発展:カッパの神隠死

「つまり、この芹田って人は、カッパを探して失踪した可能性があるってわけね」

「そういうことになりますね」

 ことのあらましをあらためて説明し、ランサは大きくため息を付いた。

 つまり今回の仕事は『カッパを探していた配信者の大学生を探す』という入れ子構造というわけである。

 通常なら二重に報酬を貰える効率のよい案件になるところだが、いかんせん片方は【調査依頼権】である。

 むしろ面倒が増えたような気分であった。

 しかし、依頼は依頼だ。

 あらためてランサはユリナがもらってきたという芹田の配信していたという動画を見せてもらう。

 配信者としての名前はGケン。

 動画サイトにアップされていたそのGケンの動画は全部で六件で、ハッキリ言えば、動画を見てなお存在感皆無な木っ端配信者であった。

 依頼に来たあのゼミの同期の話しぶりから考えて、芹田は動画配信のことを大学では話してもいないのだろう。知っていたならどういう形であれ話題に出したはずだ。

 隠していたのは賢明であるとは思うが、その程度の人間関係ではどのみち大物配信者にはなれまい。

 実際、どれも再生数は二桁から多くても三桁に届くか届かないかで、ほとんど注目もされていないような配信者である。

「こんな動画でもファンが付くんですね……」

 ランサは率直な感想を口にする。

 なにしろ今回の依頼は実質、そのファンから持ち込まれてきたのだ。このどうしょうもない動画を見てファンになるような人物がいることは純粋に驚きである。

 だがその謎については、ユリナが一つの答えを持っていた。

「まあこれくらいの規模なら、アクションを起こせば配信者側からも目につきやすいから、そこで『ファン代表』みたいなのを狙っている娘もいたりするわけよ。なにかの間違いで人気になった時大きな顔が出来るという先物買いも兼ねてね。実際、その娘自身もGケンとは何度か直接会ったりもしているらしいし。どこまでの関係だったかは怖くて聞いていないけど」

「うーん、恐ろしい世界だ……。出来ることなら私の人生とは交わらないし、交わってほしくもない……」

 そう言いながらランサは、消えた動画の跡地に残る僅かなコミュニケーションの残滓を確認していく。

 そしてその中で、最後の『私はカッパを殺します』という動画だけは今なお再生可能状態にあることを発見する。

 投稿日は三日前。ゼミ生の話から考えると、既に芹田が失踪状態となった後である。

 動画の中身はただ文字だけ。

 危険を伴うため姿を現せないと述べ、次の配信を待って欲しいという言葉で締められていた。

「……しかしこれは、思った以上に根深いかもしれませんよ……」

 ランサがつぶやく。

「どういうことよ」

「これはまさに、カッパの仕業かもしれません」

 ランサはユリナの言葉に対し、ただ静かにそう告げた。


 だが、ランサたちの進めようとしたそのカッパ調査は、翌日いきなり頓挫することになった。

『中谷池で大学生の自殺死体発見』

 その日の朝、いきなりそんなショッキングなニュースが飛び込んできたのである。

 もちろん、その大学生とはランサの探すべき人物、芹田賢治であった。

 そしてそれと同時に、中谷池に大学の実験施設から不法投棄が行われていたことも明らかにされた。

 どうやら、芹田はそれを暴露するためにその廃棄物を飲み、自殺したらしい。

 閑静だった中谷池周辺は警察関係者やマスコミで溢れかえり、いまや近付くことさえ難しい状況である。

「あの芹田って人、亡くなっちゃったんだ……。」

 さすがのユリナも、テレビに映し出されてる中谷池の映像にそんな声を漏らす。

 登校前、ランサを手伝うべくユリナは学校をサボる気まんまんでランサの事務所にやってきたのだ。

 そして見たのがこのニュースである。

 ここ最近は大きなニュースもなかったためか、大学の不祥事とそれを暴こうとした学生の殉死というセンセーショナルさに飛びついたのだ。

 マスコミ各社がヘリまで動員してあの池を映しており、もはやあの池に近付くことさえ困難であろう。

 さらに皮肉なのはその大学生、芹田である。

 あれほどロクに注目もされなかった動画配信者は、その死後になって一気に注目を集めることになったのだ。

 これが最後の動画にあった『次の配信』なのだろうか。

 それとも、懸念していた危険がこれだったのか。

「これで依頼もダメになっちゃたわね」

 探偵の様子を確認するように、ユリナは静かにそう尋ねてみる。

「まあ、芹田捜しの方はキャンセルとなりますね。そもそも、依頼を受けた時点で既に亡くなっていたわけですし」

 淡々と、あまり感情を表に出すことなく、ランサはただそう答えた。

 そのぼんやりとした視線は、テレビで流されている芹田の同期ゼミ生や指導教授のインタビューに向けられているようである。

 ユリナにはランサの真意が掴みきれない。

「また次の仕事を探すしかないわね」

 感情がどうあれ、それは事実のはずだ。ユリナはそこからランサの思案を探ろうとする。ランサの考えは違うようだった。

「いえ、まだカッパは捕まっていませんよ?」

 探偵は、何事でもないようにそう言った。

「えっ、なに言ってるのランサ、カッパ情報の元だったGケンは死んじゃったのよ、カッパなんて……」

「いえいえ、むしろこれからが本番ですよ」

 その言葉には、絶対的な自信が満ちている。

「私はカッパ捕獲のための道具を揃えておきますので、お嬢様はひとまず学校に行ってきてください。なにしろ重要な仕事を任せたいので」

「重要な、仕事……?」

「ええ、とても重要な仕事です」

 そんなランサの不敵な笑顔に、ユリナはひとまず登校の準備のために自分の部屋へと戻っていくのであった。




 あの事件から丸一日。

 芹田のゼミの担当教授でもあった桂場は、今日も朝から忙しかった。

 取材対応に、露呈した大学の不祥事の対応、そして芹田が亡くなったことの事務対応。

 表面上はバタバタしながらも、桂場の中にはある種の達成感があった。

 すべては彼の考えた通りに進んでいるのだ。

 不祥事は暴かれ、芹田は英雄となり、自分はこうしてそれを語っている。

 そうこうしていると、また一人、自分の元へと取材者が来たようである。

「えーっと、あなたが桂場教授でしょうか? 」

 教授室を訪れたのは、いかにも冴えない風体をした男性だ。外見はそこそこ若くも見えるが雰囲気はどこかくたびれており、実際の年齢が掴みきれない。

「ええ、そうですが」

「いやあ、中谷池のカッパ伝承についての資料を探していたんですよ。あ、申し遅れました。私はフリージャーナリストの原田蓮三郎というものです」

 そう言って、原田と名乗った男は慣れた手つきで名刺を差し出してくる。

 だが、桂場が気になったのは彼の取材内容であった

 中谷池のカッパ。

 それは、桂場にとっては喉に刺さった小骨のようであった。

「ほう、中谷池のカッパについてですか……、それを調べるとはまた珍しい」

「ええ、私もつい最近まで聞いたこともなかったですけれどもね。ここの学生であったGケンさんの動画を見ていたら、興味が出てきまして……。彼は、残念でした……」

「ああ、まったく言葉も無いよ……。しかし彼があれほどの意志を秘めていたとはな……。ただ動画配信をしていただけではなかったということか」

「芹田さんについて、もう少し話を聞かせてもらってもいいですか?」

 その言葉を聞いて、目の前のジャーナリストの目が輝くが見えた。

 やはりそういう情報を探していたのであろう。

 これは願ってもいないチャンスである。

 なにしろ、芹田のあの自殺が英雄視されればされるほど、自分に向く視線は薄れるのである。

 そのために芹田にはスケープゴードになってもらったのだ。

 それを活かさない手はあるまい。

 桂場の中で瞬時に計算が働く。

「ええ、あまり綺麗とはいえない部屋ですが、どうぞ……」

 だが、そんな計算をおくびも出さず、桂場はそのジャーナリストを招き入れた。


 最初は、当然のように芹田の過去や授業態度などについて話が続いた。

 桂場は出来る限り芹田の印象が悪くならないように彼の態度について語る。

 だが、動画配信についてはあくまでシラを切る。

「彼にそんな側面があったのは、私も今回の一件で知り、驚いているところだよ。ゼミではどちらかといえば引っ込み思案なところのある学生だったからね」

「ほう、意外ですね」

「確かに、今回のような正義感を爆発させるのは、私にとっても意外だった」

 しかし、桂場のその言葉を聞いたジャーナリストは、突如、不敵な笑みを浮かべてこちらを見返す。

「な、なにがおかしいのかね」

「いえ、動画などを見る限り、彼はそもそも、大学側の不法投棄について知っていたんでしょうかね。私が疑問なのはまずそこですよ」

「は?」

 目の前の男の歪んだ笑みは消えない。桂場にはそれが恐ろしい。

「実際に彼は遺書も残しているし、体内からはその廃棄物の一部も検出されたんだろう。なにをいまさら……」

「でも彼は、純粋にカッパを探していたとしか思えないんですよ。彼の足取りを追えば追うほどそれは確信できます。遺書も手書きではなくプリントアウトされたものでしたし、いくらでも捏造できますからね。もし誰かが、彼をそういう風に動くように仕向け、自殺に見せかけて殺したとしたら、そう考えられないか、と思ったりしたわけです」

 その言葉を聞き、桂場はあらためて、目の前の男を見た。

 男の顔はまだ笑みが浮かんでいる。

 確実に、桂場に対する威圧のための言葉だ。

「君は、そのことを調べてどうするつもりなのかね。一端の真実探究科気取りか?」

「ああ、失礼、そろそろ種を明かすことにしましょうか。申し訳ないですが、ジャーナリストというのは真っ赤なウソ。私は探偵、名前は杉高ランサ。この名前、聞き覚えはありませんか?」

「杉高、ランサ……」

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