第5話 皇国と帝国の戦況について
イキシアノという大陸がある。そこは数多くの人々が暮らす雄大なる大地。
技術と文化が発展し、鉄と芸術に彩られる時代。石畳と馬により、交流と流通が盛んな時代。それと同時に、多くの国々が争う時代。
その中において、隣り合う二つの大国がある。
アリオン皇国とローベルト帝国。
アリオン皇国は、世界を作った神々の末裔とされる皇王の治める国である。
緑豊かな土地で、人々は、日々、大地を耕し、この世界を作った神に感謝し、神の規律を守り生きている。
ローベルト帝国は、大陸に覇を唱える帝王が支配する国である。
広大な大地を開拓し、人々は日々、鉄を叩き、帝王を敬服し、己の地位向上を目指し生きている。
皇王は唱える。世界は神の恩恵により成り立っていると。
帝王は唱える。世界は人の手により作り変えてゆくものであると。
群雄割拠の時代において、価値観のまったく違う隣国は、非常に仲が悪く、事ある毎に戦を繰り返していた。
イキシアノ大陸の中央に位置するローベルト帝国は、多くの国々に囲まれている。
東に隣接するのは、現在交戦中のザイオン刀国。北東には緊張状態にあるカナン神国。北西に広がる北の大平原に遊牧民族ザルバ族が様子を窺っている。唯一、友好関係にあるのは、南に広がる内海の対岸にあるペルシア海国。
そして長年、因縁関係にあるのが、西に聳えるレイベ山脈の向こうに位置する、アリオン皇国だ。
ローベルト帝国がアリオン皇国へと攻め入る手段はこれまで二つしかなかった。
レイベ山脈を北に大きく迂回し、その先に広がる北の大平原から攻め入るルート。
同じく南に大きく迂回し、レイベ山脈の南端と内海と呼ばれる海との間にある南の大海道と呼ばれるルート。
もちろん皇国もまた同じ考えであるために、両軍はこの二つの最前線で常に睨み合いを利かせている。
しかしその戦況が、今、大きく変わろうとしている。
その鍵を握るのが、レイベ山脈内に伸びる、中央のマルデュルク山道だ。
マルデュルク山道は、霊峰と呼ばれ遥か高く聳える山脈内を細く通る中央の山道であり、両国共に最短で相手国へと攻め入ることが可能なルートではあるが、二つの理由でこの山道は、これまで見向きもされてこなかった。
一つは、単純に幅が狭く、道が悪い。つまり大軍で進軍するのに適さないこと。
なまじ無理矢理軍を進め、ようやく敵国に侵攻したとしても、山道の出口で襲われれば、あっという間に囲まれてしまい、逃げることすらままならない。
そしてもう一つの理由が決定的。
それはマルデュルク山道のわずか南、レイベ山脈の合間に教会の聖地と教会の定める《絶対禁戦領域》があることだ。
山道付近での大規模な争いは、教会との確執を生みかねない。
以上の理由から、これまで両国はマルデュルク山道には踏み入らず、山道口に幾何かの兵を配置するだけに留まっていた。
そんな中、半年前に行動を起こしたのが皇国軍だった。
アリオン皇国側の山道口から密かに進軍を開始した少数の皇国軍は、マルデュルク山道を通り、奇襲を持って、ローベルト帝国側の山道口に陣取っていた帝国軍を蹴散らすと、すぐさま砦を築き始める。
それがマルデュルク砦である。
攻め入られた帝国もすぐに山道口奪還すべく、兵を送るも尽く失敗に終わる。
堅牢な石壁によって守られたマルデュルク砦と周囲に広がる天然の要塞と呼ばれる地形、何よりマルデュルク砦を守護する黒狼卿率いる黒狼軍の存在がその行く手を阻んだ。
さらに絶対禁戦領域近くであるため、万を超すような大規模な軍勢を送り込むことも広く展開することができない、という政治的な背景もあった。
結局、帝国軍はマルデュルク砦を囲むように、少し離れた位置に三つの拠点を築き、教会を刺激しない数の兵士で、マルデュルク砦の陥落を試みている。
一方で、今回の行動を起こした皇国。
山道を通り、帝国側の山道口に砦を築いてしまえば、そこを守り通せるだけの根拠がある。
文字通り、帝国が攻めあぐねている現在の状況を想定しての、この度の侵攻。
だがこの皇国軍の行動には、さらに続きがある。
マルデュルク山道大工事計画。
大軍の進軍に適さない山道を整備することによって、マルデュルク山道を帝国侵攻の要とすることこそが、皇国の真の目的だったのだ。
マルデュルク山道を抑え、帝国の山道口に砦を築き守護する裏で、皇国は密かにマルデュルク山道の大規模整備に着工していた。
工期は一年。
そしてマルデュルク砦が築かれてから半年、それは順調に進んでいるかのように思えた。
しかしそれは、すでに帝国側の知るところとなっていた。
皇国が密かにおこなっていたこの計画を、帝国の上層部は早い段階で掴んでおり、半年経った今、その計画を横取りするために、帝国軍の要の一人を投入した。
それが天眼の軍師フォウである。
フォウの目的は、マルデュルク砦を陥落させ、その背後に伸びる、整備の進むマルデュルク山道を奪い取ること。
これにより、帝国は逆に皇国へと最短で攻め入るルートを手に入れることができる。
皇国はマルデュルク山道の整備が完了するまで無事に守り通すことができるか、それとも帝国がこれを奪い取り、逆に皇国侵攻の要を手に入れるか?
皇国と帝国の対立は、今、大きな局面を迎えていた。
***
ヴィンセントが自由都市マルタでラクシュミアと合った翌日の早朝。
マルデュルク砦。
いつも通り訓練場で日課の鍛錬に励んでいた黒狼卿ヴィンセントに召集が掛かった。
砦の作戦本部へ赴くと、主だった面々が顔を揃えていた。
その中で、口を開いたのは、先日よりマルデュルク砦の総指揮官となった、タイラー伯。
「先ほど《鷹の目》よりの伝令がありました。帝国の三つの拠点、北砦、中央砦、南砦より、それぞれ300の軍勢が出立したとのことです」
これを聞き、黒狼卿が即座に頷く。
「分かった。すぐに出よう」
ヴィンセントのひと言に、副官の一人であるルゥが元気よく頷く。
しかしその一方で、無精髭を生やしたもう一人の副官は、どこかやる気が無さそうに頭を掻く。
「どうせまた、俺たちがこのまま出撃したって、帝国の連中は、すぐに撤退するんだろ?」
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