第二十五霊 居眠り

 結局、学校には間に合った。父の車に途中まで乗せてもらった。その間は特に会話することなく、「ありがとう」「行ってきます」だけ伝えて、「行ってこいよ」と言われた。


 ここからは何も変わらない朝。そして昼。優希玲子と会う時間が迫る。心臓が少し高鳴る。やがてチャイムが鳴る。僕は職員室へ向かう。鍵を取る。第一理科室に入る。


 優希玲子がいる。


 優希さんの気持ちはわからないけど、僕と父の想いは固まった。もう、迷うことはない。迷うことはないけど。どうしたらいいかまではわからなかった。


 僕と幽霊だけだった関係から、先生と父に協力してもらい、生前の優希玲子の姿をおぼろげながら捉えたけど、やっぱりそれと今の優希玲子はきっと関係ない。


 強いて、ヒントになったとすれば父が言った「新しい出会い」だけど、僕と出会えたことで、何か変わるのだろうか。


 それで僕は、何を望んでいる? 優希玲子は何を望む? 僕はとにかく今、一緒にいたいだけだ。


 できれば、会えなくなる日のことは考えたくないし、ここに優希玲子が取り残されるのもあまり考えたくない。


 何もない。何もしないようなこの日々が、今は素晴らしい。


「こんにちは」

「こんにちは」


 笑って、お辞儀じぎしたりして。しかし、本当にやることがわからないというのはちょっと辛い。何を話せばいいのかわからない。


 基本、共通の趣味みたいな話はできない。だからこないだ、ほにゃらほにゃらゲームをやった。ルールは簡単だ。片方の人が、

「……でさ、ほにゃらほにゃらなわけ」

ㅤと言い、もう片方の人が、

「へえ、そんなこともあるんだ」

ㅤと言う。


 より上手く会話を投げかけ、より上手く驚きの表情を見せた方が勝ち。


 これを役割を交代させながら九回戦行う。一回ごとに声のトーンや表情の作り方を変えていかなくちゃならない。勝敗はお互いが決め合う。ちなみにこないだは一回表で終わった。きっともうやらない。


「ああ、ここへ来ると本当に何もしないに等しいな」


「なら無理に来なくてもいいし、無理に何かしようとしなくてもいいよ」


「え」


「何かしようと思うから何もしないことがもどかしいんでしょ、じゃあ何もしなくていいと思えば気楽になるよ」


「ああ、そうか」


「私には長年幽霊をやってきた知恵があるよ」


 そういえばそうだなぁ。

 ここに来始めた頃は毎日ぼーっとして、とりあえず宿題やって。


 優希玲子に出会ってから、色々な話をしたり、妙な使命感を覚えたり、夢を見たりしたけれど、全部何かしようと思ってそうなった感じじゃないなあ。


 先生に話を聞きに行ったりはしたけど、それで全てが解決したわけでもないし。とはいえ、少し前に進んだ気もするし。優希玲子に会えたから、何かしたいことが生まれたりした。


「じゃあ、少し寝ようかな。それから考える」

「はい」


 こうして僕は眠りにおちた。

 よく考えたら何してるんだろ。優希さんとの日々は限られてるかもしれないのに、想いは強くなってきているのに、目の前で寝るなんて。


 でも、これでいいとも思った。

 時間が有限ゆうげんだとしても。いや、有限だから、贅沢ぜいたくに使いたい。優希玲子の前で眠れるときを楽しみたい。


 もしいつか後悔のときが訪れても、言えなかった言葉がのどつっかえても、僕は優希さんの前で思いきり寝たことを忘れないだろう。


「あれ、さっき幽霊って言った?」

「言ってない、言ってない」

「ゆめ……か」

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