12奮闘!リゾートバイト
広い道路とエメラルドグリーンの草原。
壮観な山岳地域のここは8月にも関わらず、平均気温19.5℃ときた。
暑すぎず穏やかで、爽やかすぎるほど爽やかに空気は澄んでいる。
「休憩入りまーす」
「はーい」
時計の針は12時を指していて。
おしぼりを畳み終え、指導係の秋山さんに一言告げて食事処から出た。
わたしの住む街からバスを乗り換え、乗り換え。電車に揺られること2時間の場所にあるこの町。
わたしは今、青々とした
夏休み真っ只中の女子高生がなぜこんなところまで来ているのか。
8畳ほどの和室に小さな机。
床の間には観賞用のミニひまわりが生けられ、障子窓から射す柔らかな陽が、掛け軸をあたたかく照らす。
この部屋は従業員が休憩時に仮眠を取ったりくつろいだりするために用意されたものだ。
手に持ったスマホの画面を見つめ、自然と溜め息。
2週間前の夜、登録していた派遣会社から送られてきた仕事の依頼メール。
以前からこの長期休みを利用して短期の住み込みバイトをしようと決めていたわたしは、夏休みに突入してすぐに派遣会社に登録していた。
で、早速きたのがコレ。
2週間住み込みで、今日はその6日目である。
電源を落としたわたしは畳の上にスマホを乱雑に置くと、髪の毛をまとめ上げていたゴムを解いた。
そしてそのままどさり、その場に倒れ込む。
へとへとになった身体を部屋の奥まで運びきれなかった足は、ドアを開けて直ぐに絶えた。
わたしは寝転んだまま、足を揺らして靴を脱ぎ捨てる。
開放感に包まれ、より一層して体に心地好い眠気が襲ってくる。
「あー……」
一日中動くもんだから5分でも寝ないとやってられない。眠いったらありゃしない。
こんな姿、男性にでも目撃されれば一生の恥になるだろう。
が、幸運なことに従業員の中では支配人と料理長と料理人さんしか男性がいないのだ。
カチ、カチ、と。時計の秒針が時刻を刻む。
明るい陽射しさす中でぼんやりとひたすらに天井を見つめていた。
と。
ガチャリ、と音を立てて部屋のドアが開いた。
「っ、」
「若菜ちゃん! お疲れー」
ハツラツとした笑顔で入ってきた彼女は
同じく短期のバイトで2週間共に住み込みをしている女子大生だ。
気さくな人柄と偶然にも地元が一緒ということで意気投合し、メンバーの中では一番仲良くさせてもらっている。
昔はモロに金髪だった髪を、大学生になってから栗色のエアリーボブに変えたらしい。
――『こっちの方が、男ウケがいいからね』
そう含み笑いをする瞳は、メガネのレンズ越しだ。
もちろんメガネだって実用性などまるでないオモチャで、メガネっ娘路線のウケ狙いに決まっている。
「希子さん、お疲れ様です」
なんとか怠い身体を起こして重たい瞼のまま目を細めた。
「あ、もしかして起こしちゃった?」
ごめんね? としまりのない笑顔で謝る希子さん。
媚びるような上目遣いは、その角度まで計算されたような可愛いらしさだ。
大丈夫ですよ。と座り直せば、彼女は頷いて微笑む。
「あは、ありがとう」
そうして穏やかに笑い、隣に腰を下ろす希子さんに小さく笑った。
なんて可愛らしい人なんだろうか。
隣に座って初めて気づいたが、希子さんは微かに甘い香りがした。
ふわり、と鼻を掠めるのは、彼女のなめている飴のものだろう。
と、思い出したように希子さんがスマホから顔をあげ、またわたしを見る。
「そういえば昨日、ミルク工房に行ってきたんだぁ」
「ああ、あの牧場の……」
語尾を滲ませながら、この町の観光マップで読んだ記事を思い出す。
なんでも、隣接する牧場から生産する搾りたての牛乳を使用した自家製ソフトやジェラート、飲むヨーグルトなどのお菓子が売られているらしくて。
この町では有名な観光スポットとなっているみたい。
「そう、そこ!」
希子さんは嬉々としてそこの自家製アイスの美味しさについて語り始めた。
「どうしても行きたくって休憩時間に抜け出したんだけどさー、行って損はないっていうかぁ」
胸の前で手のひらを組み合わせ、はぁと物憂げに溜め息までついてみせる始末だ。
わたしはそれにうんうん、と相槌を打ち、
「いいですね、アイス」
なんて同調すれば。
突如ガッシリと手首を掴まれる感触と、希子さんがわたしを見て目を輝かせたのだ。
「次休憩合った時、連れてってあげる!」
「えっ、」
「あたし、車あるし。ふたりで行こ! ね?」
「は、はぁ……」
早口でまくしたてらる提案にわたしは無言で頷き、口の端をあげることしかできなかった。
「ワーイ! それじゃあ決まりね」
無邪気に喜ぶ希子さんは、よほど楽しみにしているのだろうか。
腕をつき上げて万歳をすると、再びスマホをいじり始めた。
「(この人、本当にわたしのみっつ歳上なのかな)」
そう思ってしまうくらいのハッチャケぶりに、希子さんに気付かれないようにこっそり笑った。
20時半のラストを無事に乗り切り。
支配人から宛てがわられた寮の、その一室。
部屋に着いたわたしは、そのままベッドの端めがけて鞄を投げつけると服を脱ぎ、髪をまとめ上げて洗面所へと直行した。
濡れた顔にタオルを当てながら、意味もなく静かな部屋に嫌気がさし、ローテーブルに置かれたリモコンを強引に掴みテレビに向ける。
明るくなった画面からはバラエティーニュースが流れて。
さして興味もないので鞄を手繰り寄せ、スマホの画面を見つめながらシーツの上に背中を預けた。
「……」
メッセージ、なし。
ま、わかってはいたけど。
画面から目を逸らすように、スマホごと腕を下ろす。と、コロリと手の中から転がり落ちるスマホ。
はあ、と溜め息。というより、憤りの気持ちを息と一緒に吐き出した。
最後に会ったあの日から、最初のうちはコズミの様子の急激な変化に心配もしていたが……もっとちゃんと落ち着け、わたし。
冷静に思い返せば、素性も知らない数回会っただけの男。それだけの存在なのだ。
スマホをこまめにチェックするのは、アレだ。最近若者に流行りの携帯依存症予備軍ってヤツだ。きっと。
「……バカか、って」
寂しくも、そう独り呟いてわたしはテレビの電源をまた落とした。
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