三章二節  深夜の集い

 議事堂での一件があった日の、深夜も零時が近い頃――レンカは風呂上りの乱れ髪で、ぽつりと一人子猫組の自席に座っていた。

 

 夜間シフトの学徒達が交代で仮眠を取るのだが、レンカは極力、深夜帯の時間は自らが受け持ち、非常時以外はしっかり仲間に睡眠を取らせる様努めていた。

 というより、もう彼女には睡眠がさほど必要では無くなっていたのだ。


「いいお湯でしたー」

 静が二十四時間利用出来る購買のビニール袋を手に提げ教室に戻ってきた。ポニーテールにまとめた髪もよく似合っていた。

 いつもはミカと交代でレンカは風呂に入るのだが、今日は静が変わった。ミカはまだ見ぬスイーツを求め、外へ買出しに出ていた。


「――で結局朝まで居るのか?」

 ぼんやりとしていたレンカは向かいの席に座る静に問いかけた。

「はい。今日は沙理緒が司令をつとめていますので問題ありません」

 湯上りに顔を火照らす静はそう答えると、500ミリリットルの紙パック牛乳の口を開け、両手でパックをそっと持ち上げると直接口をつけて上品に飲む。

「優秀らしいな。遊撃隊員が言ってたよ。戦場の彼女は嵐の様だったと」

レンカもペットボトルの茶をグビリとやりながら言う。

「はい。とても強くて頼りにしてます。同じ道場で、幼い頃から一緒なんです」

 ニコリと笑み、静は嬉しそうに言った。


――空院式破壊脚くういんしきはかいきゃくという、かつて合戦で生命を破壊する事を目的とした古武術の流れをむ、空院家秘伝の脚術を主体として戦う静とその護衛、沙理緒。


 確かに高い格闘能力を誇る沙理緒なのだが、恐るべきは静であり、その長い足が高速で振り回され、さながら戦場に光の台風を巻き起こす認識応用格闘能力はランスに匹敵ひってきする程だった。


「――まったく姫様はいやらしいちち振り回して戦いやがって。牛乳か。やはり牛乳なのか」

 レンカは舌打ち、静から牛乳を奪うとゴクゴク飲んだ。

「あっ、あっ、わたくしの牛乳が! ならばお茶は貰います」

 静は机の上のペットボトルをサッ、と奪い、フタを取るとやはり両手で上品に飲み始めた。

――そして二人は顔を見合わせ、小さく笑いあった。

 

 その後しばらく、平和で何気なにげない、穏やかなおしゃべりを楽しむ女子高生二人。

「――ふふ、それでその方、わたくし達の学院に避難受け入れされてしまって」

「学校が閉鎖したのは災難だが、女学院に男子学徒一人なんてただのハーレムだろ。ある意味時代が生んだラッキースケベな展開じゃないか。理事長に報告してみよう。多分悔しがるぞ」

「いえいえ、とても硬派こうはな方なんですよ。だから尚更なおさらおかしくて。でも避難せざるを得ない逆境に負けることなく、強く生きておられる姿に皆、感銘かんめいを受けています。――神鵬学園もにぎやかで楽しそうですが、コチラも中々にカオスですよ。他にも、たとえば海外から遊撃隊の方が留学生としてこられています。とてもかわいらしい方なんです。長い金髪がよく似合っていて、華があり、まさにお姫様プリンセスといった感じで……わたくしはちょっと大き過ぎるので、周囲の方々が姫などと呼んではくれますが、その、ちょっと申し訳ないです」

 言うと、静はチョットしゅん、とした。


「元気を出すんだデカぷりん。私など無茶むちゃギツネとかワケのわからん領域りょういきに突入し始めているんだぞ。そんな甘えた姫様は自分のあだ名を次の四つからお選び下さい。いち、『デカぷりん』。に、『デカぷりん』。さん、『メカぷりん』。よん、『メガフレア』」

「四にいたっては意味が……!」いや、三もドウだろう。

 

 とりあえずデカぷりんなどとうるさいレンカを静はペシペシとはたき、黙らせた。


「――宇羅姫もだいぶ馴染なじんでおられるみたいですね。正直、驚いています。ふふ、学年も違うのに、皆さんは何事もなくおおらかに受け入れてくれて……すじ違いかもしれませんが、わたくしからも改めてお礼を言わせて下さい。ありがとう、レンカさん」

 感情のこもった礼の言葉に、穏やかに首を横に振るレンカ。

「礼を言われる程、私は大した事をしたつもりはない。最後は彼女が自らの意思で選んだ事だ。お姉さん達はただその成長をたたえよう。――宇羅とは長い付き合いだってな」

「はい。幼少の頃より、そ、その、源人様との関係で、お目通りを頂いておりました。もうご存知でしょうが、ああいった立場におられた方でしたので、わたくしにも心を許される事はありませんでした」


 レンカはお茶を一口含んで間を空けると、切り出す。

「――あいつがここに来て間もない頃な、やはり、あったんだよ。この学園でも。冬条いわく、呪縛とやらの影響が」


 静は察しているかの様に、無言で聴き入る。


「この学園は親を失っている子達も多い。親等を介して働く力の影響もそれだけ弱い。だが、無い、とまではいかなくてな。――とある名の知れた家の少女がいるのだが、やはり、宇羅をけていた。いや、いい子なんだよ。ミカの友達で、文芸部の大人しい子だ。ある時ミカの前でそんな態度を見せ、事情を知らないミカが怒ったらしい。ミカは宇羅がお気に入りみたいでな。その子はぼろぼろ泣いて、それでもやはり宇羅から目をそむけながら、ごめんなさい、ごめんなさい、と――」


 レンカは少しだけ笑み、目を閉じる。

「宇羅は言ったらしいよ。――ミカ、絶対にそのむすめめるな。その娘に一切悪意はない。……そして顔を伏せるその子の手に触れ、小さく、泣いてくれた事を忘れない、と」

 

 静も目を閉じ、その言葉をいとおしむ。

「――しかし、今やそういった呪縛は薄れております。姫は役割として今までその呪縛さえあまんじてうけておられた。でも姫は歩き始めたのならば単純な話です。邪魔をするなら容赦はせぬ、といったところでしょうか。そしてそう言える力を宿しておられる。……いにしえより続いた崇拝が自らをおびやかす事になろうとは、皮肉な事ですね。とらわれた方々にとっては」


 別に何をどこまで知っているかなどを、さぐり合う事はなかった。

 ただ自分が信じた弱き王の為、その為に自分の役割を果たす二人の女がそこにいた。


 自分を信じてくれた男の冷たい瞳の奥底に宿るその熱。

 きっとそういったものが、人の間でめぐり合い、増幅ぞうふくし合い、いつしか闇の姫の氷さえも溶かす炎になったのだろう。

 

 それだけの事だ――。レンカは特に口には出さなかった。 


 やがて静はクスリと、幸せそうな笑みを浮かべた。

「――メールを、頂いたんですよ。姫が子猫組に通うようになられてから。特別な内容でもなく、久しぶり、元気か? といった具合で。……泣いてしまいました。沢山、泣いてしまいました。源人様から事の次第は聞いておりましたが、その不慣れでたどたどしい文面は、まるで赤子が初めて立った時につうずるものを感じました。……人はいつでも、始まりの一歩を踏み出せるものなのですね。……世界は折々おりおりの始まりであふれているのですね、きっと」

 

 ミカが宇羅に携帯端末の操作を教えていたのをレンカは思い出した。

 宇羅が不安げに、そして楽しげに「こうか? こうか?」と聞いてはミカがお気楽に「オッケー! オッケー!」と――。

 

 脳裏に浮かぶ微笑ましい光景に、顔が綻ぶ。……が――。

 たまに邪悪な気配けはい察知さっちした月下が「おのれ守銭奴しゅせんど!」と二人の間に割って入って姫をガードしている事まで思い出し、軽く目頭をつまむレンカ。――何をたくらむ妹よ。


「今ではすっかりメル友なんです。かわいいですよ。絵文字なんかも使いだして。たまにお店なんかで一緒にお茶を飲んだりもしてくれるようになりました。今度、かわいいお洋服を着せて差し上げたいです」

 

 何か、自分の子供の成長を喜ぶ母親の様だった。


 それだけ感慨かんがい深い事だったんだろうと、なんだかレンカは少し目が潤んでしまった。

 

「――さえぎるカタチになって悪かったが、直訴って、何を言うつもりだった。あのあと冬条にしかられてただろ? 二度とするなって」

 話をらすようにレンカが腕を組みながら少しうつむき、さりげなく静に訊いた。


「――あの戦いで、わたくしが異常な事をして軍部の不信感を加速させたのも事実だと思います。それにより学徒達の日常に支障をきたす事になれば、皆に合わす顔などありません。ならばわたくしの拘束と引き換えに、と……」

 静は窓から見える夜空に目を流しながら答えた。そして、ふと、レンカに顔を向けた。


「あなた一人に背負わせません」


 静はそっとレンカの頬に片手を添え、色素の薄い瞳でレンカを見つめた。

 

 レンカは何も言わず、議事堂の時と同じ様に、悲しげに微笑んだ。


百合ゆりね。どっちがお姉様なの? 理事長に報告します」

 ビクっと声の方に二人が顔を向けると、メガミが入り口の陰からじーっと見ていた。

「――やめとけ。少佐も見ただろ? あのメンドくさいの」

「ええ……。ひどかったわねアレ。ひどすぎて、むしろマタ見たいわ」

「あの後改めてご挨拶に伺いましたが、チャックに異常(全開が正常)はありませんでした」


 今やメガミは部下を全員帰し、神鵬学園をねぐらにしていた。

 理事長が学生寮の空き部屋を一室用意してくれたが、それは家を失った子供達の為にと断り、夜鳩やランスなどの手も借りて、屋上の片隅に木材などで仮設住居を自作した。

 

 ボロい外見のその小屋は学徒達からは女神小屋めがみごやと呼ばれ、悪ノリしたミカにちっこい賽銭箱さいせんばこと変なすずまで設置される始末で、初等部の悪ガキどもからはたまに石を投げられている。

 

 余談として、たまにお菓子やら果物やら甘いのが小屋の玄関前に丁寧ていねいに置かれている事があり、いたずらにしては奥ゆかしいと、不思議に思ったメガミはレンカにそれを話すと面白がって調査が始まり、レンカとメガミの張り込みの結果、その送り主は初等部の小さな女の子だった。

 理由を優しくたずねると、女神小屋だから住んでるのは女神様だと信じておそなえしていたと、かわいらしい答えであった。

 レンカとメガミはそれを否定はしなかった。ので、今も定期的にお供えが続いている。


「はぶぅぅ!! やっぱ風呂あがりはこれよねっ!!」

 メガミは購買で買った500ミリリットル紙パックの『よい子のいちごみるく』をダイナミックに直飲みすると機嫌良く声を上げた。まだ少し濡れた金髪はいつもの躍動感は無く、何か耳が垂れた動物の様な愛らしさを思わせた。


「その猫、パジャマ……? もかわいいですね。ほぼ着ぐるみですね」

 レンカと静は非常時に備え変わらず戦闘用の制服姿であったが、メガミは仮眠の為、ボリュームの少ない猫の着ぐるみみたいなモノを装着していた。

「いいでしょこれ。寝袋代わりに着てんのよ。もふもふであったかいからドコでも寝られる優れモノよ。軍人はこれ一着でどんな戦場でも耐えられるの」

「戦場にこんなのがいたらクニに帰るよほんと」

 レンカは言うと、メガミの後頭部に垂れ下がったネコ耳フードを優しく被らせた。

「あ、にゃーん」より一層ネコっぽくなったメガミが甘い声で鳴いた。

「静かにしろっ!」

「ひでえっ!! てかアンタがかぶせたんじゃない!!」

 振っといてキレたレンカに猫パンチが乱れ飛ぶ。


「ふふ! 仲良しさんなんですねー」静が吹き出しながら言った。

「いやいや、ガキっぽくて困ってるよ。オバケが怖いらしいぞ」モンジュ情報だった。

「はあ?! この冷凍ギツネは何言ってんのよ! 大人のセクシーパンチを食らえ!」

 ただの猫パンチだった。

 レンカがリズミカルにそれを避けていると――コンコン、と、何か音がした。


「――ん? 今の音なに? コンコンいったよね? ……あんた?」キツネだけに。

「いや、何か叩く音だったろ――」

 と、ふと静に顔を向けたレンカとメガミは背筋が凍りついた。

 

 静は目を大きく見開き、頭をぐらんぐらんと揺らし始め、胸ポケットから携帯端末を抜き取ると何か操作しながらレンカの席の更に奥、一番後ろの窓辺りをゆっくり指差すと低い声でこう言った。

「絶対に、後ろを見ないで下さい」


――二人は即、見た。


 窓の外に、髪の長い、赤いコートを着た女性が立っていた。

「や……!」

「ええっ?!」

 レンカと猫メガミは突然の恐怖に抱き合い、声を上げた。


「……ん? 雷陰らいおんか?」

 レンカは目を凝らしながら言う。女性は小さく笑みを浮かべ、コンコンと窓をノックした。


「別に怖くも何ともなかったわよ」

 ねこ女神は強がりながらイチゴミルクをグイっと飲んだ。

「ごめんなさい、脅かすつもりはなかったんです」

『最前線のディーヴァ』は空いてる席を借り、りんと座ると微笑みながらペコリ、頭を下げた。

「うむ。私をびっくりさせるなんて三日みっか早いよ。出直してくるがいい」

「三日。すぐじゃん」猫はレンカに冷静にツッコむ。

「その時は近いと。弱気な。――遊音木雷陰ゆうおんぎらいおんです。顔を合わせるのは初めてですね少佐」

 雷陰は右手を額に添え挙手礼をした。左手には何か大きな包みを携えている。

「モンジュの件で一度絡んだよね、通信で。統合陸軍特別少佐メガミ・カミフォーよ」

 ネコも右手を額に添え返礼した。間抜けなだった。

「特別――というのはやはりこのネコ耳辺りが……」ネコ耳をもみもみと揉むディーヴァ。

「あ、にゃーん」メガミは再度甘い声をこころみる。

「静かにしてくださいっ!」

「予感はしてたっ!」

 振っといてキレたディーヴァに猫パンチが乱れ飛ぶ。


「まあ待て少佐。まずは断罪だんざいすべきナイスな姫がいらっしゃるだろう?」

 キラーンと鋭い眼差しでレンカは静を捉えた。静はしたり顔で迎え撃つ。

「――そうよ! 大した役者だよこの子は! 何よあの演出! 理事長に……言うから!」

 猫パンチが姫を威嚇する。

「でも見ないでって言ってるのに、すぐ見たところで危うく吹き出しそうになりました」

 静は言いながら携帯端末を操作し、画面をレンカとメガミに向けた。

 二人は意味が解らず、とりあえず画面を凝視する。雷陰もそれを覗き込んだ。

 そこにはレンカとメガミが窓の外の女性を目撃した辺りの映像が流れていた。


「――そうか! そういう事だったのか!」レンカが真相にたっした。

「確かにおかしいとは思ってたわ」猫も達した。

――静の口のはしが、妖しく上がった。


「そう、おかしいとは思っていた。だが彼女はまずあの特殊な挙動を最初に見せ付ける事によって、その違和感を恐怖を煽る意味不明の演出の一つとしてカモフラージュし、私達の目をかいくぐり、真の目的を果たしていたのだ。盗撮などではなく……真正面から、堂々とな!」

 言い放つレンカが人差し指を勢いよく静に向けた。

「あなたは……なんて事を!」猫が悲しむ。手にするイチゴミルクが震える。

「所詮、この世は騙し合い――」静がノリノリだ。

「あ、これ差し入れです」らいおんが全く空気を読まない。

「何持ってきたんだ?」レンカは包みに興味津々しんしんだ。

「芋ようかんです。地元で最強の和菓子屋のやつ。いっぱい入ってるからみんなで食べよ?」

「やったー!」猫がはしゃぐ。


……静は置いてきぼりを食らい、しゅんとしていた。が――。

「ほら静先輩。先輩には一番おいしいとこあげるから。くりめっちゃ入ってますよホラ」

「わあ~」即、持ち直した。


 レンカの席の周りに女子が集い、お夜食の時間となった。やたら大量の芋ようかんは栗が入っていたり、表面をバターで焼き上げてあったりするものもあり、女子達のハートをわしづかみしていた。


「『や……!』って言ってます」

 静がにこにこしながら芋ようかんを味わいつつ、先程の動画を確認している。

「うわ激レアですね。レンカ先輩かわいいよ」

 隣からそれを覗き込むライオンもレンカの乙女チックな声を堪能していた。

「よし手っ取り早く取引といこう。動画の消去と引き換えにこちらはこの変な猫を差し出す」

「なんで私がっ?!」レンカに捕獲された猫はあせった。

「消しません」

「ちっ! ならばこの栗ぎっしりの芋ようかんも付けようじゃないか!」

「私のマロンがっ!!」甘いのを紙皿ごと持ってかれた猫はあせった。


「消しませんよ。――大事な、思い出の一ページです」

 優しく微笑み、静はレンカに言うと、レンカはちょっとドギマギと返答に困った。


「……あ、いや、なんかいい話にもっていかれても困るんだが」

「レンカさんだって例の画像で私の心をもて遊んでたじゃないですか。おあいこです」

「弱みを握られたレンカ先輩はもう姫の奴隷どれいですね。でもかわいくて別にいいじゃない」

 ライオンは芋ようかんを味わいながらサラリと言う。

「男子どもに見られたら絶対からかわれる。その映像はこの世に存在してはいけないのだ」

 レンカは窓の外の遠い星空を見上げ、切なげに訴えた。

「空院さん、チョットその動画コピーさせて。キツネの調教に使うから」

 キツネがネコをピヨ口に締め上げた。すると――コンコン、と、また音がした。


「……ちょっと。また音したわよ。あんたでしょ」

「それはもういい」

 レンカがメガミをピヨ口のまま言い聞かせると、静が頭をぐらんぐらんと――。

「それももういい」即、止めるレンカ。

「普通に入り口のドアじゃないですか?」

 ライオンが閉まっている教室後面のドアを、握った手の親指でし示す。

「ん? ミカかな? でもノックなんてしないなアイツは……」

 レンカが立ち上がり、ドアに歩み寄った。

「待ってください! ……あ、はい、準備OKです!」

「こっちもOKよ! さあカワイクいってみよ~!」

「よし、貴様らは後でシメる」

 携帯端末を構える静とメガミに軽くキレながらドアを開けるレンカ。


――消灯された暗がりの廊下に、ショートカットの女子が少しうつむきながら立っていた。モンジュだった。


「あれ? どうしたんだモンジュ。こんな時間に」

 レンカが驚いて問いかけるも、何かほっぺをふくらませムスっとうつむいているモンジュ。

 だがやがてゆっくりとレンカに近づくと、小さい彼女はレンカの胸元に顔をうずめ、無言でぎゅっと抱きしめた。


「よ~。タコキツネ」

 と、特に動じないが少し困っていたレンカに、ハスキーな声が掛かった。


「斬間京子? ランスとシールドも一緒か」

 廊下の奥から茶金髪のヤンキーと巨漢、その真ん中にクマ型インカムを抱く少女が並んで歩いてきた。一行は順々に言葉をつらねた。


「――フッ。モンジュが補給物資を受け取るのに付き合っただけだ」

「べ、別にあんたの事なんか好きじゃないんだからね。……京子ちゃんあと何だっけ?」

「か、勘違かんちがいしないでよねこのタコキツネ! だよ。じゃ、もっかい言ってみ?」

「よし、シールド。その茶金髪は有害だから絶縁ぜつえんするといい。で、コレはなんなんだ?」

 抱きしめると言うより、コアラの様にしがみつくモンジュの頭をレンカはポンポン叩く。

「――オメーがテレビであんな事言うからだよ。怒ってんだよ多分。コアラみたいに」

 レンカの問いに京子はちょっと責める様な口ぶりで片眉かたまゆを上げた。


――レンカはやれやれ、と小さく息を漏らし、モンジュの頭を撫でながら寂しく微笑んだ。


「…………っこして。しかもお姫様抱っこだよ」

 モンジュが顔をうずめながら不機嫌そうな声を出した。


「意味がわからん」と面倒そうに言うも、スッと腰を落とし、レンカは軽々とモンジュを横抱きでかかえた。

 不機嫌なお姫様はまだほっぺを膨らませ、ツンとそっぽを向いている。

「とりあえず皆、中に入れ。甘いのがあるぞ」

 レンカは言いながら後ろに方向転換するとガン! とモンジュの額がドアにぶつかった。

「あぎゃー!」とモンジュは額を押さえ悶絶する。

だまるがいい!」

「ドS過ぎるっ!!」

 逆ギレでその場をしのいだ王子様に、お姫様は驚愕の声を上げた。


「悪かったよ。痛くしてゴメン。ほら、変なお友達がいっぱい来てるぞ~」

 抱えるモンジュにあやす様に言いながら、レンカは自席へ歩いてゆく。

「誰が変なお友達ですか」ムッとする雷陰。

「失礼な。変なネコはいますが」ムッっとする静。

「んにゃ~ん! てバカ」変なネコ。


「――あれ?! ちょ、レンカ姉おろしておろして!」

 レンカは首を傾げ、言われたとおりモンジュを足から下ろした。モンジュは床に足がつくとすぐさまディーヴァに駆け寄った。


「あ、あの、憶えてますか? 私、前に八王子で助けて貰ったんですが……」

 モンジュは胸に片手を添え、興奮気味な口調でディーヴァに尋ねた。

「うん。憶えてるよ。私は遊音木雷陰。あなたの名前は?」

「私は神鵬文殊っていいます! らいおんって凄くカッコイイ名前だよ~!」

「ふふ、ありがと。モンジュもかわいい名前だね」

「ほんと?! でもよく初等部のチビッコどもにモンキーとか言われてさ~!」


 同学年という事もあり、互いに笑顔で会話が弾んでいた。

 生来しょうらいの無邪気さで相手の懐に飛び込むのが上手なモンジュには、孤高のライオンさえ引き込まれるモノがあった。


「お! ディーヴァいんじゃん! シー! ほらディーヴァディーヴァ!」 

「フッ。シールド、バ、じゃないぞ? ヴァ、だ」

「ヴァ」

「ランスさん、シーちゃんに変な事教えないで。こんばんは京子先輩。一ヶ月ぶり位?」

 賑やかに室内に入ってきた一行にライオンは嬉しそうに反応した。 


 前にも述べたが、例えばモンジュと京子しかり、この戦乱の時代、戦場を駆け巡るそれぞれの少年少女達は学びは別なれど結構な確率で顔見知りである事も多かった。

 名前も知らない者同士が互いに背中を預け合う戦場など、日常茶飯事であった。

――今を生きる、というだけの絆で、子供達はつながる事ができたのだ。


「だな。富士の戦場じゃ世話んなったな。サンキュ――げっ!! 静!!」

「お久しぶりです京子さん。ほら、変なネコもいますよ」微笑む静と――。

「んにゃ~ん! てバカ」変なネコ。


 京子は静が苦手だった。

 以前、関西方面の救援要請に応じた京子は静と共にライフラインの防衛任務に就いたのだが、無事任務を果たすとその礼に静の屋敷に招待され、そこでひどい目に遭わされたのだ。


 言葉遣いを矯正きょうせいされたり、かわいらしい格好をさせられたり、舞妓まいこ体験をさせられたりと散々だったが、京子は静に逆らえなかった。

 彼女は女性らしい女性が苦手なのだ。ある種の劣等感と言ってもいいだろう。

 静自身の美しさに加え、上品なしぐさ、身のこなし、言葉遣い。そしてエロい乳。

――そう。抗うには、あまりにも京子にはまぶし過ぎたのだ。


「――『げ』、って言いました」静の目が妖しく細まる。

「ん、ん? 言って……ないよ? あ少佐もお久しぶりっす。相変わらず甘いのむさぼってるっすね」

 縮こまる京子の落ち着きがない。静はスッと携帯端末を指で持ち上げると、意味深に自分の口元に添え、笑む。

「ごめんなさい、『げ』って言ってごめんなさい」

 京子は素早く静にすがりつくと情けない声で許しをう。親にも見せられない、フリフリのかわいらしい格好などの画像は、ステキな思い出の一ページとして静の携帯端末に保存されている。


「――わかるよ」そう同情の言葉を掛けながらポン、とレンカが京子の肩に手を置いた。

「……お前も、なのかよ」レンカに顔を向ける京子は小さな声で言った。

 女達は見つめ合い、そしてわかり合った。互いの目前で手がガシッと組まれ、今ここに、変な姫に服従する奴隷同盟が締結ていけつされた。

「……そろそろ源人さんもお風呂から戻られる頃ですね。レンカさんと京子さんは彼の妹として接してみて下さい。呼び方は『お兄ちゃん』です」

「なんの修行だそれは」

「鬼だぜ静……」

 姫の無茶ブリに固まるレンカと京子。――お兄ちゃん、という単語に、ライオンが少し反応したのをレンカは見逃さなかったが、特にそれについて何も言わなかった。


「ん? なんだこの集まりは」

 冬条が頭にタオルを被ってわしわしとタオルドライをしながら教室に入ってきた。


 彼は夜間も家には戻らずに各地を何やら飛び回っている事が多く、今日は珍しく学園から離れていなかった。

 いつものいかにも影の帝王といった印象の、髪を緩く逆立たせた白ラン姿ではなく、ロッカーからひっぱり出したグレーのスウェット姿の支配者はなかなかにスタイリッシュで、眼鏡を外した冷涼な眼差しと併せると、危険なギャングボーイといった風貌にも見える。

「お~総帥がスウェット男子だ! カッコイイじゃ~ん」

「三時間程休憩だ。ダラリとさせてくれ」

 はしゃぐモンジュの頭をひと撫でしながら自席に歩く冬条に、ディーヴァは凛と向かい立つとゆっくり会釈えしゃくする。冬条は何も言わず小さく頷いて返した。


 席に座る冬条の机にさりげなくペットボトルのミネラルウォーターを差し出す静。冬条は低い声で礼を言い、飲料水を手に取る。


 支配者の登場で場の空気が少し引き締まり、皆が意識もせずになんとなく口を閉じていた。冬条は居るだけで周囲の温度を下げる。猛暑日にでもなれば、レンカと冬条の間でミカとかが「ふぅ」、と一息ついてすずんでいたりする。


「お兄ちゃん。お小遣いを貰っておこうか」

「お兄ちゃん。土地ちょうだい」

 レンカと京子の発言に当事者以外の全員がうつむき、顔をそむけ、笑いをかみ殺した。


「お兄ちゃん。私の事エッチな目で見ないでよね」

 ネコが参戦した。

 冬条は視線を寄せる妹達を一向に相手にせず、いつものムスッとした顔で水をゴクゴクと飲む。


「お兄ちゃん――」

「やめろランス」冬条は巨漢の参戦を即、さえぎった。


「ふざけないでっ!! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなんだからね!!」

 切ない叫びが響いた。皆が声の方向、後面入り口に顔を向ける。

 

 守銭奴ミカだった。

「お兄ちゃん! 比較的低リスクな金融商品、例えば物価連動債ぶっかれんどうさいとかちょうだい!」

「なんて嫌な妹なんだ!!」

 インフレに強いおねだりをしながら猛然と駆け寄ってくるミカに冬条は驚愕の声を上げた。


「――じゃあモンジュと静っちも付き合い長いんだね~。アタシあんま戦闘だと外に出ないからな~。そういう戦場で芽生える友情とか、チョット熱いよね。イイじゃん。まあ、とりあえずそれは置・い・と・い・て……えっひっひディーヴァ様! どうですかウチのアイドルぴちぴちでしょ?! 今度一枚かませてやって下さいよ~! CDとか!」

 ミカは輪に入り、芋ようかんを堪能しながら下品な笑顔でライオンにモンジュを売り込んだ。

「ちょ! ミカポンやめてよ! 私なんてランキング七位とかだから恐れ多いよ!」

 モンジュはあわてて言うと、京子がようかんをモグモグとしながらニヤニヤと口を出す。

「ばっかオメー、チャンスじゃんよ。ミカも何気に六位なんだからユニットとか組んだりしたら結構おもしれーんじゃね? シーも九位だけどアタシんだからダメ」

「学徒アイドルランキングか。私ネットとかうとくてあんまり詳しく知らなかったけれど、そういう事ならプロデューサーに話してみるね」

 ディーヴァは笑顔で言いながらチラリと冬条を見た。彼は相変わらずのムッスリ顔だ。

「一位の貫禄かんろくだわ。孤高のライオンはただ空を仰ぐ。渋いじゃん」

 ミカが片眉を上げニヤリと笑みを浮かべながら言うと、ディーヴァも微笑みで首を横に振る。

「そんなんじゃないよ。私は比較しないだけ。そのランキングに入れなくても、私は歌えればどこでもいい。元々私は光を浴びれる様な人間じゃなかった。こうやって誰かと笑って話をさせて貰えるだけで、私にはとても幸せな事なんだ」


――理解に苦しみ、ミカとモンジュが顔を見合わせた。レンカは目を閉じ物思いにふけた。

 シールドがディーヴァに歩み寄り、クマを貸与した。キョトンとするディーヴァにシールドは別に何も言わなかった。

 とりあえずディーヴァはクマを抱き、ぎゅっ、とした。


「なんじゃ、そろいも揃って悪だくみかえ?」


 気配無く、闇の姫が黒扇子で口元を隠し、開けっ放しの入り口に立っていた。その背後には二人の男子学徒、夜鳩と月下を引き連れて。


(……大方の候補が集まったか)

 冬条は新たな一行に目を向けながら心の中でつぶやいた。


「で、でたなラスボス! レンカ姉! 今こそお姫様抱っこだよ!」

 モンジュが宇羅に過剰かじょうな反応を示し、レンカを引っぱり立たせる。レンカはまたも面倒そうに息を落とし、軽々とモンジュを横抱きで持ち上げた。

 宇羅の額に血管が浮いた。

「ふ、ふふ……すぐに我がナイスナイトの手から離れるがよいくされモンキー。素直に従えば、バナナをくれてやらんでもない。ドス黒く腐ったやつをの」


 火花を散らす二人のちびっこ。

 

 宇羅が子猫組に居座り始めて間もなく、補給物資の受け取りに学園に戻ったモンジュがレンカを見つけ、じゃれついているところを宇羅が目撃してブチギレた事がきっかけであった。

 極悪なドス黒いオーラを放つ宇羅に黒扇子でべしべしと叩かれたモンジュはその圧倒的なプレッシャーから、彼女をたまにラスボスと呼ぶ。


――そう、二人の少女は出会った時から戦う運命を定められた、悲しき勇者と闇の姫であった。


「あ~お姫様抱っこ最強~。たまんね~。風呂あがりはやっぱこれだよ~」

 別に風呂あがりではない勇者はドヤ顔でちらりラスボスを見下す。

「お、おにょ、おのれ小童こわっぱ! 月下! れい!」

 ツインテールを怒気に尖らせ、闇の姫は黒扇子を振りかざし、忠実なるしもべの剣士にGOサインを出した。

 月下は後ろで結んだ長い黒銀髪をなびかせ、レンカとモンジュに颯爽と近づく。その眼差しは水の様に澄んでいた。

「代わろう」

「ああ、助かる」


 レンカと月下の間でモンジュの受け渡しが完了した。サマになっているお姫様抱っこだ。

「え、え、あはは、ちょ、これは普通に恥ずかしく、その、申し訳ないですアハハ」

 顔を赤くし照れるモンジュとは対照に、月下はあくまで穏やかに、無言だった。


「なんという事じゃ……これではただのご褒美ほうびではないか。これ月下。――違うよ」

 プルプルと衝撃に身を震わせる闇の姫。しかしそんな姫に、月から救済の光が差した。


「――ほら。これでおあいこだろ?」

 目の前に立った月の騎士レンカはフワリと闇の姫を抱きかかえた。


――ここに、真のお姫様抱っこは完成したのだ。宇羅は熱暴走を一瞬で越え、もう、普通だった。境地に達したのだ。

「――式の日取りはいつごろがよいかのう? やはり大安たいあんかのう? ハワイかのう?」

 穏やかにかすむ瞳でぶつぶつと何か言ってる姫を、騎士は心配そうに見つめた。


「いいかげんにしてよっ! 一回二百円なんだからね?! お得な回数券もあるのよ?!」

「最高にゲスいぜミカ」

「お前がいいかげんにしろ」

 お姫様抱っこでまどろむ二人の少女に怒りを爆発させたミカを、京子と冬条は冷静にさげすんだ。そんな冬条の袖を安い作りの肉球がカリカリと甘えてきた。

「抱っこしてにゃ~ん」

「この変なネコはいきなり何を言うのでしょう!」

 つやっぽくふざける猫メガミに静が衝撃で声を荒らげた。

「よし、俺の手には負えんな。理事長に救援を求めよう」

貞操ていそうの危機がっ!!」携帯端末を抜く冬条にネコは恐怖で縮こまった。

 

「――ミカちゃんが夕方に買ってきたどら焼きなんかもあるし、食べ物は充分ですよね? 購買で飲み物適当に買ってきますね」

「すまんなヤハト」

 気を利かせて歩き去る夜鳩に冬条は礼を言うと、懐からブラックカードを抜き取り、手首のスナップだけで彼に投げる。夜鳩は振り向く事なく顔面横を高速で追い抜いたカードをスッ、と指先二本で超人的にキャッチすると、そのままヒラヒラと頭上にかかげ教室を後にした。


「――あっ、冬条君のおごりなら『よい子の極上ごくじょうチョコロール』頼むんだった」

 よい子のお小遣いじゃ買えないだろ、という位、購買スイーツの中でも群を抜いて高級なロールケーキ。猫メガミがちょっと残念そうに言うと、急にライオンが立ち上がった。

「じゃ、じゃあ私も行ってきますね。荷物も多そうだし、ついでに伝えてきます」


 言うが早いか、いそいそとクマを抱いたままライオンは教室を出て行った。

 何かいつもの冷静さをいた様な彼女の挙動に室内は少し変な空気になった。

 ただ冬条とレンカ、そして甘味を口にする宇羅と月下の目がやや悲哀を帯びるように細まった。


「――あ、ね、眠野、さん」


 暗がりの廊下を行く夜鳩を呼び止める切ない声。夜鳩は少しうつむきながら足を止めた。

「あ、あの、少佐が、よ、『よし子の極上トリコロール』も買ってって……」


――よし子。誰だよ。極上トリコ……何それ。といったツッコミの声など野暮でしかない、その男女がり成す呪縛の距離。


「……分かった。探してみるよ。じゃあ」

 夜鳩は背後から追ってきた雷陰に顔も向けずに言うと、また歩き出した。

「わ、私も行く」

「――一人で大丈夫だから。戻りな」


「お兄ちゃん連れてって。お兄ちゃん」

 雷陰の声が泣き声に変わっていった。一定の距離を保ったまま、たどたどしい足取りで兄を追う妹。兄の足がまた止まる。


「……駄目だよ雷陰。もうお兄ちゃんじゃないだろ? もう君は眠野とは一切無関係なんだ。絶対人前でそんな事口にしたら駄目だよ」


 夜鳩は暗い影に半身を染め、振り向かない。


――五百年以上前の話だ。

 日本は群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代。そんな中でも威光を放ち君臨した、時の天現の喉に刃を当てた一人のシノビがいた。

 

 現人神への暴挙は当然許される事ではなく、捕らえられたシノビは死罪となり、その一族は終生、酷い迫害を受け続ける事となった。

 その愚行は現在に至るまで伝えられ、そのしき血脈を受け継ぐ者達には権力者による差別が呪縛の如く、今尚続いている。


――しかし、それは愚行などではなかったのだ。

 

 当時の天現は歴代最悪の愚帝ぐていと言われ、その愚かさ、残虐さで多くの民を苦しめていた。

 そんな暴君をいさめる為に立ち上がったのが、代々天現に仕えし最強の忍一族、天忍とあがめられた眠野家だった。

 

 数多くの妨害を乗り越え天現のもとに辿り着いた眠野家当主は、重傷で血に染まりながらも静かに帝を諌めた。

 その尋常でない迫力に恐怖を植えつけられた天現は精神を病み、いつしか表舞台から姿を消していった。

 だがそんな真実も、それが伝われば都合が悪い者達によって歪曲わいきょくされ、命を賭けた英雄はただの罪人として名を残す事となった。

 

 残された一族は消された真実を誇りとし、世の迫害をただ黙って受け入れた。

 抗うには、余りにも強すぎる力であった事も確かだ。

 

 七年程前、眠野雷陰は戦闘に巻き込まれ死亡した。というのが公式な記録だ。

 

 幼き日の夜鳩は戦火に焼き尽くされたとある孤児院で、性別すら判断出来ない程に炭化した子供の遺体を発見した。

 日々多くの死者が出ていた当時のずさんな戸籍管理を夜鳩は逆手にとり、カモフラージュの遺品と一緒にその遺体を妹として申告したのだ。


 すでに学徒兵として戦っていた夜鳩は後方支援などにはいた事が無く、常に最前線送りとされていた。

 過去に囚われた大人達の圧力で通常与えられる休日なども夜鳩にはほとんど無く、だが夜鳩は密かに受け継がれてきた一族の技を駆使しながら過酷な戦場を生き抜いていた。


 しかし、妹も直に戦場に立たされる歳になる。彼女にも一族の技は伝わっているが、自分と同じ境遇に立たされたら恐らく長くは生きれない。せめて妹だけでも……。そんな思いが、彼を動かしていた。


 両親は非業の死を遂げ、家も失い、時にダンボールで身を包み、二人寄り添いながら生きてきた。

 いつも何かの歌を口ずさみ、飢えにも寒さにも泣くことなく、懸命に笑ってくれた妹。


 夜鳩は発見した遺体を持ち去り、隠した。そしてその夜、軍用車両を勝手に持ち出し、住居としていたテントから妹を連れ出すと、住んでいた町から遠く離れた僻地へきちに車を走らせた。


 少し前に戦場となった山間の集落に、小さな孤児院があった。

 遊音木ゆうおんぎ孤児院という、森の中に建つ施設。その前を通り過ぎた際、夜鳩はキレイなピアノの音を聴いた。

 導かれる様に施設を覗いてみると、まだ若い優しそうな女性がピアノを弾き、数名の子供が歌を歌っていた。


 しばらくすると女性が外から覗く幼い夜鳩に気付き、外に出て来た。

「どうしたの? その格好、学徒兵の子?」


「――ごめんなさい。キレイなオトがきこえたから」

 そんなやり取りの後、負傷している夜鳩に気付いた女性はこころよく施設内に招き入れ、彼の傷の手当てをした。

 そこには、夜鳩が忘れかけていた慈母のぬくもりがあった。


 夜も深まった頃、遊音木孤児院の近くに車を停めた夜鳩は、嫌な予感に震える妹を連れ、そこに向かった。

 道中、不安に怯え色々と訊いてくる妹を、彼は一切無視していた。


「――君、この前の。こんな時間にどうしたの?」

 夜鳩は深夜の、突然の訪問をび、少しためらって、全ての事情を院長である若い女性に隠さず話した。

 自分達の素性、置かれている状況、遺体の事も、全てだ。


 雷陰が夜鳩にすがりついて、涙を流した。夜鳩も話が進む内、自分でも気付かない内に涙を流していた。

 そして全財産のわずかな金と母ののこした銀の首飾りを差し出し、地にヒザをつきながら必死で訴えた。

――どうか、妹をここに置いてやって下さい。


 女性は差し出された物を拒んだ。――だが、涙を流しながら雷陰を引き受けた。


 女性に何度も礼を言い、最後に、困った事があったら売りなさい、という母の遺言ゆいごんを伝え、夜鳩は形見の首飾りと全財産を雷陰に握らせる。

 雷陰はとうとう泣きじゃくり、必死に兄へ訴えた。

――長生きできなくていい。何もいらない。だから、連れてって。

 

 ぼろぼろと泣きながら走り去る夜鳩。背後からお兄ちゃん、お兄ちゃんと叫ぶ悲しい声がずっと続いていた。


――やがて、涙を流す女性に必死に抱きかかえられた雷陰の視界から兄が消え、その暴れる手足もゆっくりと力を失っていった。


――早朝、所属部隊に戻った放心の夜鳩は、無断外出と軍用車両の無断使用で部隊の指揮官であった軍人に半殺しにされ、ボロ雑巾の様に懲罰房ちょうばつぼうに放り込まれた。

 

 その後雷陰は兄から別れ際に言われた通りに孤児として氏名を変え、遊音木伊恩いおんと名乗るようになった。

 しかし、彼女が『最前線のディーヴァ』として世に広まった頃には、改めて雷陰らいおんの名を名乗っていた。

 それは力を手にした少女の決意であり、離れていった兄への切なる呼び掛けでもあった。


 成長した二人は何度か戦場ですれ違う事もあったが、声も掛けられないままで、ただ寂しげに見つめてくる雷陰を夜鳩はずっと無視し続けた。

 そして夜鳩も雷陰も互いに時をずらしながら、とある墓地の名も無き粗末な墓に、今でもずっと花を手向たむけ続けている。


「――私、強くなったよ? どんな力にも負けないよ? だから、連れてって?」

 シールドのクマを抱き締めながらうつむき、涙を落とすディーヴァ。


「……お兄ちゃんは君を捨てたんだ。だから、恨んでいいんだ。憎んで、もう、忘れな。君はもう新しい世界で生きている。どうか、幸せになって」

 闇に消え入る様な声で上を向き、夜鳩は涙をこらえた。


――君が、銃を手放せる日の為に。…………兄は振り向かず、歩き出した。


 クマが床に弾み、やっと、妹は兄に追いついた。

――幼き日に、置いていかれたあの時から随分と時間が掛かってしまった。


「――――私はずっと、言いたかった。ありがとう、って。私が今こうして生きているのは、元はと言えば、お兄ちゃんのおかげだから」

 兄の背中にすがりつく妹はくしゃくしゃの泣き顔でかすれた声を振り絞る。


「――新しい世界なんて、私には見つからなかったよ。だって、そこにはお兄ちゃんがいなかったもの。だから、一緒に、探そう? ――見つからなくったって、いい。私にはお兄ちゃんがいてくれれば、きっと、どこだって新世界なんだよ」


 闇の中、長き呪縛を越えた兄妹は強く抱き締めあった。夜鳩も涙を隠さなかった。


「……大きくなったね雷陰。お前の歌、いつも聴いてたよ。――墓参り、一緒に行こうな」

 

――はかなき新世界。しかし小さきそれを、何者も壊すことは出来ない。



 一方、その頃。


 子猫組ではミカとモンジュの元気な笑い声を中心に、大して中身も無い話で時間が流れていた。


「――しっかし、このゆい面子めんつが集まるとランスのウザさも吹っ飛ぶぜ。レアなこったな」

 

 雑談が飛びう中、笑いながら京子が背後に座る巨漢の足を手のひらでパシパシ叩く。

「フッ。我は本来、無言の守人もりびと。少年少女達の絆をただ見守るだけだ」

「か、勘違いしないでよねこのタコキツネ」

「うん、シーそれタイミングも相手も違うねぇ。キツネあっちだねぇ」

 シールドの愛らしさに心奪われる京子は自分から振っといて巨漢をガン無視だ。

「またミステリアスな! ランランもシーたんも実は宇宙人とかなんじゃないの~? 白状したらあとでポテチあげるよ? ん?」

 モンジュがニヤニヤと巨漢にまとわりつく。彼は微笑を浮かべ一切動じない。

「そう。宇宙の、人だ。お前達と同じだ」

「そしてモンモンが好き。みんなが好き。…………食料として」

 珍しくブラックな事を言うシールドが両手を上げ、がおー、とモンジュに襲いかかった。

「ハアハア……、たまらんよこの子はっ! お小遣いあげるから! ねっ?!」

 興奮してシールドに襲い返すモンジュを京子がハリセンの連打で鎮圧した。教室前面に出席簿と一緒に吊るされていたヤツだ。


「――まったく、ランランは小難こむずかしいよ~。ここに来るのもランランがひょいって連れてきてくれれば速いのにさ~、駄目ってさ~」

 やれやれ、と頭をヒリヒリさせながら小生意気こなまいきなジェスチャーでモンジュは訴えた。


「――モンジュ。いわゆる『認識兵器』というのは、そう気軽に扱うモノではない。使わなくて済むのなら使わないほうがいい。歩いていけるなら、歩く。それが人間なんだ。それは自分が人間である事を思い出す為、人間である事を、認識する為に」

 その為に時として眠り、時として食べる。必要は、無い。

 だがそのかせが完全に失われた時、この広大な宇宙で不可説不可説転ふかせつふかせつてんすら超える長い時間に繰り返された悲しい物語がまた一つ、生まれるのだ。


 使えるから、使う。ソレが何かもよくわからず。ただ、みんなといる為に。

 ソレがもたらすモノが、どういうモノなのかを知るのは――――。


――小さなモンジュの頭を撫で、諭す、優しき巨漢。

 シールドはその時、メガミを見ていた。

 メガミもシールドを見つめる。やがてシールドが微笑むと、メガミは目を閉じ、顔をそむけて視線を外した。

 教室内の全員が、ランスの言葉をそれぞれに噛み締めていた。


「――車で来たじゃん」

「空気読めテメーは」

 スパーンと気持ちのいい音がモンジュの頭で弾けた。


「買ってきました」

 夜鳩と雷陰がビニール袋をぶら下げて戻ってきた。

「ハトっちサンキュ~! ちょっと遅かったじゃん、いやらしい事になってたんでしょ~?」

 ビニール袋をあさり飲料を物色するミカがゲスい勘繰かんぐりでスケベな笑みを浮かべる。

「何言ってんの、品物選ぶのに時間かかったんだよ。皆さん適当に好きなの選んで下さいね。あと……はい少佐。『ヨシオの極道ごくどうロックンロール』ですよね。一枚だけありましたよ」

「こ、これは一体……!」

 パンチパーマのハイセンスなおっさんがギター片手に変なポーズをとるジャケットのCDを渡され、ネコは衝撃に固まった。


「なんだよお前らデキてんのかオイ?」

 ディーヴァをコチョコチョしながらニヤニヤと訊く京子。

「ちょっ! どこ触ってるんですか先輩! ――いや、まあ、気になる人ですよ。いいなって思ってますよ。あ、シーちゃんクマ連れてっちゃってごめんね」

 シールドにクマを渡すライオンの顔が少し赤い。とりあえず、彼女は兄妹という事はあえて言わなかった。夜鳩も眠そうな目で笑って流していた。


 その事情を知るレンカと冬条と宇羅、そして夜鳩との確執かくしつを見かねた宇羅により、過去の真実を告げられた月下。

 

 月下はこれまでの誤解を夜鳩に土下座してび、何も責めなかった夜鳩の男気を再認識して以来、共に戦場を駆けるパートナーとして背中を預け合っていた。


「ふふ。何やら進展があったようじゃ」

「はい。――いつか、英霊と彼らがむくわれる事を」

 

 微笑を浮かべ茶をすする宇羅の横で、月下は敬意のもと、目を閉じた。


「まったく~、夜中に男女が揃ってランランのお説教とか、ありえないよ~。――恋バナ! 恋バナだよも~。らいおんちゃんのタイプはヤハト先輩ってことで、静たんは~? ん~?」

 モンジュがディーヴァの告白に興奮し、まためんどくさい事をき始めた。

「――わ、わたくしは、その、例えば月下さんのような古風な御方が素敵だと……」

 急に話を振られた静は狼狽し、だがあてつけの様に目を細め、冬条をチラチラ見ながら答えた。しかし冬条はその視線に小さく笑み、目を閉じる。静はム~っ、とふくれた。


「やれやれ、当て馬にされた月下もいい迷惑じゃわ。のう月下。ゆうてやれ。この発情ぷりんぷりんプリンセスが、とな」

 宇羅が黒扇子で口元を隠し、悪そうな笑みを浮かべ静を見る。

「ひ、姫。言葉が過ぎます。決して私は静姫に対し、ぷりんぷりんなどという――」

 顔を真っ赤にしてうつむく月下を静は申し訳なさそうに気遣いながら、宇羅を諌める。

「姫。ナイスバディなどと、はしたない。意地悪いじわるはおやめくださいな」

「そうはゆっておらん」

 中々したたかな西の姫に、東の姫は為す術がなかった。


「京子ちゃんはお父さんみたいな人がいいんだよね~」

「お、おう。わりいかよ」モンジュのいやらしい笑みに京子はそっぽを向いて答えた。

「斬間め。なかなかによい男じゃったわ。京子、ほこれよ」

「う、うぃす」

 宇羅はテレビ中継の事を言っているのだろうが、京子には袋とか穴とかの記憶の方が鮮明だった。今後の友人達への対応について考えると、彼女は無表情になった。


「ミカポンは訊く必要ないよね」

「訊けよ」めんどくさそうなモンジュの頭をミカはハリセンでひっぱたく。

「どーせ猫ガキは冬条君一択いったくでしょーよ」猫メガミもめんどくさそうだ。

「は、はあ?! お、お兄ちゃんを好きになるわけないじゃん! 私たち、血が繋がってるんだよ?! わ、私、お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか……」

 ミカは言いかけるとギラーンっ、と肉食獣の様な眼差しで舌なめずりをしながらお兄ちゃんをロックオンした。冬条はガン無視した。


「シーたんは前に私の事が好きすぎてしょうがないって言ってたし……」

 モンジュの妄想に京子はスパンと一発いれておいた。

「……とうとうこの日が来たようだねラスボス。でもめんどくさいからいいや」

 ラスボスは素早くモンジュの背後に回り、黒扇子でべしべしと叩いた。


「――そうじゃのう……殿方とのがたで、というならば……かつて統合軍にその人ありと言わしめた伝説の月騎士つききし、今は亡き、雪原総京名誉大元帥めいよだいげんすいという事になるのかのう」

 ぽっぽー、と蒸気を爆発させながら何か言い出した闇の姫。

「え、うちのパパじゃん。しかも超パワーアップしてんじゃん……」

 驚き固まるミカ。レンカも思わず吹き出した。レンカは以前、宇羅にせがまれて父の写真を見せた事があった。

――よかったね、父さん。と、レンカは目を閉じ微笑んだ。


「ちっ! お子様のクセにアダルトな! じゃ猫は~?」

「なぁに? お姉さんの秘密、知りたいの? い・け・な・い・子」


――いや、その格好で言われても…………。頑張るネコに、皆の思いが一致した。


「モンモンは? どういう人が好き?」

 シールドがほんわかにこにこと訊くと、モンジュはちょっと言いにくそうにうつむいた。


「……私も、お父さん、かな」

 誰かの机に腰掛けるモンジュは足をぶらぶらとさせながら天井を見上げ、続ける。


「私、そこまで戦闘能力高くないのに遊撃隊員に志願して、お父さんと大喧嘩しちゃって。最近は学園で見かけても、お互い顔も逸らしちゃって」

 メガミがふと、何かに気付いたようだが、何も言わずにモンジュの話に聴き入った。

「ウチはお母さんが早くに死んじゃって、お兄ちゃんも戦場で死んじゃったから、お父さん、家ではよくお酒飲んで泣いてたんだ。だから私がケガなんかすると、もう、大騒ぎでさ」


 モンジュの目が、潤み始めた。京子が何も言わず手を伸ばし、モンジュの手をさする。


「補給物資の入ったダンボールにさ、私のヤツにさ、みかんが一杯入ってんだよね。お母さんの実家の方で特産の。私それが大好きでさ。――――なんかさ~、もっと気の利いたウマイものとかさ~、なんか、和牛とかさ~。まあ~ウチもだいぶ貧乏になってきたからなぁ~」

 モンジュはアハハと笑うが、皆はそれに答えない。宇羅も真摯に彼女を見つめている。


「でも、どんなおいしいものより、私はそれが好き。――大好きなんだ」


 それ以上、モンジュは言わなかった。シールドがハンカチで彼女の涙を優しく拭いた。


「――やっば、ごめんなんか泣いちった。あはは、なんかたまに戻ってくるとちょっと感傷的かんしょうてきになっちゃうよ~。すんませんでした! じゃ次! 男子の番だね! じゃあ~レンカ姉!」

小娘こむすめが」

 レンカは颯爽とモンジュの背後に回り、優しくスリーパーホールドで締め上げた。


「……モンジュ」

「ふい?」

 レンカが名を呼び、首に巻かれる腕がより優しい力となり、モンジュは何か心地よかった。


「ヤハト」

「――はい」


「ライオン」

「はい」


「月下」

「ああ」


「シールド」

「はい」


「ランス」

「フッ」


「宇羅」

「にゃ、にゃんじゃ」


「みんなありがとう」

「呼んで?!」ミカ、京子、静、冬条、メガミが声を揃えてブチギレた。


「ミカ!」

「お、おう!」


「ヤンキー!」

「ぶっ潰すぞ!」


「エロちち!」

「最低です!」


「ジーパン!」

「意味がわからん」


「猫!」

「ずさん過ぎる!」


「ミカ!」

「また来ちゃった!」


「モンジュ!」

「うわ戻って来た!」


「理事長!」

「いねーよ!」モンジュが言った。


「キサラギ!」

「懐かしい!」メガミが言った。


「マイケル!」

「誰だよ!!」全員が言った。


「――みんな、大好きだ」

 レンカはモンジュを抱き締め、目を閉じながら小さく言った。



――深夜もだいぶ時間が経ち、少年少女達の笑い声で賑やかな教室を「トイレ」と言って後にしたメガミ。

 だが彼女はトイレとは逆方向の屋外連絡通路に足を向けた。


「……娘さんの言葉、感動した?」

 中等部への連絡通路の柱に背もたれながらタバコの煙をくゆらせる神鵬理事長に、差し込む月明かりを身に纏うメガミが問い掛ける。

 理事長はメガミに顔は向けず、少し夜空を仰ぎながら微笑むと口を開いた。

「いい子だ。本当にいい子達だ」


 彼の身だしなみは整っていた。恐らく、娘に顔を合わせ、何か他愛のない言葉でも交わしたかったのではないか。

――娘の前ではちゃんとするんだ。メガミはくすり、と笑う。


「――私は何もしてやれなかったよ少佐」

 携帯灰皿でタバコをもみ消し、懐にしまいこみながら彼は力なく言った。メガミは何も言わず、彼の次の言葉を待った。


「日将連――日本の舵取かじとりをしている者達だ。先程彼らからの通達があってね。とりあえず、この学園は閉鎖という方向に話が進んでいるらしい」

 メガミの目が細く光った。しかし、怒りではない。

「統合軍の影にいる、やっかいな連中からの圧力だろう。そうなると冬条君も、宇羅君でさえどうにもならない。相手は王の連合だ。――私は中間管理職みたいなもんさ。適当な理由で拘束され、いずれ殺されるだろうな」


 そして一笑するとメガミに歩み寄り、その横を通り過ぎようとしたところで、ピタリ、彼は足を止めた。

「軍議会は結局学徒法案を強行するだろうとの事です。それに合わせ冬条君は何かを仕掛けるでしょう。恐らくここは戦場になると思われます。……少佐、結局私には、あなたが何者なのかは解らなかった。ただ子供達の群像劇に真摯に立会い、時に寄り添っていただいたあなたの誠意に、私は、敬意を払います」

 理事長は向き直る事なく、メガミの横でゆっくりと、深く頭を下げた。


「――お引き取り下さい。あなたの今後に、幸多さちおおからん事を」


 理事長は暗闇に歩き去っていった。

 メガミはそれを見送らず、悲しげに微笑み、言う。

「ばか」

 

――空を見通す女神の表情は既に無い。

(結局わからなかった。でも、いい。もうあの子達は私の支配下を逸脱いつだつしている)


 猫パジャマがもぬけのからとなり、地面にくしゃりと落ちた。


 月を背に、空高くに浮遊する創造主。

 

 軍服の女神はあでやかな光のノイズをその身に纏い、子供達の声がする地上の淡い光に目を向け、母の笑みで別れを告げた。


「バイバイ。私が、最後を」


 女神は、消えた。

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