ヴぁんぷちゃんは怒る

 パチリ、とゾンビは目を開いた。

 視界に、駐車場の天井がうつる。

 ゾンビはゆっくりと上半身を持ち上げる。

 ゾンビの前にはルーミアが、接道と向き合うようにして立っていた。

 その胸には腕一つぐらい通せそうな大きな風穴が空いている。

 それだけでなく、彼女の左手首からは、何かで切ったのか、ドクドクと血が流れていた。

「全く、信じれないことをさせるわね、あなたは」

 ゾンビが起き上がったのに――復活したのにルーミアは気づいたようだ。

 ルーミアは振り返ることなく、怒りを口にした。

 その声は少しだけ震えていて、見えないその顔はもしかして泣いているのかもしれなかった。

 首を動かす。

 首はゴキリゴキリ、と音を鳴るものの、落っこちたりはしなかった。

 ――うん、ちゃんと生き返ってる。

 ルーミアは怒気を含んだ口調で言う。

「私を助けるためとはいえ、私にあなたを殺させるなんて――ありえない」

「あはは、でも、これで二人共助かった」

「……どういうことだ?」

 振り下ろした拳が地面に突き刺さり、抜けなくなっているゴーレムの横で、接道は思わず声を漏らす。

 ルーミアは接道を見ながら言う。

「あなた、SFとか見たことないの?」

「職業柄見ないな……」

「そう、もったいない。面白いのに」

 ルーミアは鼻を鳴らしてせせら笑う。

「中途半端に人間に近づけてしまった人工物っていうのはね、人類に反旗を翻すものなのよ?」

「……『化物』。そいつの頭を潰せ」

 接道からの命令に、ゾンビは少し悩むような素振りを見せてから。

「それは無理かな」

 と否定した。

 ルーミアの背中から『悩まずに言いなさいよ』みたいな抗議の声が聞こえたような気もするが、まあ気のせいだろう。

 接道が驚きの声を上げ、ルーミアは声に出しながら笑う。

「なに、どこか変なところでもある? ……彼の頭を飛ばして活動停止にしたのは私だし、その後復活させたのは私の血液よ?」

 吸血鬼の契約は血の契約。

 だから、血を与えられて復活したゾンビは、彼女の眷属となっている。

 だから、接道の命令をきく義理は、彼にはもうなかった。

 そもそも、義理なんかで動くようなものではないのだけれど。

「だから、あいつのことを『化物』と呼ぶのはやめなさい。眷属が『化物』だと、私も同じように扱われているようで、不愉快なのよ」

「……分からないな」

 接道は言う。

「お前にはその『化物』を、それこそ身を削ってまで助けてやる義理なんてものはないだろう」

 現在ルーミアは、誰の目から見ても明らかなぐらい、瀕死の状態である。

 彼女が助けた彼の手によって、そこまで追い詰められているというと、なんとも滑稽な話だけれども――とにかく、彼女は現在心臓が破裂していて、死にかけている。

 プライドの高いルーミアのことだから、見栄をはってなんともない風を装ってはいるものの――背中しか見えないゾンビからでも分かるほど彼女は疲弊していた。

 少なくとも、他人に血を裂く余裕はないぐらいには。

 ――ルーミアさんならきっと、格下のあなたに対するハンデよ。とか言いそうだな。

 なんてゾンビは考えていたのだが、しかしルーミアは。

「さあ、どうしてかしらね?」

 と、彼女らしくなく、はぐらかした。

 変だな、とゾンビが眉をひそめていると、ルーミアは不意に彼の方を見た。

 見ただけで再び顔を接道の方に向ける。

「ああ、なるほどな」

 接道はそんなルーミアの動きを見て、何かに気づいたのか「ふうん」と口元を持ち上げて笑った。

「……なによ」


「お前、そいつに惚れたのか」


「……そ、そんな訳ないじゃない。これは、そう、私のために働いた勤勉な男への褒美よ褒美。あなたみたいなムサい男の下よりも、私みたいな可憐な女の子の下で働くほうが下僕冥利につきるってものじゃない?」

 接道の爆弾発言に、ルーミアはいつも通り少し傲慢な態度で返した。

 しかしその声は明らかに裏返っていて、動揺していたし、顔は耳まで真っ赤になっている。

 よほどの鈍感でない限り、彼女が一体、ゾンビにどんな感情を抱いているのかは丸わかりだった。

 ――そうなんだ。

 それは、ルーミアの背後にいる感性のないゾンビでも理解できた。

 ――ルーミアさん、僕のことが好きなんだ。

 真っ赤になっているルーミアの耳を見ながらゾンビは思う。

 思うだけだ。

 それに対してどう反応すればいいのか、その答えはとうに捨ててしまっていて、ゾンビはどうすることも出来なかった。

「なるほどな、四世紀も生きているくせに考えることはまるで子供だな。まあ、その見た目相応で似合ってるぞ」

「っ……殺す!」

 瞬間。

 胸に風穴があいていて、心臓が破裂しているとは思えないほどの速度で、ルーミアは接道に迫った。

 しかしルーミアの手が接道に届くよりも速く、ゴーレムの腕が両者の間に入り、それを阻んだ。

「ちっ」

「その高いプライドも、その少し馬鹿にされた程度で激昂していまう性格も何もかも幼い」

 だからお前は罠にかかる。

 だからお前は、弱者に追い詰められる。

 接道がそう言った直後のことだった。

 ルーミアと接道。

 その両者の間を阻むゴーレムの腕が、破裂したのは。


 ***


 それは爆発というより、破裂だった。

 炎も舞わなかったし、熱気も巻き散らかされていない。

 ただ、接道に襲いかかろうとしたルーミアを阻んだゴーレムの腕が軽い音と共に弾けただけだ。

 その腕の中に仕込まれていた多量の『札』が四方八方に、隙間なく拡散された。

 目の前――ゼロ距離で破裂に巻き込まれたルーミアには、逃げる隙さえなく、それをモロに喰らい、衝撃でその矮躯は宙を舞う。

 それを見て、降りかかる小石を結界で弾きながら接道はほくそ笑み、ゾンビは破裂に驚く。

 ルーミアは、そのまま弾け飛び、地下駐車場の天井に激突する――と思いきや、くるりと体を一回転させて、天井に着地した。

 なんて事もなく、当然のように、着地した。

「なっ!?」

「何を驚いてるの?」

 天井に立つ。

 宙ぶらりんと、それこそコウモリのように、逆さに直立しているルーミアは、ヒラヒラと舞っている『札』を一枚掴み取る。

 札の効力で力を奪われて、地面に落下することはなかった。

「私は『百識の吸血鬼』よ? 陰陽師の使う『札』の仕組みだって、当然、識っている」

 あなたの癖は知らなかったから、初めは喰らっちゃったけど。

 けどもう、覚えた。

 一度犯したミスは、二度としない。

 ルーミアは札を握りつぶす。

 札は青色の炎を発しながら燃え尽きた。

「くっ……」

 接道は冷や汗をたらしながら、一歩後ずさった。

 後退した。

 満身創痍の――人間でも対抗できるほど弱体化させた吸血鬼(ルーミア)を前にしてなお、接道は怯えてしまった。ようだった。

 そんな接道を見て、ルーミアは嘲笑う。

「あなたの作戦は何一つ間違っていなかった。自分よりも強い存在と戦うために敵を『弱体化』させるのは良案だと思うし、私はそれに引っかかってしまった」

 私はあなたの策に陥った。

 そこは認めるわ。癪だけどね。

 けど、とルーミアは一区切りをいれてから、一瞬、ゾンビの方を見た。

 そして、接道を睨む。

 犬歯をむき出しに、怒りをむき出しに、感情をむき出しに、敵を睨む。

「彼を利用したのだけは、許さない」

 私をここまで追い込んだあなたに、最大限の賞賛と、最悪の苦痛を。

 仮染めの恋も醒めるような、悪夢を――。

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