一章六節  英雄

――――学園に鳴り響く鐘の音は、昼休みを告げる。

 

 教室の後ろでパイプ椅子に腰を下ろし、にぎわう学徒達を監視するメガミ。

(ふう、いかんいかん、気が緩み過ぎてたわ!)

 自らをりっし、彼女は背筋を伸ばした。


「准将! 東区のライフライン第三案まとまりました!」 

「誰か被災レベルの資料持ってった~?!」 

「コーヒーいるひと~!」 

「帝国自動車から返信で支援車両八台増台決定!」 

「学徒アイドル日記更新されてるじゃん。……ぶはは! なんかイベントで変なオッサンにオシリ触られてビンタされたって!」 

「何そのプレイ……」 

「佐龍学園の医療支援なら総帥の了解出てるよ! すぐ回すって!」 

「サンドイッチここ置くね~!」

 

 創国の司令部と化した子猫組は、まさに戦場だった。

 生へのエネルギー、そういったモノに溢れる室内でメガミの左方向窓際に陣取るレンカは、片手でボリューミーなBLTサンドを口に運びつつ、片手で厚いレポートを次々とさばいてゆく。

「准将、やはり住居シェルター増設に伴い、補正予算十五パーセントアップで――」

「構わん、最優先で着手だ。該当地域住民へ入居可能日を即配信。安心させてやってくれ」 

「了解! 通信班! 悪い、一人貸して!」 

「准将、各遊撃隊ゆうげきたいの定時報告、上がりました。あと外交組から例の親文書が――」


 メガミは周囲に目を配りながら、小型端末に開いた窓の中の羅列する文字にも目を向けた。


【雪原 レンカ  十七歳  通称 准将

 外部判定ステータス(基本値 100)  

 格闘能力 850 

 射撃能力 882 

 指揮能力 1581 

 戦闘継続力(耐久力)422 

 FB進度 2050 

 FB収束力 7050 

 認識破壊力(攻撃性) 8009 

 認識否定力(守備性) 507 

 キツネっぽさ 150 

 意外といいりょく(ギャップ) 170 


 比較データ 統合軍が総じて優秀とみなした某男子学徒兵ステータス

 格闘能力 155 

 射撃能力 210 

 指揮能力 130 

 戦闘継続力 201 

 FB進度 230 

 FB収束力 142 

 認識破壊力 210 

 認識否定力 138


 学徒蜂起事変の中核に位置する、神鵬学徒部隊総司令。

 

 実父は統合国家反逆罪により処刑された統合陸軍准将、雪原総京そうきょうで、実母はウィズダムネット所属の最強ランク諜報員、コード冬猫ふゆねことされている。

 

 十五歳当時、軍事カリキュラムの強制参加型世界大戦シミュレータでカリスマ値六億越えの異常事態を引き起こし、無敵を誇った統合国防省を敗北に追い込んだという伝説を持つ。

 

 全てのステータスにおいて常人をはるかに超えているが、そのカリスマ性からFB収束力が最早尋常ではなく、数多くの悲劇を体験し乗り越えてつちかわれたと思しき認識破壊力と相まって放たれる『認識兵器』は、既に世界を滅亡させるに十分な威力に達している。

 

 北極海、シベリア戦線等、極寒での戦闘を数多く経験しており、氷点下の破壊認識が強く育まれた傾向があるため、発動兵器属性に光熱、爆風の他、氷結を生じるモノが多い。


 特技は母直伝とされる格闘戦術『ウィズダムアーツ』とお菓子作り。

 

 なお、意外と女子力が高めとの情報があり、家事はそつなくこなし、髪を下ろして台所で肉じゃがなんぞをしとやかに作っていると思わず後ろからギュっとしたくなるとの事。

 そして意外と子供好きで、休日などには近所の子供達にせがまれてしてたり、赤ちゃんを見ると抱っこしたがるとの事。


 こんなトコです~。後はなんか気付いたら少佐が書き込んでくださいね~。 たか子】 

(ナニこの最後のいらない情報……)

 

 恐らく妹発信なのだろうが、どこから仕入れたのか謎の情報にう~んと困惑気味に唸るメガミの前を、涼やかな風と共に白の支配者が悠然と通り過ぎる。


「……雪原、空院くういんのシズカからだ。少し、話をしたいそうだ」

 レンカは冬条から携帯端末を半ば強引に差し出されると、手にするレポートに軽く溜息ためいきが落ちる。

「西の姫様か、かなわんな」  

無下むげにはするな。アレの機嫌は副首相のソレだ。今後の事もある」


【冬条 源人げんと  十七歳  通称 総帥

 格闘能力 280 

 射撃能力 1344 

 指揮能力 409 

 戦闘継続力 503 

 FB進度 1554 

 FB収束力 3288 

 認識破壊力 3080 

 認識否定力 5008

 財力 50兆 

 愛想あいそ 3 


 世界経済の七パーセントを支配するとも言われる、冬条財閥の若き総帥。

 

 その恐るべき権力は各方面に渡り多大な影響力を持つ。学徒の蜂起がまかり通るのも、彼の力によるところが大きい。

 

 独自に『認識兵器』を保有する世界九大支配者『九の王』きゅうのおう第七王セブンス・キングである事からも、創国計画の噂は現実味を帯びてきている。


『認識兵器』応用の射撃能力の高さは目を見張るものがあるが、それ以上に認識否定力が異常な域に達している。

 強い現実主義がなせるわざなのか、世の平定を望む想いによるものなのか、いずれにせよ、理想を阻む王者の強壁が他の侵略を許さない切り札となりえている事は確かである。


 その認めない力が破壊認識に転じる事で、兵器属性に消滅が付加されるものが多く確認されている。

 

 日本国副首相の空院王次郎おうじろうの娘、空院静と許婚の間柄であったが、本人達の意思により解消となっている。


 猫が好き。猫を見るとムスっとしながらも、とりあえず近寄るらしい。

 おにぎりが好き。おにぎりを見るとムスっとしながらも、とりあえず近寄るらしい。

 猫まんまが好き。ご飯と味噌汁を見るとムスっとしながらぶっかけるらしい。


……あ~、結婚してぇ。奪われてぇ。

 お姫様になるのが夢なんです~。軍人だと嫌われますかね~?  たか子】


(ちょっと本気じゃないあのバカ)

 友人の妄想に目頭を軽くつまむ女性士官。


――読者の方々には、FBやら認識かんたらなど意味がわかりづらいかもしれないが、今のところは魔法の力とでも思っていただきたい。


 進度は自身の力量。

 収束力(スケールとも呼ばれる)は周りの人を巻き込む力量、その範囲等。みんなの力を貸してくれっ! 的な。


 ガラガラッ! と勢いよく開け放たれた前面戸口には、ヤラしい笑みを浮かべ舌なめずりするミカが現れた。

 

 緩く着崩したシャツにネクタイを可愛く巻き、カスタムカーディガンを羽織る彼女。

 その短めのプリーツスカートが活動的な足の邪魔をしない。


「あっ! 総帥っ! うぇっへっへっ! ちょっと予算の事でお話が――」

「ぜってーダメっ!!」断固、さえぎる冬条。

 白金色の長い髪を後ろで一つに束ね、テールを天に向けて逆立たすミカは猛ダッシュで支配者に駆け寄る。

 表情はまるで男に捨てられそうな女の切ない懇願こんがんの色に変わる。


「話を聞いてっ!! ハードディスクから何か……ヘンな声がするのっ!!」


【雪原 ミカ  十六歳  通称 ミカとかミカポン 

 格闘能力 120 

 射撃能力 73

 指揮能力 210 

 戦闘継続力 90

 FB進度 8800 

 FB収束力 350 

 認識破壊力 110 

 認識否定力 100

 金銭欲 20000 

 小悪魔力 300


 母より託されたとされる機密ネットワークの守護者。

 

 人類最終到達領域『ウィズダム・ネット』より展開される、彼女の構築した学徒戦略プログラム『スノー・フォール・ストリート』、通称『SFS』は、多くのハッカーも認める難攻不落のプライバシーであるとの事。


『SFS』最深部データベースには、世界大戦を五回は引き起こせる真実への道が封印されているとも噂される。

 統合公安局が侵入を試みるも、カウンター攻撃により局幹部全員の所在地から預金残高、既往歴きおうれき等の個人情報どころか、趣味嗜好しこう、性癖、恥ずかしい画像に至るまで一気にインターネットに流出したのは有名。

 ある意味、姉より危険視される。


 戦術オペレーターとしての能力も高く、また絶対数が少ないアナライザーとして貴重な存在であり、その異常なFB進度による現象数値化粒子観測技は、計算という概念では到底たどり着けないであろう、まさに神技である。


 その裏で、強大過ぎる進度の弊害へいがいと思われる自我崩壊と常に戦い、生き残ってきたド根性娘でもあり、会話をするとほぼ助からないと言われる最終領域の幽霊――機密コード『管理者』に遭遇、接触しながらも普通に帰ってきた謎多き少女でもある。

 

 趣味は姉のレンカを利用した内緒の小遣い稼ぎ。

 

 うまいこと本人を言いくるめて、コスプレさせて写真を撮ったり、目覚ましボイスを録音したり、それらをコアなレンカファンの少女達にお手ごろ価格でひそかに売りさばいているとの事。

 

 異様な熱気であふれる即売会場(体育倉庫)で、ひたいに流れる青春の汗をぬぐいつつ、彼女は取材班の質問に対し、「いずれはアンダーウェアの分野にも力を入れていきたい」とさわやかに語る】


(うん……なかなか最低だと思う。――てか取材すんな! 極秘資料よコレ!)

 メガミはプリプリしながら端末の画面をベシベシ叩くと、ヒートアップしたミカのおねだりが相変わらずにやかましい。

「――おにいちゃん私怖い! よって、買い替えます。予算もっとくれ」

「うっせ! バカ離せ!」

 制服にしがみつくエゲつない顔のミカから逃れるべく、室内を引きずり歩く支配者。


――そんな微笑ましい光景を唖然として見つめるメガミの視線の先には、お弁当を机に広げ、ハンバーグやらオニギリやらを向かい合ってモグモグとしている男女の姿があった。


(そして……)メガミの目が据わる。


「……オカカだと?! 高次元の秩序、カオス的要素はここにも――」


【正体不明  通称 ランス 

 格闘能力 15900

 射撃能力 データ無し 

 指揮能力 155 

 戦闘継続力 17100

 FB進度 28050 

 FB収束力 1501

 認識破壊力 23048 

 認識否定力 3229 

 ウザさ 180 

 デカさ 223センチ


 冬条財閥から送り込まれたともくされる謎の巨漢。

 

 経歴等は全て抹消されており、後述の少女シールドと共に、学徒達の最終兵器的存在となっている。

 

 破壊神と比喩ひゆされる認識応用格闘能力は、太平洋の巨神との異名を取った全高三十キロを超える巨大人型世界核『ビッグ・パパ』をパンチ一発で月軌道まで殴り飛ばした事で、冗談じみた得点を叩き出している。

 

 クラスの女子いわく、でっかくて優しい哲学恐竜といったイメージ。

 たまにメンドくさい。うざサウルス。

 

 害は無いが、よく声に出して自問自答している奇人との事】


「私、しゃけ。好き」


【正体不明  通称 シールド 

 格闘能力 データ無し 

 射撃能力 データ無し 

 指揮能力 データ無し 

 戦闘継続力 65

 FB進度 28000 

 FB収束力 3020 

 認識破壊力 データ無し 

 認識否定力 85777 

 優しさ 300 

 くま 200 

 

 冬条財閥から送り込まれたと目される謎の少女。

 

 ランス同様、経歴は抹消されている。


 守護神と比喩される認識否定力は、北米に出現した、核爆発を連発させて遊ぶ最悪の少女型世界核『ニュークリア・アリス』の無差別核攻撃を無効化させた事で、ありえない得点を叩き出している。

 

 温厚で愛らしく、弱気で怖がり屋さん。

 世間知らずで何でも信じこむ素直な子なので、色々教えてあげたいハアハアとクラスの男子は語る。


 性格が災いしてか、攻撃行動をとれないらしい(現時点で確認されていない)。


 通信機能搭載のクマちゃんを常に抱いており、ここに彼女の秘められた攻撃性を解き放つ鍵があるのでは? と取材班は命知らずにも彼女のクマちゃんを取り上げてみたところ、チョットしゅん、とされてしまい、いたたまれなくなったとの事。(謝罪して返却済み)


――最後に、全員のステータス数値はこれまでの戦闘データやテスト結果からの外部判定に過ぎません。

……俺はまだ本気出してない! とかだったら、怖いです。 たか子】


……お腹の時計がグゥと鳴っても、女性士官の二人に対する冷涼な眼差しは、崩れる事は無かった。







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