解決:UFOの、正体見たり、枯れ尾花


「遅かったじゃないランサ、大変なことがわかったわよ!」

 一通りの作業を終えてランサが事務所に帰宅すると、所長席に堂々とした格好でユリナが座っていた。

「なんですか騒々しい……、というかお嬢様、学校は? まだ昼過ぎですよ」

 今日は平日水曜日。高校生のユリナがここにいる時間帯ではない。しかし、もちろんランサのそんな言葉を気にするようなユリナではない。

「だーかーらー、大変なことがわかったって言ったじゃない。授業なんて受けている場合じゃないわよ! それに、今の私は【調査依頼権】の行使中よ。権利には義務が伴うわ。事件を見届けるという義務が!」

「はいはい」

 ランサもひとこと釘は刺すものの、特にそれ以上の追求はしない。

【調査依頼権】の行使中のユリナはいつもこうなのだ。最初は真面目にお説教をしていたが、いつしかそれも諦めた。無駄とわかっていることにいつまでも力を入れていられない。

 それに、ユリナの持ってくる情報は、大抵の場合ランサにとって有益なものなのだ。

 そんな打算もあって、このやり取りは完全に形骸化しているのである。

「で、その大変なことっていうのはなんです? 本当に大変なことなんですか?」

 むしろランサにとっての問題はそこである。ユリナのいう『大変なこと』はとんでもなく幅が広いのだ。

「昨日の被害者の爺さんの正体よ。アレでなかなか食わせ物だわ」

 こともなげにユリナはそう口にする。ランサも詳しく追求したことはないが、この少女の情報網はかなりの広範囲に及んでおり、時に警察官である原田すらも凌駕する時もある程だ。

 今回も、どこかからか被害者の情報を持ってきたらしい。

「それはまた、いったいどこから聞いてきたんですか。」

「あのサークルの元メンバーっていう子からよ。情報元のプライバシーは秘匿するけど、まあ、ああいうオカルティックなことに興味を持つ女子ってのはどこにでもいるものよ。で、要点だけかいつまんで言うと、なんでも退職後にUFO研というそのまんまな名前のUFO観測サークルに入会して、随分とやりたい放題やっていたらしいのよね」

「やりたい放題?」

「そう、やりたい放題。金をばらまいて資材を揃えて、それを盾にしてサークルを乗っ取ったらしいわ」

「乗っ取りですか……」

 その言葉と、午前中に聞いた馬場の態度。ランサの中で推理が繋がっていく。

 あとひと押しだ。

「元々はどこかの会社の重役だったらしいんだけど、退職して隠居生活に入った途端に、全財産をそのUFO研につぎ込んで、すっかりそのサークルを作り変えたのよ。名前も、活動方針も、なにもかも、自分の一番理想的な形にね」

「なるほど、そういうことでしたか……」

 宇野の行いは寄付などという生易しいものではなかったのだ。

 それがわかると、馬場がUFO研という名称にこだわった理由も見えてくる。あのSVDFとかいう長ったらしい名前は、おそらく宇野が言い出したものなのだろう。

 あの異常に充実した各種資材から見えるサークルの羽振りの良さと、それと対照的な馬場の投げやりな態度のズレの正体もそこだろう。

 馬場は、宇野によってサークルを追われた存在だったのだ。

「しかし、一体なにが彼をそこまで駆り立てたんです?UFO探しにそこまでする理由がよくわからないんですが……」

「さあ、私もそのへんは詳しく聞いてはいないけれど、なんとしてもUFOを観測して、それによって自分の名前を知らしめたい。さしずめそんなところじゃないかしら。まあ、私の聞いた相手のバイアスもあるかもしれないけれど」

「いえ、多分それで正しいですよ」

 馬場の態度や言葉とピタリ当てはまる。動機はこれでいい。

 あとはどうやって実行したかだ。

 既に目的を達成している以上、今のままでは馬場がもう自分から動くこともあるまい。それは会いに行った時のあの態度からもわかる。

 ならどうすればいい。

 もう一度同じことをさせればいい。

 どうやって。

 自分の作戦が失敗したと思わせて。

「ところで、お嬢様を助手と見込んで、一つ頼みたいことがあるんですが……」

 ランサは静かにその準備を始める。




 それからしばらくして、ランサは再び喫茶店『ハロン』にいた。

 もちろん、ここに来るのは原田と話をするためだ。今回はランサの方から原田を呼んだのである。

 探偵とはいえランサが一般市民である以上、答え合わせは警察官である原田との共同作業になる。それに相手を取り逃がさないためにも、この手の国家権力は最大限活用した方がいい。

「で、犯人はわかったのか? UFOではなく」

「いえ、まだUFOですよ。そもそもUFOとはアンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト、ようするに未確認飛行物体ですからね。今はUFOでいいですよ」

 そう切り出した原田に対し、ランサは真顔のままで冗談を口にする。

「なるほどわからん……が、まあそれはいい。で、お前の言っていたのはこれのことだろう?」

「ええ、それです。やっぱりありましたか」

 ランサが原田に頼んだのは、宇野の遺体とともにあるはずの一つの遺留品の確認だった。そうして原田が取り出したのは、証拠品を入れる袋に入った、小さな手のひらより少し小さなプラスチック製の白い箱。表面には例のSVDFのロゴがある。

「お前もご明察の通り、こいつは発信機だ。まあ、あの爺さんに限らずSVDFの面々は全員持っているものらしいがな。これがどう絡んでくるんだ?」

「これがUFOを呼ぶんですよ」

「はあ?」

 ランサの言葉に、原田は首をひねるばかりである。

「いやまあ、確かにそういう意図で配られているらしいが、一体どういうことだ? まさかお前、今回の犯人は本当に宇宙人だというんじゃないだろうな」

「いやいや、犯人はれっきとした地球人ですよ。犯行に使われた道具がUFOって話です。今のところは、ですが」

 ランサは袋に入ったままのカードを手に取り、隅々まで眺め回す。

「なるほど、これは少々厄介ですね。もう分解とかはしちゃいましたか?」

「いや、まだだ。お前が持って来いというから無理してかっぱらってきたんだぞ」

「それは助かります。これで私たちもUFOを呼ぶことにしましょう。上手く釣れるといいんですが」

「UFOを、釣るだと」

「私が餌で、先生がUFOを捕まえるんです。それで、幾つかの点でご協力を願いたいんですが……」

 ランサはあらためて、自らのプランを説明する。


 その夜、ランサは人気のない賽円山公園にいた。

 昨日ここで殺人があったとは思えないほど、公園は静まり返っている。

 原田を通じて、なんとか今夜一日だけ場所を開けてもらったのだ。

 昨日の殺人現場から少し離れた場所で、ランサは一人で空を見上げている。

 幸いにも、上空は澄み切った夜空が広がっている。

 昨日のこの時間に、この光景を宇野も見たのだろうか。

 その時、宇野の目に映っていたのはなんだったのだろうか。

 そうやって空を見ていると、不意に、遠くに、星とも飛行機とも違う光の点滅が目に入ってきた。

 それと同時に、ポケットの中で例の探知機が震えだす。

「お出ましか……」

 それを確認すると同時に、ランサは飛び退くように少し脇へと移動し、用意してあった暗視カメラでその光を撮影する。

 それとほぼ同時に、なにかが先程までランサのいた場所へと落ちてきた。

 ドスンという、質量を感じさせる音。

 それはランサが予測していた通りの大きな石である。おそらく、宇野を殺したものと同質のものだろう。

 同じ手をそのまま使うあたり、よっぽど自信があり、よっぽど焦っていると見える。

 もう一度上空を確認する。

 点滅はどこかへと飛び去ろうとしている。

 それを見て、ランサは携帯電話で原田へと連絡を取る。

 餌に食いついてきたなら、あとのことは釣り師の方に任せるだけだ。

「先生、ランサです。今来ました。確認お願いします」

 返事を聞き、電話を切る。そして次にユリナにも同じように連絡を入れる。

「後はどこまで食いついてきてくれるかどうかだな……」

 そしてランサはポケットの中から探知機を取り出し、地面へと投げ捨てる。

 釣り場はいくつもある。

 さてどこに食いつくか。

 探偵は、探偵に出来る準備をするまでだ。




 馬場公平が賽円山公園に来た時、そこで見たのは広場の中央で倒れる女性の姿だった。

「やったか……」

 闇をかき分け、慎重にそこに近付く。

 女性は動かない。

 その脇には、用意した石が転がっているのも見えた。

 宇野の時は先客がいたため確認できなかったが、今度は大丈夫のはずだ。

 だが、さらに接近してわかった。

 この、目の前に倒れている女性は、ただの人形だ。

 つまり……。

「お待ちしていましたよ、馬場さん」

 不意に、どこかで聞いたことのある声が闇の中から響いてきた。

 そして反対側の雑木林の中から、一つの人影が歩いてくる。

「だ、誰だ!」

 思わずライトを向ける。

 そこにいたのは一人の男性だ。

 整った顔を、そう見せないために幾重にもフィルターをかけたようなぼんやりとした顔つきに、一目見ただけでファッションに興味が無いとわかるような無造作な服装。

 馬場の記憶の隅にはその姿がどこかに残っていた。

 だが、それは非常に曖昧で、いつ、どこで見たのだったのかがハッキリしない。この男は、そういう顔をしているのだ。

 名前はなんといっただろうか。そうだ、確か……。

「ああ、どうも、杉高ランサです。今日はお世話になりました」

 名乗ってようやく思い出す。杉高ランサ。今朝、UFO研に入ろうとやって来た男だ。

「……いや、あんたがなぜ、こんなところに? これもあんたのいたずらかね……?」

 なんとかしてこの場をやりすごす必要がある。

 今朝会ったばかりのこの男が今度はここにいる。それが偶然だとは思えない。この男はなにを考えているのか。

 手に汗がにじむ。

 必死に動揺を抑えつつ、馬場はこのランサという男をいかにして乗り切るかを考える。

「いえ、今朝は入会を断られましたが、やっぱりUFOを見てみたいと思いましてね……。この辺でUFOスポットといえばここでしょう」

 だが、そいつの口から出たのは、なんでもないUFO目撃スポットの話である。

(考え過ぎだったか……?)

 馬場の中にふと安心感がよぎる。この状況はなにも安心できるものではないが、少なくともこの男とは全て無関係で押し通せる。そんな安堵だ。

 だが、それを見越したかのように、そこにもうひとこと、男は言葉を付け足した。

「で、ついさっき見ちゃったんですよ、UFOを。さすがは宇野さんのおすすめスポットと探知機だ」

 そしてそいつは、懐から小さな箱をを取り出した。

「は……?」

 それは、馬場もよく知る、UFO研の発信機だ。

 その名前がこの男の口から出て、発信機まで持っているという事実に、馬場は絶句するしかない。

 そもそも今日こんなリスクを犯したのは、宇野の孫を名乗る少女が祖父がUFOを見たと言い残したので確認したいという連絡があったからだ。

 馬場も宇野の家族のことなどほとんど知らない。

 絶縁したという話は聞いていたが、本当かどうかは確認してなどいなかったのだ。ましてや孫である。子供とは仲が悪くても孫は別というのはあり得る話だろう。

 そもそもの不安として、本当に宇野が死んだかどうかというのもあった。

 昨日の夜に公園に確認に来た時には既に警察であふれていたし、大丈夫と思ったのだ。

 しかし、一向にニュースはその事件のことを報道しない。

 警察が調査に来る様子もない。

 そこにあの少女である。

 これは自分に対する挑発だ。

 そう考え、やってきたその少女に発信機を渡し、もう一度不可思議な事故に見せかけて今度こそ殺そうと考えたのだ。

 だがなぜ、その少女ではなくこのランサとかいう男がここにいて、その発信機を持っているのか。

「いや、ほら、宇野さんですよ、宇野忠哉さん。ご存知でしょう。昨日ここでUFO見たと聞いたから、私も見に来たんですよ」

「待て、宇野は、宇野は生きているのか!?」

 おもわずそれを口にしてしまい、すぐに、己の浅はかさに絶望した。

 もちろん、目の前の男はすぐにそこに言葉を重ねてくる。

「あ、駄目ですよ。不用意にそれを聞いてしまっては。自分が宇野さんを殺したと宣言しているようなものじゃないですか」

「どういうことだ! 何を言っているんだ、お前は!」

 馬場の叫びにも、その男はただ静かに微笑んでいるだけだ。

 それは、勝利の笑みだろう。

「ええ、宇野忠哉は死にました。それについてはご心配なく。まあ、生きていたほうがあなたの罪は軽くなったかもしれませんけれど」

 男の軽口一つ一つが馬場を追い詰めていく。

「そうか、死んだか、清々するな。だが、俺が殺したとはどういうことだ。なんの証拠があってそんなことを言っている」

 それを誤魔化すようにひとまず今出せる言葉を口にする。

「そもそも、宇野さんが亡くなった事自体、まだニュースにもなっていませんからね。生きているのかなんて聞くこと自体がおかしい」

「フン、あいつを殺したい奴ならいくらでもいるからな。突然孫を名乗る小娘も来たし、死んだと思ってもおかしくあるまい」

 そうだ、自分の犯行という証拠はない。それにこいつは警察でもなんでもない。このまま押し切ってしまえばいいだけのことだ。

 徐々に馬場の中で強気の虫が疼きだす。

「そんなに恨まれてたんですか、宇野さんって」

「当然だ! あのジジイのせいでUFO研は滅茶苦茶になったからな! あいつは自分の名誉のためにこの会を利用したんだ。UFOを見つけて、自分の手柄にする。そればっかりだ! うんざりだ! でも、俺は殺してない。証拠はあるのか!」

 馬場がそう主張するたびに、ランサと名乗った男は今にもため息を尽きそうな。呆れたような顔を作る。

 だがこいつにどう思われようが、押し切れば勝ちなのだ。その一心で、馬場はひたすらに主張を続ける。

 しかし、その言葉を待っていたかのように、男は勝利を確信した顔に変わる。

「証拠ですか。なるほど。まあもちろんいくつかありますが……、一番はUFOですね」

「UFOだと……」

 今となってはもっとも聞きたくない言葉。それがなにを意味するのか、馬場には掴みきれない。

「ええ、その宇野さんを殺したUFOの正体が気になったわけで、それを確認しに来たんですよ、今夜は」

「UFOの、正体……」

 そこまで言われれば、馬場にだってわかる。

 この男は最初からわかっていたのだ。それこそ、工場に来てスペースの質問をしたその時から。

「ああ、ほら、到着しましたよ、UFOが。まあ、もう未確認飛行物体ではないんで、UFOとは呼べませんが」

 今しがた自分が来た公園入口の雑木林から、また別の男がこちらにやってくる。

 二人。三人。いや、もっとか。後ろにもあと何人か待機している。

 先頭にはくたびれたスーツの隻腕の中年。そしてその後ろは……警察官だ。三人がかりで、なにかを運んできた。

 彼らと、彼らが運んできたものを見た時、馬場は、まるで世界の終わりを見たような気分になった。

 そこにあったのは、馬場が運用し、今回の計画にも利用した無人航空機、いわゆるドローンだったのである。

 大型の荷物も運べて、ホバリングも出来る、最先端の一品だ。

「UFOの、正体見たり、枯れ尾花。というわけですね」

 そう言って、ランサは今度こそ、ハッキリと分かるように笑って見せた。



 その後も馬場は色々と弁明をしたものの、ドローンと発信機は覆し難く、そのまま警察に連れて行かれることとなった。

 馬場がパトカーに乗せられていく様子を、ユリナはランサとともに見送る。

「これで事件解決ってことでいいのかしら?」

 口を開いたのはユリナだ。

 原田たちとともに駆けつけた後、パトカーで待機していたユリナは直接その逮捕劇を見たわけでもないため、いまいち実感がないままなのである。

「まあ、そういうことになりますね。馬場がどれほど悪あがきをするかはわかりませんが、あとは警察の仕事です。今回の【調査依頼権】はこれにて完了ということでOKですか?」

「そういうことになるわね」

 微笑むランサに、ユリナは呆れたようにそう答えた。まあ、あの始まりから考えれば随分と派手になった事件であった。

「そういえば原田さん、ここに来るパトカーの中で愚痴っていたわよ。今回も結局ランサに手柄を持って行かれたって。……この犯行、最初からわかっていたの?」

 ユリナが思い出したのは、ランサが最初に現場を見た時、この犯行を『UFO』と断言したことだ。そして結局、最初から最後までUFO絡みの事件であった。

「事実上の凶器が未確認飛行物体ってのは、まあ、それなりに。倒れていた時の宇野の首の向きは、上を向いている時に殴られたものでしたから。でもさすがに誰が犯人なのかまではわかりませんよ。その時にはまだ会ったこともない人物ですしね」

 ランサはそう言って苦笑いするが、はたしてどの程度まで見抜いていたことだろうか。

 ユリナには、いまもこの探偵の底が見えない。

「しかし、殺したいほど憎いんでいた相手が用意した道具を使っての犯行とは、殺した側にも殺された側にも皮肉としか言いようが無いですね」

「なにがそこまで彼を駆り立てたのかしらね……」

 ユリナのつぶやきに、ランサはふと小さなため息をつき、不思議な言葉を口にした。

「正直な話、お嬢様は、UFOとかってどこまで信じてますか?」

「なによ突然あらたまって……。まあ、それなりには信じている、といったところかしら。どこかにはいると思いたいわね」

 わけがわからないままそう答えると、ランサはぼんやりと空を見上げ、それから、ゆっくりと語り出した。

「それくらいのほうがいいってことですよ。それが今回の教訓。宇野はUFOの存在を盲信して、それが原因で殺されたようなものですからね」

「あれ、サークル内での勢力争いじゃなかったの?」

 少なくとも自分の集めた情報やランサなどからは聞いた話ではそう認識していたし、この作戦の前のランサの報告もそうだったはずだ。

 そうして馬場を動揺させ、釣るのだと。

「ええ、それであっています。その原因がUFOへの盲信度合いというわけですよ。宇野は、完全にUFOを信じていましたから」

「でも、周りはそうではなかったわけね」

「まあ、仮にもUFO観察サークルですから、私みたいにハナからまったく信じていないなんてことはないでしょうが、物事には程度があります。宇野はそれを無視して、サークルを乗っ取るほど突き進んだんでしょう。そりゃ元からいたメンバーには面白いはずがない」

「それで、殺したいほどまでいくの?」

 その言葉に、ランサは無言で懐から一枚のチラシを出した。

「なにこれ。怪文書かなにか?」

「まあ見てみてください」

 懐中電灯を点け、渡されたチラシに目を通す。

 それはユリナの考えていたような犯行予告や恨みつらみなどではなく、いかにも素人がパソコンの基本ソフトを使って作ったような、特にセンスも見どころも感じない平凡なUFO研のチラシあった。

 デザインも文章も素人丸出しで、ユリナから見てもとても人を呼べるようなシロモノではない。

「なにこれ」

 あらためてそう聞き直す。

「まあ、そういう団体だったんですよ、馬場の考えていたUFO研は」

 その問いに対し、ランサは少し寂しそうにそうつぶやいた。

「でも、お嬢様も知っての通り、UFO研は変わってしまった。宇野が変えてしまった。居場所がなくなるっていうのは、とてもとても辛いことですからね。ましてやUFO研は、馬場にとっても唯一の心の拠り所だった。それをあとから来た人間に土足で踏みにじられ、自分が追い出されそうになるんだから、そいつにいなくなって欲しいと思ってもなんら不思議じゃない……」

 ユリナはもうなにも答えない。

 その空気を察して、ランサは少し冗談めかして軽く口を開く。

「それに、UFOが宇野を殺したっていうことの意味は、実はもう一つあります」

「どういう意味よ」

「あの石が落ちてくるのは、夜の闇の中とはいえさすがに気が付く可能性があります。ちゃんと注意していれば避けることだってできるかもしれません。でも宇野がそれに気が付かないほど集中するのも、馬場の計算の中にあったんでしょう。お嬢様に行ってもらったのも馬場に対して宇野と同じような情熱を見せられると思ったからですし」

「なによそれ……」

 聞いてユリナは色々な意味で呆れ返る。

 自分をそんな理由で向かわせたこともだが、それよりも、宇野の宇宙への傾倒具合ががなんとも恐ろしかった。

 この世界は、自分の想像を遥かに超えるような物が多すぎる。

 ではそれを見抜いたランサは、いったいどこまで想像しているのだろうか。

 ユリナには、今はまだなんの想像もつかない。

「……なるほど。あの宇野って爺さんは結局空を見ているつもりで、なにも見えてなかったということね」

「そういうことです、UFOの事以外いっさい興味がなかったんでしょうね。横も、足元も、空さえも」

 ランサの言葉の先には、空虚ななにかが見える気がして、ユリナはゾッとする。

 宇野はいったいなにを見ていたのだろうか。なにも映らないのに、UFOもどこにもいない。

「……考えてみれば恐ろしい話ね。UFOや宇宙人なんかよりもよっぽど」

 そうぼやき、ユリナはあらためて空を見る。

 星空の中で、なにか光が蠢いた気がしたが、いまはもうそれを無視した。

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