第二十四霊 梨田家にて

 堂々と会うとは決めたものの。

 優希玲子以上に、父と会うのは何だか気まずいものがある。


 もう少しで帰ってくる頃だろうか。

 しかし、父に何か聞くべきことはあるだろうか。父も突然、過去のことを掘り返されたら気まずいだろう。

 どうして知ってるんだと聞かれたら、これまた先生に聞かれたとき以上に何と言ったらいいかわからない。


 自然に聞きだせるときが来るまで、黙っていようか。そう思ったところで玄関の方から物音がした。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 いつもみたいに言えたかな。不安に思ったけど、さすがに父が僕の異変に気づくことはなかった。


 そして明くる日。


「うわっ、何だ」


 起きた時間がいつもより遅い。あまりに遅いときは母が起こしに来てくれるはずだけど、その記憶がない。階段を降りて居間へ向かうとテーブルに朝ごはんと書き置きが用意してあった。


 白いメモ用紙には「起きなかったので先に行きます」の文字。しまったあ。昨晩いつ寝たのかも覚えてないからな。余裕で寝過ごした。


「おはよって、あれ、夢人、学校は」

 未だパジャマ姿の僕を見て、父が言う。


「いや、行くよ、ちょっと寝坊しちゃって」

 元々早起き早出なおかげで、ちょっと遅れちゃってもここから学校に遅刻することはない。ただ急がなければ。


 そんな僕を横目に、父は仏壇ぶつだんに手を合わせる。


「って、あれ」

 仏壇の中に小さな写真立てがある。これまで大して気にも止めなかったのに。


「父さん、これって」


 若い男女が二人。

 若いというか、本当に子供だ。

 僕はこの写真をきっと何度も見たことがある。

 なぜ仏壇に飾っているのかはわからなかったけど、何となく父と母の昔の写真だと思い込んでいた。でも今はわかる。これは違う。幼き父と、生前の優希玲子の姿だ。


「ああ、これな」


 父は極めて穏やかな口調で語り始めた。


「この子は父さんの初恋相手だ。幼稚園ごろからの付き合いでな。でも今はこの世にいない」


 知ってる。


「父さんより二つ年上で。中学でまた再会して。ただその頃、思春期でな、前と変わらず頭を撫でたり、色々口出しして来る彼女に恥ずかしくて、つい突き放すようなことを言ってしまった」


「何て言ったの」


「『お前といるより、宿題やってるほうがマシだ』って。はは、最低だな。あんな彼女の顔を見るのは初めてだった。だけど、謝れなかった。そしてもう二度と、謝ることはできなかった。自殺なのか、事故なのかはわからないって聞かされたけど。少なくとも自分の中では責任を感じてる」


「それは母さんも知ってるの」


「じゃなきゃ、関係ないおじいちゃんの仏壇に写真を置かせてもらってない。まぁ、これも何だか罰当たりな気もするけど」


「そう……じゃあ、その女性のことは今はどう思ってる?」


「今でも大切に思ってる。ただ、母さんとは比べられない。けど、あの頃の記憶はきっとけても忘れられないだろう」


 そんな父の話を聞いた。当時の空気感も、死因もボヤけているけど、父の感情は伝わってきた。


「もし、その人と今会えるとしたらどうしたい」

「どうって……それは難しい話だな」

「謝るとか?」

「謝ってどうにかできる話ならそうかもしれないが、もう遅いだろう」

「どうして」

「どうしてって……彼女はもういないから」

 こちらに振り向き、僕の目を見て話していた父が視線を落とした。


「もし、彼女が幽霊になって、この世を彷徨さまよってるとしたらどうする?」

「ははは、幽霊か、幽霊なんていないよ」

「いるよ」

 自信を持って、間髪入かんぱついれずに僕はそう言った。


「そのときは、お前に任すよ」

「え」

 それはどういう意味だ。僕が父と優希玲子を引き合わせるかどうかは自分で考えろということか。それとも、、、何だ?


「彼女がもしまだ、何か未練があり、この世を漂っているとしたら。求めるのはきっと、新しい出会いだ。父さんは彼女と別れて、母さんに会えた。夢人に会えた」


「いや、でも」


「夢人。父さんはお前を信じるよ。まさかと思ったけど確信した」


「何が」


「お前は大丈夫だ。自分の夢を見ろ。父さんたちが夢人と名づけたのは夢がなしだというダジャレのためじゃない。梨田ってのはそもそも母さんの名字だが、だからこそ夢を見られる名前にした」


 何を言われているのかよくわからないけど、名前がダジャレになるのは父さんもわかっていたのね。


「自分が思い描く筋書きとは違ったとしても、何かできることはある。だから夢人」


「うん」


「優希玲子をよろしくな」


「うん。って、えええええええええ」

 何で知ってるんだ、何で知ってるんだ。怖いよもう、怖いよ。


「先生が前に電話くれてな」

 バーコードオオオオオオオオオ。何、勝手なことしてんだよ。そこまでは頼んでないっ。よし、優希玲子、やっぱりこの二人を呪ってやれ。って何でだ。でも、でもでも。うわーん。


「ただ少し、気になることがある。彼女は本当に幽霊になったのか?」


「え、どういうこと」


「まあ、そんなことより、父さんは会社。夢人は学校」


 やばいっ、時間が。もう、何なのこの青春。「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるけど、むしろこれは小説みたい。というか小説だよ。ということで一旦筆を休めてから学校へ行こう。もう、遅刻してもいいや。

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