裏二章三節  邂逅のフロントライン

「これ……『認識兵器』……」

 頭の中に走る痛みに、モンジュは周囲を見渡す。


「……え? 何? 誰?」

 ある一点を凝視するモンジュ。

 暗い草原の中、五十メートル程先に誰か、何かがいる。それはゆっくりと彼女に近づいてくる。

 そしてモンジュの衛星携帯から非常時専用の不快な電子音が鳴り響いた。


「ミカちゃん、状況は?」シールドは取り乱す事なく問う。

〈今、東京都八王子市、神奈川県相模原市、千葉県松戸市と柏市に出現警報が発令されたわ! 偵察班からの情報によると敵影は小型世界核、各地域に一体ずつの計四体! GPSで確認したらモンジュが会敵してるはずなのよ! まだ連絡がつかないわ!〉

「なっ?!」メガミは驚嘆の声を吐き出すとショルダーホルスターから素早く拳銃を抜き、モンジュが走り去った方向に駆け出した。シールドもその後を追う。

〈――我がゆく。シールド、カミフォー少佐の守りを〉

「はい」

 クマ型インカムより聞こえる低音にシールドは静かに答えると、ミカの驚く声が上がった。

〈え少佐?! なんでそんなとこいんのよ?! いやとにかく私が戦術ナビゲートに回るから――って、待って! 外部学徒部隊から戦術要請! コレって――〉

 瞬時に切り替わる音声。


〈――東京と神奈川の全員、強制認識を抑えて。射線がにごる〉


「来るか。シールド! フィルターは抑えろ!」ランスは襟元の小型インカムに叫ぶ。


――その時モンジュは、近づいてくるモノがようやく解った。

 ソレは、人殺し。世界せかい殺し。

 モンジュは鳴り続ける非常着信をインカムモードに切り替えようと、冷静に携帯をポケットから抜こうとした。

 その瞬間、まさにまばたき一つした間に、ソレは目の前に立った。


「あ――」

 モンジュの口から短い言葉がこぼれ出る。

 人型、と呼べるのだろうか、下半身は何かでたらめに融合した足が数本、上半身からは三人に分裂している。六本の腕に三つの頭部。

 どこかで伝承される神のような美しさ等は無い。

 不気味なほど白い肌に歪む頭髪。何か顔に特に酷いノイズが走っており、目鼻口の位置が固定されていない。

 そして六つの瞳のようなモノがモンジュを見た次の瞬間、モンジュに光の槍のような前蹴りが襲った。

 インパクトとほぼ同じタイミングでモンジュは強制認識を展開、彼女はノイズを放ちながら後方に吹き飛ばされる。しかし靴底に大地を削らせ、前のめりで転倒をこらえた。

 モンジュの鳩尾みぞおち部分に光のヒビが入る。

 彼女のFBフォース・ブレインスケール(多くを巻き込む力)が敵世界核のソレを上回り、相手の破壊認識を著しく低下させ、その認識はまるで強化ガラスのようなUMユニバース・マターシールドをモンジュに纏わせる。

 しかしFB進度(自身のノウ力)が、彼女はまだ低かった。

 

 じょうじることで全てに近づいてゆく力。

 個と個の近接戦闘では最大効果に時間を要する集束的しゅうそくてきな力よりも、瞬発的しゅんぱつてきに威力を発揮する進度の不足はかなり致命的な要素となり、それでもモンジュの場合、スケールの影響範囲にランス、シールド、女神のプラス・ファクターが存在した事である程度を補えた。

 だが弱いフィルターは明確に感じる殺意を完全に遮る事は出来ず、貫通は免れたものの、ヒットの衝撃波がモンジュにダメージを残す。

「く……がああ!!」

 そしてその痛覚は相手の破壊認識を凶悪に演出し、それは無慈悲な『認識兵器』となり、無数の光槍こうそうが『ユニバース・マター』により構成され彼女を囲んだ。

「ふざけっっ!! んなあぁぁぁっっ!!」怒り叫ぶモンジュに槍が一斉に収束する。

 モンジュはその場で全力で跳び上がった。そして彼女の靴底の何も無い空間に光のヒビが入ると、ソレを足場として蹴りつけ、さらに上空へ飛び跳ねる。

 天に連鎖していく光のヒビ。

『UMアクロバット』――世界を構成する『ユニバース・マター』を強制認識により掌握し、時にその空間は硬質化した足場となり、子供達は否定をともなあやうい世界を跳ね舞う。

 己の認識――たとえば空に足場が存在するという事――を認めさせる戦い。

 それは、相手を消滅させうる破壊認識ともなり、世界を否定するフィルターでもある。


 まるで天への階段を駆け上がっていったモンジュは、地上から約十数メートル付近で両腕のアームホルスターから銃を抜きつつ宙返りを放つ。

 眼下には鉄が砕け合う破壊の衝音しょうおんと共に、残酷なまでに一点に収束した光槍のたば。回避は紙一重かみひとえで成功した。

くか?! ――違う!! 効かせるんだっ!!)


「お前の世界なんかっっ!!」

 地上の世界核と視線が交差し、抗う怒号と共にモンジュは二丁の銃口を突き出す。

否斬いなぎるっ!!」

 モンジュに続く謎の声と共に一瞬すかのような痛みが世界を襲い、モンジュの目に大地を駆ける稲光いなびかりが焼き付いた。

「えっ?!」二丁拳銃のトリガーに掛けた指が驚きの一声と同時に固まる。

 一帯を震撼しんかんさせる激音げきおん。その閃光は世界核を貫き、瞬時に人へと姿を変えた。


「でえぇいさあああぁぁぁっっ!!」

 袈裟切けさぎり状に裂け目が入った世界核に、大地を振動させる気合一声きあいいっせいと踏み込みからの、凄まじいトラースキックが間髪かんぱつ入れず背後から炸裂する。

 爆発的な力が解放され、まるでトラックの衝突事故の様な破壊音をき散らして斜め上空に吹き飛ばされる世界核。

 モンジュは何重なんじゅうもの皮膜状ひまくじょうとも見えるUM緩衝かんしょうをガラスのように砕きながら落下速度を減殺げんさいして地面に着地すると、驚愕に目を見開いた。

「――貴女あなたは」

 

 真紅のアーマーコートを纏いノイズを散らす女子学徒はコキリと首を鳴らし、手にする二本の異形の小刀を大地に投げ刺す。返すその手で腰の大型拳銃二丁を抜き、吹っ飛んでゆく世界核に対し一丁一発ずつ、二発の弾丸を撃ち放つ。その弾丸が爆音と共に命中した瞬間、世界核に無数の剣閃けんせんくるった。

 連打する稲妻の様なうなりを上げる斬撃に強烈な光を放ちながら木っ端微塵こっぱみじんにされてゆく世界核は、断末魔の声も聞こえないまま、やがて空で溶け消えていった。


――地面に刺さる小刀を抜き、しゃがみこむモンジュに歩み寄る、余波よはの逆光を背負う少女。

 ノイズの消え去ったセミロングの黒髪が夜風になびき、二重ふたえの美しい、そして強さを持った瞳がモンジュの目線に合わさる。

 放心のモンジュはなんとか声を振り絞った。

「あ……あの」

「ケガは無い? 救援を必要としている?」

 閃光の少女は腰を落とし、モンジュの肩に静かに片手を添える。真摯な眼差しだ。

「――い、いえ、大丈夫であるでますっ!」緊張で思わず赤面するモンジュ。

 その言葉に少女は「よかった」と、そっと微笑んだ。

――このギャップは、ずるい。モンジュはドキドキしつつ思う。


 少女はスッと立ち上がり、襟元の小型インカムに手を伸ばす。

「神奈川、東京の世界核、同時殲滅。千葉は援護が必要か?」

 モンジュは再度驚愕した。あの目に焼き付いた稲光は、離れた位置の二体の敵をほぼ同時に貫いていたのだ。

「……そう。ふふ、心強いね彼ら。じゃあ、戻るね」

 少女は通信を終えると、再度モンジュに微笑みを送る。

「よかった。死者は出なかったみたい。千葉の方では、何か激怒げきどした少年チームが総攻撃で敵を沈めたって。凄かったらしいよ」と、独特の透明感がある、キレイな声で言う。

「――あの! 私、正直危ないトコでした! 助けてくれて、ありがとうっ!」

 モンジュは勢いよく立ち上がってペコリと頭を下げた。

「そうなの……? 余計なお世話だったような気もするけどね。じゃあ、またどこかで」

 そう言うと、閃光の少女に再びノイズが生じた。

 次の瞬間、彼女は人間離れしたスピードで何も無い空間を三角とびの如く蹴り付け、光のヒビを軌跡きせきとし、空に舞い昇ってゆく。

 そしてある程度の高度で轟音と共に稲光へと変わり、南の上空を突き抜けていった。


 メガミ達が駆けつけたのは、それから三分も経たない位だった。

 閃光の少女から所属の司令部経由で状況の説明を受けていた一行は、比較的穏やかにモンジュの無事を喜んだ。


「なんかも~、次元が違ってたよ『最前線のディーヴァ』って!」

 嬉しそうに、興奮冷めやらぬ手振りで皆に説明するモンジュ。

〈射線が濁る、か~。テメエがぶっ飛んでくるとか、クール過ぎだわ~〉クマの口が悪い。

「フッ。相変わらず魅力的な声だった。あの声を聞いた時、勝利を確信した」

「モンモンのお礼に、CD二枚買う」

「しっかし、凄いガキどもね~。軍政府もそりゃビビるわ」

 ふう、と胸をなで下ろしたメガミは、にぎわう子供達を見て片眉を上げ小さく笑った。

「あ! そういえば私さっき凄いアクロバットきまってたよ! 今まであんなこと出来なかったけど! 技名考えちゃうよホント」遊撃隊長は楽しげに、何か謎の構えを取る。

「そう。我らの進化は共鳴に誘発され、みがかれてゆき、そして君の願いは――」

「うっわやっば~っ! 戦闘で携帯ぶっこわれちゃった! ミカポ~ン! これって支給して貰えるよね?!」

 ランスのめんどくさいうたが豪快にかき消されると、お気楽なミカの声が弾む。

〈大丈夫っしょ~。明日までに請求申請と報告書、メールしといて。んじゃアタシ総帥とかに状況報告すんわ。またなんかあったら連絡してね。連絡くれなかったら許さないんだからね! ふんっ!〉

 

 シールドが抱く、最後がちょっとウザかったクマがぷっつり黙る。ランスはまだ一人でぶつぶつとウザい。


「――あとメディカルチェックか~、めんどくさいな~。別になんともないよモ~」

「だーめーよ。交戦して一発食らったんでしょ~?」

 メガミはすねるモンジュをなだめると、う~、と両手を突き上げ全身を伸ばす。

「ふぃ~。さーて私も帰って報告書だなコリャ……ひい~徹夜てつやかあ~」

「じゃあ帰りに、甘いの補給する?」メガミの尻をポンと触れるシールド。

「だ、だめよこんな時間から……危険よ……ま、いっか! へっ! よ~しガキども! 帰りにどっかのファミレスで、たっぷりの生クリームで祝杯といこうぜっ!!」

 あたしのオゴリだチキショー! と、ハイテンションで月に叫ぶ女性士官に呼応こおうし、学徒達は歓声のステップを踏んだ。

 

 殺意で凍りついていた夜の草原に、くだらなく、たくましい熱が生じてゆく。

 

 ほのかな月明かりの下、猫の様に甘え、じゃれついてくるモンジュの頭をはいはいと苦笑いで撫でると、ふと、女神は陰影いんえいに顔を隠し、つぶやく。


「――みんなで元気に、立ち向かいなさい」


「ん?」なんか言った? とメガミの目を見るも、べっつに~? と変な顔でトボケられる。 


――――たとえ、私が全てをうばうモノになろうとも…………。


 首をかしげるモンジュのほっぺをむにむにと揉みながら、女神は優しく笑った。


――私の世界は、何処に向かうのだろう。

 背後からシールドをクマごとぎゅっと抱き締め、いたずらっぽく笑うモンジュ。

 そしてさりげなく顔を上げると、瞳に月影げつえいを宿らせ、微笑みつつ思いを描く。

 

 それが何処であっても、笑って、行こう。――ね、兄貴。


 抗う力を手にした子供達の青春群像劇。ただ生きる為、諸刃を振るう。

 その少女は後悔などくだき、やがて神すら砕く。――というのは、また別のお話で。


 その後四人のもとに、状況を聞き知った斬間京子と数名の夏雅乃宮学徒部隊員が二台の八輪装甲車で駆けつけた。

 不良女子は到着するやいなや、夜空の下で手を振りはしゃぐモンジュをガバリと抱き寄せ、少し目を潤ませながら無事を喜んだ。

 

 分かたれた命が重なり合う、ガサツで力加減ちからかげんも分からないそれは――原初げんしょ抱擁ほうよう、とでも言うべきものなのかも知れない。

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