三章四節  弱小女神の『認識兵器』

――宇宙の熱をその身に纏った少年少女達。

 その生命力に溢れた猛々しい赤き光は、女神の放つ恐怖の波動すら飲み込み、それぞれの女神をも畏縮させた。


「――おのれ、おのれぇぇぇ!!」

 夜鳩と対峙する軍服の女神、夜鳩の女神が三体に身を分かち、激しい光を発しながら三方向に散り、そして一斉に夜鳩に突撃した。

 光るその手を、奇妙な刃に変えながら。


――夜鳩の様子がおかしい。

 眠たげな目は変わらず、力無くうつむき、何かユラユラと幽霊の様に身を揺らす。

 その揺れは次第に残像を生み、もう比喩ではない、宇宙の悪霊となった夜鳩がそこにいた。


 三体の夜鳩の女神は正面方向から彼を斬りつけにいった。――そして女神達が間合いに入った時、うつむく夜鳩はえぐる様な眼光で女神達を貫き、直後に、逆手で握る罪短刀『眠り刃』が人類史上最強と言える逆袈裟斬りを放った。

 その刃閃は壮絶な爆発音と共にプラズマを散らす巨大な黒き炎となって、吹き飛ぶ三体の女神もろとも宇宙を歪ませた。


 天忍が奥義≪ねむ昇龍しょうりゅう≫。――改め、『認識兵器』≪眠り獄炎龍ごくえんりゅう≫が女神を討った。


 分身が消滅し、夜鳩の女神本体も光る人型に姿を変えながら次第に崩れ去ってゆく。


「――あなたは充分に耐えたのよ夜鳩。それでも、まだ、呪縛が残る世界を望むの?」

 夜鳩の女神が彼の意識に語りかける。その声に、憎しみは乗らない。


「……妹がいますから」

 夜鳩はつぶやき、光の粒子となって宇宙に帰る女神を静かに見ていた。 

 周囲にはまだ、妹の姿は確認出来ない。



 天忍が奥義≪裂壊心れっかいしん≫――改め、≪破壊神はかいしん≫。


 魔神と化した禍々しい気を放つ雷陰の女神に、正面から超高速で駆け寄った雷陰。

 女神は凶悪な形相で漆黒の雷をそこに落とすも、ディーヴァの壮絶なフィルターが直撃を許さない。突撃をやめないディーヴァは二丁拳銃を女神に向け乱射する。

 女神の強大な否定、UМシールドが弾丸を弾き返し、猛獣のような牙が際立つ口を大きく開き、巨大な光線を吐き出すように発射した次の瞬間、女神の横を過ぎていった数発の弾丸の内の一発が瞬時に雷陰へと姿を変え、背後から、握る二本の異形な小刀で女神の心臓を貫いた。

 そして刃が地球の大きさをも超える程の超極大レーザーの様な激しい雷を放出し、雷陰の女神は轟音の中で一瞬で消し炭になって、声も無く宇宙に融け消えていった。


「……少佐。もう、やめましょう」

 ディーヴァは意識の中の、レンカの女神に寂しい声で語りかけた。



「――黙れ≪人間≫よ。貴様達の心を屈服させるまで、戦いは終わらぬぞ」

 レンカと対峙する女神、真の女神は冷たく笑い、恐怖を放つ。



「……く……ふっ」

 レンカが口を押さえ、震えながらうずくまった。


「姉貴!!」

 崩れ落ちる意識の中のレンカに、ミカは悲痛な声で叫んだ。


「――恐怖に耐え切れなかった様だなレンカよ。さあ、もう耐える事はない。否定を捨て、我を認め、お前のあるじである我が腕に抱かれ、永遠とわのエデンに眠るがよい」


「――くぷっ! あ~はっは! は、は、あっはっは!」




 レンカが宇宙で壊れた。

 

 やたらと爆笑する珍しいその姿を、真の女神をはじめ、他の女神達も、仲間達も、――そう、固唾を呑んで見守った。


「は~。……似合わん!」

 笑いが収まったレンカはスッと立ち、びしっと人差し指を真の女神に突きつけ言い放った。

「まったく『あるじ』とか『とわ』とか『えでん』とか、中々痛々いたいたしいじゃないか。というかもう語り口調が似合わん。――『われ』って、ランスかお前は」


「ちょ――あんた!! 空気読みなさいよ!! 状況わかってんの?!」

 真の女神が真っ赤になって怒鳴った。それはもう、すごく恥ずかしそうだ。

「わかってるさ! わかってるけど! ……駄目なんだ。――少佐が『われ』とか『とわ』とか言う度に、思い出が甦るんだ。変な猫が『んにゃ~ん』とか、なんか変なCD買ってこられて固まってたりとか、セレブむすび事件とか、女神キックとか……もう、だ、駄目なんだ……」


 切なげに訴えたレンカは再度口を押さえ、ぷるぷると震え、笑いをこらえている。

「――う、うっせ!! あんたってホント私の事、子供扱いしてるよね!!」

 真の女神はきぃ~っと悔しがり、宇宙で地団駄を踏んだ。

 レンカの思い出は仲間達にも波及し、甦る記憶に皆うつむき、やがてみんなしてプルプルと始めた。


「ちょっ、いい加減にしなさいアンタ達!! 不謹慎にも程があるわよ!! さっきの私の話聴いてよくそんな笑ってられるわね?!」

 真の女神が真面目に怒った。


「......なあ。ほんと、不謹慎きわまりないよ。ほんと、フザケた宇宙さ。どんなラストバトルだ」

 レンカはなんとか持ち直し、フゥと息を吐くと首をゆっくりと横に振る。

「......やっぱり、違うんだよ少佐。認めないよ。この戦いを。アナタが向かってくればくる程、笑ってやるさ。――死んでいった人達の分まで、笑ってこの戦いを否定してやる」

 レンカが目を研ぎ澄まし、ニヤリと口角を上げた。


「も、も、もういいわ! さあ私の分身達!! ほら!! とっととやっておしまい!!」

 だいぶ安い感じになった真の女神の命令に、分身メガミーズ達も「お、おう」と、なんだか頼りない。



「どひゃああああああ!!」


 という、これもまた安い叫び声が響き渡った。

 


 海前流が壱奥義≪絶海割ぜっかいわり≫――改め、≪世界割せかいわり≫。


――正中線で真っ二つに断ち割られた月下の女神の背後を、剣圧が更に巨大な刃と化して宇宙を駆け抜けていった。

 そして滅び行く女神に背を向け、月下は静かに刀を鞘に納めた。


「ご、ごめんチョット無理~!!」

 真っ二つの光る人型がそう言い残し、光の粒子となって宇宙に帰っていった。


「月下の女神ぃぃぃぃぃ!!」 

 真の女神は散っていった彼女の名を悲痛な叫びで呼んだ。


「――ちっ! くそ! じゃ次!」

 そしてへたくそな舌打ちで気持ちを切り替えた。結構あっさりしている。




「おめぇ、さっきっから何見てんだよ?! あ?! やっちまうぞ?!」

 雄大な宇宙にそぐわない、香ばしい感じの怒鳴り声に皆の意識が集中した。


(……何で……何でアタシのだけこんな……)


 浴びせられる怒声に京子は無表情でうつむき、放心していた。変な子犬の刺繍と、よくわからない漢字が羅列した特攻服を着た京子の女神が、彼女の周りを嫌な感じで歩き回っていた。


「おめぇ、なんだよこの茶金髪?! 誰に断ってこの辺で目立っちゃってんだよアァ?!」

 うつむく京子の顔を、眉を八の字に歪め、抉る様に覗き込む京子の女神。



「――しょ、少佐……これは一体……こ、これぶふっ」

 レンカは笑いを必死にこらえ、眼前の女神に問い掛けた。

「う、うっさいわね! あんだけ沢山いたら、中には変なのだって出てきちゃうわよ!」

 真の女神はまた顔を赤くして怒鳴った。まあ、そういうモノらしい。



「……いや、別に……調子こいてないっす……」

「テメそれが調子こいてんだろ?! アァ?!」

 いつのまにか木刀を肩に担いでいる京子の女神。京子もロングのアーマーコートを着ているので、もう、いわゆる、そういう感じを素敵に演出していた。

 

 やたらとツバをぺっぺと吐きながら京子の女神は胸に巻いたサラシから携帯端末を抜き出すと、どこかにダイヤルした。




――ぶーっ、ぶーっと、マナーモードにしてあった真の女神の携帯が震えた。


「……は、はい」でてみた。


「あ、先輩すか?! じつは~ウチの地元で生意気なガキつかまえちゃって~、ヤっちゃっていいすかね?! まじヤっちゃっていいすか?!」

「誰が先輩よ?! てか電話の意味ないよね?! あんた私と同じ顔して、やたらと下品なマネしてんじゃないわよ! も~いいからパパっとやんなさいパパっと!」

――と、怒鳴ってガチャ切りする女神に、少し間を置いてレンカは訪ねた。


「携帯使えるんだココ」

「どうでもいいよね?!」女神はブチギレて言った。




「――今先輩の許可でたからよ~。きっちり教育してやっからよ~」

 うつむいたままショックに凍りつく京子に嫌な感じで言う京子の女神は、またツバを吐く。


「――おめーよ~! どこちゅうだよ!!」







――――かつて、ラスボスが出身中学をいてくる物語があっただろうか。


 こんなにツバを吐きまくるラスボスがいただろうか。

 女神達も子供達も衝撃に固まった。


「聴いてんのかよテメ~よ?!」

 遂に手が出た。京子の女神はパシっと京子の頬を平手打ちした。


「――――あ?」

 小さく京子の声が漏れた次の瞬間、父親譲りのノーモーションハンマーパンチが本当に火を噴いて女神に炸裂した。


 京子の女神は遠い宇宙に吹っ飛んでいった。




――ぶーっ、ぶーっと真の女神の携帯が震えた。


「……はい」でてみた。


「あ先輩すか?! 例のガキ、きっちりヤっときましたんで!」

「嘘ついてんじゃないわよ!!」ブチギレてガチャ切りした。




「――好きな子とか、いるの?」


 冬条は固まっていた。

 冬条の女神は何か楽しげに彼の周りをウロウロと歩き回った。


「いないの? ……じゃあ私、立候補しちゃおっかな! なんちって! びっくりした?」


「ちょ! あんた何やってんのよ?!」真の女神がまたキレる。

「あの変な女神は一体何を言っているのでしょう!!」それ以上に静がキレた。



――そう、ラスボスは、冬条が気になっていた。


「……眼鏡、似合ってるね」

 一見、真の女神と変わらない冬条の女神は少しはにかみ、頬を赤く染めた。

「よし、戻って」真の女神は無表情で命令した。

「戻るのです」静も同調した。


「……なんか、命令されちゃったね。……帰らなきゃ」

 冬条の女神は彼の横で少し背伸びして寂しげに宇宙を見上げた。冬条は固まっている。


「――バイバイ、クールガイ。少し、好きだったよ」


 最後に彼の背中をぎゅっと抱きしめ、冬条の女神はそのまま宇宙に融け消えていった。



――ふぅ~、と真の女神は額の汗を拭い、安堵あんどの息を落とした。

――ふぅ~、と静も額の汗を拭い、安堵の息を落とした。







――――さっきの俺の名乗りは一体…………。



 冬条は固まったまま、宇宙の中心で眼鏡を曇らせた。


――しかし、確かに彼は女神を殺したのだ。


 違う意味で。




「スタジオの女神さ~ん。こちらミカの女神です~」


 何か変に間延びした、ふわふわした声が聞こえてきた。


「スタジオとか意味わかんないけど、はい、こちらボス女神です」

 一応、乗ってやった。

「実はですね~、なんと驚く事に~、ミカが猛ダッシュで逃げていきました~」

 女神達も含めた皆の腰がずるっと砕けた。皆の意識の中であたふたと手をバタバタさせているミカの女神。彼女もオリジナルと大差は無いが、少しかわいらしい雰囲気がある。

「いや追えよ! てか逃げてどうすんのよあの猫ガキ! なんかさっき実は最強の魔法少女とかチョット危ない事言ってなかった?!」

「怖いです~」

「魔法が?! いいから追いなさい! あんなの大した事ないから! ね?! ほら!」


 怖気づくミカの女神はオリジナルの発破を受け、渋々ミカの後を追う。と言っても大して距離が離れてるわけでもなく、ミカの女神の視界には守銭奴の背中がまだ普通に見えていた。


「――へっ! こうなったら宇宙の果てまで逃げ切ってやんぜ!! ば~か!!」

 戦闘能力の低いミカは、普通にラスボスから逃げた。安定のゲスっぷりだ。


「まちなさ~い! ね~! はぁ、はぁ、ま、まってよ~」

 ミカの女神が走って追うが、彼女は段々と息を切らし、スピードがどんどん落ちてゆく。と言うより、もともと足がやたらに遅い。


(お! 何よあいつ! へばってんじゃん! ――チャンスや。ごっついチャンスの匂いがプンプンしよるでぇ~。あの女が疲れたところで、いっぱい、ぶってやる!)


 ミカが小悪魔的発想でエグい笑みをミカの女神に向けた時――。


「へぐっ」っと変な声でミカの女神がコケた。宇宙でコケた。






――彼女はそのまま光の粒子となって、宇宙へ帰っていった。 


「ええええええええ!!」女神一同と学徒一同の声が美しく共鳴する。


「ど――、どうやらさくが実ったようね!」立ち止まったミカが計算内をやたらと主張した。

「もう魔法だよ! ミカポンまじ魔法少女じゃん!」モンジュが唯一だまされた。


 コケたダメージで死ぬとか、ミカの女神はチョット、酷かった。ねこでも倒せた可能性が出てきた。


「――ヤハトとライオン以外が、もう、酷いな」

「う、うっせ! 色んなのがいて当然でしょ?! まだ他にもいるし!!」

 レンカの穏やかな声に、真の女神はたじろいだ。




「――少佐殿! ランスの女神であります!」

 もう、それだけで真の女神は嫌な予感がした。とりあえず、応答した。


「な、なによ」

「は! 目標を眼前に捉えておりますが、全く勝てる気がしません! 撤退します!」



――うん、素直だと思う。真の女神はほうけながら思った。




「くっ!! なんてこった!! ちくしょぉぉぉぉう!!」

 意識の中で、シールドの女神が熱く叫んでいた。とりあえず、たずねてみた。


「ど、どうしたの」

「ああ! ボスか! こいつはまずいぜ! この嬢ちゃん、こちらのすっげぇビームも何もかも効きやしないっ! どうやら打つ手なしって事さ! ボスのとっておきのテキーラで乾杯するまでは死ねないぜってな!! ふ、フン! に、逃げ出すわけじゃないんだからね?! これは撤退よ!! てぇ~えった~い!!」




――キャラがよくわからない。真の女神は呆けながら思った。



「――さ、流石は宣告者ね! 桁外れのパワーじゃない! 上等よ!」

 ランスに至っては何もしていないのだが、持ち直した真の女神はさらりとまた真実を口にして強がってみせた。


 端々はしばしで真実を得る子供たちも、最早そんな事はどうでもよかった。どんなに真実が心を揺さぶろうが、それがどうした。――絶対、終わらせない。そんな想いが重なっていた。


「もういいわ! とりあえず、モンジュを叩きなさい! モンジュの女神とあなた達で力を合わせなさい! 少しずつ力をいで、瓦解がかいさせます!」

「な、なにを~! 負けてたまるかっ! お父さんとだってまだ仲直りしてないんだから!」

 モンジュは意識の中で真の女神に抗った。と同時に視覚で睨み合う眼前の女神を警戒する。


「……あぃ」

 モンジュの女神もオリジナルと大差無く、だが何かずっと気だるそうだった。自ら動こうとせずに、ただぼーっと相手の出方をうかがっていた彼女が気の無い返事をすると、光の粒子が彼女に収束してゆき、突如激しく輝く。


「うあ……! 何?! 何する気?!」

「モンジュ! こちらの女神が消えた! 気をつけろ!」

「こっちも。モンモン、私がついてるよ」 

 ランスとシールドの声を感じながら、強烈な光を手でさえぎり、薄目で正面を見据えるモンジュ。



――光が収まったそこに、全長百メートルを超える軍服の女神が一体、現れた。


「あきゃー!! で、でっけえぇぇ!」

 度肝を抜かれたモンジュは眼前に浮遊する収束女神に声を張り上げた。

「――ふふ。恐れおののき、心砕けなさい! これこそが真の恐怖! その名も……」


 真の女神が、じらす。というより、絶対今考えている。



「で、デカ女神!!」

 そのままだった。――皆が反応に困った。デカ女神と名づけられた女神も同様に。


「――やってくれたな少佐。近年まれに見るスベりっぷりじゃないか。もう一回言ってくれ」

「ほんっとアンタ最悪ね!! このデスギツネ!!」

 レンカの発言に、またも顔を真っ赤にしてプリプリと怒り出す真の女神。




「――モンジュ。あなたは辛くないのですか? レンカとミカの母親に兄を殺された事を知って、絶望したのではないのですか? その世界は、生きる価値があるのですか?」

 収束女神が穏やかな表情で、モンジュに問う。


「それは違うよ!! レンカ姉とミカポンのお母さんはとてもつらい役目を引き受けてくれたんだっ!! 確かにそれで兄貴は死んじゃったけど、その引き金を引かなければ兄貴どころか私も、他の子達も、もっと沢山死んでたんだ!! もしもそれでレンカ姉とミカポンがお母さんを責める様な事を言ったとしたら、私が絶対許さない!! いっぱい、ビンタしてやる!!」


 モンジュが胸を張って答えた。


――ミカは目を潤ませ、心の中で何度も礼を言った。



(ありがとうモンジュ。母さんの魂を救ってくれて)

 レンカも想いに目を閉じ、感謝の意を表した。



「――それに、私も同じだから」

 モンジュが女神に、切なげな微笑みを捧げる。


「遊撃部隊は最初に、総帥に覚悟を問われる。その役割は周囲の人間を目覚めさせていく事になる。力を与える覚悟を問われるんだ。――私はたまに後悔する事もあった。戦う事を押し付けてるだけじゃないかって。でも兄貴は力が無いばかりに生き残れなかった。だから、振り向かずここまで来たんだ。せめて、抗う力を、って」


…………仲間全員が目を閉じ、モンジュを信じた。



「――今は諸刃かもしれない。でも、人間自身の力だ! 魂を揺さぶる力なら、いつかきっと第四進化なんか人は越えて行ける!! 私達はまだ終末とかにたどり着いてなんかない!! そんなものだって越えた先に私達はっ!!」 


 ランスがモンジュの叫びに呼応し、神々しく光り輝く。


「今からそこに!!」 


 シールドがモンジュの魂に、全てを解放した。


「向かうんだあああああああああああああああ!!」




 モンジュの宇宙で、超新星爆発と同様の現象が起きた。それは古き星が最期を迎えたのではない。――それは、人が再び歩き出した、始起の開闢かいびゃくに答えた宇宙の歓喜。


「オオオオオオオオオオオオオオ!! これは!! この光は!!」

 収束女神が光に耐える。そして彼女が光の中心で見たのは、流星だった。

 収束女神を上回る巨大な光球が瞬時に彼女を巻き込み、闇を切り裂いてゆく。

「ごおおおおおおおおあああああああああああ!!」

「うあああああああああああああああああああ!!」

 光球、いや≪全ての盾≫を前に構え宇宙を駆け抜けるモンジュが、阻む星々を砕きながら狂いえる。収束女神は既に巨大光状人型となり、突っ込んでくるモンジュをおぞましい絶叫を上げて正面から受け止めるも、その壮絶な力を止める事が出来ない。


「そうだ突っ走れモンジュ!! ガタイのデカさなんか関係ねぇ!! ちっこいお前の!! そのでけえ魂が!! いつだってオメエを無敵にしてくれただろーがっっ!!」

 京子も吼えた。そして信じた。

「よっしゃあああああああああ!!」

 友に応え、モンジュは右手で後ろに構えた槍をより強く握り締める。


「向かえ私っっ!! ≪超絶ギャラクシーダッシャー≫からのおおおおっっ!!」

 モンジュは急停止をして左手で前に構えた盾を手放し、全ての力を≪開闢の槍≫に込める。

 そして惰性で吹っ飛んでゆく女神に再度吼えた。


「超必殺っっ!! ≪神砕かみくだき≫いいいいいいいいいいっっ!!」

 モンジュの投擲とうてきした光槍が激しい唸りをあげて周囲の暗闇を破壊しながら突き進み、そしてそれは巨大な神のおおとりとなって収束女神に襲いかかり、直撃を受けた女神は一瞬で光の粒子へと砕かれた。


 その光達はどこか物悲しく、しかし、何かを祝福するかの様だった。



「――第五進化に、向かうんだ」


 モンジュは光の余波に身を包み、消え去ってゆく女神の破片を彼方に見送り、つぶやいた。




――想いに閉じた目を見開き、真の女神は覚悟の表情で声を発した。

「まだ終わってないわよ! さあ、行きなさい!」




 宇羅の女神がそれに応える。軍服の彼女はニコリと正面の宇羅に笑みを送ると、その瞬間、まるで暗い部屋に明かりを灯したかの様に、その暗い宇宙を莫大な数の女神が埋め尽くした。


――その総数、およそ百億。 



「……これは神秘的な。おそろしや」


 正面の宇宙を埋め尽くす神の壁。宇羅は黒扇子で口元を隠し、不敵に笑む。


「――じゃが神秘じゃろうと、わらわは壊すよ? 失せるがよい」


 闇の姫を、黒と赤の入り混じる壮絶な炎が妖しく踊り包む。


「――冬条君を殺せないまま、やがて王達と兄である真の『裏天現』にも見限られ、ただ呪縛をひきずりながら、あなたは一体どこに行くの? そこはそんなにも大事な場所なの?」

 遠く離れた宇羅の女神の本体が、宇羅の意識に語りかける。


「……望む場所など、無い。わらわに楽園を求める資格も無い。――じゃがの、歩き出した事こそが意味を持つのじゃ。やがて辿り着いた先が地獄でも……それでも、よい」


 神の壁の向こうに伸びるであろう道を信じて、宇羅は凛と立ち、その先を見据えた。



「――総員、構え!!」

 宇羅の女神の号令に、全ての分身がロケットランチャー、アサルトライフルなどの火器を構え、百億の照準が一人の少女に向けられた。


「……繋ぐ手を、離さぬことこそ、我が望み。――――今こそ、灯火を守るとき!! 全ての意識が風となり!! 敵をぎ、その炎をたけらすは始起しきの風!!」

「撃てええええええええええええええええっっ!!」

 宇羅の放つ炎が恐ろしい形を成した時、宇宙の悲鳴の様な火器の轟音が響き、全ての銃砲弾が宇羅に放たれた。


「――表裏ひょうりが一体っっ!! 名づけるならば!! ≪終風おわりかぜ≫えええええええええええええええっっ!!」


 宇羅が吼え、黒扇子を勢いよく横薙ぎし、そして宇宙を終末の風が襲った。


「うううううううああああああああああああ!!」

 全てのモノを構成する『ユニバース・マター』がその絶大な強制認識に支配され、全てが宇羅とは逆方向に動き、引き千切られた宇宙と共に数多の銃砲弾と宇羅の女神軍団はまさに暴風に巻き込まれるが如く、絶叫ごと宇宙の果てに運ばれていった。



「――この終わりを、終わらせようぞ」


 闇の姫はつぶやき黒扇子をゆっくり閉じると、正面に広がる黒一色を、静かに見ていた。




「――空院静。第七王が自らの暴走に備え用意した対抗策。英雄へのカウンター。そしてその願いをあなたに託し、冬条君はあなたから去っていった」


 静の女神が、目を細めて静に語る。

「あなたは仮にそういった事態が訪れた時、彼を止められるの? 殺せるの? そんな世界に生きる意味はあるの? 愛は、あるの?」


 静は穏やかに、艶やかに光を纏い始めた。


「例え、彼がわたくしを捨てたとしても……わたくしは今でも彼を愛しております。その魂を誰よりも愛します。――そして、愛した人だからこそ、止められます」


 その揺るぎない覚悟を聴き、静の女神が大きく目を見開く。

 そして静の宇宙を、途切れることのない、重なり合った戦の掛け声が満たした。



「――なんという光景」


 静の立ち位置を中心に三百六十度方向から、彼方より無限とも思える数の静の女神が恐ろしげな武器を手に突撃してくる。




――その総数、およそ一兆。



「怖いでしょう? みんなあなたを殺しに来たのよ」

 静の女神本体が不敵に笑った。


――しかし、その笑いはすぐに凍りつく事となる。



「――怖いから……お帰りいただきましょう……」


 静は『UMアクロバット』による光の地を踏みしめ、呼吸法で息を整えながら拳を握る両腕をゆるりと開き、構えを取った。


 そして信じる魂に、超絶姫ちょうぜつきはその熱と共に全てを解き放った。






「――――ぬうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」


 全ての弱き意識が静の絶対的ウォークライに瞬時に震撼し、それは宇宙も揺るがす衝撃波となり、群がる女神達を木の葉の様に全て吹き飛ばしてゆく。

 そして静は光、いやレーザーとなり、吹っ飛んでゆく女神達の間で次々と反射し、その宇宙は光の嵐と悲鳴が支配する地獄と化した。

 阻む否定ごとブチ抜き、全ての女神に壮絶な蹴りを叩き込む反射レーザーとなった静はおよそ一兆の女神達の間を三巡した。

――その間、僅か二十六秒。

 そしてもとの立ち位置に降り立った彼女は四枚の凄まじき光翼を解き放ち、斜め上に突き出した片手でパチンっと指を鳴らす。直後、全ての静の女神が一点に強制収束されてゆき、それはやがて一体の光状人型へと姿を変えた。


――――そして、破壊の神と化した静の目が、据わった。


 空院式破壊脚が封奥義≪活捌かっさばき≫――改め、≪神裁かみさばき≫。

 

 静は黒の宇宙に染まり、長い足が人型の首を薙ぐ様に超高速で蹴り抜いた。

 首と胴体が離れた人型は切断部分から順に粉々になってゆき、最後は何も残さず、闇に帰っていった。



「レンカさん。――頼みましたよ」

 

 その身を淡い光に戻し、静は長い髪を宇宙になびかせた。




「……駄目だね。私の否定がどんどん崩されていっちゃう」

 真の女神はレンカに切なく笑った。――レンカも悲しく、口のはしを上げる。

「作戦変更。頭を潰すしかないわね。あなたが折れれば皆もあきらめるかもね」


 そう言って女神は宇宙からその身に何かを収束させる。

 青白い、魂の様な炎を。



「ひれ伏せ、弱き意識達。――――我こそ真の女神なり!!」





――レンカの宇宙が大爆発を起こし、全てが炎に包まれた。






「――――ばか。……だ、だから、言ったじゃない」


 灼熱の空間で、変わらずレンカは立っていた。


――いや、姿が変わっている。

 

 冬条は意識の中の光景に、顔を歪ませ目を閉じ、うつむいた。



――――時に荘厳な黒翼を持つ魔王、時に口が大きく裂けた異形の化け物、時に美しき魔人、時にそれら全てが融合した様なキツネ目の人外が激しいノイズを散らし、そこに立っていた。


「……最近はもう、保つのが難しいよ、ホント」

 刻々と変化する全ての姿が、また悲しげに笑う。

「当たり前じゃない! アンタ理想を集めたはいいけど、完全な元のアンタだけを、みんながみんな想い続ける事なんて無理に決まってるのよ! 記憶なんて不完全で曖昧なのに!」


「ふふ……。勝手なイメージか。何か、こう、自分の記憶もぐちゃぐちゃに犯される感覚なんかもあってな。たまに吐いちゃったりもする。たまに、自分がなんなのか、わからないよ」


 女神が痛恨に目を閉じ、異形のレンカから目を背ける。


 レンカは虚ろな眼差しで薄く笑い、何かを求める様に力無く女神に片手を伸ばし、苦しげに引きずる足取りで彼女に少しずつ近寄っていった。


「――もうやめなさい!!」

 女神が悲痛に顔を歪ませながら右手で空を薙ぎ払う。宇宙空間が激しく断裂を起こし、更に立ち上る炎が異形のレンカを襲う。



――しかし、もう彼女には何も届かなかった。彼女を襲うモノ全てが直前で消滅してゆく。


「……なんて事を……なんて事を……」

 女神は虚脱し、獄炎の空間でひざをついた。

 異形のレンカは腕を伸ばし、尚も女神に近寄ってゆく。そしてレンカの目がおかしな光を放つと、燃え盛る宇宙が瞬時に凍りつき、極寒の闇が広がる宇宙へと変貌した。



――少し前から、レンカの異変にはもうほとんどの仲間が気付いていた。 

 人前に出る事を拒み始め、何か苦しげにしゃがみこむ事もあれば、人目につかない場所で涙ながらにのたうち回る様なこともあった。

 言葉を忘れ、記憶がおかしくなっている時もあった。


 

 それでも彼女は仲間の前ではいつもの軽口を叩いて見せたり、おいしいお菓子を作って皆に振舞ったり、泣いてる初等部の子供を抱っこしたり、せめて、人間らしく在ろうとしていた。



 意識の中のレンカに向け、ディーヴァが涙を流しながら挙手の敬礼を捧げた。

 仲間達も同様に、少しずつ前に進む彼女に、無意識に敬礼を捧げていた。


「そんな、そんな、動け、ない。寒い。私が、寒いな、んて」

 ひざをついたまま寒さに凍える女神の眼前に、異形のレンカがやっと辿り着いた。


「――とどめに、どんな『認識兵器』を持って、くるのか、しら?」

 寒さに目を細めながら強がって笑う女神に、異形のレンカは答えた。


「真の恐怖というモノでも教えてやるさ。絶対者の力、それに立ち向かった哀れな女神よ」

 

 寒さに震える女神に、ノイズが酷いレンカの腕がやっと届いた。






――そして異形のレンカもひざをつき、そっと、女神を抱き寄せた。



(――あったかい。この子、あったかい)


 目を閉じ、ぬくもりに身を任せる女神から、冷気が消えてゆく。



「……私を消しなさい。私の否定がなくなれば、世界はもとに戻るわ。もう私がいなくても、あの星は永い時間の強い記憶で保たれるわ」

 女神は眠りにつく前の様な、かすれる声でささやいた。

「ほう。ならばこの弱小女神をどう料理してくれようか。ひどい目に合わされたしな」


「……ほんとね。ひどいよね。――私、ひどいよね。神様でも、人間でもないよ、もう」




 既に宇宙は平穏に包まれていた。美しく広がる宇宙に、たった二人で寄り添っていた。


「なあ少佐。弱小とは別に力の事を言っているのではない。思い苦しみ、だが時に喜び笑い、その感情に流される弱さこそ、実に人間らしいじゃないか。――あなたも私達と同じ。充分、人間だ」



――女神がもうこらえる事なく、泣き出した。

 人を保っていられないその身体は、それでも誰よりも人間として、その弱き女性を優しく抱き締める。



「私はな。――私は、母になりたかった。愛する男の子供を授かって、痛い思いして生んで、抱っこして、ピクニックとか行って、学校の行事にも参加して、時々叱って、恋人を紹介されて、結婚式で泣いて、孫に喜んで、そして愛する人と一緒のお墓に入って……そんな未来を、時々想像してたんだよ」


 うん、うん、と女神はレンカをしっかり抱き締めた。レンカも隠さず、泣いていた。


「――もう、私には……それは、できないけど……でも、それはすごく、素敵な事で、きっと私はその為なら、みんながまたそれを当たり前に望めるなら、私はそれで、戦えるから……」


 醜く崩れる顔の半分。だが悪魔の瞳から流れ落ちるその涙は、何よりも美しかった。



「悲しいだけじゃない。とても悲しいトコだけど、でも、だからみんな知ってるんだ。繋いでいく事が、どれだけ素晴らしい事か。――あなたが捨て切れなかった、最初の愛を、どうか、誰かに繋がせて下さい。……お母さん。私達を、信じて……」



 女神はクシャクシャの泣き顔を何度もレンカの頬にすり寄せ、大声で泣いた。

「――もう、私、知らないからね?! ちゃんと、やるんだよ?! みんなで一緒に、ちゃんと、やるんだよ?! ね?! 野菜もね、食べるんだよ?! ね?!」


 うん、うん、とレンカも泣きながら女神を強く抱き締めた。




――女神のフィルターが融けてゆく。

 

 それは少年少女達が互いの姿を確認しあえた事が証明していた。

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