第24話 三日目(1) 正面対決

 三日目。


 早朝より帝国軍、皇国軍共に動きを見せる。

 帝国軍がこれまで同様に三つの拠点より出兵したのに対し、皇国軍もまたマルデュルクス砦から出撃。

 マルデュルクス砦周辺の入り組んだ地形の中にそれぞれ陣を敷いてゆく。


 皇国軍を指揮する赤竜卿ブラームスは、マルデュルクス砦からやや離れた高低差のある有利な地形に2000の皇国兵を布陣。

 対し帝国軍を指揮する天眼の軍師フォウは、5000の帝国兵を複数に分け、これを扇状に囲むように布陣する。


 両陣営とも昨日の戦闘での負傷者たちを拠点に残しての兵数となっている中で、守るマルデュルクス砦を背に有利な地形に布陣する皇国軍に対し、攻める帝国軍は倍以上の兵数でこれを伺う形。


『さて、赤竜卿はどう出るか?』


 帝国軍の後方に位置する本陣の天幕の中で、フォウはテーブルに広げた地図を見据える。


 フォウとしては、昨日の赤竜卿の参戦を受けて、早々にこの戦にけりを付けたいと思っている。

 警戒しているのは、皇国軍の援軍である。

 皇国の要ともいえるブラームスがここにいる時点で、近く皇国よりの大規模な援軍の到着が予測できるからだ。

 今日明日での決着が望ましい。


 相手は有利な地形に布陣を許したとはいえ、数はこちらが有利。それに、周辺の入り組んだ地形はいくつもルートが存在する。

 攻め手はいくらでもある。


 フォウは、これまで通り天眼衆を周囲一帯に配置し、敵の動向も含め、この戦場の様子を把握することができる。

 一方で、皇国軍を指揮する赤龍卿ブラームスも、マルデュルクス砦に隣接する高所の見張り鷹の目からの情報もあり、こちらの様子をつぶさに伺うことができるだろう。

 つまり戦場の把握という面ではどちらもほぼ同じ。

 ならばこの戦況において、どう立ち回り、どのように兵を動かしていくか。どちらの采配が勝るか。

 勝敗は、その点に尽きるだろう。


『しかしその中で、この度も一番に警戒すべきは黒狼卿の動向か』 


 黒狼卿と黒狼軍。

 フォウは顔を上げて、天幕の外に立つカリナを見る。

 カリナもその視線に気づいたのか、フォウの方を見るが、すぐに首を横に振る。


 それが意図するのは、黒狼軍の所在が未だ掴めていないことにあった。


   ***


「もしかしたら初めてじゃないかのか? こうしてマルデュルクス砦の外に軍を敷いて、敵さんと睨み合いをするのは?」


 ロウタの言う通り。

 これまで、マルデュルクス砦を築いた皇国軍は、砦に籠城し、攻めてくる帝国軍に備えるだけだった。

 その中で、こちらに向かってくる帝国軍をゲリラ的に襲撃していたのが黒狼軍であり、守備隊である本体がこうしてマルデュルクス砦から出て布陣し、敵を迎え撃つというのは初めてのことだった。


「それにしてもまさかブラームス卿がこのような手を使われるとはな」


 ヴィンセントは昨夜の作戦会議のことを思い出す。

 一時の休息の後、再び作戦本部に集まったマルデュルクス砦の主要メンバーたちにブラームスは己の見解を述べていく。


 戦において籠城する利点は大きく、守る方が圧倒的に優位である。

 さらにこの戦場では、常に砦の外に討って出る黒狼軍の存在がある。

 黒狼軍は進軍してくる敵軍を削りつつ、この砦に到達し攻め落そうとする敵軍を背後から襲い掛かる挟撃作戦によって大きな成果を上げてきた。

 この戦場における黒狼軍の働きは大きい。

 だがこの度の戦においては、その黒狼軍が相手の標的となっている。

 その時、籠城するという常套手段は、黒狼軍に対して策を弄してくる相手を前にして傍観するしかないということになる。

 黒狼軍はこの戦場におけるこちらの最強手だが、逆に言えば、黒狼軍が敗れれば、この戦場は持ちこたえられないのも事実だ。


 ブラームスはそう説明した上で、こう続けた。


 天眼の軍師は、黒狼卿と黒狼軍を必要以上に警戒している節がある。これはある意味正しい戦略であり、事実、黒狼軍の動きはかなり制限されている。

 だが、逆に言えば、その他に対しての警戒は薄い。

 なら話は簡単なことだ。黒狼卿と黒狼軍という存在を囮にしてやればいい。


 そしてブラームスは今日の戦いにおいて、籠城戦を嫌い、出陣の命令を出した。


「でもちょっと意外だったの。皇国最強の英雄と呼ばれる人物がこんな作戦を言い出すなんて」


 ルゥは素直に思ったことを口にする。それを聞いて、ロウタが楽しそうに笑う。


「ルゥ嬢ちゃん。ブラームス卿が元は他国出身の傭兵だって知っていたか?」

「それは知らなかったの。てっきり皇国貴族だと思っていたの」


 驚くルゥにロウタは続ける。


「傭兵上がりのブラームス卿が、今や皇国最強の英雄と言われるまでになった理由は、至ってシンプルだ。ブラームス卿はどんな戦いにも絶対に勝ってきたからだ。ただ赤竜卿は必ず勝つ。その結果だけが注目され、その方法に関してはあまり知られていない」

「確かに、こんな作戦をするのが最強の英雄である、というのはなんだかちょっと変な感じがするの」

「本来ならばまた全然違う戦い方をするんだろうが、今回は準備も何も出来ていない中での、急ごしらえの作戦だ。あり合わせの材料で考えた作戦としては上出来だと思うがな」


 これにはルゥも頷く。

 眼前に陣を構える帝国軍を見ながら、ロウタはこう締め括る。


「まあなんにしても、赤竜卿ブラームスは今も昔も、勝つためならば恥も外聞もなく、なんだってするってことだ」


   ***


 午前中に布陣を済ませた両軍が動き出したのは、太陽が天に上がる正午前のことだった。

 布陣してから数刻が過ぎた中、最初に動いたのは帝国軍。

 このギリギリまでフォウが動くのためらったのは、最後まで黒狼軍の位置を特定できなかったからだ。

 マルデュルクス砦に送り込んでいる密偵からの報告でも、皇国軍と共に黒狼軍の出撃は確認できている。

 しかしその後、黒い甲冑を纏う英雄も黒いマントを纏った500の軍勢も忽然として姿を消してしまったのだ。

 その足取りはついに掴めなかった。

 だが黒狼軍ばかりを気にしてもいられない。

 帝国軍の目的は、ここで勝利することではなく、あくまで後方のマルデュルクス砦を陥落することにある。

 皇国からの援軍の件もある。

 ここで時間を食う訳にはいかない。


 フォウは布陣する皇国軍の各部隊に指示を出す。

 中央の部隊には、眼前の丘の上に布陣する皇国軍本陣に向かわせながら、左右の部隊は幾つかに分散した上で、迂回ルートを辿り、直接マルデュルクス砦へと向かわせる。

 主力となる双月の騎士、バラクーダの部隊は中央の部隊の後方で温存。これは黒狼卿と黒狼軍を警戒してのことだ。


 天眼のフォウのこの采配を見て、赤龍卿もまた皇国軍を上手く動かす。


 迂回ルートを進もうとする部隊がどの道を通るのか、あらかじめ読んでいたブラームスは、本陣より少数の部隊を切り離し、この進行方向をふさいでゆく。

 周囲一帯はレイべ山脈の山間にあるマルデュルクス砦に向けてなだらかな斜面になっているため、そこに向かう帝国軍の前に立ちふさがる皇国軍は必然的に優位な位置を取ることができる。

 中央で戦闘を繰り返す本陣同様に、数では劣る皇国軍が高所の有利な地形を生かし、数で勝る帝国軍を上手く抑える。


 しかしそれにも限界がある。

 皇国最強の英雄である赤竜卿ブラームスが居座り、直接指揮を取る中央の本陣はともかく、帝国軍の別動隊の足止めをしていた少数の部隊は徐々に押されていき、戦況は、広く展開する帝国軍が皇国軍を押し込み始める。

 そうなると気になるのが、黒狼軍の動向である。


『まだ黒狼軍は姿を見せないのか?』


 天幕の外に立ち指示を飛ばしていたフォウは、隣に立つカリナにそれを尋ねるが、カリナはただ首を横に振るだけ。

 今日は皇国軍が陣を展開していることもあり、天眼衆の偵察たちも動きを制限されている。

 しかしそれでも、あれだけ目立つ風体をしている黒狼卿と黒狼軍の姿を捕らえることができないわけがない。

 しかしその動向を未だ捕らえられずにいた。


 フォウは視線を上げ、高所に陣取る皇国軍本陣を見据える。

 本陣との戦闘だけは、開戦時から一向に好転してない。 

 理由は幾つかあるが、やはりこちらの攻め手が弱いことが原因だろう。

 複数の部隊を別働隊として動かし、黒狼卿と黒狼軍対策として、主力となる双月の騎士とバラクーダの部隊を温存しているため、本陣を攻める数は些か少ない。


 このままでは時間が掛かり過ぎるか。


 そう結論づけたフォウは、カリナに指示を出す。


『双月の騎士とバラクーダ老将の部隊を出撃させよ』



   ***


「ブラームス様、《鷹の目》よりの合図がありました」


 皇国軍本陣で指揮を取っていたバラクーダは、部下の言葉に、背後にそびえるレイべ山脈の一点を見つめる。

 確かにチカチカと鏡を使った合図が見てとれる。

 すぐさま振り返り、眼下に展開する帝国軍の後方を見やると、合図の通り、目的の部隊が動き出したのを見つけた。

 それを確認してブラームスが不敵に笑う。


「どうやら動き出したようだな。ヴィンセントたちに合図を送れ。獲物が動き出したとな」


 命令を受けた伝令役は、補助隊として後方にいた500の歩兵たちに合図を送り動き出す。

 そして向かった先は、皇国軍の前列で、攻めてくる皇国軍の相手をする歩兵部隊。

 そしてその歩兵部隊の中に紛れた一般兵たちの鎧をまとった黒髪の男にそれを伝える。


「了解した」


 その黒髪男は隣にいた無精ひげの男と弓兵の女に合図を出し、補助隊の兵士たちと持ち場を交代していく。それを皮切りに、どんどんと補助隊と交代していく歩兵部隊は、やがて全て入れ替わると、本陣後方へと下がる。

 一見すれば疲弊した兵士の入れ替え。

 しかしそこに入れ替わったことにより、そこに歩兵に紛れて戦っていた黒狼卿と黒狼軍500が姿を現した。


 天眼のフォウはその姿を見つけることができなかった。なぜなら皇国軍の兵隊の中に、皇国軍の兵隊の恰好をして紛れ込んでいたからだ。


 恰好は一般兵のままに、500の部隊は皇国軍陣営の中央に外から見えないように隠されていた馬たちの背に跨る。


 その黒狼卿たちが狙う標的は……


「双月の騎士を討ち取りに行くぞ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る