一章三節  子猫組

――――神鵬学園高等部エリア 二年子猫組こねこぐみ


 

 ガラガラッ! と勢いよく、合金製のドアがレールを滑った。

「やばいやばい! 今日から特にこのクラス、軍の監視入るって!」

 

 開け放たれた教室の前面出入り口より、バレッタでテールを逆立たせる逆噴射ポニーテール女子学徒のハイトーンな声が空気を破り散らす。彼女の大きな目がかわいいと、学徒達の間でも評判だ。


「ちょっ、ゆ、雪原君! 授業中だよ! 入って来ちゃ駄目だよ!」

 国語教師の軟弱な叫びをヨソに、統一感のない制服に彩られたクラスが騒ぎ始めた。

「何なに! 続けてミカ!」 

「どーゆー事になんのソレ!」 

「説明したまえ君ぃ!」

 やたらと情熱的な数人の学徒が乱入女子ミカにオーバーアクションで問いかける。


「なんか学徒の自衛交戦権とか武装支給に難癖なんくせ付けて、制約入るかもって!」

 ミカが不満にゆがませた表情で情報をまき散らすと、

「えーっ!」 

「んだよソレっ!」 

「ちょっと授業ちゅ――」 

「ふざけんなーっ!」

 と、一斉に席から立ち上がる学徒達。ブーイングが巻き起こる。


「そうっ! フザケんな軍政府! 子供達に自由を! 今月の標語、いくぜっ!!」

 勢いに乗って、とりゃ~! と彼女はチョークをカンカンおどらせる。


【ふざけんな  好きにさせてよ  ぐんせいふ   ~ミカ麻呂まろ~】

 黒板にでかでかと一句書きなぐり、どーよっ! と教卓の上に片手をバンッ、と叩きつける乱入女子ミカ。


――いえ~すっ!!

 声を合わせ沸き立つ学徒達に、教師は苦笑いで立ち尽くす。

「そしてからの情報によると、監視官はブスで、スケベで! 趣味は力士の――」

「おらぁー!!」スパーン!! 

「きゅきゅ~っ!!」

 背後から現れたメガミによるハリセンの一撃を受けたなミカは奇声を上げ、後頭部を押さえ悶絶している。

「どの筋だよっ! さあ各自騒がず席に戻って! 軍政府より皆さんにお話があります!」

 

 ずんずんと教壇へ歩を進め、教師にカブった位置で学徒を見渡すメガミ。

 手を後ろに組み、スカートから伸びる両足は肩幅に広げ背筋を伸ばす。教室入口の壁に学級日誌と一緒にフックで吊るされていたハリセンは手放していない。

 その控え目な金色の髪と、二十歳前後と思しき少し未成熟な愛らしい真顔に、目を奪われる男子学徒も少なくなかった。


「あの、授業中――」

「統合陸軍臨時軍政府極東方面司令部特別少佐のメガミ・カミフォーです! 本日現時刻より軍事教育とは別に、現状調査としてこちらのクラスに派遣されました!」

 教師を無視したハリのある声がコンクリート壁に響く。


「え、臨時で特別な……女神?」 

「すげえ名前だな」 

「どこの国の人かな」 

「かわいいよね」

 

 どよめく学徒達。後ろでヘコむ教師。横でファイティングポーズをとっているミカを後目しりめにメガミの通達は続く。



――――同時刻 高等部エリア玄関口



 装甲車両が点在する異様に広い校庭での体育授業にダッシュで急ぐ女子は、そのすれ違った人影に気付くとズザザッ、と靴底を滑らせ立ち止まり、一気に頬を火照ほてらせた。

「うキャー! せ、先輩おはようございますー! 妹にしてくださ~い!」


「――お早う。授業始まるぞ。急げ」

 

 遠くで聞こえるホイッスルと黄色いラブコールを背に、正午近いこの時間に登校する学徒が一人、カツンカツンと、高らかだが静寂を感じるロングブーツの靴のを響かせ校舎に進む。

 

 英雄の瞳は、今日も少しばかり赤く、冷たい。



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