもっ?!」

「その民間レベルとやらを今や甘く見ない事だ。……フフ、特に冬条あたりはな」

 女性士官のヒールは乾いた音で地面を強く踏み鳴らし、足が止まる。


「あれはいずれあなたをかしていくわっ!! もうナニかもわからないモノに!! その身体も魂も!! あなたはそういったモノ達が最後に何をもたらすのかを知らないのよっ!!」


〈――――緊急放送っ!! 緊急放送っ!! これは演習ではありません!!〉 


「来たか――」 

「くっ!」 

 レンカとメガミに走る戦慄。そして激しく階段を駆け上がる靴の音が響き、数人の兵士が即座にレンカを包囲し銃を構えた。


「少佐っ!! 司令部より入電!!」叫ぶ如月。そして鳴り震え続ける校内スピーカー。


〈センサー作動!! 強制認識確認!! 敵影、超絶大型世界核っ!! 繰り返す!! 敵影っ!! 超絶大型っ!! 世界核っ!!〉




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