二章二節 激闘! 女神 VS 冬条(姉)
――――翌日 神鵬学園高等部 二年子猫組
昼休みの教室には、相変わらずの学徒達の
非常時には盾の役割も果たすアルミ合金の机の上は、重箱やらレポートやら菓子パンやらで埋め尽くされていた。
「夏雅乃宮……東の姫様だったか? それが授業を抜け出してデートした相手か?」
レンカは購買部で群がる女子との争奪戦の末勝ち取った、お気に入りのチョコクリームサンドを上機嫌でかじりながら机を挟んで向かい合う男子に問いかける。
「茶化すな。――で、明日の夜はその姫様の誕生会にオマエも是非出席して欲しい。主催者の熱烈な希望でな」
冬条は持参した好物の塩むすびを相変わらずのムッスリ顔で豪快にほおばると、隣の方でグ~と、何やら小さく鳴る。
「へー。パーティーですのー。さぞ優雅な事でしょうね金持ちバースデー。すごいエビとか、出ちゃうんでしょ……? セレブ海老…………へっ!! いらねっ!!」
ツンとそっぽを向く女性士官メガミ。たとえお腹の時計が鳴ろうとも、冷酷な監視の目は緩めない。彼女はプロフェッショナルなのだ。
「……食うか?」
「ん?」
片手で差し出された、和塗りの重箱に入った握り飯にメガミは即座に反応を示す。
しかし、彼女はプロフェッショナルなのだ。
「ほ、ほどこしなど無用です! 完成された軍人は、五日食べなくても任務を遂行できるんです! ……だから……いらない」
軽く重箱を冬条に押し返す女性士官。つやつやと照りの良い塩むすびに目を合わせようとはしない。
「食うか?」
「ん?」
片手で差し出された濃厚クリームパンに即座に反応を示すが、やはり彼女はプロだ。
「な、馴れ合うつもりはありません! 真の軍人は、三日食べなくても任務を遂行できるんです! …………だから…………いらない」
軽く、そっとクリームパンをレンカに押し返す。
「姉君~! 空院がっこーの作戦本部から三日前の戦闘データ送られて――つーかこの軍人、ランチくらい落ち着いて食わせろよ~ったく、嫁行け、嫁」
ずかずかと教室に侵入してきた、天に逆立てた白金髪のテールをふぁさふぁさと揺らすそのいたいけな少女の発言が、女性士官のドコかのリミッターをカットする。
「うっせチキショー!! 軍人はランチ食べなくても、彼氏いなくても任務を遂行できんのよっ!! …………だから…………いらないのよ…………」
――教室が、静寂と化す。
「切な過ぎる……」
「やだチョット泣ける……」
「あの人も、頑張ってるんだね」
数名の学徒から哀れみの声が漏れた。そしてたじろぐミカの口から再度爆弾が落ちる。
「で、できんのよって、まあ、普通じゃん……てか如月さんトカふっつぅーに食堂でラーメン食べてるけど」
「きさらぎーっ!!」
部下の裏切りに、金切り声を上げ
「まーソレは置いといて、空院くぃーんが近い内にコッチに来るってさ。なんか『歪み月』戦のデータやらで直に話したい事があるとか、ニャンとか」
一瞬、冬条の顔に軽く苦味が走った。
「冬条、何か知らんが任せるぞ」
レンカは口元のチョコクリームをペロリとやり、次の濃厚クリームパンに取り掛かる。一時期流通が途絶えたが、冬条財閥の資本注入による農業補正策で復活を遂げた、希少な
「あっ! 一人じゃ危険じゃないかな……その、カロリー的にさ……」
女性士官は総司令が手にする甘いのへ限界まで顔を寄せると、ウットリしながらクンクンとする。子犬系の動きだ。
「問題無いさ、少佐」
言うが早、レンカはガプリと甘いのに食いつき、三分の一程を食い千切る。
「あっ……うう…………んぐ?!」
残りの三分の二を口に突っ込まれると、メガミのヘタれた顔がスウィーティーなトロけ顔に変わってゆく。
「ングングうま。も~、ナニするのよ~、不覚だったわ~」
不覚さは微塵も感じられないトロけ顔で、メガミは更にかぶりついた。
「ミカ、明日のBシフトから日付変更までの司令系統を空院主導へ移行。それに伴い『SFS』の承認は姫君に委任する。もしもの時は、サポートを頼むぞ」
鼻歌まじりで
「まあ、備えは解るけど……あの姫様は絶対、前線向きっしょ……てか何? どっか行くの? 総帥も? あっ! おデートでしょ! 信じられません! 不純です! 理事長に報告の上、指導して頂きますっ!!」
いたいけな少女の天に逆立つ後ろ髪が、性的な興奮でピコピコと揺れる。思春期という荒波に
「まずワイセツ理事に清純とか語る資格ないから」
「そしてデートじゃないから」
「ナゼなら私が張り付いてるから! てへ!」
メガミと冬条の連携にレンカは小さく失笑すると、茶の缶を手にした支配者の視線が、甘いのを機嫌よくほおばる女性士官を静かに
「言っておくが少佐、明日は斬間派の横槍でアンタの任務は遂行できないと思うぞ。夏雅乃宮私兵の内の一派だ。一定領域内での軍部の介入はコレを除き、認められない」
「――斬間准将が……?」
女性士官の顔が僅かに曇った。冬条は眼鏡に指を添え、低温に凍りつく低音で言葉を続ける。
「アンタもそれなりの立場なら少しは感付いていると思うが、統合軍の内部分裂は日を追うごとに加速している。……お互い、生きていく場所を見誤らない様にしたいもんだな」
名前負けしている統合軍を皮肉っているのか、もしくは純粋な忠告のつもりなのか。眼鏡のレンズに反射する日の光が、目に語らせない。
冷気を発する支配者を
「うむ」
レンカはとりあえず一言放っておく。
「……な、何よ『うむ』って……なんで今『うむ』って言ったのよっ!!」
なぜかキレる女性士官。何か、レンカに対するコンプレックスでもあるのだろうか。
「――まあ、空気がな。まったくもって冬条は口を開けば
「どういったチャンスだよ……ん? 握り飯がどっかに……」
重箱が机の上から消え、冬条は不思議そうに辺りを見回す。と――。
「うむ」
ミカがいつの間にか重箱を片手に、おにぎりをモグモグとほおばり一言放つ。
「ちょっ!! ナニしてんの私のおにぎり!! この猫ガキ!!」
重箱に飛び掛かりグイグイ引っ張る女性士官。グイグイ引っ張り返す猫ガキ。
「勘違いなさらないで!! 総帥のモノは最終的にワタクシのモノ……ん!? ちょっと待ってなんか今、口ん中ガリっていった……ん?」
「……何よ?」
メガミは訝しげに動きを止める。
「何してんの?」
「え、何?」
「どしたん?」
ちょっとした騒ぎに、学徒達が集まりだした。
口の中に指を突っ込みナニかを取り出したミカ。不思議な空気に包まれる子猫組。
「ん?」メガミはミカの指先を
取り出した指先が、キラリとまばゆい。
「げっ! 指輪!? こコレってダイヤじゃん!!」ミカは目にヤラシイ光を宿し叫ぶ。
「何?!」驚く支配者に――。
「セレブむすびか?」真顔で尋ねるレンカ。
――ぶわ~はっはっはっは!! と、教室に学徒達の爆笑が反響した。
「うっひゃっひゃっひゃ!! 具がダイヤって新し過ぎますわお兄様ったら!!」
「やべ~セレブネタだ!」
「や~マジ結婚した~い!」
ミカを中心に数々の驚嘆の声が上がる。
(……ぷっ駄目よメガミ笑っちゃダメ……ぐ軍人として学徒達と同レベルであっては、だ駄目なぶふっ!)
うつむき、子供達から顔をそむけ、震えるメガミ。
「ち、違う!! それ姉の指輪だ!! 弁当は姉の手作りで、多分握ってる時すっぽ抜けたんだ!! 少しその天然な人で……ネタじゃねえっ!!」
支配者は沸き立つクラスメート達に身振り手振りも大きく訴えかける。
「――まったく、
笑い声が一段落を迎えると、メガミは大人の冷めた態度を演出するも、軽くプルプルとしながら改めて重箱をミカから奪い、残り一個のおにぎりをその手につかむ。
「じゃ問題のおにぎりは私が責任を持って処理する事で
女性士官の毅然とした態度に、固唾を飲み軽く後ずさる学徒達。
よく解らない落着を強引に迎えるべく、あんぐと口を開く。と、メガミは何かに気付いた。
「……ん? なんか中から飛び出てるよこのオニギリ……紙切れ……?」
「へ?」支配者から間抜けな声が漏れる。
皆が集まり、そのおにぎりに注目すると、おもむろに二つに割ってみるメガミ。
――中にはナゼか、クシャクシャの一万円札が握り込まれている。
「ねぇぇぇぇぇぇさぁぁぁぁぁぁん!!」
ぶわ~っはっはっはっはっはっはっは!!
頭を抱え仰け反り叫ぶ支配者。教室に再び爆笑が渦巻いた。
「くく……ははは!」こらえきれず、珍しく笑い出すレンカ。
「どんだけヤラシイおにぎりだよコレ!!」ヤラシイ顔で舌なめずりするミカ。
「ぶや~はっはっはっはっ!!」しゃがみ込み、机をバシバシ叩き大爆笑する女性士官。
――同レベル、確定。
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