裏二章一節 出動! 神鵬遊撃隊+1《プラス・ワン》
――――東京 首都高速道路
アスファルトにディーゼルエンジンの騒音を叩きつけながら、片側三車線のハイウェイを一台の軽装甲車が豪快に突っ走る。
白地に黒い数字のみのナンバープレートが歴戦を物語るかの如く、だいぶ歪んでいる。
単にボロいだけ、と言えばそれまでだ。
「やっば~! 時間ぜんぜん間に合わないよ~! 超遅刻だね~!」
走る車の数もまばらな、両脇にビルが
ハンドルを握りアクセルを踏み込むショートヘアの遊撃少女はアッパーテンションで叫ぶ。少し楽しげだ。
『世界全校武装令』に伴い、車両免許取得の年齢制限も引き下げられた。
適性があれば十三歳からほとんどの車両免許が取得可能だが、混迷を極めた時期には十歳にも満たない子供が小型軍用車両を運用する事も珍しくなく、今現在も、状況に応じてそういった部分はある程度黙認されていた。
モンジュは幼い頃から運動神経、反射神経といったモノが良く、学園の陸上部に所属しているが、そのちっこい体をカバーする為か車の運転も好み、もともとのセンスと努力により
「京子ちゃん、怒るかな」
助手席に座るシールドはクマ型インカムにあやす様な口調で話しかける。
「え~?! 何~?!」
速度八十キロオーバーで走るディーゼルの騒音が車内に響き、必然的に声がでかくなるモンジュはもう
「……届かぬ声。届かぬ想い。しかし人にやがて距離は無となり、お前の声は、我となる」
巨体が座席に収まらず、後部のトランクスペースに横向きで片ヒザを伸ばし座り込むランスは、うつむき加減で静かに
「え~?! 何~?!」
「ちょっとおなか空いた。ね」笑顔でクマに話しかけるシールド。
「え~?! 何~?!」
恐らくこのループを断ち切れるであろう京子のツッコミが存在しない今、狭い車内に交わる事の無い三つの宇宙が独自の空気で存在している。
「――夜が来る。いや、君が夜となる」
「たぬきに名前つけよう。ね」
「やっば~燃料ギリっぽいじゃ~ん!! ほんと燃費悪いよこれ~あはは!!」
だが、それでいいらしい。
――反対車線を、
――――東京 郊外 コンビニエンスストア駐車場
夜の住宅街の一画でさりげない電飾を光らせ、二十四時間を頑張る全国チェーンの商店舗。
その店の少し地面にヒビが走る駐車場の片隅で、ゴーグルのついたハーフタイプヘルメットをかぶり、エンジンを切ってスタンドを立てた125CCのスクーターにまたがりながら、ホカホカのあんまんを片手に携帯端末を操作する人影があった。
「――あ、たか子? 私だよ。わたしわたし~」
〈……
「……うん、あのさ、お腹
〈ぷふ、なに最初に認めてんですか〉
あははっ、と夜空へ穏やかに笑う女性士官メガミ。
その横を、アサルトライフルを肩に担いだ男女二人の学徒が買い出しのメモのようなものを交互に見やり、この時間のカツ丼はやばいとか、包帯残り少なかったよねとか、楽しげに会話しながら通り過ぎ、客の少ないコンビニへ入っていった。
女性士官は友人とも呼べる
「――でチョトあんた、送信してきた地図! 合ってんのコレ?! なんかモ~、さっきから同じとこグルグル回っちゃってる感じよ~モ~。チョット不安になっちゃったからコンビニであんまん買っちゃったわよモ~」と、プリプリしながら文句を垂れる。
〈少佐は不安だとあんまん買うの……? てか絶対に少佐が方向
「『モ~モ~』うっせぇなぁこの会話っ!! だってアンタまさか
〈うっせ! まあ斬間准将相手なら下手にゾロゾロ連れてかない方が効果的ってのは同意ですね~。紳士だし〉んふふっ、と意味ありげに含み笑う声。
「アンタねぇ~、別に色目使ってドーコーしようなんて事じゃないわよ。私、子供っぽいし……ちっ! うっせ!」プリ度MAXであんまんに食らいつく。
〈自分で言っといて……あ、でもナンカさっき
「――えホント? ならラッキーじゃない。てかまさかパーティー自体終了したからとかじゃないわよね……」
〈う~ん、それは無いでしょうね~。夏雅乃宮令嬢の誕生会っていったら、毎年恒例オールでパーティーらしいですよ?
「は~。しかしこんなご時世でも儲けてるとこは儲けてんのね~。総合商社だっけ? まあ、キナ臭いけど」あんまんをモグモグとしている。
〈夏雅乃宮なんて名前、一般にはほとんど知られてませんが、まさかあの世界的大企業が?! ってくらい意外な企業が
……最後の方の声色が、おかしい。自称女神の咀嚼が止まる。
風に揺れた自分の髪の毛が冷たく首元をさすると、ビクッと思わずそこに手を当てる女神。
「……ちょっとそういう怪談チックに言うの、やめてソレ。ほんと今、外だから。夜だし」
女神は苦笑いで少し強がりを見せる。しかし、ナゼか空いている手の親指を隠しはじめた。
〈……やっぱり、口に出すこと自体がまずい話って、あるみたいなんですよ。いや
たか子の低い声が耳元でささやく。ちょっと今、後ろとかを振り返れない女神。
「――ハッ。オバケかい。オバケ的な事言いたいんかいっ。ほんといつまでもガキみたいな事言ってんのね~。そんなんじゃ彼氏とか出来ないよ~アンタ。彼氏いないけどオバケいるってか。どっちもいませーん! いるわけないじゃん……ばか……」
意を決して、女神はサッと左右を見回す。
横断歩道があり、その手前に兄妹が仲良く手を繋いで手を上げている、ローカルチックなイラストの看板が立っていた。
――兄の首から上が、無い。(看板が破損している)
夜風が、首筋を
〈……あなた一体宇宙の何を知っていると言うんですか。なぜ、いないって、言わないで〉
――言葉がおかしい! 恐怖が女神を襲う。あんまんが震える。
「彼氏いない」あたりにカチーンときた少尉は、さらなる演出の強化による作戦続行を決めたのだ。
〈新たな
――――
「ほんといい加減にしなさいアンタ……別に怖いとかじゃなくて、ほんとダメよそういうの、ダメなの……アレだから……ね?」
悪質なたか子を
「ダメだってぇっ!」と奇妙な声のトーンで音の方へ瞬時に顔を向ける女神。
目前にある民家の塀の上で、闇の使徒(猫 タマコ 二歳)が夜に死の眼光を放ち、今にも女神(あんまん)に飛び掛ろうとせんばかりにジイっと見つめていた。(あんまんを)
そして目まぐるしく視界に入ってくる、危険!(車に気をつけよう!)の文字――――。
〈いるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいる〉
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! ってバカ」
〈ちっ! 恐れろっ!〉
「何が『いるいる』よ。てか長いよっ! なんで儲かってるうんぬんからオバケいるいないだかの話になってんのよ! なんたるタイムロスよ! あの子達帰っちゃってたらどーすんのよモ~」
女神はプリプリしながら残りのあんまんを猫に差し向け揺らすと、猫がにゃーと寄ってくる。
〈携帯に連絡してみたら? 番号教えましたよね〉
「
足元の猫にあんまんをくわえさせ、ひと撫でする。猫はその場でおとなしく食べている。
〈――もう帰っちゃえば? そこまでしなくても怒られませんよ~〉
お気楽なたか子。ちょっとミカに通ずるトコロがある。
「だ……だめよ……任務! 任務だもん! ちゃんと色んな事見届けないと、駄目なのよ! 色んな、エビとかさ……出ちゃうんでしょ……? すごいやつ」
〈それかよ。何言って――〉
「――あの」
「うわぁあああああ?!」
「にゃあっっ!」
〈ひゃあああっっ?! 何っ?! いた?!〉
肩を背後から触れられたメガミはゾゾゾと震え叫びながら振り返ると、びっくりして目を見開いた女子学徒が手を引っ込めつつオロオロとしている。
先ほどすれ違った少女だった。
足元の猫もメガミの声にびっくりして、あんまんをくわえてドコかに走り去った。
「あ、ごめんなさい、あの、何か先ほどからキョロキョロしたり叫んだりされてたもので……その、大丈夫ですか? その礼装、軍関係者の方ですよね?」
人手を必要としていますか? などと奥の男子学徒からも問いかけられる始末だ。
恐らく私服でもあろうものなら色んな意味で大丈夫ですか? といった具合に挙動不審者として銃口を向けられ、丹念なボディチェックを受けるハメになっていたかもしれない。
「あ、あはは! ごめんなさいね騒がしくして! ちょっと友人と盛り上がっちゃって!」
ひきつり笑うメガミは胸元から素早く身分証明のIDカードを抜き出し、提示する。
「恐れ入ります」女子学徒は微笑みながら専用携帯端末のIDリーダーをカードに当てた。
数回の電子音が小さく鳴り、端末のモニターを一瞥すると、女子学徒は校則に
「失礼致しました少佐」
その声と共に背後の男子学徒も白い歯を見せ、敬礼する。
メガミも小さく口のはしを上げて頷き、IDカードを胸元にしまいこんだ。
「――夜遅くまで大変ね。ご苦労様。地元の子?」二人を交互に見ながらメガミは言う。
「あ、いえ、地元は静岡なんです。こちらの方の学校に避難受け入れしていただきました。私達の学校、清水中央高校は焼け落ちてしまって」
少女は言うと、後ろの男子学徒と視線を交わす。
「そう、だったの……ごめんね。つらかったね」うつむき、悲しげに眉を寄せる。
「いえ……新しい仲間も良くしてくれます。信頼する仲間と、そ、その、大事な人と一緒だから。軍の方達にも避難の際など良くしていただきました。色々言われていますが、私達の為に頑張ってくれた軍の方を私は知っています。――私は、幸せです。まだ、生きていますから」
――大事な人、のところで何やらもにょもにょと背後を意識していたが、彼女は
次の瞬間、女子学徒は自らの目を疑った。
「……そう。幸せでいてくれて、ありがとう」
全てを
――――多分、慈愛の微笑みとはこういう事をいうのだろう。この人は初めて会った人間に、なぜこんな優しい顔をくれるのだろう。
……神、なんかじゃない。――そう、母だ。
少女の見開いた目から、一粒だけ涙が落ちた。
「あ、あれ?! ゴメンなんか泣かしちゃった! ご、ごめんね?!」
「――やだごめんなさいっ! あれ私なんで……ごめんなさい!」
少女はオロオロと歩み寄ろうとするメガミを申し訳なさそうに手で制し、大丈夫か、と肩をそっと支える男子学徒の手に、静かに手を重ねる。
涙を指でスッと拭い、再度女性士官に敬礼し、少女は気丈に微笑んで言った。
「失礼致しました。夜間の運転、どうぞお気をつけ下さい」
――女神も再度、微笑みで頷いた。
〈辛かったでしょうね……。東海方面の損壊は
筒抜けだったという会話に対し、少尉は普段あまり出さないトーンで言う。
「生きているから、幸せ、か……。それだけ多くの死に直面してきたのね、きっと」
そして、それはあの少女に限った話ではない。今や国を問わず、そのような状況下に立たされる子供達は後を絶たない。
善意の届かなかった子供達の中には、町をさまよう孤児となり、やがて心無い者達に連れ去られ、悲惨な運命を
「だからこそ気付き
女神は静かに怒り、月を仰ぐ。端末を握る手に力が入る。
〈……はい、少佐。……ふふ、少佐がたまに解らなくなります。なんか、ママみたい〉
「――ナニよそれ失礼ね~」
たか子の少しはにかんだ言葉を聴き、穏やかな夜風と共に、女神は小さく笑う。
まだ遠くに、歩き去っていった少年少女の小さな背中が見える。
立ち去る際、おずおずと少年が少女の手を取ると、少女は赤面しうつむいていた。
繋がれた手は、やがて夜の奥に消えていった。
そうやって人は生きていける。終わらないモノが、きっとある。
――――うまくいくとイイね。
クスりと笑む、女神。
〈――は~、しかし、ガキンチョどもが夜中まで仕事がんばってるってのに、少佐はエビとかオバケとかあんまんとか、恥ずかしいです〉
「オバケ
メガミは誤魔化す様に通話を叩っ切り、ン~、と両手を上に伸ばすと、一息落として端末をポケットにしまいこんだ。
スクーターのスタンドをたたみ、間に合ってよ~、とエンジンを始動する
「待ってて、みんな! メガミ・カミフォー! 出陣!」
先ほどのオバケ的な話を微妙に引きずり、無理やり自らを
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