第23話 二日目(2) 二人の英雄

 マルデュルクス砦から3000の皇国軍が出陣したという報告を受け、天眼の軍師は即座に思考を巡らせる。


 そして皇国軍あちらの動向を予測しつつ、帝国軍こちらが取るべき手順を即座に選び取っていく。


『カリナ、全軍停止。各部隊をこれから指示する地点に急ぎ布陣するように伝令を出せ』

「了解」


 フォウは目の前の地図を指差しながらそれを指示し、カリナがこれを天眼衆を使い、即座に全軍に伝えていく。

 皇国の砦へと歩を進めていた各部隊は、敵軍の出撃の報と共に出された命令に従い、移動を開始。

 これを迎え撃つのに有利地形に次々と陣を敷いていく。

 前線となる部隊は横に広く配置される、その数はおよそ4000。

 その後方に双月の騎士、老将バラクーダの部隊1500を配備。

 さらにその後ろにフォウが布陣する500の本陣がいるという状況。


 その横に広がる前線部隊の前に、出撃してきた皇国軍3000が姿を現す。

 広く展開する帝国軍を前に、縦に伸びて進軍してきた皇国軍は横に広がるように展開していく。


 おそらく帝国軍こちらの布陣を前に、皇国軍あいてもまた陣を敷くのだろう。

 待ち構えていた帝国軍の兵士たちの誰もがそう思った。

 しかしその予想は大きく外れることとなる。


「全軍、突撃せよ‼」


 なんと皇国軍は、横に広く広がり切ったと思うと、そのまま全軍で突撃を仕掛けてきたのだ。

 無謀としか思えない突然の総攻撃。

 これには4000の帝国軍も動揺が走る。


 しかし帝国軍を指揮する天眼の軍師は慌てることなくこれに対応、各部隊に指示を出していく。

 そのあざなに例えられるよう、まるで天の眼によって軍を動かすと呼ばれるほどの見事な采配でこれに対応する。

 初めこそ激しくぶつかり合う両軍だったが、徐々にその大勢が傾き始める。

 数で優位な帝国軍は、天眼の軍師の采配により優位な地位に布陣していたこともあり、必然的に戦いを有利に進め、対しマルデュルクス砦から休憩もせずに進んできた皇国軍の勢いは次第に弱まっていく。

 戦況の報告、何より帝国軍兵士たちが奮闘する様子を聞き、後方に控えるフォウは満足そうに頷く。

 此度の帝国軍の士気はやはり高い。

 だがしかし……


『……妙だな』


 士気が高いのは帝国軍だけではなかった。

 数に勝り、優位な位置にいる帝国軍に対して、立ち向かう皇国軍の兵士たちもまた、驚くほど士気が高かったのだ。

 その理由はこの男にある。


「我らは神々の代行者である! 恐れず立ち進め!」


 皇国軍の後方において、声高らかに劇を飛ばす、英雄・赤竜卿ブラームスの存在である。

 神々の末裔たる皇王が認めし最強の英雄の存在が、皇国軍兵士たちを奮い立たせたのだ。


 この予想外の皇国軍の奮闘に、フォウは黒狼軍用に後方に配備していた、双月の騎士、老将バラクーダの両部隊投入することを決意。


「ゆくぞ者ども!」

「我ら兄弟に続け!」


 そしてこれが決定打となり、徐々に大勢が傾きつつあった局面が一気に傾く。

 皇国軍の隊列は崩れ、そこに帝国軍が襲い掛かり、戦場は完全な乱戦状態となった。

 この展開に、皇国軍の瓦解は目前に思えた。


「ワオォォォォン」


 しかしここで現れたのがもう一人の英雄である。

 狼の遠吠えが戦場に響く中、両軍が激しくぶつかる戦線を、まるでなぞるかのように走り抜ける部隊が現れた。

 黒い甲冑を纏う黒狼卿ヴィンセント率いる黒狼軍である。

 帝国軍と皇国軍がぶつかり合う戦場に、突如姿を現した黒狼卿は、その持ち前の武力によって帝国軍兵士たちを瞬く間に蹂躙していく。

 黒狼卿がその黒槍を振りぬけば、それに触れた端から帝国兵士たちがはじけ飛んで行く。その後方に続く黒狼軍もまたこれに呼応するかのように、皇国兵たちを次々と薙ぎ払っていく。

 黒き騎馬隊を引き連れ突き進む姿は、まさに黒き死神。

 この時ばかりは、その場に居合わせた帝国兵士たちの脳裏に再び恐怖が浮かび上がった。



 この報告に、この戦場における両軍の指揮官は同じ見解と対極の反応を見せる。


「きちんと自分の役どころを心得ているようだな、黒狼卿」


 檄を飛ばし、皇国軍の尻を叩くブラームスは不敵な笑みを浮かべながら、崩れかけた皇国軍の立て直しの指示を出してゆく。


 その一方で、唸り声をあげるのが帝国軍を指揮する天眼のフォウである。


『なるほど。これが本来の黒狼軍の使い方、という訳か』


 これまで、このマルデュルクス砦攻防戦という局面においてゲリラ戦法による奇襲を行ってきた黒狼軍。

 しかしそれは、限りある兵士だけで、数において有利な帝国軍を相手に、この天然の要塞という地形を生かして戦うための戦術だった。


 だがそれは、本来あるべき黒狼軍の姿ではなかったのだ。

 両軍が激しくぶつかり合うこの戦場において、暴れまわる黒狼軍の姿こそが、本来の黒狼卿率いる黒狼軍の真の姿なのだ。

 乱戦の戦況において、圧倒的強者はその存在意義を見せつける。

 策も何も関係ない力技の戦場でこそ、その武は光り輝くのだ。


 そうなってくると、こちらも文字通りの応戦をするわけにはいかない。

 力技の勝負になった時、黒狼卿と互角に渡り合い、これを打ち負かせる者は今の帝国軍には存在しないからだ。


 双月の騎士の二人は確かに強い。

 だが、だからこそ初日に刃を交えた時点で、自分たちの方が黒狼卿に劣っていることを理解している。

 それゆえに、フォウの策に従い、自分たちの役どころに徹している。

 自分たちは黒狼卿に勝る存在であることを演じている。


 だからこそ、この戦場において双月の騎士がしてはいけないことがある。

 それは負けることだ。

 引き分けても、撤退してもいい。

 その理由などいくらでもこじつければいい。

 だが多くの者が見守る戦場における戦死だけは覆しようがない。

 双月の騎士が、黒狼卿の手によって討ち死すること。

 それが目の前で起こった時、今度こそ帝国軍の士気は瓦解するだろう。


 乱戦の中を突き進む黒狼軍は徐々に、双月の騎士たちのいる場所へと近づいている。

 ゆえに天眼のフォウはすぐに判断を下す。


『全軍、撤退。仕切り直すぞ』


   ***


 帝国軍に撤退の銅鑼が鳴り響く。

 これに合わせ撤退を始める帝国軍を前に、皇国軍を指揮する赤竜卿は、これを追おうとはしなかった。

 マルデュルクス砦を守るこちらが、これ以上深追いをし、無暗に兵士を減らすのは得策ではないと考えたからだ。


 しかしその一方で、ここで追撃の意思を見せたのは、黒狼卿率いる黒狼軍である。

 帝国軍の兵士も士気も削るつもりで、これを追い立てる。

 しかしこれを阻んだ帝国部隊があった。


「やれやれ、怖い黒狼だ」


 老将バラクーダである。

 バラクーダは自らが指揮する1000の部隊と共に殿を務め、黒狼軍の追撃を上手くいなす。

 この老獪な撤退戦により、黒狼軍の追撃はほとんどの戦果を挙げることなく、終わることとなる。


 結局、二日目の戦いはこれで終わり、帝国軍、皇国軍共に、夕刻前にはそれぞれの拠点へと引き返した。


   ***


「助かりました、赤竜卿」


 マルデュルクス砦。

 主要メンバーが集まる作戦本部に戻ってきたヴィンセントは、ブラームスに頭を下げる。


「この砦を抜かれるわけにはいかないからな。……それにしても、失態だなロウタ。お前がいながらこの体たらくはなんだ?」


 ブラームスの言葉に「返す言葉もありませんよ」とロウタは諸手を上げる。


「とはいえ、お前たちを責めるのではなく、相手を褒めたたえるべきなのだろうな。初日の戦いぶりの報告は聞いた。見事にこちらの痛いところを付いてきたな。あの帝国軍を動かす采配といい、天眼の軍師フォウ、噂通りなかなかのやり手のようだ。そうなると、こちらもそれ相応の対応をする必要があるな」


 赤竜卿は不敵に笑うと、黒狼卿に目を向ける。


「ヴィンセント、この度の戦い、私がこのまま指揮を取ろう」


 これにはその場にいた全員が目を見開く。


「ブラームス様、自らですか?」

「とはいえ、私は自分の手足がない。つまりあくまで、この戦場の本命はお前だ、黒狼卿。私はただその黒槍が存分に力を発揮できるように手を貸すだけだ」


 この言葉に、ヴィンセントはマルデュルクス砦の総司令官であるタイラー伯に目を向けるも、これに意を唱えることなどなく、頷く。


「よろしくお願いします」

「決まりだな。では休息の後、作戦会議を執り行うぞ」


 ブラームスの言葉に、その場は解散となる。

 そんな中、作戦本部に残るブラームスがポツリとつぶやく。


「それにしてもなかなか面白いな天眼の軍師。いったいどんな男なのか。一度会って話してみたいものだ」


 その正体を知るヴィンセントたち三人は、ただ黙って部屋を出ていくしかなかった。


   ***


 一方、こちらは帝国軍の中央砦にある作戦指令室。


『助かりました、バラクーダ卿』

「これが儂の役目ですから」


 殿の任を見事に勤め上げたバラクーダにねぎらいを言葉を掛けたフォウは、バラクーダの退出後。

 椅子に座り、今日の戦いを振り返る。


 皇国軍が打って出てくると思っていなかったわけではない。

 ただあそこまで後先を考えずに突撃を慣行してくるとは思わなかったのだ。

 だがその一見無謀な突撃も、黒狼卿というカードを有効に使うための一手。

 こちらは撤退を余儀なくされた。


 それを命令していたのは赤竜卿ブラームスであることは、すでに密偵からの報告によりフォウの耳に入っている。


 しかしブラームスはなぜ籠城を嫌い討って出てきた。

 なんのために?

 黒狼軍も無傷。皇国軍としては籠城戦の優位を使うべきだった。

 一見すれば、後先を考えない悪手。

 しかし結果からみれば、皇国軍はこちらを追い払い。今夜のうちに陥落するのを免れた。


『こちらの手を見抜かれていたというのか?』


 真意のほどはまだ分からないが、なんにしてもしてやられたというわけだ。

 そして戦場における黒狼卿の強みというのも改めて見せつけられた。

 やはり力勝負では分が悪い。


『だがそれだけだ』


 ならば徹底して計略勝負に持ち込めばいいだけの話だ。

 明日から皇国軍の指揮を取るのは赤竜卿であるという情報も密偵よりもたらされているが、フォウは負けるつもりはない。

 こちらの軍の指揮は相変わらず高い。

 それに今日の無茶な突撃で、相手にもだいぶ被害が出ている。

 戦況は間違いなくこちらの優位に進んでいる。

 問題はない。


 そこで部屋に戻ってきたのは、フォウの護衛を務めるケイオスだった。


「フォウ様、アルタナ様より書状が届きました」


 帝国が誇る四軍師の筆頭、閃光のアルタナよりの書状を受け取ったフォウは、 蝋印を割り、中に書かれた暗号文に目を通していく。

 その内容を読み説いたフォウは、しばし考えを巡らせた後、その返事を認める。


 それはフォウにとってある意味、保険であった。

 だが結果、この判断が実を結ぶのは少し先のことになる。



 ――そして翌日、この戦いの三日目、焔の日を迎える。


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