君は幽霊を名乗らない
浅倉 茉白
中学一年生編
第一霊 出会い
青空が綺麗だと思えるのはいつ頃になるだろう。雨空も美しいと
本当はもう、気づいているのかもしれない。
ただ目の前が暗闇だとわからない。
日記によると今日は、四月三十日。チャイムの鐘が鳴る。僕は一人教室を出て、職員室に行ってから第一理科室へ向かう。
中学生になったといっても、何かが急に変わるわけじゃない。一番変わったのは私服登校から学ラン登校になったことかもしれない。
理科室には部活をするため向かう。といっても、それは時間潰し。
一年の間はどこかの部に属さなきゃいけないっていうから、その中で一番楽できそうなものを選んだ。
そういう人間は一定数いる。みんながみんな、夢と希望を胸に抱けてるわけじゃない。なのに。
鍵を手に理科室の扉を開けると、一人ぼっちだ。
あとで研究熱心な何をしてるかわからない先輩たちは来るだろうが、新入部員は今では僕しかいない。
さすがに寂しい……とは思わない。入って真っ直ぐ、窓側の理科用実験台を机代わりにして、宿題を済まし帰るだけだ。少しの風を向かい受けて。
一息ついて、椅子に座った。
学校指定の大きな黒のリュックからノートと教科書を取り出す。それらを実験台の上に広げて、いつものように取り掛かろうとした。そのとき。何か異変に気付いた。
わずかに目線を上げると、目の前に人がいる。
「わっ」
セーラー服に白衣を羽織った長い黒髪の女性が、袖を枕に顔を台に伏せ寝ている。全然気づかなかった。そもそもいるなんて思わなかった。だって僕がこの部屋の鍵を開けて入っている。
後ろにこっそり着いてきていたのか、外鍵を閉められたままずっとここにいたのか。いずれにしてもおかしい。
僕はどうしたらいいんだろう。とりあえず、宿題がやりづらい。
「あの、すみません」
まだ声変わりする前の高い声で話しかけてみる。しかし、返事がない。
「もしかして、体調でも悪いんですか」
あまりにも身動きを取らないし、何だか怖くなってきた。すると。
「……ぇるんですか」
何を言っているかわからない。
「見えるんですか」
高くかすれたその声がはっきり聞き取れたとき、なぜか背筋がゾォォォっとした。その人は畳み掛けるように、
「私が、見えるんですか」
と言った。でも今度は僕の頭が冷静になって、それからこの人は何をふざけてるんだろうと怒りが湧いてきた。
「あなたを実験させてください」
「は」
突然の言葉に、驚きっぱなし。
「床に落ちた消しゴムを拾ってください」
何でそんなことを、と思ったが、反論の通用するような相手じゃないと悟って、実験台の下に潜り込んだ。ところが、消しゴムなんかありゃしない。視野に入るのは、長い紺のスカートだけ。諦めて顔を出し、呟く。
「ないんだけど」
「じゃあ、私の脚はありましたか」
「へ」
その人は未だに顔を台に伏せたまま、意味不明なことを言ってくる。
「もう一度見てきてください」
それはスカートの中を覗けということだろうか。どうしてそんなことを言う。さっきだってなるべく視界には入れないようにしていたのに。さすがにそんなことはできない。できないんだけど、言われたんならしょうがない。
僕は目的を変えて、実験台の下に潜り込む。
「あれ」
紺のスカートが見える。紺のスカートが見える。紺のスカートが見えるのに。紺のスカート以外見れない。
体を跳ねさせ頭を台の下にぶつけた。でもそんなことどうでもいいくらい、頭の中には驚きが詰まっている。とりあえず、外に出て話を聞く。
「君は、脚がないの?」
この世にはそういう人もいる。初めて見たから驚いてしまっただけ。そう自分に言い聞かせようとしたら。
「そういうことじゃない」
頭の中の僕はぐるぐる迷宮をさ迷う。あっちに行ったら行き止まり。こっちに行ったら行き止まり。もしや、壁をよじ登っても壁があるのかしら。
「腕もないけどそういうことじゃない」
パッと見、服の袖は見える。というかやっぱり、服の袖しか見えない。これはふざけてるのか本気なのか。そういうことじゃないって何なのか。
「私……」
喉の唾を飲み込んで、次に来る言葉を身構えようとしたら、白いノートの冷たい感触が僕の頬を満たした。
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