一章五節  レンカと素敵な仲間達

「総員、お早う」

 レンカが学徒達に凛々りりしい眼差しと挨拶を送った。

 

 ウオオオオオオオオ!! と、意匠的いしょうてきにむき出しの強化コンクリート壁に響く歓声を上げ、学徒達はレンカに走り寄る。

 ドンっ! とその勢いに弾き飛ばされ「みゃー!!」と奇声を発する女性士官。そのまま彼女は、よろよろ、ぺたん、と尻もちをついた。


「お早うっす! 准将じゅんしょう!」

「准将! 仮設住居十八号棟の件、今朝方けさがたに地主の許可下りました!」 

「例の秋田桜沢の高等部、一緒に戦うってメール、来ました!」 

「三丁目のアグレッシブ屋のオバチャン怪我だいぶ良くなったってバナナいっぱい差し入れてくれました~」 

「親父が増毛にチャレンジしました……」

 

 盛り上がる学徒達に囲まれる中、レンカは全ての言葉に耳を傾け、悠然と口を開いた。

「よし。一部を除き、皆また後ほど詳しく聞かせて貰う。――すまないな教諭。朝一度帰って、少し寝てきた」

「あ、う、うん。ご苦労さん」教師も萎縮いしゅくさせるそのオーラ。


 整え過ぎないオールバックに流したミディアムレングスの銀髪。切れ長の鋭く美しくもある眼光。

 黒い制服の上に、准将級の肩章けんしょうが確認できる白の統合軍将官用礼服を羽織っているその男装の麗人とも言える女子学徒、雪原レンカこそ、軍政府が畏怖いふさえ覚える最重要監視対象者である。

 ヒザ上三センチ程のスカートの存在が、かろうじて女子高生に属する証しとなっていた。


「……レベル四の監視介入だとさ。国防放棄から、やってくれる」

 再び目を閉じた冬条が微動だにせずゆるりと言い放つと、レンカは穏やかに目だけを彼に向け、さして動揺も無く、「ほう……」と小さく言う。


 床にヘタりこんだままのメガミに歩み寄り、微笑を浮かべ手を差し伸べるレンカ。

 一瞬戸惑いながらも思わず手を預けるメガミの顔は、軽く紅潮していた。


「下着の中までチェックする気か? 少佐」 

 レンカの軽い皮肉に、学徒達(特に女子)はまた沸き立ち声を上げる。

「キャ~! エロス!」 

「准将、えっち!」 

「だが、たまらん!」

 

 少しムっときたメガミは、手を借り立ち上がると、キッパリと言い放った。

「それはレベル五からです!」

 

 が~ん。と、若者達を絶望の音色が襲う。


「……あるのか」

「そんなワイセツなレベルが……」

「ていうかウチらリーチじゃん……」

 レンカ、冬条、ミカの三連コンボと共に衝撃が走る室内。

 意外なところで少年少女達を圧倒した女性士官は、どーよ、とでも言わんばかりの誇らしげの顔でフンと鼻を鳴らす。

 

 なんかしらのチャンスを感じた女性士官は室内をゆっくりと練り歩く。

 軽く腰をくねらせながら大人の余裕を演出する、その意味不明な自信あふれる足取りに学徒達は軽く後ずさる。

 一人一人を、細目で一瞥いちべつくれてはフンと鼻を鳴らし、女性士官は不慣れな甘い声で言った。

「さっきまでの威勢はどうしたの? ママの所に帰りたいの?」

 

 まるで子供達を手玉に取るセクシー女教師を錯覚する本人をヨソに、ふんふん言いながらウロウロしているその小柄な姿から、学徒達の脳裏には教室に迷い込んできた子犬的な小動物を連想させる。


「わふっ」ぼふっと、不意に何かに顔からつっこむ女性士官。


 白の生地の、おそらく人の下腹部あたりにうずまった顔を、恐る恐る離してゆく。

――目の前には白い強化制服を着崩した巨大な男子学徒が、まさにそびえ立っていた。


「でっけぇ!!」

 見上げるメガミを意に介さず、眠たげな目をこすりレンカへ歩み寄る巨漢。

 その背後には、クマのぬいぐるみを胸に抱きモジモジとする、黒い強化セーラー服の小柄な女子学徒が一人、長く黒い髪をなびかせながら後を追う。


「また居眠りか、ランス。――元気か、シールド」

 シールドと呼ばれる黒髪の女子学徒はモジモジとレンカに歩み寄り、満面の笑みを浮かべてペコリとお辞儀をする。クマにもお辞儀をさせている。

 その隣にそびえ立ったランスと呼ばれる巨大な体躯の男子学徒は、ダークアッシュの短めな髪を眠たげにいじりながら薄く微笑む。

 彼の右目が光を失っているのは、見れば恐らく誰でも分かる事だろう。


「――夢の中に現実があり、そしてその現実が夢を見て。そんなモノなのかもしれない、この感覚など……。そうだろ? 准将……」

 

 謎の同意を求めてくる巨漢に、准将は穏やかに、ゆっくりと頷きながら口を開く。

「うむ、相変わらず何言ってるのかサッパリわからん。今日はハンバーグ作ってきたから仲良く食べろ」

 弁当箱が入った、かわいいパンダのアップリケが際立つ手提げをレンカが差し出すと、うつむき、目頭をつまみ、首を横に振り、フゥ~と息をつくと天を仰ぎ、感謝の笑みを神に捧げ、やっと受け取る巨漢。有り体に言えば、ウザい。


「フ……開幕、か」

 謎の開幕宣言を発したランスが視線を流すと、暖かい春の日差しとも思える笑みで頷き返すシールド。

 そして二人の喜びを表現するステップが始まると、周りの学徒達はノリ良く、手拍子でそれに呼応した。


――何やら置いてけぼりを食らい、一部始終を唖然として見届ける女性士官メガミ。

「気にしないほうがイイよ、あの世界は」

 そう告げながらポンっとメガミの肩を叩き、ステップに乱入しに行くミカ。

 若いエキスの充満する空間で、メガミはしばし立ち尽くす。


「生きてるんだよ。ガキ共も、それなりに」

 

 静かにメガミの横に立つ支配者、冬条。


「……秘密基地を作って遊ぶ子供達ってトコね。で、大人に怒られるのよ。危ない事はしちゃ駄目ってね」

 メガミの視線は、少し哀しげに学徒達を見据えた。


利己りこの説教では可能性を殺す。崩壊してゆく仕組みの中、必要なのは只純粋なガキの躍動やくどう。始まりを叫ぶ一人の子供に……実は敵など、いないのさ」

 冬条の目には、レンカの静かな笑みが映る。


「……ただ、守りたいって思ってる大人だって、いるんだよ?」

 メガミのか細い声は、少し優しい。


「……そういうのは子供は敏感なものだ。ちゃんと伝わっていくはずだ。――ようこそ。二年子猫組へ」

 

 常に眉を寄せムスっとした顔の支配者にしては珍しい、少し柔らかいトーンだった。

 

 目は合わさない二人。何かおかしな空気に、メガミはもぞもぞと肩を揺らした。

「――ふんっ、何よ子猫組って、ヘンなのー。幼稚園かよ」

「学徒を数字だけでくくるのは好かん、との理事の意向でな。始業式にクジ引きで決まった。……俺が引いた」

「そ、そうなんだ……。それってクジ運的に、どうなの?」

「悪くはない……猫は好きだ」

 淡々と語る冬条。ふ、ふ~ん。と、深くはつっこまずにメガミは時を流す。


(ちょっと猫っぽいかな、あの子)

 

 レンカの冷厳なつり目は野生の鋭さをも感じさせる。

(こう、雪国的な……キツネ? キツネっぽい! 性格キツめの、キツネ……ぷっ)

 

 何か想像しながら軽く吹き出す、統合陸軍特別少佐。





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