二章一節  夏雅乃宮 対 冬条

――――『歪み月』撃破より一週間後 東京 夏雅乃宮かがのみや家 別邸大広間にて



宇羅うら……俺がコーヒーは好かない事を知ってるはずだがな」


 ベースボールスタジアム並みの空間が広がる部屋の中央で、異様に長く、鈍い光沢を放つ大理石のテーブルを挟み、向かい合う男女。

 多くの調度品で格調を示すその大広間は、昼間にしては少し薄暗さを感じる。


「ふふ、よく知っておるわ。じゃが……わらわが意地悪しとうなる気持ちも解るであろうな、源人よ」

 

 漆黒の専用スクールドレスに身を包み、漆黒の玉座に腰掛けるその少女。

 色素の薄い威厳ある瞳で冬条を睨み付け、漆黒の歪な湯飲みでほうじ茶をすする。


「授業を抜けさせて何の話かと思えば、オマエも日将連にっしょうれんの大人達と同じ説教を始める気じゃなかろうな」

 軽く眉間にシワを寄せ、金銀彩色の美しいティーカップを手にし、コーヒーをすする支配者冬条。

 器の値段と全くつり合わない、程よく不愉快な薄い苦味。どこぞのファミレス仕様か。


「世界の終わりに金を抱くような俗物どもが何をゆうたかなど、大方さっしはつくが興味無し。源人は立場をわきまえておれば良い」

 目は笑っている。だがその漆黒の刃の如き猛々たけだけしいツインテールが静かな怒気を放つ。


「なにやら軍人の忘れ形見を担ぎ上げて、流れに抗おうと躍起やっきのようじゃの。神鵬もまた酔狂すいきょうな。わらわを差し置いて表の役者風情が小賢しくも創国を語るか。――どこぞの新天地とやらで、お前達が心酔したマーディアス・デイガードも嘆いておるわ」


――冬条の冷涼な瞳が、日の闇に抗い始めた。

「……だとしたら、裏天現りてんげんが動き出すとでも言いたいか?」


 暫しの凍てつく沈黙を経て、闇の姫はうっすらと笑みを浮かべると、ゆるりと口を開く。

「れんか……とか言うおなごじゃったな? 後日、ちと連れてまいれ」


 冬条の眉間の谷が僅かに深まる。

「オマエが知る必要の無い位置の人間だ。さて、もう戻るぞ。姫君も少しは自分の学院に興味を持て。『ウィズダム・ネット』が全てでは無い。人に接する事で、生まれいずるモノもある」

 

――冬条は内心あせりがあったとはいえ、言葉の選択を悔いた。残酷な事を言ってしまったのだ。


 闇の姫の端整な顔に、冷気が宿ってゆく。

「……らすな。……ふふ、案ずるな、ちと英雄気取りの若輩じゃくはいに、国の闇を知って貰うだけの事。よいな、源人」

 

 このタイミングはまずいな…………眼鏡を軽く直し、表情は平静を保ち席を立つ冬条。


「……なあ源人……この島国の闇は、古来より待っていたのじゃよ。今日こんにちの混沌を。……月貫つきつらぬいた程度では、おぬしを取り巻く流れも、何も変わらぬ」


 漆黒のトーンが背中に刺さり、彼の動きが止まる。


 少し悲しげな表情は宇羅にはさらさず、支配者は不慣れに優しく声を張った。


「――一緒に、少し外を歩かないか? いい天気だ」


 気管に入ったほうじ茶にと咳き込む闇の姫。

 持ち直し、鋭い眼差しで彼を睨むも、やがて力を失う様に視線を落とし、彼女は儚げに答えた。


「…………良い天気も、生意気な源人も嫌いでな」


 彼も視線を落とし僅かにうなずき、黒いフィールドを歩き出す。


 少し足早に出口へ向かうその支配者を、国の闇は玉座の上で静かに見つめている。

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