第14話 ミイラ男のいない焔の日の夜(2)

「私にとっては遊びなんかじゃない」


 カリナが悔しそうにロウタを睨む。

 そんなカリナを見ながら、ロウタはカリナのことを分析する。

 カリナは天眼の軍師の副官という、自らの立場に責任と誇りを持っている。仕事もできるし、それだけの結果も残してきたのだろう。プライドが高いタイプだ。


(そいう人間は、俺みたいにふざけているようにしか思えない男に負けることが特に許せない。だからこそ、ちょっとしたお遊びに負けるとすぐに目くじらを立てる)


 そう感じたからこそ、ロウタはさらに煽る。


「よくない反応だな。それこそ俺の考えが当たっていたと肯定しているようなもんだ。それに遊びと思っていないのならば、なお性質が悪い。なにせ、いい女は敵である俺との駆け引きに、こうして見事に負けちまったってんだからな」

「だから、負けてなんて……」

「天眼の軍師の思惑を俺にバラしてしまったのにか?」


 その事実に、カリナはビクリと震え目を反らす。

 ロウタは優しい笑みを浮かべ、囁くように続ける。


「勘違いするな、いい女。これは仕事じゃない。遊びの範疇だ」

「……その遊びに、軍の大事な情報を賭けたっていうの?」

「賭けてないさ。何せ俺は何も失っていない。そしてそれはいい女も一緒だ。いい女は何か口走ったか? 俺は何も聞いていない。ただ俺がどう推測していたかを披露しただけだ」

「……」

「たまたまそれが当たっただけだ。だから気に病む必要もない」


 ロウタの言葉に、カリナは両手で顔を覆い、俯く。


「私は……なんてことを」


 目に見えて落ち込むカリナの隣に、ロウタは自然と移動する。

 そして左手をカリナの肩に回し、そっと抱き寄せる。


「このことを知っているのは、俺といい女だけだ。そんなに気になるのなら、この件は俺たち二人だけの秘密にしておこう。ただ俺たちは、秘密を共有するには、まだお互いのことをよく知らない。だからこれからゆっくり知っていこうじゃないか」


 隣で肩を抱くロウタの言葉に、両手を下ろすカリナがロウタに体を預けるようにして寄り添う。


「……そうね。それがいいかもしれないわね」

「ならさっそく二人っきりになれる場所へ……」


 そうロウタが言いかけた時だった。


「でも私は別に知らなくてもいいわ」

「!」


 ほぼ反射的に、ロウタは自分とカリナの間に右手の差し込み、カリナの手首を掴む。

 掴んだカリナの右手には、小ぶりのナイフが握られていた。

 顔を上げると、先ほどまでの動揺が嘘のようなカリナの澄ました表情があった。


「随分と熱烈なアプローチだな、いい女」

「全てをひっくり返すいいアプローチでしょ」


 対照的に、口角を上げるロウタの額に冷や汗が流れる。

 密接するロウタとカリナの間で、白銀のナイフが拮抗する二人の力で震えている。


「殺す気かよ」

「殺すつもりはないけど、私の知りたい情報は洗いざらい吐いてもらうわ。もしかするとその途中で、しれないわよ」

「どんな拷問をする気だ?」

「何がいいかしら? リクエストがあれば聞くわよ」

「なんだ、口で勝てなきゃ暴力か?」

「あら暴力っていけないことかしら? クドクドと無駄な前置きが省けるとっても素晴らしい交渉術だと私は思うんだけど」

「見解の相違だな。その無駄な前置きが楽しいんじゃないか」

「なるほど見解の相違ね。さっきも言ったけど、私にとってこれは仕事なの。遊びのつもりのあなたとは違ってね」


 クスリと笑うカリナは、楽しそうに続ける。


「プライドの高い女は、鼻を折ってやれば簡単に落とせると思った? お生憎様、私はそんな高貴な女エリートじゃないの」

「泥水を啜って這い上がってきた叩き上げってか?」

「幻滅した?」

「いいや、余計に気に入った」

「あら嬉しい。だけどもうすぐさようならね。あなたの髭面を見なくてよくなると思うと、これまでのあなたのむかつく態度を全て許せてしまえると思えるから不思議よね」


 カリナの右手にさらに力が入る。


「ここで騒ぎを起こすつもりか?」

「騒ぎになるのは、私が帰ってから大分後。酒に酔い潰れたと思っていた客が実は死んでいたと分かるのわね」

「情報を引き出すんじゃなかったの?」

「そう思ったけど、面倒だから止めることにするわ」


 ロウタは理解する。カリナはマジだと。


「女を斬る趣味はないんだがな」

「以前、ラクシュミアを斬ろうとした癖に?」


 これまで一番の殺気を放つカリナの冷たい言葉に、ロウタはニヤリと笑う。


「まあ確かに必要ならばそれも厭わないな。生憎と俺はヴィンセントほど真っ直ぐじゃない」

「初めて意見が合ったわね。私もラクシュミアほど純情じゃないの」


 端から見ていれば寄り添っているようにしか見えない二人の間で緊張感が一気に高まる。


「はい、そこまで」


 しかし背後から聞こえてきた言葉に、二人が驚いて振り返る。


 現れたのは蜂蜜色の髪の街娘ラクシュミア。その後ろにはケイオスも立っている。


「ラ、ラクシュミア。アンタ、なんでここにいるのよ」

「だって、もしかしたらヴィンが来ているかもしれないじゃん」

「だから私が見てきて、いたらラクシュミアが来ないように伝言するって言ったじゃない!」

「でも、もしいたら会えるでしょ。まあ残念ながらいなかったいないみたいだけどね。……そんなことよりカリナ、とりあえずそれを引っ込めて」


 視線でカリナの右手に握られているナイフを差すラクシュミア。 


「だけど……」

「これは命令だよ」


 そのキツイ口調に、カリナは渋々ナイフを仕舞う。


(助かったのか?)


 ロウタは警戒を解かぬままラクシュミアに目を向けると、ラクシュミアは笑顔を浮かべる。


「知っていますか、副官さん? 綺麗な薔薇には棘があるって?」

「知っていたが、久しぶりに体験できたよ」

「口説くならちゃんと口説いた方がいいですよ。カリナは恋愛の魔術師と謳われるほどの女性ですから。遊び半分だと、手荒くあしらわれますよ」

「そのようだな」


 ちなみに、そんな二人の会話を聞いていた当のカリナはサッと視線を外し、心の中で(どうしよう、変な肩書きが広がり始めた)と思っていて、その様子に気づいたケイオスが吹き出しそうなのを我慢しているのだが、それはとりあえず置いておく。


「ちなみに無精髭の副官さん。なんで今日、ヴィンは来てくれないんですか?」

「書類整理で忙しくてな。マルデュルク砦から出られないんだ」


 ロウタはそう嘘を吐く。

 すると、密偵からの情報で、それが嘘だとわかっているはずのラクシュミアがにっこりと笑う。


「なるほど。ならしょうがないですね。わざわざ伝言に来てくれてありがとうございました。ああそれと無精髭の副官さん。


 天眼の軍師である少女の口にしたその言葉は、ロウタの背筋を冷たくさせた。

 まるで自分の考えを全て見透かしているかのように聞こえたからだ。

 自分を見つめるその瞳は、一体どこまでを見通しているのか?


「分かったよ。精々、無駄な出陣をさせてもらうよ」


 ロウタは余裕そうな笑みを浮かべながら、そう答えるのが精いっぱいだった。

 そんなロウタをカリナが見据える。


「命拾いしたわね」

「まったくだ。きっと日頃の行いがいいんだろうな」

「殺されかけたのに減らず口ね」

「なにせ殺されなかったからな」


 そう言って、ロウタは席から立ち上がる。


「楽しかったぜ、いい女。今度は仕事抜きで飲もうじゃないか」

「覚えてなさいよ、いつかアンタは私の手で始末してあげる」


 そう睨まれたので、ロウタはニヒルに笑う。


「もちろん覚えておくさ。美人の言葉は忘れないようにしているんだ」


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