追加エピソード レンカと猫カフェ
――――神鵬学園高等部 二年子猫組
「さて、明日は休みだし......こうるさい少佐殿が購買行って甘いの物色してるうちに帰るかな。......寄り道でもしようかな。夕飯のおかずもどうするか......」
メガミ着任より数日も経たない放課後の教室で、レンカは背伸びしながら上機嫌で言った。
「オマエ相変わらずカードをあまり使ってないみたいじゃないか。生活費以外にも、もっと使ってやれよ。魔法のカードが泣くぞ?」
冬条が自席で数枚のレポートに目を通しながらレンカに言う。
「総帥殿の気遣いには感謝しているよ。だが大して使い途が無い」
レンカは冬条からブラックカードを渡されている。
限度額無しの凶悪極まりないカード。普通にジャンボジェットも買えてしまう。
下手な人間の手に渡れば一発で人格を破壊しかねないアイテムだが、あまり物欲の無いレンカには特に効果を発揮せず、彼女の財布のカード入れ序列でも、チョコレートショップ『
冬条財閥が私的に賄っている復興予算枠で臨時的な補正が必要になると、冬条にお伺いを立てるのも面倒なので、レンカはこのカードで遠慮無く処理している。
冬条はむしろ自分を通されるよりもレンカの義侠的な独自判断を望んでおり、「それでいい」と、何も責める事はなかった。
ミカもそのカードの存在は知っているが、意外な事だがその魔法に必要以上には頼ろうとしなかった。曰く、邪法らしい。
彼女なりに、お金を得る過程にこそ意味を見出だしているのかもしれない。
そういった部分は、冬条も密かに感心するところであった。
よって妹萌えを武器に、お兄ちゃん(妄想)へのオネダリは日常茶飯事でやかましいが、テメエの力で勝ち取りに行くミカのスタイリッシュな金欲に冬条も受けて立ち、断固千尋の谷へ叩き落としている。
「報酬と割り切って、たまには女子高生らしくちゃんと遊べよ。ミカとどこか行ってきたらどうだ?」
冬条はやや呆れた感じで言うと、若さの感じられない同級生に視線を流す。
「女子高生らしい遊びって、なんだ?」
「......猫カフェ」
変な間が空いた。二人はしばらく見つめ合い、そしてレンカは優しく笑む。
「全く参考にならなかったよ冬条。何かあればすぐ連絡をくれ」
「何かあろうとコチラで対処する。なんだ俺では役不足か?」
僅かに綻ぶその顔は、支配する者の底知れぬ力強さを隠せない。
「だって猫カフェだろ......?」
「お前は猫カフェの何を知っているというんだ」
「......猫がいっぱいいるんだろ?」
「......いるが」
変な間が空いた。二人はしばらく見つめ合い、そしてレンカは優しく笑む。
「......いれば?」
「......いるよ?」
そのやり取りを、夜間シフトの学徒達数名が固唾を飲んで見守った。
「一人だ。女子高生が放課後に一人で来店し、暇をもてあまそうとしている」
「い、いえ、そこまで訊いておりませんのですが、お一人様のご利用ですね?」
レンカは自宅の最寄り駅近くに最近オープンした猫カフェ『
昔ながらの賑やかな商店街の色合いには少し異質な感じの、小さく、ややメルヘンチックな建物だ。
「コチラのお席にどうぞ」
三つ編みヘアのかわいらしいウェイトレスに案内され、こじんまりとしたソファー席に腰を下ろすレンカ。
猫の写真やら猫グッズやらが飾られた小綺麗な店内を見回すと他に客はいない。
「客入りはいつもこんなものか?」
足を組み、渡されたメニューに目を通しながらレンカはウェイトレスに訊いた。
「そうですね、まだオープンして間もないので、あまり繁盛はしてないです。私は能力的に戦闘に向いていなかったので、お母さんとこの店を始めたんですよ。お父さんは昔に亡くなってしまったので、母と子で頑張って生きて行こうって」
現在、この戦乱を生き抜け高校を卒業すると、大きく分けて三通りの選択肢がある。
軍などに所属し戦い続けるか、進学するか、社会に出て働くか。
戦闘能力に秀でた者は新天地防衛の為、スペシャルフォースとして特例渡航出来るとの噂もあり、同時に、そういった者が軍の管理下に収まらない選択をした場合、高い確率で後に消息が不明となる。
それに関しては色々な憶測が飛び交い、自分達に従わない者を厄介に思い、軍に消されているんじゃないかとか、そのノウ力を買われ反社会勢力に組み込まれたのではないかとか。中には高レベルの進化者達が秘密裏に集い、大いなる決起の時を待ちながらどこかに潜んでいるのではないか、といったドラマじみたモノまで、様々だ。
......まあ、ひとまずそこは置いておこう。
あれ何の話だったっけ?
――え猫? 猫だっけ? あ進路だ進路。
そう、後の進路として、税金、福利厚生など社会的に優遇されている軍役に人気が集まっているが、勿論、社会を構成してゆく労働力も重要だ。高い学力も当然、世界の維持、繁栄に必要不可欠だろう。
ニートなど許されない。人口も減ったこの時代で、何らかの社会性を示さない者には政府による厳しい強制労働が用意されている。
「雪原レンカさんですよね? いつもみんなの為に戦ってくれて、本当にありがとう。私は歳上のクセに頼りにならなくて、本当にごめんなさい」
ウェイトレスが申し訳なさそうに頭を下げた。
レンカはメニューから顔を上げ、彼女を見つめる。
「名前を訊いてもいいか?」
レンカの穏やかな声に、ウェイトレスは少し顔を赤くし、ドキドキした。
「あ、は、はい。私、
「――リネコさん。後は任せて下さい。先輩達が繋いでくれた世界を、私もきっと誰かに繋いで見せます。どうかアナタはこの世界を担う一員として、アナタの出来る事を。戦いで傷ついた心を持った沢山の人達を、この空間で癒してあげて下さい」
リネコはしばらく放心し、やがて白く濁った左の瞳から涙を落とした。
中学生の時に、戦場で瓦礫の破片の直撃を受け、ほとんど視力の失われた瞳。
それでもその涙だけは失われなかった事を、今、リネコは誇りとした。
「――よし、ならば早速癒して貰おうか。まずは『猫桜パフェ』と『女子力アップ! 豆乳にゃんこケーキ』と『ラストキャットティー』を頼む」
「あ、は、ハイ! ご注文ありがとうございます! あ、それと、ご指名はございますか?」
涙を拭い、元気に笑むリネコは別のメニューをレンカに差し出す。
「指名?」
レンカは興味深そうにメニューをのぞきこむ。
「はい。お気に入りの子がいましたら、すぐにお呼びしますよ?」
メニューには猫ちゃん達の写真がズラリと並び、名前やプロフィールなども記されている。
......いや、猫のスリーサイズとか言われても一体誰得なのか。少なくとも語り手の私は興味が無い。
ほ、ホントだよ? そ、そんな猫のお尻とかクビレとか胸とか、そんなエッチな事とか、べ、別に私は......!
いやマジでどうでもイイわ。
「くく......じゃ、じゃあこの、最近ちょっと太り気味で甘えん坊の『ゆゆにゃん』を......」
レンカは指名制度に笑いをこらえ、ムックラした黒猫を指名してみた。
リネコが奥から猫を抱いてきた。
「お待たせ致しました~。『ゆゆにゃん』です」
確かにちょっと太り気味の黒猫だった。特に猫好きというわけでもないレンカだが、そのモフモフしたケモノには「ほう」と興味を示す。
ソファーの横に『ゆゆにゃん』が座る。レンカと猫は見つめ合う。
「はい、これで遊んであげて下さい」と、リネコはレンカに猫じゃらしのオモチャを手渡した。
「うむ」
レンカは受け取り、こちょこちょと猫じゃらしでリネコの首を責めた。
「ああっ! わ、私じゃなくて!」
くすぐったさに身悶えしながらリネコは耐える。
『ゆゆにゃん』はムックラと穏やかに、その光景を見守っていた。
――――こんな放課後も、悪くない。
リネコの首すじを巧みに責めるレンカは微笑み、思った。
どんな放課後だよ。
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