真相:あなたの作ったカッパ

 その、唐突に出てきた名前に、桂場は頭を必死に回転させる。

 だが一向に答えは出てこない。

 その様子を見ながら、杉高ランサと名乗った男は小さく苦笑いを浮かべる。

「ああ、その様子だとご存じないようですね。完全に投げっぱなしだったということですか……。正解は、あなたのゼミ生が芹田賢治さんを探してくれと依頼した探偵の名前です」

「な……」

 そこまで言われてようやく思い当たる。

 この事件を見越して、学生たちに芹田を探すように依頼しておいたのだ。

 もちろん、見つかるはずもない、ただのアリバイ作りのためだ。

『なにかあったのかと思い、学生にも聞いていたのですが……』

 それが実行されていれば印象も変わる。

 しかしなぜその探偵が今も動いているのか。

「芹田くんは、あんなことになってしまった。依頼を受けていたあなたもさぞ無念なことでしょう」

「ええ、まあ、それは。だからこそ、こうしてその犯人を明かそうと動いているわけです」

「犯人だと!?」

「ええ、犯人です。あれは自殺などではありません。ああ、もちろんその犯人あなたですよ、桂場教授。私は今日、それを解き明かしに来たんです」

 ジャーナリスト、いや探偵の笑みがさらに強く歪む。

 それは、勝利を確信した者のみが浮かべるような笑みであった。

「はは、バカバカしい。なんの根拠で私が彼を殺したいうのかね。なにか証拠でも?」

「まあいろいろとありますが、一番のものは、カッパですよ」

「カッパだと?」

 桂場はその言葉に動揺を押し殺しきれない。

「ええ、あの池には、いつの間にかカッパがいることになっていて、それを芹田さんが調べ始めるとことから今回の一件は始まっているんです。では、彼はなぜカッパを調べようなどと思ったんでしょうか」

 桂場はなにも答えないが、探偵はまるでそれを最初からわかっていたかのように、まったくそれを気にすることなく言葉を続ける。

「答えは一通のメールです。彼がはじめて視聴者から提案されたメール。それこそが中谷池のカッパ探しだったんですよ」

「それのどこがおかしいのかね。視聴者からのメールに答える。よくある話じゃないのかね」

「中谷池のカッパ伝説など存在しないのに?」

「なにを言い出すかと思えば……」

 桂場のその言葉にも、探偵は自身に満ちた態度を保ったままだ。

「それは、そちらの勝手な思い込みではないのかね。実際、資料もあったのだ。それを芹田くんが見つけたという可能性だってあるだろう」

「残念ながら、それは二重の意味であり得ないし、その発言自体があなたの犯行を裏付けるんですよ」

 そう言いながら、探偵は一枚の紙を取り出した。

「これ、中谷池のカッパについての検索結果です。いやー、意外と引っかかるんですね、幾つかの論文と、口コミサイトが少々」

「ほら見ろ。私の言ったとおりだ」

「でも、よくよく調べると、それらの記事って、なぜか、どれもここ一ヶ月の間に立ち上がったものばかりなんですよね……。まるで芹田さんが検索した時に情報に引っかかるようにしたかのように」

「なにが言いたいんだ」

 その言葉を聞くと、探偵はさも面白くもなさそうに肩をすくめてみせる。

「まあひとことでいえば、中谷池のカッパなど存在していなかったということです。少なくとも、インターネットに現れたのは芹田さんが興味を持つまではね。では、なぜ芹田さんが中谷池のカッパ伝承に興味をもつようになったか。こちらはなにも考えなくてもわかりますね、そう、視聴者からのメールですよ」

 探偵は懐からスマートフォンを取り出し、動画を再生してみせてくる。

 それはまさに、カッパのメールを貰った際の芹田の動画である。

「その動画を、どこで……」

「いやはや、この、さして面白くない動画を何度も確認するというのはなかなかの苦行でしたよ、でも、そのおかげで面白いこともわかりました」

 もはや桂場はなにも喋らない。

 これ以上はなにを言ってもこの探偵のいいようにされるだけだ。

 わざわざこちらから情報をくれてやる必要はない。

「あなたも仮にも指導教授だったんですからご存知だと思いますが、この芹田さん、正直、迂闊すぎる性格はありますね。あなたはそこを利用しやすいと踏んだんでしょうが、よくもまあ、協力者に選んだものです」

「勿体ぶるのはやめたまえ。で、なにがわかったというのだ」

「あなた……おっと、視聴者から届いたあのメール、よっぽど嬉しかったんでしょうね、他の人にも転送しているんですよ」

「なんだと!」

 桂場も思わず声を荒げてしまう。

 あれほど秘密にしておけと言っておいたのに、芹田はその情報を外部に漏らしていたのだという。

「中谷池のカッパ伝説はまったく知らなかったこと、中谷池の周辺に大学施設があることをはじめて知ったこと、そして、担当教授から『ちょうど』中谷池のカッパ伝承の資料を借りられたこと……、彼はそのすべてを、他の視聴者との雑談のネタにしています。まあ、動画内では匂わす程度で直接のやり取りに留めていただけ、良心があったということにしておきましょうか」

 探偵は笑い、桂場は顔をしかめる。

 必死に取り繕おうとするが手遅れだ。

「幸か不幸か『桂場教授』はそこまで信用されていなかったからまだ相談されるまでは至っていなかったみたいですが、まさか、カッパ伝承メールの送り主と、その教授が同一人物と知ったら、どんな顔をしたでしょうね。ところで、その資料の論文って、今どこにあるかご存知ですか?」

 その質問は、桂場には絶対に答えられないものであった。

 芹田を殺した後、部屋から回収しようとしたが、既に部屋になかったのである。

 その時は芹田のいい加減さを恨んだものだが、まさかこうして直接的な問題になってくることになるのは、想定の範疇になかった。

「さ、さあ、まだ彼の部屋にあるんじゃないのかね」

 ないとわかっていても、こう答えるしかない。

「警察が探しても、部屋からは見つからなかったそうです。ではどこに消えたか。私は最初、当然、あなたを疑いました。あなたがどこかに隠して処分してしまったのではないか、と。しかしそれはどうやら誤解だったようで、申し訳ありません」

 いかにも心のこもらない謝罪である。桂場は睨みつけるが探偵は気にすることもない。

 そして、そんな表情のまま、探偵は足元の鞄から、一つの紙束を取り出した。

「よほど嬉しかったのでしょう、その論文も自分のファンに貸しているんです。これで俺も教授に認められたんだと言ってね」

「なにを……、あいつはなにをやっているんだ!」

 そこにいない、もうこの世にいない教え子に向かって叫ぶ。

 あの男は、どれだけ口が軽いのか。

「あなたももう少し人を見る目があればよかった。芹田という人物は自分を信頼してくれた人物に認められるためならなんだってする人物だ。あなただって、そこにつけ込んだんでしょう。でもそれは、あなただけではなかったということです」

 桂場はそれを聞き、崩れ落ちそうになる。

 自分は芹田を過小評価しすぎていたし、過大評価しすぎていたのだ。

「ああ、話を戻しますね。論文、読ませてもらいましたよ。凄いですね、ほとんどデタラメだ。参考文献も証言した人物もどれも捏造ばかり。まあ、それだけならいいんですけど、不思議な事に、ここ一ヶ月で次々に立ち上がったネット上の情報は、多かれ少なかれ、この論文と共通した情報源で書かれている。実際にまったくのデタラメであるにも関わらないはずなのに。まるで、この論文の説を裏打ちするかのようにです。それはどういうことか」

 一呼吸置き、探偵がゆっくりと宣告する。

「つまり、それらはすべて、あなたによる捏造サイトだ。あの時点で中谷池のカッパの伝承を知っていたのは、この論文を書いたあなた一人だけなんですよ、桂場教授」

 万事休す。

 だが反論の言葉を述べる前に、さらに探偵が畳み掛けてくる。

「そして指導教授といち視聴者という二つの立場を利用して、あなたは芹田さんを自由に操れるようになったわけです。写真を撮らせ、研究施設を調査させ、そして、仕上げに自殺に見せかけて殺した。しかし凄いですよ彼、自分に届いたメールと送ったメールを、逐一他のあるファンにも送っていたんですから……」

「はは、はははは……」

 それは、桂場の完全なる敗北を意味していた。

「……あいつがそこまで愚かなら、最初からカッパなどではなく不法廃棄に対する尖兵にしてやればよかった……」

 開き直り、桂場は呻きながらそう吐き捨てる。

「だがあいつだってこの件に関しては満足しているだろうさ! 正義の人と言われて讃えられ、日本中の誰もがその行動に賞賛を送る! そのまま生きて惰性でただ配信なんかをしているだけではこんなことはできなかっただろう! それに私はあいつの指導担当教授だ! 導いてやってなにが悪い! そもそも、あいつにそこまでの価値があったのか!?」

 喚く桂場。

 だがそれに対して、探偵はただひとこと冷たい視線を向けたままこう告げた。

「それは、あなたが人を殺していい理由とは、なんの関係もないことです」

 そして、それ以上はなにも言わずにそんな桂場を見つめていた。




「あーあ、結局カッパはいなかったわけね」

「そりゃそうでしょう。本当にカッパ伝説があったなら、最初からもう少し騒ぎが大きくなっていたはずです。でも実際は、地元の人々含めて、誰一人知らなかった」

 ユリナの嘆きにも、ランサは呆れたようにそう返すばかりである。

 テレビでは相変わらず今回の事件について騒ぎ立てている。

 ただでさえ火の着いていた事件が、大学教授による殺人事件にまで発展してしまったのだ、しばらく収まりそうにないだろう。

 しかし、そこに事件を解決した探偵の名前が出ることはない。

「せっかくだからランサも名乗り出ればいいのに、私がこの事件を推理しましたって」

「出てどうなるんですか」

「テレビに出て、一躍有名人になれるわよ。そうすれば依頼だってもっと……」

「嫌ですよ、そんな面倒な……」

「でしょうね」

 言っている最中に、ユリナもその答えが返って来ることに行き当たっていた。

 杉高ランサという人物は、身の丈にあったことを信条として生きている人間だ。

 わざわざ自分から有名になろうなどと考えもしないだろう。

「今はそれこそいくらでも自分で発信できる時代ですからね、その気になれば、少なくとも今回のカッパ事件の非ではないくらいに人を集めることだってできますよ」

 それが適当な言葉なのか本気でいっているのかはユリナにはわからない。

 ただまあ、ランサがその気になれば、Gケンの配信くらいは軽く抜き去るであろうとは信じていた。

「有名になりたい、認められたいという感情は、強く持ちすぎると本当に厄介なものですからね。自分が有名になりたいのはなぜか。そこが抜けてしまうから、ありもしないカッパ伝説を頭から信じてしまって、今回みたいなことになってしまうんです」

 そう言いながら、ランサはまた、今回の事件の核であったGケンの動画を見ている。

 事件とは全く関係ない、彼の極平凡な配信動画だ。

「実際のところ、彼はどこまでカッパを信じていたのかしらね」

 ユリナも横からその動画を覗きこむ。

 画面の中で無邪気に街の店を笑っているGケンは、こう言ってしまっては失礼だが、とても楽しそうに見えた。

「さあ……。しかし、カッパが本当にいるかどうかは、彼にとっては瑣末な問題だったと思いますよ。彼にとってはそれは結果であって目的ではなかったんですから」

 だがそれは、もはやユリナたちには関係のないことだ。

「ところでお嬢様、これ、なんだと思います?」

 そう言って、ランサが芹田のスマートフォンに残っていたという一枚の写真を見せる。

 一瞬だけ、隅を横切る黒い影が写っている。

 よほどの観察眼がないと見逃すような、小さな影。

 芹田自身も気が付いていなかったかもしれない。

「これは……カッパ? まさかね……」

 影の正体はわからない。カッパかもしれない。ただの小動物かもしれない。誰か他に潜んでいたのかもしれない。

 まあ、もしなにかあるとするならば、あのマスコミと警察たちが見つけてしまうだろう。

 あそこにはもう神秘のヴェールはもう残っていないのだから。

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