三章一節  神と魔王と世界核

 少年少女達の戦いは、日を重ねる毎にその異常性を増していった。


――『認識兵器』のトリガーは世界中の子供達の間で徐々に連鎖してゆき、とある少女は敵世界核が放つ破壊現象をかき消し、とある少年は黒炎の破壊現象を放ち、敵世界核を殲滅した。

 

 時に空間を蹴りつけ空を走り、時に光となり距離を無視する。

――それは最早、人と呼べるモノではなかった。

 

 能力には顕著けんちょな個人差が見られ、まだコレといった力も出せない者が多数を占めるが、中には一人で戦略級の『認識兵器』を駆使し多大な戦果を上げるほどの者もおり、その様な言わばスペシャルは、学徒兵や一般市民の間では英雄視、神格化されていた。

 

 そしてそういった認識が世に広まるにつれ、スペシャルな力は更に進化を続け、それは学徒兵を統轄する立場の統合軍幹部達に充分な危機感を、また一部の野心家には欲望のささやきをもたらしていた。


 女性士官メガミ・カミフォーが私立神鵬学園に着任して半年ほどが経とうとしていた頃、統合政府軍事議会は、ヴェネツィアの国際議事堂にて学徒兵運用に関する臨時法案の決議を行おうとしていた。


「貴官はあまりにも理想が過ぎるのだよ! 現実問題いつ暴発するともわからない兵器に人権を主張させる時間など残されていないのだ!」

「時間を奪っているのはむしろ我々ではないでしょうか? ここは絶対急いではいけないトコロだ。それと、兵達は兵器ではない」

「そういうのいーよ! なら代替案だいたいあん出してよ!」

 

 この会議の様子は世界中の国営、民放問わず各テレビ局が特別放送枠で生中継している。

 視聴者の心情など一切配慮しない傲慢で高圧な物言いをする強硬派。

 こんなものを放送していいのかと思うところだが、これは統合軍の強大な軍事力を背景にした社会への刷り込みであり、単純に言えば、お前らはこういう事を言われるのが当たり前の隷属層なんだよ? 立場を理解してね? といった具合にムチを打っているのだ。

 

 世界核という強大な敵の存在が統合政府の中央議会を抑え軍部議会の権力を増長させる事となり、その裏では、独裁者デイガードが表舞台から姿を消した事実もこのパワーバランスの崩壊に大きな影響を与えていた。


「最悪ねこのハゲ」

――神鵬学園二年子猫組では夜間シフトチームの十数人の学徒達に入り混じり、自称女神が購買で仕入れたチョココロネをかじりながら、教室前面に置かれた大画面テレビモニターに映し出されたスキンヘッドの悪代官ヅラに不機嫌な声を吐きつける。


「タカ派筆頭ひっとうトライデン元帥げんすいか。イイのか? 少佐。上官不敬罪だが」

 教室後部の席に座る冬条は小さく笑みを流し、隣でプリプリとしているメガミに言う。

「上等よ! 不敬が怖くてコロネ食えるかっての! まずこのジジイは顔がダメよ! ナニこのヤラシイ表情! 放送事故だよ! 十八禁だよ! ――これオフレコだよ?! ね?!」

 威勢よく意味が解らないタンカをきったワリに、しっかりと口止めをお願いするメガミ。


 現地時間午前十時より始まった三百人余りの議員からなる軍事会議は、既に議論の余地も見られず、大多数の強硬派による穏健派の封殺ふうさつが公開処刑の様に繰り広げられていた。


「斬間もようこらえる。が――もはやハトのさえずりなど時間稼ぎにもならぬわ」

 七時間程の時差。夕焼けの淡い赤が豪奢な漆黒の机を照らし、その席の主は失われてゆく日中の暖気をしむかの如く威厳ある瞳を静かに細めると、隣の席で片肘をついてテレビ中継を静観するレンカが優しく、諭す様に言う。

「――あの方はサムライさ。己の明日を省みず、四面楚歌に身を投じる。……父さんも言っていたよ。彼こそ上に在るべき器だと。――娘はちょっとアレだが」


 宇羅は即、自家発電モードに入り、熱暴走を起こすやいなやぽっぽーとツインテールから湯気を立たせると、愛用の黒扇子で口元を隠しつつ騎士を見入る。

「お、おち、お父上がそのような。思えばわにゃ、わらわも斬間にはよういさめられたのう。あやつと源人くらいなものじゃのう。サムライじゃのう。娘はちとアレじゃのう」


――おかしな花園と化す左方向の異空間をいぶかしげに見やるメガミはぼそりと言った。

「ユリね。お姉様なのね。理事長に報告します」

「やめとけ。なげきつつ喜んで食らいついてくるぞ」

 真顔で眼鏡を押さえ、冬条は答えた。


――――大量破壊兵器運用に関する安全保障法案『SA1』。

 特別な学徒兵の戦闘行為における管理運用方法として、第一にその学徒兵の近親者、第二に所属校のランダムに選ばれた学徒を、統合軍により担保として預かる事とする。といった内容だった。端的たんてきに言えば、人質を取るという事だった。


「戦っては貰う。だがおかしな真似をしたら人質は殺す――か。シンプルだ。むしろ反社会勢力等からの接触に備えた近親者の安全確保とか抜かさない潔さは賞賛しょうさんに値する」

 支配者の冷笑が浮かんだ。

「いよいよ力を過信した者たちの末路よな。それ以上の力に直面した時、そういった人種は実に原始的な選択をするものじゃ」

 闇の姫は哀れみと軽蔑けいべつの眼差しで、液晶に映る滅びゆく大人達を見ていた。

 

 世界をになう大人達が、こうまで次世代をしいたげる。

 それがやがて訪れる人類存続シナリオの最終章に向けた段階的な儀式である事を知るのは、ごく僅かの者だけであった。


「私達、生きていてはいけないのかな」


 ふいに、教室前面に陣取っていた子猫組通信班の女子学徒が寂しげに言葉を漏らした。テレビからは情の欠片も無い怒号とヤジの音声が垂れ流され、次々と読み上げられる提出予定法案は全ての学徒兵の尊厳を容赦なく踏みにじっていた。

――一緒に放送を観る女子学徒の仲間達も、彼女の言葉を聞き、押し黙ってしまう。

「自由行動制限とか、異性交遊制限とか、私の声が届くなら、あの人達に言ってやりたいよ。私は、好きな人がいますって、ただ戦う為だけに生まれたんじゃないって」


 女子学徒は静かに泣き出した。

「ウィアースに、行きたいよ」


 禁句だった。

 

 学徒達の間でも、選定され、日々旅立っていく者達がいる。基本的に判断は当人に委ねられるが、その救済の手を断る者は、そう多くはなかった。

 当然、そういった報告を周囲の者に行う事はためらわれるものであり、中には突然の転校で姿を消す者もいた。

 しかし子供達の間では、共に死線を潜り抜け生き抜いてきた仲間の幸運を自分の事のように喜ぶといった風潮が出来上がっており、「後は任せろ。今度遊びに行くよ」――そう言える自分達に誇りを持っていたのだ。

 

 だが、終わりの見えない戦いに疲れ、なげき――。

 

 連れて行って欲しい――そう願う事を、誰がとがめられるというのか。


 周りの仲間が、ただ黙って彼女の肩を支える。赤やけの光の中で震える手を繋ぎ合い、少年少女達は世界の奔流に立ち尽くす。

 

 パイプ椅子に腰掛ける女神は、その様子を悲しげに見守っていた。やがて少しうつむき、残りのコロネを口に運ぶと思いふける。

(あなたは間違ってはいないよデイガード。……ただ――悲し、過ぎるね)


 冬条はただ黙ってテレビモニターを睨みつけていた。しかし一瞬浮かんだ不敵な笑みは、本人すらも気付いてはいなかった。


「――冬条、少し席を外す」

 レンカはん~、と腕を伸ばし、首をコキリと鳴らすとそう言い残し、席を立った。

 冬条は顔だけレンカに向け、冷涼な視線で彼女の目をじっと見ると、レンカは穏やかに微笑み返し言った。

「最後に……話し合ってみるよ。――しかしミカはどこのコンビニまで行ったんだ。遅いな」

 ぶつぶつと言い漏らしながら教室から歩き去るレンカに、冬条は特に言葉を掛けなかった。


 宇羅もそんなやりとりに特段とくだん気を向けることもなく、窓の外で落ちてゆく夕日に目をやりながらメイドに持たされた豪奢な巾着をもぞもぞと探り、小さな二段の重箱を取り出すとフタを開け、敷き詰まった好物の砂糖菓子をひとつまみする。


――間もなく、中継先の議事堂内に今までの喧騒とは異質な悲鳴が巻き起こった。



――――茨城南部 龍ヶ崎市 ほったてモンジュ基地



「ばぶぅー!!」と小型液晶テレビで放送を観ていたモンジュと京子が、飲んでいたコーラを盛大に吹き出した。


「げほっ! な、レンカ姉ナニしてんの?!」


 驚愕に声を上げるモンジュが目にした映像の人物は、紛れもなく雪原レンカだった。


――たくみを凝らした華やかな装飾がまぶしい異国の伏魔殿ふくまでんに、今、東洋の魔王が舞い降りた。

 

 議場に通じる正面大扉を遠隔ロックごと派手に蹴り破り、黒く光るノイズをその身に這わせた魔王が周囲の悲鳴にも動じずゆっくりと中央通路を歩き、広い議場の最奥に位置する壇上の議長席に向かう。


「ま、まさか……ここのフィルターは世界有数のモノだぞ?! 破られたのか?!」

「何者か! 警備兵は何をやっている!」

「見ろ! 学校の制服――バカな! 女子高生だと?!」

 魔王のヒザ上三センチ程のスカートの存在がかろうじて女子高生に属する証となっていた。

 そして羽織る将官用礼服に、数名の軍人が恐怖に後退った。

「そんな――ゆ、ユキハラの亡霊か?!」

「彼女が忘れ形見か……まさに生き写しとは……運命か……」


 雪原総京――『認識兵器』始動からの世界百年計画、その残酷な最終段階に対し毅然と反発し、国家反逆罪として処刑された統合軍准将。

 

 整え過ぎないオールバックの銀髪、氷の刃の如く切れ上がった眼光に少しこけた頬といった、冷徹、冷酷さをかもし出すその外見の印象とは裏腹に、のんびり穏やかな性格で部下思い、柴犬が大好き、さらには異常な親バカっぷりで周囲を唖然とさせていたナイスガイでクールガイだった。


 レンカは父の死後、髪を上げるようになった。それは別に父の遺志をいだあかしとか、そういった崇高なモノでもなく、単に父を失ったショックで塞ぎ込んでいたミカをなぐさめる為にやっただけだった。


 実はかなり女性的なのだが父親似のレンカ。髪を伸ばすのも止め、言葉遣いも男性的な感じになっていった。

 

 ミカはそんな気遣いにそっと泣いた。姉が大好きだった。

 

 父に似ているからとかではない、ただその愛情が、この世界で生きる意味を教えてくれたからだ。


――魂は、魂で継げばいい。


「なんだコレは……コレは……」

 議長席でふんぞり返っていた悪代官ヅラの統合軍元帥ガンズ・トライデンはつぶやきながら滝の様な冷や汗を流し、だが卑小ひしょうなプライドのもと、どっしりと構え威厳を保つ。

 だが周囲から見えない足元は小刻みに震え、実は失禁しっきんしていた。


「なんて事を! やめるんだレンカ君!」

 穏健派の席から斬間准将が声を張り飛び出してきたその瞬間、レンカとトライデンの距離十数メートルのちょうど中央付近に、高い天井をすり抜けてきたかの如く、美しく光る巨大なオーラが空を切る音と共に突如、降臨こうりんした。

 

 空の神――一瞬、形をしたその大いなる光の四枚羽は見た者にそんな言葉を連想させ、光は淡く天へと昇華してゆき、そこには少女が一人、残った。


「――先客がいらしたようですね」

 そう言うとレンカに向き合い微笑む、白く輝く長い髪をなびかせた少女。


「――やあ、しずか姫。二週間ぶりか」


 魔王と神。

 世界中のテレビモニターに映し出された邂逅かいこうに視聴者は固唾を呑み、釘付けとなった。お堅い国営局はすぐさま中継を打ち切り、挑戦的な民放局はこの事態に嬉々ききとして食らいついた。


 魔王が神に歩み寄った。その切れ長に凍てつく目に、暖かな白色が神々しくも映える。 

 セーラー服の上に白のアーマーコートを羽織り、腰の前で手を揃えしとやかに立つ、空の神こと空院静。

 その瞳の色は、今日も消え入る様に薄い。


「皆、落ち着いてくれ。あいつらなら大丈夫だ。黙って、見守ってやってくれ」

 冬条は立ち上がる事もなく、狼狽する子猫組の学徒達に穏やかに言うと眼鏡に指を添えた。


(……気の済むようにしたらいい)

 思いふける冬条の隣で宇羅も穏やかに砂糖菓子を口に含みながら、にやり、と笑い、言う。

「なんじゃあのおなご、またデカくなったのではないか?」


 並び立つ、レンカと静。

 レンカも172センチと女子では高めの身長だが、静はそれを上回る183センチの身長をほこっていた。いや、まあ、誇ってはいないのだが。むしろ結構気にしていた。


「――あらあら、こんなに育って。ふざけるな、チョットくれ」

 魔王は神の、こちらもビッグサイズの胸をプニプニと人差し指で押す。

 神は顔を赤く染め、恥ずかしさに両手で胸を隠して身を少しかがめた。

「や、やめてください。これ、世界中で放送されているのですよ?」

「――いいじゃないか。なんだ観られて興奮しているのか? この変態め」

「し、してない!」

 プニプニと攻める手が止まらない。身を逸らし抵抗する静。視聴率はうなぎ上りだ。


――――チョット、おかしな展開に出鼻をくじかれた斬間は眉をしかめて一つ大きく咳払いをすると、改めて乱入者の二人に歩み寄った。

「やめるんだレンカ君。……なあ、レンカ君。こういうやり方は負の連鎖を招くだけでは?」

 斬間が少し悲しげに言うと、レンカのセクハラが止まる。

 

 そして微笑みを向けながらレンカは斬間に言った。

「斬間准将。私は、対話する為にココに来ました。どうか、私を信じてください」

「わたくしも、直訴の為、参りました」

 持ち直した静も、力強い眼差しで斬間に訴えた。


――斬間は困り果てた目を片手でおおい、やがてフゥ、と息を落とし、議長席に視線を流した。

 レンカと静は斬間のそれ以上の反応は待たず、二人肩を並べ歩き、奥の議長席へと近づいていった。


「何やってんだよオヤジ! 止めろよ! 下手したら殺されちまうぞ! あそこの防衛部隊とかマジ最強なんだろ?! ランスなんとかできねぇか?!」

 取り乱す京子は背後で茶を飲みくつろぐランスにせまる。だが巨漢は一切動じずに言う。

「――フッ。心配するな斬間。もう、雪原レンカも空院静も、我らの加護を必要としない」


「大丈夫だよ京子ちゃん。待っていた時に、達したから。もう、大丈夫」

 巨漢と一緒にくつろぐシールドも、いつも通りほんわかと微笑んで言った。


「――そ、それ以上近寄るなっ!! 警備兵っ!! おい警備兵っ!!」

 トライデンの情けなく裏返った怒声が議場に響く。二人の少女は足を止め、少し離れた壇上を見上げる。

「……申し訳ありません。今この一帯に、わたくしの理想を通しています。警備兵の方々では恐らく突破できません。たとえあなた方のフィルターでも、最早それを阻害できない段階に入ったのは、わたくし達がこの場に立っている事が証明しているのではないでしょうか」

 静が毅然と声を上げた。


「……議長。子供が、互いの未来の為、話をしたがっているだけなのです」

 レンカが声を張った。


「化け物どもめ! 神聖な議場をなんと心得こころえるか!」

 静とレンカの心に、「化け物」という、周囲の心無い言葉が傷をつける。


「……本当に神聖だと言うならば、化け物の声すらも聴き届ける場であって欲しい」


 切なる静の想いが悲しげに響いた。

 騒ぎ立てていた議員達はその声を聴き、互いを見合い、何かしらの罪悪感にうつむき、声をつまらせた。

 トライデンは強硬派の消沈を見回すとあせり、歯軋はぎしりをさせ忌々しげに怒鳴った。

「お、おのれ屁理屈を! ならば聴いてやろう! 何を望む!! 金か?! 人外め!」


――恐らく全ての視聴者がこの哀れで情けない初老の議長を冷めた目で見ている事であろう。

 レンカと静は目と目で通じ合い、レンカが少し頷くと一歩下がる。

 

 静は再度壇上を見上げ、訴えた。

「今回行われている学徒兵に関する法案の強行裁決は、恐らく二週間前の世界核『ヒト』戦が大きく影響していると思われますが、いかがでしょう?」


 静の言葉がレンカの追憶を呼び、悲哀の情に魔王は目を細めた。


――二週間前、世界各地で人間の暴走が起きた。

 突如巻き起こった強制認識の痛みが地球を襲い、抵抗力の低い民間人から軍人、学徒兵に至るまで、目に入る隣人りんじんを恐れ、敵意を発し、戦い合うという前代未聞ぜんだいみもんの惨事となった。


 なんとか正気を保つシールドを中心にフィルターによる抵抗が行われたものの、世界核側の力が強大過ぎ、全人類の精神崩壊を遅らせるので精一杯だった。

 冬条、ランス、夜鳩といった戦闘要員は各地の暴動に身を投じ、極力同士討ちを避けさせる為、自らオトリとなり攻撃を集中させた。

 

 闘争をあおる謎の声に、徐々にむしばまれてゆく心。厄介やっかいな事に、耐え切れず暴走した学徒兵が敵を支援する形で対抗フィルターを発動してしまい、人を守る盾を攻撃する事態となってしまった。

 

 世界規模で重傷者、遂には死者も出始め、一刻の猶予ゆうよもままならない瀬戸際で、やっとミカが敵のジャミングフィルターを振り切り、その所在を突き止めた。


 最悪だった。敵は、過去に人として生きたモノだった。


『ウィズダム・ネット』の『管理者』によって連れて行かれた、かつて学徒兵であった少女。

 その肉体ごと、世界を構成する『ユニバース・マター』にけ消えていった彼女の魂が人類に牙をむいたのだ。


 世界中の空間に拡散する敵意。

 気体か固体か形状も判らない、概念的がいねんてきなモノにどう立ち向かうというのか。


「わたくし達が、世界がもっともイメージしやすい、認めるが容易な死――それは、人」


 静は悲しげに通信でレンカに伝えると、空院女学院の司令室から消え去った。


「そうか」

 レンカも淡く、そう言い残し、神鵬学園司令室から消え去った。


 京都上空で、巨大な光の四枚羽が確認された。その羽に守られるかの様に、安らかな表情で静は夜空に浮いていた。そしてその身体にノイズが走ると、世界の空に暖かい波動が走った。


「京都上空十二キロ地点に光点集束! 意識が……集まってるの?!」

 司令室で『ウィズダム・ネット』を展開するミカが、その粒子の流れにPCモニターから顔を上げ、驚愕の声を出した。


 光の波動に包まれる四枚羽の静は、何も無い黒い空の一点に片手を突き出し、その一点を凄まじく恐ろしい形相で睨み続ける。

 次第に夜の空気が振動を始め、鈍い地鳴りの様な音が一帯に響くと同時に、にらむ空間にほうぼうから光の粒子が集束してゆく。

 やがて膨大な数の粒子は人のカタチを構成してゆき、しかし集束を拒むかの如く暴れ狂う光は、夜の空に不気味に歪む幽霊を思わせた。


――強制擬人化ぎじんか。『認識兵器』応用の荒技だった。


 世界核が放つ強制認識を自らの強制認識でねじ伏せる。人であるという事を無理やり認めさせるのだ。

 尋常ではないFB進度を持つ静。だが敵も『ウィズダム・ネット』に到達した強大なノウ力を持つモノ。

 ノイズに淡く歪む静の意識の中で、否定と肯定が境界を失ってゆく。歯を食いしばり、涙目で正気を保つ。

(今、敵の強制世界を認めてしまったら――私は沢山殺してしまう)


「ぐっ…………レンカぁぁぁっ!!」

 絶叫に涙し、美しい光の四枚羽が音も無く崩壊してゆく、その時――――。


「おおおおおおおおおおお!!」

 敵の否定に転移を阻まれ続け、だが最後に押し通した魔王の咆哮が空気を引き裂き、落雷の様な轟音と共に、歪む幽霊の心臓部分を長いアーミーナイフが貫いた。


「あ――――」静は泣き顔で声を漏らす。


――人は、死ぬ。誰もが認める事だ。

 強制的に人という認識を持たされた世界核は、鈍く光るナイフをそっとさする。

 闇のノイズを身体に纏ったレンカはゆっくりとナイフを抜き取った。


 先ほどまでの不気味に暴れ狂う歪みは無くなり、何か光るマネキンの様な世界核がレンカに倒れこむ。レンカはそれをしっかり抱いて受け止めた。


 レンカの目から、一筋の涙がこぼれた。――声が、聞こえたのだ。


――――この世界が、とても悲しいから。終わらせたかった。


 レンカの腕の中で光の世界核は儚く散り、消えていった。

 その世界をもう否定する事なく、死を認めたのだ。


 ゴメンね――。泣いてくれて、ありがとう――――。


 まだ幼さが残る少女の声だった。

 レンカは両手で顔を覆い、声を出して泣いた。


――空を走った。レンカのもとへ泣きながら走った。そして静はレンカを抱き寄せ、クシャクシャの泣き顔で何度も言った。

「私が殺したのです。私が殺したのです――」

「――いいんだ。殺したのは、私だ」


 二人の少女は、夜の空で泣き続けた。


――後に冬条の調査により、かつて人間だったモノの個人名はある程度しぼられたが、レンカと静の嘆願たんがんにより真相は伏せられた。

 世界核の呼称は単にその形状から『ヒト』とされた。


――――ミカは北九州のとあるさびれた寺院にいた。ひと気のない寺院墓地、そこの小さな墓石の前で腰を落とす。


【最上 由紀  行年 十四才】

 墓石に刻まれた少女の名。

 

 ミカはコンビニ袋から栗入りどら焼き三個を取り出し、供えた。


「仏さんのお友達かな?」

 竹ぼうきを持った寺の住職が、通りすがりに訊いてきた。

「――あ、はい。昔の知り合いです」

 ミカは適当に嘘を言い、ニコリと笑った。

「最近よくお友達が来られるねえ。背の高い美人さんやイケメンさんなんかがねぇ。あ、でもイケメン、スカートはいてたか」

 年のいった住職はぷるぷると震えながら笑った。ミカも「イケメン」に吹き出した。


――供えられて間もない花束が、風に揺れる。

「和尚さん、どら焼き後で食べちゃってね」

 ミカは腰を上げ言うと、和尚にうやうやしく両手を合わせ、な~む~、とお辞儀をした。

「はい、仏さんとありがたく戴きますよ」

 和尚もニコニコと手を合わせた。


 帰り際、小高い丘にちょこんとたたずむブランコを発見したミカは、ブ~ンと両手を飛行機の様に広げ突撃した。


「あらステキ」

 丘の上からの展望は絶景だった。山間に落ちる夕焼けが田園を流れる小川にキラキラと反射し、それは隠されたミカの乙女心をくすぐったに違いない。

 少女の瞳が郷愁きょうしゅうに淡く潤み、自然が織り成す光のワルツに併せ、そっとつぶやいた。


「あれ全部ダイヤとかだったらな~」


――好きな言葉は「利息りそく」。そんな彼女に乙女心とか期待するのがそもそも間違いなのだ。


 ブランコに揺られ、ミカは穏やかに赤い空を仰ぐ。そして視覚とは別に、世界を見る。

 レンカと静が異国の地に立つ姿を、ミカは第四脳で見守った。

 

 最終領域の幽霊の言葉を振り切り、人として留まったミカ。

 人を捨てた少女の墓前で、彼女は何を思い描いたのだろう。


 最終領域『ウィズダム・ネット』――それは第四脳、すなわち森羅万象しんらばんしょう、宇宙に直結する見えない架け橋。

 人脳より生えし、枝葉分かれる壮大な宇宙樹。


 そして『管理者』――それは架け橋を守る番人、とでも言っておこう。……今は、語り手である私と同じような存在であるとしか言えない。 だが、下手をすればやがて全ての生命に対する脅威になるモノの一つだろう。


 実はこういった脅威は、正史の裏で世界核など比較にならない危機をもたらしていた。

 少年少女達が落ちる大陸を砕き、笑う月を撃ち貫いていたその陰で、都市伝説の様に語られる謎の戦闘は繰り広げられ、何かを守りし神と何かを奪いし神の戦いは、現状の人類では認識する事すら困難であった。


――余談として、かく言う私もそういった見えざる戦いに参戦してたりもする。

 時に伝説の少年兵『極東王』であり、時に西洋の魔法少女『スペース・ウィッチ』でもある私は、この懐かしき物語を根底からくつがえす様なイレギュラーを、日夜相棒の不思議な魔法猫『じゅーべー』と一緒に叩き潰しているのだ。


……すみません、そんな変な猫、いません。基本、ぼっちです。りました。すみません。


――まあ、そういった見えない真実があるのは確かだ。話を戻そう。


 トライデンは静の真摯な眼差しをうっとうしく思いながら舌打ちし、答えた。

「軍事機密である。学徒兵ごときが知る必要のない事情だ」

 レンカは嘲笑し目を閉じた。

「図星か。まあ私達の力に恐れを抱いたという解りやすい通説がまかり通る位の底の浅さでは軍事機密とやらも程度が知れる」

 トライデンはその無礼な物言いに血管を浮かび上がらせ、だが得意げに大声を出した。

「残念だったな小娘!! 程度が知れるのは貴様の考えよ!! あの戦闘があろうがなかろうが関係ない!! 全ては決められていた事なのだよっ!!」


 レンカの目が研ぎ澄まされた。

「――ほう。シナリオが存在していたと」


「あ――」

 間抜けな声を漏らしたトライデンの顔が、みるみると青ざめてゆく。


「バカかあの老人。あんな挑発に乗るとは」冬条が苦笑する。

失脚しっきゃくはほぼ決まりじゃな。それでは済まんじゃろうが」

 宇羅も微笑む。

(しかもうまく保険を掛けた。思い上がったプロパガンダが仇になったな)


 仮に今後統合軍との全面対決に事態が流れた場合、この全世界中継で議長が漏らした失言は世論の反感を招き、その認識は世界を満たせば満たすほど軍の保有する『認識兵器』の力を削ぐ事となる。

 

 力への信奉を強いた恐怖政治が軍部の兵器を強大にしていたが、今やそれを凌駕する学徒兵への信認が軍部の弱体を加速させていた中で、冬条の言う保険は更に大きなアドバンテージになりえた。


「――議長。私達が何か壮大な思惑おもわくの中でしいたげられてゆき、いずれ戦いの中で砕け散ってゆく定めだというならば、それでも構いません」


 レンカがゆっくりと地に片ヒザをついた。

「レンカさん――」静は驚き目を見開く。

 トライデンは先程の失言とレンカの挙動にただ狼狽し、言葉を出せない。


「――どうか、それは私一人に背負わせてください。私があなた方のめいに従います。全ての世界核とは私が戦います。もう、私にはそれが可能です。私がもっと強くなります」


「やだ……何言ってんのレンカ姉……やめてよ」

 モンジュの声が震える。その肩を、京子が画面から目を離さずにしっかりと支えた。


「――悲しい世界。そんな事を言い残し、死んでいった子供がいました。――生きていてはいけないのだろうか。そう言って涙する子供がいました。……子供達はもう充分過ぎる程、傷つきました。たくさん、死んでゆきました」


 レンカの言葉に、兄のかすむ笑顔が追憶で浮かぶ。モンジュはぼろぼろと泣き出した。


「どうか、全ての子供達を――戦いから解放してください」

 

――頭を下げるレンカ。議事堂内の大人達に、誰一人声を上げる者はいなかった。

 

 静は口に手を当て、涙を流した。そして両ヒザを折り、地に両手を添える様についた。

「わたくしも――わたくしも戦います。あなた方の命に従います。彼女と二人で、戦います。……みんなを……世界を、守ってみせますから――」


 泣きじゃくりながら途切れる言葉をこぼし、ゆっくりと頭を下げる。

「どうか、お願い致します。彼女の願いを……」


――――ブランコに腰掛けるミカの目から、いくつもの涙がこぼれた。

(悲しいね。でもね、たまにすごくキレイだよ。それだけで、生きれるくらいだよ)


 誰かに語りかけながら、ミカは微笑んだ。


「バカだよ……准将バカだよ……」

 子猫組通信班の女子が嗚咽おえつを漏らし泣きながら言った。周りの学徒達も、もう泣く事を恥じなかった。


「しかと見届けよ。あれこそがまことの指揮官……いや、始まりを起す者、始起者なり」

 宇羅も僅かに涙ぐんで、泣きらす学徒達にぴしゃりと言い放った。


「――始起者しきしゃ……か」

 冬条は眼鏡に指を添え、宇羅の言葉をかみめる。

――と、ふと、隣に何かを感じた。


(――なっ……)


 その何かに目を向けた冬条は、根底に湧いた恐怖をかみ殺した。


――そこにいるメガミの表情は、人の感情が乖離かいりしていた。


 トライデンは放心で、ヒザをつき懇願する学徒兵を凝視する。彼は混乱していた。


「……しかと声は聴き届けた」

 熱くなった目頭を指で押さえ斬間は言うと、キッ、と顔を上げ厳しい表情で続けて言った。

「帰りなさい。決議は一時中断だ。――議長、異例の事態につき、閉会を提言する」

 鋭い眼差しで言われたトライデンは一瞬畏縮し、尚も声を出せずじまいであった。


――頭を下げ、えっ、えっ、と泣き続ける静の肩にそっと手を回し、レンカは彼女と一緒にゆっくりと立ち上がった。


 レンカは静の顔を厳しく目を細め見た。まだひっくひっくと泣き漏らす静も目を合わせる。


(幼稚園児か――)

 ぷっ、と吹き出したレンカは静の頬に片手を添え、親指で涙をゆっくりと拭った。

――小さく微笑む静。……レンカも悲しげに、微笑んだ。


(あなたを一人にはしない)

 神鵬学園二年荒鷲あらわし組のテレビモニターの前で、夜鳩は眠たげな瞳の奥、誓う。


「兵は多いに越した事はない」

 その隣で宇羅の護衛、月下は片手の指をコキリと鳴らすと、夜鳩に視線を流しニヤリと笑った。

 

 共に折襟おりえり際立つ黒き魔装で並び立つ、二人の少年兵。

 夜鳩の腕に装着されたさやに納められる罪短刀ざいたんとうに、今や月下は畏敬いけいの念すら抱いていた。


――夜鳩も月下の想いに僅かに顔を綻ばせ、頷きで返した。


 レンカと静は議場の中央通路を引き返していった。

 レンカは、涙を手で拭いながらとぼとぼ歩く静を抱き寄せる様に肩へ手を回し、少しうつむき加減に歩いていた。

 

 そこには乱入時の激しさはもう無く、まるで戦いに疲れた子供の負傷兵が故郷へと帰ってゆく――そんな一抹いちまつわびしさが、周囲の大人達を黙らせていた。


 そして、乾いた銃声が一発、響いた。

「貴様ぁぁ!!」斬間の激しい怒号が議場を引き裂く。


 弾丸はレンカの背中に命中し、心臓部分を捉えていた。


 興奮するトライデンの手に握られた拳銃から硝煙が昇っていた。

 

 一部の軍人から悲鳴が上がる中、コツン――と、レンカの足元に命中した弾丸が落ちた。

 レンカのUMシールドはヒビ一つ入ることもなく、その弾丸を通さなかった。


 暫しその場で立ち止まり、やがてレンカは力無く半身だけ振り返った。


――その悲しい眼差しは、今後一生涯いっしょうがい、トライデンの脳裏に焼きつく事となった。


「私達は――」

 振り返る事なく静は何かを言いかけ、口を抑えうつむくと、また一粒涙を流した。


「ケ、ケネス!! ポートマン!! 撃て!! 近距離からブチ抜け!!」

 トライデンは正気を失い、目の前の机をバンバンと手の平で打ちつける。レンカ達に近い位置にいた腰巾着こしぎんちゃく達はその剣幕に恐れをなすとあわてて拳銃を抜き、震えながらレンカ達に銃口を向けつつ、詰め寄った。


「――そんな、世界をせられない銃じゃ……私は殺せないんだよ」

 

 レンカは目を見開き、腰巾着達を睨みつけながら低く言った。その瞳の冷気に、銃を構える彼らは腰を抜かし、失禁しながら叫んだ。

「だ……駄目です元帥!! まったくきませんっ!!」

「貴様まだ撃ってなかろうがっ!! やれーっ!!」


 駄目とかヤレとかうるさい応酬おうしゅうが続く中、レンカと静はゆっくりと立ち去る。


――ふと、正面大扉付近で勢いよく後ろを振り返るレンカに、大人達がビクっと反応した。

「あ、これ、ブチ破ってごめんなさい。弁償します。――知り合いのボンボンが」


「え?」それは、もしや……。冬条はが~んとショックで眼鏡をくもらせた。


「――おのれ、ふざけおって化け物風情ふぜいが!! 貴様らなんぞ普通の人間から見れば世界核となんら変わらんではないか!! 貴様らもいずれ人類の敵になるんだろうが!!」

 レンカと静を交互に指差し叫ぶトライデンの言葉が、少女達の心に重く響いた。


――もう何も返さず、二人は外光の中に消え去っていった。



――――たとえワタシが空に消え たとえワタシがこわれても

 その灯火に微笑みを 繋ぐその手に小さな熱を 君が認めてくれるなら

 ワタシはいつか帰るから 神様が許さなくても 帰るから――――



――――月軌道で無重力に身を任せ、ディーヴァは歌う。ただよう黒髪が神々しさを放つ。

 口ずさんでいたサード・シングル『ワールド・ゴースト』は、統合政府の検閲けんえつにより歌詞が問題とされ、世に出る事がかなわなかった歌だった。


(何になっても、きっと、帰れる)

 真紅のアーマーコートに涙の玉が弾ける。少女は心の中で、レンカと静にそうつぶやいた。


 斬間は穏やかに壇上へ向かった。

 鬼の形相で机をバンバンと叩き続ける議長に彼は歩み寄ると、極悪なコブシがノーモーションで議長を殴り飛ばした。


「えぎぃぃぃ!!」

 地に這いつくばる、顔の形が一撃で変わり果てたトライデンが痛みと恐怖で奇声を発する。


――イエエエエエエエエィィっっ!!

 放送を見守った世界中の学徒達が、その瞬間に大歓声を送った。


「ざ、斬間!! 貴様は上官を!! 統合軍元帥であるワシを、准将ごときが!! 暴行!! 侮辱ぶじょく!! 抗命こうめい!! なんでもよいわ!! 対上官犯として銃殺!! ひき肉だ!!」

 トライデンは拳銃を斬間に向け身震いしながら叫んだ。

「やってみろ。その後で貴様は学徒兵に対する殺人未遂で拘束してやる!」

 斬間は仁王立ちで一喝いっかつした。 

「殺人?! 馬鹿な!! 人じゃない!! あれは人じゃないだろうが!!」


「人だろうがぁぁ!! 今のテメエよりも充分に人だったろうがぁぁ!!」


 ちた魂に、斬間が遂に本性を爆発させた。


れるぜ、オヤジ」京子は茶金髪をかき上げ、誇らしげに言った。

「でも銃向けられてるよ?! やばいよ!」モンジュは京子の袖を掴み取り乱す。

「へっ。通るかよあんな奴の弾が。誰よりアタシが認めねぇ」

 京子が力強く言い放った次の瞬間、テレビから銃声が鳴り響いた。


「――どうした? ひき肉にしてみろ」

 弾丸が命中した斬間の額に、小さな黒いヒビが入っていた。

「はひ、ひ、なんだこの世界は、おかしい、いやだ、いやだ、知らない」

 その迫力にビビり、思わず引き金を引いたトライデンは再度、失禁した。


『認識兵器』は別に子供の特権というわけではない。

 いわゆる適性や進行速度といった部分では、認識への柔軟さも含め子供の力が圧倒的である。ただあくまで時間の問題であって、全ての人間に可能性は備わっているのだ。


 かたくなな老人の銃では、最早目覚め始めた斬間のUMシールドを破壊する事は出来なかった。


「てめえは軍人の、いや男のはじさらしだ。そんなてめえの貧弱な○玉袋を今すぐ切り取って、世界中の皆様にお見せしてやろうか」

 斬間がコブシをボキボキと鳴らし始めた。悲鳴を漏らす元帥がM字開脚で腰を抜かす。


「お、オヤジ……みんな観てるから……恥ずかしいから、言葉をちょっと……ね……?」

 京子が青ざめてゆく。モンジュは必死に画面を見守る。


「おうソコ!! 何逃げてんだ腰巾着コラ!! てめえらもキッチリやってやるから逃げんなよ? 逃げたらその縮み上がった金○袋を引き伸ばしててめえのケツの穴にブチ込んで――」

 挑戦的な民放も遂に放送コードの限界に達し、中継は打ち切られ一旦いったんCMにいった。


「とおおおおおさああああああんっっ!!」京子は頭を抱え仰け反り絶叫した。

「――ぷひゃ~はっひゃっひゃ!!」それを見たモンジュはつい、爆笑してしまった。


「ランス。金○袋って、何?」クマを抱くシールドが純粋に聞く。

「――フッ。○玉袋、それは男のユニヴァース。宇宙さ。――バ、じゃないぞ? ヴァ、だ」

 巨漢が茶をすすりながら世界の真実をまた口にすると、シールドは素直に復唱した。

「ヴァ」


……京子がツッコめない今、私がやるしかないだろう。――やめなさいシールド。


「……さて、裏の王どもはどう出るか。なんにせよ――よいのじゃな? 源人。と、言ったところで、もはや引き返せぬが」

 黒扇子で口元を隠し、冬条にしか聞き取れない位の低い声で闇の姫は言った。

「引き返す道など無い。――お前こそ、いいんだな?」

 目を合わせる事もなく、支配者は宇羅に低い声で言う。


「ふふ……。所詮は偶像、傀儡。わらわが使えぬなら兄が出ざるを得んじゃろうな。……わらわは、ゆくよ? やっと、歩けるから――ゆくよ?」

 その灯火さえあれば、全てを捨てられる。何も恐れない。

――そんな想いも込め、宇羅は微笑みながらそう答えた。


「――――冬条君」


 ふと隣から聞こえた声に、冬条は内心、動揺した。そして静かに彼女に顔を向けた。


「あなた達、何をしようとしてるの?」

 少し寂しげに笑み、女神は冬条に小さな声で問う。


 僅かな時間、冬条はメガミを見つめた。


――まあ、かわいらしい。少し幼さも残る微笑みに感じるのは異性としてのソレではなく……母性。ああ…………母だ。


「ちょっと何見てんの~? あ~。好きなんでしょ~?」

 挑発するような眼差しでおどけ始めたメガミ。我に返り一笑すると「そうかもな」と答え、支配者は眼鏡に指を添えた。

「なんじゃ、源人。静がヤキモチを焼くぞ? わらわにも焼いて欲しいか?」

 ニヤリと笑む闇の姫に支配者は横目で苦々にがにがしく舌打つ。


「お盛んね色男。――で何企たくらんでんの? お姉さんにだけそっと教えて」

 耳に手を添えカモン、と声を誘導するメガミ。冬条はやれやれとひとつ息を落とし、上半身をゆっくりと寄せ、彼女の耳元でささやいた。


「悪い事」

 

――女神は無表情で少し彼に顔を向けた。間近で見る、いつも通り眉間にシワの寄った冷涼な眼差し。

 そして彼は悪そうな笑みを悪戯いたずらの様に浮かべた。


「なら、お仕置しおきしなきゃね、ボク」

 女神は悪女っぽく薄く笑み、ボウヤの額を人差し指でトンと押した。


 パシャッ! とシャッター音が、メガミの背後あたりから鳴り響く。

「ん? うわ!」音の方に目を向けた冬条は驚きの声を出した。


 開けっ放しの教室後部出入り口には全身をプルプルと震えさせた静と、携帯端末のカメラレンズをメガミと冬条に向けているレンカが立っていた。


「准将!!」

 通信班女子と仲間達がレンカに駆け寄り、ある者はレンカにすがり泣き、ある者は携帯端末で友人達にレンカの帰還を報告し、大いに無事を喜んだ。

「信じらんないよも~! 急にあんなトコ行って危ないじゃんも~!」

「でもかっこ良かったです准将!」

「イケメンでした准将!」

「やっぱり准将は男の中の男ってやつだぜ!」

 盛り上がる学徒達に囲まれる中、レンカは全ての声に耳を傾け、悠然と口を開いた。

「――うん。後半を除き、みんなありがとう。心配掛けてすまなかったよ」

 後半の男子達にデコピンを食らわせているレンカに、一人の女子学徒が尋ねた。

「で准将、こちらの方が空院女学院の……?」

「ああ。なんか、ついてきた」と、そっけなく答えるレンカ。


 何かメガミを見つめ、尚もプルプルし続ける静にその場の全員が注目した。集まる視線に気付きハッ、と我に返ると、静は子猫組学徒達に向き直り、顔を火照らせ会釈した。

「し、失礼致しました。空院静と申します。皆様には日頃から格別のご配慮はいりょたまわり、まこと、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 やたらと上品な挨拶に子猫組学徒達もかしこまり、皆、深々と頭を下げた。一通り優雅な挨拶が済むと、静はシャキーンと機敏な動きでまたメガミに向き直り、またプルプルと始めた。


 メガミは先程からの謎視線に終始困惑し、とりあえず挨拶から始めてみようと、笑顔でパイプ椅子から立ち上がり、静に歩み寄った。


「放送観てたわ。無事で良かった。前に何度かからんだけど、ちゃんとした自己紹介まだだったよね。統合陸軍特別少佐のメガミ・カミフォーよ。改めて宜しくね」

 

 メガミが握手の手を差し出すと同時に、静が壊れた。

「く、くく、くいくくくくうくう」

(えとり?! なんかの鳥なの?! 鳥マネ?! いやタイミングがシュール過ぎでしょ!) 

 顔を真っ赤にしてプルプルとくちびるとがらせ奇声を発し始めた静に心底ビビったメガミは、出した手を思わず引っ込めた。

 その異様な光景を、周囲の全員が固唾を飲んで見守る。


「く、くう、くういんしずかです。じゅじゅ十七さいです。お、オニギリとネコが好きです」

 何か言い出した変な静にどうしたら良いか分からず、引きつる笑顔でメガミは返答する。

「ふ、ふ~ん。そ、そうなんだ。あ、か、彼と一緒だね好きなモノ。ね、とうじょ――」

「かか彼! ――彼氏! にゅにゅ入籍にゅうせき!」 


 何か連想し出した変な静にどうしたら良いか分からず、引きつる笑顔でメガミは固まる。話を振られかけた冬条も困惑し、ナゼか眼鏡が曇った。


「わ、わたくしは源人さんと、そ、そういった関係ではありませんので、何も言う資格はないです……。カミフォー少佐は、か、彼とのお付き合いは長いのですか? その、ず、随分と、親密そうでいらしたので……」

 プルプルと震えながら悲しそうにうつむき、胸元で両手をモジモジとさせる静は、答えを恐れるかの様におずおず尋ねた。


「……へ? 親密? え何それ」

 メガミは呆気あっけに取られて言うと、冬条と顔を見合わせた。彼も不思議そうに首を傾げる。


「――だってさっき、ちゅ、ちゅちゅ、チュウをしてました。あんなに顔を近づけて、口付けをされてました……」

 静が辛そうに表情を歪ませる。唇を噛み、不安に耐えている。

「――その時の画像がこれだ。間違い無い。ヤってるよこれは」

 レンカは携帯端末の画面をメガミに向け、ナゼか得意げに突き出した。

「どれどれ……あ~! 確かにヤってるよこれは」

 メガミは画像を確認すると、苦笑いで言った。冬条も面倒そうに近づいてきて確認する。

「ああ……ヤってるよこれは」

 冬条もムスッとしながら一応乗ってやった。

 その画像、いわゆる静とレンカの視点から見れば、先程の冬条とメガミのやり取りはそんな風にも見えたのだ。


「ヤってます」静は目を潤ませ、恐る恐る冬条と視線を合わせた。

「ヤるか馬鹿。下らない冗談を耳打ちしてただけだよ。――ていうか前も言ったけど何でお前は撮るの?! あバカ何操作してんだ止めろ! 送信とかしちゃ駄目!」

 レンカに詰め寄った支配者は携帯端末を奪おうと必死だ。

「こんな高度な判断は最早、素人には無理だ。理事長にゆだねるしかあるまい」

ちょうめんどくせえ御方おかたになんてモノを!」


 叫ぶ冬条から携帯を守るレンカは楽しげだった。彼女は急に動きを止め、安堵の息を一つ落とすと、無事、送信が完了した旨を冬条に報告した。彼はレンカをピヨ口にめ上げた。

「なんて節操の無い!」

 静が悲しげに声を上げながら冬条に詰め寄り、彼をピヨ口に締め上げる。

「今、確かにレンカさんの唇を奪おうとされました! やはり、さっきもヤってます!」

「アホかっ! まずこの状況でキスとか思えるお前はチョット不思議な子では……!」


 何やら痴話喧嘩の態を成してきた言い合い。ピヨ口のまま解除されないレンカはそれをジっと傍観ぼうかんしていると、なんとなく、静をピヨ口にしてみた。

「な! これは……!」ピヨ口の静が驚きの声を出す。

「……三すくみってやつね」メガミが冷静に状況を分析した。

「――そう。これが、≪ピヨ・トライアングル≫」レンカが目を光らせキメた。ピヨ口で。

「バカ過ぎる……」ピヨ口の冬条はぼそりと言い、眼鏡が曇った。

 その変な膠着こうちゃくを周囲の人間が固唾を呑んで見守る中、その声が響いた。

「やれやれ、お子様達は解ってない。それは男女の三角関係。愛の三すくみさ」

 

 遂に変態が降臨した。教室前面入り口から颯爽さっそうと進入してきた変態理事長はダンディーに言い回すと髪をかき上げる。

 皆の注目は当然、股間こかんのチャックだった。今日も安定の全開だ。


「愛の三すくみか。……いやこの状況だと私はかなりの上級者という事に」

 静に食らいつくレンカが軽い衝撃を受けた。

「そう。性別などにとらわれない、本当の愛を知る者。――みんな、聴いてくれ」

 神鵬理事長は急に真面目な顔つきで話し始めた。その空気に、皆が彼に向き直る。


「人を愛する。素晴らしい事さ。求め合う魂に本来、性別も立場も年齢も、そんな事は関係ないんだ。……さっき、こんな画像が送られてきたよ」

 理事長はふところから携帯端末を抜き取り、画像が表示されたディスプレイを皆に向けた。


「――私は、教育者だ」チャック全開で真面目に言う。


「なあ、雪原君。キスしてるかしてないか、なんて、もうどうでもイイじゃないか。人は求め合えばキスをする、そういう生き物なだけさ」

 教室内の全員が、真剣な表情で彼のフリーダムな言葉に聴き入った。


「私なんかより知識の高い先生方は沢山おられる。数学の公式、歴史の偉人、古文の文法。私にはそういったモノを君達に教える力は無い。――だから、せめて、愛を。私は愛というモノの教育者としてこの画像を見て、とても大事な事を言いに来たんだ。――聴いてくれるか?」


 理事長は再度、手元の画像に目を落とし、そして全員を見回すと、イヤラシイ顔で言った。


「ヤってるよこれは」

「ヤってねーよ」メガミと冬条は真顔で声を揃えた。少し遅れて宇羅が小さくあくびをした。

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