裏二章二節  ユニゾンゴーストストーリー/友情のダブル・ロー

――――二十三時 東京 郊外 農作地帯



「おら~!! かかってこいや~!!」


 左右に実り多き畑が一面に広がる農道の真ん中で懐中電灯を振り回し、女子は月に叫ぶ。

「大声だしたら、逃げちゃうよ」

 クマ型インカムを抱きしめ、困り顔でモンジュをなだめる黒髪の少女シールド。

「大丈夫だよシーたん! なんか平和じゃん! なんもいないじゃん!」

 

 京子の依頼により、途中で渋滞にハマりながらも、先刻、指定された地区に到着した三人の遊撃隊員。

 軽装甲車を空き地に駐車し、軽いミーティングの後に女子と男子で二手に分かれ、夜間に農作物を食い荒らすというたぬきの捕獲に乗り出していた。


「……オバケは、いるかもね」闇にまぎれ、シールドはぼそりと言う。


「――――ん?」黒髪の少女に顔を向けるモンジュ。


「……オバケは、いる――」 

「いないよ」モンジュは真顔で即答し、遮る。


「……オバ」 

「いません」断固遮る。


 夜風が首筋をフッと舐めてゆく。モンジュは真顔で平静を保ち、しかし素早く感触のあった部分に手を当てる。


「――それで朝さー、食パンにオモチはさんでみたらもう、モチモチ食感でさー」

「でもランスが、夜はオバケの時間って言ってた」

「あの巨大野郎っっ!! 後で股関節とかガチガチにめてやるよっ!! ちかうよっ!!」

 話題の切り替えが下手くそ過ぎるモンジュは、そしてハァ~と一息ついて、やれやれといったジェスチャーでシールドをあわれんだ。

「オバケって、いないよ~? 法律とかで決まってるよ~? じゅ……じゅねーぶ……条約? なんだよ~?」

「……そうなの?」


――純粋に聞き返されてしまった。

 軽い罪悪感にモンジュはうつむき、思考をめぐらせると、ぴこーん、と頭上で光る電球がイメージされる。

「まったくも~、夜中に女子が二人そろってオバケとか、ありえないよ~。青春の浪費だよ~。恋バナ! 恋バナだよ~モ~。シーたん、ランラン好きなの~? ん~?」

「好き」 

「うきゃー! あっちっち! シーとランはあっちっち!」

 ぴこぴこ~ん、と電球が点滅し、赤面しながらチクチクと指先でシールドを突付き、はやし立てるモンジュ。

「モンモンも、京子ちゃんも、学校のみんなも、世界を、好き」

 春の微笑み。博愛の声。


――――え、神? あなた神ですか?

 放心で電球が砕け散り、恋バナはそく、幕を閉じる。


 しゃりしゃりしゃり――。

 何かが、地面をっている音がする。次第に近づいてくるのが二人の女子には分かった。

「――じゅんじゅんじゅんじゅんじゅんじゅんじゅんじゅんじゅんじゅん」

「ちょ、ヤダなに?!」重低音の、声と思しき方向にモンジュは即座にライトを向ける。

 

 スコップを地に引きずる…………首のない巨人がいた。 


「ごおぉぉぉぉぉすとぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 絶叫するモンジュ。しかも彼女はナゼかこのタイミングで手の親指を隠す。

「フッ。落ち着く事だ」


――まあ、ランスだった。かけ離れた身長差が原因で巨漢の上半身、特に顔がうまく照らされなかっただけだった。

「――でか過ぎて怖いんだよぉぉ!! まず何『じゅんじゅん』って!! うざシュール過ぎだよっ!! レンカねえに……相談するよっっ?!」レンカにも為す術はないであろう。

「ああ、何やらタヌキを呼ぶ声らしい。サイトで調べた」

「何そのサイト! 閉鎖へいさするといいよっ! てかソレ違うもん呼んでない?!」

 モンジュは怒りを込めてべしべしと、落ち着き払う巨漢のフトモモを引っぱたく。


「……例えば幽霊、など……か?」

 ランスは顔に闇をわせ、ぼそりと言った。


「…………ちょっと、その幽霊とか、なんか響きがリアルっぽいの、だめでしょ。オバケにしなさい、ね? いやオバケとかもちょっとタブーの方向で。ね。夜だし」

 謎の神々しさで巨漢を静かに諭すモンジュ。彼の上着をぎゅっと握り、離さない。

「ランス。夜は、オバケいるんじゃないの?」巨漢に歩み寄り、シールドは純粋に聞く。

「――フッ。安心しろシールド。奴は、きっといるさ。時などを超えて……そう、いつだって君達のそばにいてくれる」

「こまるよっ! そんなの……だめだよ! てか、いないのっ! 幽……オバケとか、今年からいないのっ! 諸事情しょじじょうにより――」

 何かオバケをポジティブに捉える巨漢にモンジュが変な持論を展開しかけたその刹那――。


「ぽぉぉぉぉぉぉぉぉんっっ!!」

「ムッ?! なんだ今のはっ!」

 その場の全員が、謎の遠吠とおぼえらしき声が聞こえた方向に一斉に顔を向ける。

「『ぽーん』とか言ってたよ!!」

「『ぽーん』って言ったら、たぬき」

「何ぃ! ゆくぞ!!」

 モンジュを先頭に土の道を走り出す三人の学徒達。巨漢のテンションが妙に高い。

「ちぃ! よもやぽーんとコーンに食らいついただと?!」 

「うざっ! てかさっきの、人の声っぽくなかった?! 女の人の!」

「ああ! 人っぽいタヌキの可能性が高い! 各自かくじ警戒をおこたるな!」

「ほぼ妖怪じゃん! こえぇ! れ、レンカ姉に報告する?!」報告されてもレンカもこまる。

「名前……つける」

 

 一行いっこうは息を切らしながら二分弱ほどを走ると、懐中電灯で照らされた目前の土の道に何かがあるのに気付いた。モンジュが無言で二人を制止して、足を止める。


「あ」巨漢から声がこぼれる。 

「何か、落ちてる」目をらすシールド。

 

 モンジュは恐々きょうきょうと、地面の上に落ちている何かに近づく。

――え、頭? 人? ……いやでも、位置がおかしい。背中を向けた、肩甲骨けんこうこつ付近から上が、まるで地面から生えているかのような………………バラバラ死体だ!!

「いやぁぁぁぁっっ!!」恐怖に見開かれた目。その場に腰が崩れ落ち叫ぶモンジュ。


――グルンっ! と胸から下が無い死体がモンジュへ振り向いた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」モンジュと死体が同時に絶叫する。


「――――少佐か?」 

「カミフォー少佐」


「………………へ?」 

「………………は?」

 間抜けな声を漏らしあう死体メガミとモンジュ。

 

 よく見れば、女性が地面に開いたマンホール大程の穴に、ズッポリとはまっていた。

 ハッ、とモンジュはすぐさま潤んだ目をゴシゴシこすり、ツーンと強がりを見せる。

「知っていました。穴にはまってるだけって、解ってましたが?」

「――え? あ、うん。そうなんだ。で……あの、ちょっと手を貸して貰えると助かるかな……あ、あはは」

 ひきつり笑う女性士官に歩み寄る巨漢が素早く携帯を抜く。

 そして彼は目頭をつまみうつむくと、フゥーと息をつき空を仰ぎ、世界に感謝の笑みを解き放ちつつ、言った。

「フッ。奇跡か。ポーンで兵士だと? 保存だ」

「うぜえ!!」 

「撮んなっ!!」

 モンジュとメガミはうざい衝撃に声を上げた。シールドは心温まる一悶着ひともんちゃくにこにこと見守る。

 

 最近チェスにはまるランスにより、メガミは、とアッサリ片手で救出された。

 あちゃ~、と困り顔で土ぼこりを丹念に払うと一息ついて、彼女は苦笑いで口を開く。

「あ、はは。助かったわアリガト。まあ自力で抜け出せたけど、礼装あんま汚したくなかったのよ。――つーか誰よこんな落とし穴だか掘りくさったチャレンジャーは!!」

「ほんとだよ!! ショッキング過ぎて旅に出るとこだったよ!!」

 ね~、とメガミとモンジュは互いに顔を見やりながら同調し、ぷりぷりと怒る。


――ランスの顔色が悪い。

 

 彼は俗世の不条理に翻弄ほんろうされし二人の悲しき女に、静かに諭すかの様、問う。

「……まあ、待て。もし仮に少佐ではなく、雪原レンカが穴に落ちていたとしたら、どうだ? キツネがポーンで兵士という新次元が俺達を襲った事になるが、どう思う?」

「再度うぜえ!!」 

「何が望みなのアンタ!」


――何か因果律いんがりつがどうとか自己完結し、天を仰ぐランス。シールドはそれをほんわか見守る。

「なんか、わなっぽかったのよね~。道の真ん中にトウモロコシ置いて。何気なく近づいたら、ドスンよ。まあワラとかクッション敷いてあったから、別にケガ無かったけどね」

「……罠? とうもろこし? コーン?」


……モンジュがランスをじっと見上げる。無表情が怖い。


「あ、ランス、土ぼこりすごいよ」

 シールドはほんわかと、服の土ぼこりをぱんぱん、とはたいてやる。

「あとこれ。さっき忘れてたよ」

 

 スコップを差し出す彼女は、素晴らしい春の微笑みだった。


――――特殊な空気が流れる。

 やがて微笑みを浮かべ、スコップを静かに受け取る巨漢。

 穴の横にられた土に歩み寄り、ムン、とスコップを土の山に突き刺すと、地面の穴に土を放り込み始めた。

 そしてモンジュ達に顔を向け、ニヤリと片方の口のはしを吊り上げると、言った。

「さあ、無かった事にするぞ。手伝っていくか?」

「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 モンジュと女神の怒号が美しく融合し、同時にパーンと乾いた音が巨漢の下半身から響く。

 

 フトモモ裏へのダブル・ローキックに戦意を喪失そうしつしたランスは組みせられ、今二人の女性を背中に乗せ、ばつの腕立て伏せを実行している。

 すると巨漢の背に座るモンジュの携帯端末から変な三味線しゃみせんのメロディーが鳴りだした。

「――あモシモシ京子ちゃん?! おつかれ~! ……うん、大丈夫、なんも問題ないよ~。タヌキもいないよ~。そしてオバケなんているわけないよ!!」

――は? おばけ? 不良女子に聞き返され、再度霊の存在を法律がどうの今年からどうのと否定するモンジュ。隣で座る女性士官もうんうんと納得し、頷く。


「で、カガノ……ミヤさん、だっけ? のパーティーは順調なの~? ケーキとか分けてよ~。もう生クリームとか、すごいんでしょ……?」

 ハアハアと興奮するモンジュに、女性士官はハッと目を開く。

「ねえ相手の人、会場から?! 神鵬学園の雪原さんと冬条君ってまだそこにいるか、分かるかな?!」

「えっ? あれ? ――京子ちゃんそこに雪原さんと冬条君いるかって、軍人さんが聞いてるけど……うん、女の人。金髪。……外人さんかな? でもなんか色々小さめ」

「うっせ!!」メガミはそくギレで声をあららげ、モンジュのほほをむにゅっとつまむ。


「……あ、そうなんだ~! ――なんかもうトックに帰ったそうです」

「わんだーっ!!」

「ぷっひゃ~はは!! わ、『わんだー』だって!!」

 頭を抱えて奇声を発し仰け反る女性士官に爆笑する遊撃女子。


「は~、……あ、うん、わかった~。じゃまた」

 通話が終わり、モンジュは携帯端末をポケットにしまうと、隣の女性士官は何かとうなだれていた。

「で、お姉さん、何者なんですか? シーちゃんとランランは知ってるみたいですけど……」

 女性士官の顔をのぞき込むモンジュ。

――え、同い年タメ? タメなの? 

 幼さが垣間かいま見える、そのとした顔に、モンジュはちょっと失礼な疑念を抱いた。

「……通りすがりのナイスなお姉さんじゃない……」女神はぞんざいに言う。

「メガミ・カミフォー少佐だ。学徒の自衛戦略に監視介入の名目めいもくで、子猫組に居座いすわっている」

 下敷きになっている巨漢が言う。腕立て伏せはさりげなくサボっていた。

「めがみって名前なんだ! スゴ! やっぱ外人は進んでるねぇ~」意味が解らない。

「かわいい軍人さん。いいひと」横に立つシールドがにこりと言う。

「ちょ……年上にかわいいとか、失礼ねモ~」

 女神は「かわいい」にピコーン、と反応し、ちょっと赤くなりながらシールドが抱くクマの手をナゼかむ。

「うんうん、なんか、子犬っぽいかわいさがあるねぇ~」

「こ子犬」満面の笑みでモンジュに言われ、女神は軽くショックを受けた。


「あ、私は神鵬学園所属の遊撃隊で、神鵬遊撃隊リーダーの神鵬文殊もんじゅって言います。初めまして少佐っ! 金貸して!」

 モンジュはひたいに敬礼の手をビシッと添える。メガミは小首こくびをかしげた。

「……ん? カミホウ、モンジュ……? それって神鵬理事長と関係あったりするんだよね? めずらしい苗字みょうじだし」


「あ……その、父です、一応。――あはは、ちょと、疎遠そえんになってて」

 モンジュはそう言うと、少しうつむき、何か指でモジモジとしている。

「――そう……なんだ。ケンカ、してるの?」メガミは優しく聞く。

「……色々いろいろ、色々です。遊撃隊の事とか、その、兄貴の事とか……まあいいじゃないですか~、やめましょこんな話! てかゴっつぁんデスはこんなとこで何してたの?」

「ちぃ! ゴッデスからの!!」巨漢がナゼかくやしがる。

「あ~、それ私の友達(たか子)も一時期おんなじ事言ってイジってきたわ」

 苦笑いで少しうんざりとする女神。

 するとシールドがやたら悔しがるランスを見兼ね、変にキリっとした顔で開いた片手を女神に伸ばし、指を折りながら何やら数をかぞえだす。

「いーち、にーい、さーん、しーい、

 

 その言葉にランスはついに変な境地きょうちへとたっした。

 彼は全身に稲妻が走り、目を見開くと、世界を混沌こんとんに沈めるシールドのまやかしをも打ち破る、真実の雄叫おたけびを上げた。

「ご、ですっ!!」

「ウザ過ぎるっ!!」 

「やめなさいシールド!! クセになるわよ!!」 


――強引に話題を変えてきたモンジュ。ランスとシールドも何かを察したのであろう。

 かすれ声で「兄貴」と口にした時、彼女の目に悲哀の動きを見たメガミは、とりあえずそれ以上の詮索せんさく野暮やぼと判断した。


「――任務ですよ~任務。あの冷凍コンビの監視をね。パーティーに出席するって言うから、心配で、会場にのり込むとこだったのよ。きっと何かからぬ事でも、たくらんでるのよっ! 好からぬ……エビとか、出ちゃうのよ……しょうがないのよ……」

 かすれ声で「エビ」と口にした時、彼女の目に子犬系の動きを見たモンジュは、とりあえずそれ以上の詮索はアホと判断した。


「エビ好きなんすか?」

――アホですが何か? 彼女のそういったいさぎよさはある意味、父のオープンさを受けいでいるとも言える。

「……で道迷っちゃてさあ! 携帯で知り合いに道とか確認しようと思ったら、この辺電波悪くってさあ! もう一台の衛星携帯は置いてきちゃって、バイクのガスも心細くなってきたから、とりあえずエンジン切って電波入るとこ歩きで探し回ってたのよ。で、ドボンと」

 明るいノリで言いながら、うつ伏せ状態のランスの後頭部をペシペシと手でたたくメガミ。


「――エビ好きなんすか?」

「で、アンタ達こそこんな所で何してるのよ。なんかさっき電話でタヌキいないとか、何とか言ってたけど」徹底的なスルーだ。

「たぬきに名前つける」 

「狸がコーンだぞ? こばめまい」 

「――エビ、好きなんすか?」 

「意味わかんないわよっ!!」

 女性士官はしつこいモンジュの首を両手でキュっとめ上げ、他校の友人からの依頼で夜間警備を引き受けていたむねの説明を引き出した。


「――はあ、しかしアンタらもほんと大変よね~。わかった。私も協力するわ。あと一時間位で引継ぎの子達が来るんでしょ? それまでしっかり仕事しましょう」

 やれやれ、と息をつきつつ、間近に立つ三人の学徒に微笑みかける女性士官。遊撃隊長の表情に歓喜かんきが湧く。

「何この軍人! すごい協力的じゃん! 軍にもこんな素敵な人いるのか~。ちょっと見直したかな! ちょっと、ひめと呼ばせて頂きますよっ! 子犬姫こいぬひめ!」

「子犬姫」微笑むシールド。 

姫犬ひめいぬ」ほくそ笑む巨漢。

「絶対やめて! つーかランスにいたってはチョット犬種けんしゅっぽいじゃない!! も~、じゃあ、姫でいいわよ~モ~。ね? はい、言ってごらん。さん、はい!」

「じゃまた手分けして見回ろっか。編成どうしますか海老姫えびひめ

ひめえび」 

海老犬えびいぬ

そくやめろっ!! つーかシールドっ!! 何その実際いそうなエビ!! ランスに至っては犬な上に『姫』ハブきやがったわ!!」

 女神はムカムカと巨漢の尻をひっぱたくと、今度はモンジュがやれやれ、と息をつく。

「プリプリと文句多いな~。さすがエビ好きだよ~モ~。じゃ~とりあえず、四つに分かれましょーか。時間少ないから広範囲カバーして、タヌキ絶対つかまえましょうギガミ少佐」

「メガミだよ」真顔でツッコむ女神。

「ヘルツミ」 

「しじみ」

「おだまりっ!! つーかシールドっ!! それ単位が違うじゃない!! ランスに至っては単位ですらねーよ!! なんかチョット助け呼んでるっぽかったわね!! ヘルツ・ミー!! なんちゃって!! ぎゃふん!!」

 

 一筋ひとすじ、星が流れた。

――あ、流れ星。モンジュは胸に手を当て、目を閉じ、願いをつむぐ。

…………静穏に、宇宙が自由に広がる。

 ランスはそっと女神の肩に手を添え、口を開いた。

「おやす・ミー」 

「置いてかないでっ?!」

――がんばった女神に、シールドよりクマが貸与たいよされた。ランスは不意に、モンジュに問う。

「ところで幽霊対策はどうする? 単独行動していると、一人ずつ狩られる可能性が」

「二手に分かれよっか。それが最強だと思うんだ」

 穏やかな笑顔で答えるモンジュ。巨漢の上着をぎゅっと握り、離さない。

「……何アンタ。怖いの?」フフン、とメガミはクマを抱きながら嘲笑ちょうしょうする。

「……何言ってるんですかこの子犬。全然怖くないですよ! 少佐こそオバケ怖いんじゃないの?! 穴にはまってた時、何か絶叫してたじゃん!」

「あ、アレはあんたの絶叫した顔が凄くてビックリしたのよっ! 別にオバケとか全然平気。飼えるし。大人だし」

「アタシだって全然怖くないよ?! 証拠見せてあげますよ! アタシの生き様ってやつを、その目にミディアムレア位で焼き付けてよねっ!」

 言うが早いか、夜の農道を一人駆け出して行った遊撃隊長。全力疾走だ。

「ちょっ! アンタっ!! 単独行動は……って足早っ! もうあんなトコまで……あ~も~仕方ないわね、じゃあ私達も手分けして見回りましょうか。……で仮にタヌキとかと遭遇そうぐうした場合、どうするの? 何かおどして追っ払うとか?」

「名前つける」 

「まず?!」 

「シャッターチャンスを待つ」


 奇妙な三人がああだこうだと言っている間に、モンジュは自慢の俊足で星空の下を駆ける。

 恐怖を振り切るかのように無我夢中で風を切り、いつしかだだっ広い草原に足を踏み入れていた。


 かつて全国レベルの短距離ランナーとして名をせていたモンジュ。

 しかし、とある戦場で爆撃に巻き込まれ片足を複雑骨折し、神経に後遺症を残す事となり、夢は絶たれた。

 平和になったらオリンピックを目指すと父によく語ったものだった。


 今でも足に痛みとしびれが残り、でもそういった事を苦にせず、前向きに、今出せる速度で全力で走る彼女には、周囲の仲間などは大きな勇気を貰っていた。

 アイドル性というか、所謂いわゆる、その熱さに魅力を見出しかれる者も少なくなかった。


 徐々に速度を緩め、息を切らしながらゆっくりと足を止めると、モンジュは爽やかに声を出す。

「はあ、はあ、はあ…………はあ~、走った~! 私、もっと、速くなれるな……ふうぅ~、なんか結構みんなと離れちった」

 元いた方向に顔を向けた。周りには民家も無く、電灯も無い。

 夜風が草の匂いを乗せ、茶色いショートカットの髪を揺らす。軽くストレッチをしながらモンジュは空の月を仰いだ。


(……兄貴……)


――――亡き兄を、しのぶ。

 最前線で最初の『認識兵器』に巻き込まれ、消滅していった兄を。

 

 当時の学徒兵達には抵抗する手段など無かった。

 抗う力。認めない力。

 モンジュが陰で力に固執こしつする様になったのは、まぎれもなく兄の死が引き金となっていた。


 今日も誰かがこの月に、思いを描いては時に笑い、苦しんでいるのだろうか――。

 思いふけるモンジュの瞳に、誰にも見せようとはしない悲しみが宿る。


――一方いっぽうその頃、結局男女で分かれた女性士官と学徒二名。


「ふーん……なんか、静かねえ。今日はタヌキお休みかな」

 懐中電灯で畑を照らし、メガミは物音に耳をらす。

「お休み? 有休ゆうきゅう?」

 メガミより少し背の低い、横に立つシールドがく。

「そうよ。夜の年間徘徊はいかい日数のうち、八割の出動実績があるタヌキは……ってバカ」

 私が欲しいわよ、と、シールドの抱くクマの耳をムニムニ揉む。


――次の瞬間、静寂せいじゃくの時間を、痛みが走った。

「『認識兵器』!!」

 眉を寄せ目を見開き、夜の世界を見回す女性士官。戦端せんたんの閃光等は確認出来ない。


〈――シールド! 聞こえる?!〉

 クマ型インカムより発せられる緊迫した声。――雪原ミカだ。

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