ヴぁんぷちゃん対ゴーレムくん

「ふあ……」

 夜。

 いつもの工事現場でルーミアは大口をあけてあくびをした。

 赤色に光る指示棒を適当に振るう。

 いつものひらひらしていてフリフリしている黒色のゴスロリドレスを着ていない。

 青色のつなぎに「安全+第一」と書かれた黄色いヘルメットを被っている。

 こんなものがなくとも、鉄骨ぐらいなら耐えれるのだけれど。

 まあ、気分だ。


「最近、あまり寝てないからかしら……」

 涙がでてきたルビーの瞳を、白い細指で拭う。

 最近、吸血鬼らしくなく昼夜問わず行動していたからか、夜でも眠たかった。

 体がだるいというか。

 ここに来るまでの間も、フラフラとしていたし。


「今日こそは寝ることにしましょう」

 あのゾンビが来ない限り、だけれども。

 ルーミアはぷるぷるとかぶりを振って眠けをはらう。

 背後で喧しく動き続けるショベルカーやコンクリートブレーカーのおかげで、立ったまま眠るとか、そういうことはないだろう。


「それにしても」

 ルーミアは指示棒を振るうのをやめて、自分の目の前にある道をみる。

 街灯はなく、月明かりぐらいしか頼れるものはない。

 薄暗くて、ほの暗い。

 それでも、いつもなら数十分に一度は人だったり車だったりがやってくるのだが、今日はルーミアがここに立ってからというもの一度も人がやってこなかった。

 誰も通らない。

 背後の喧しさとはあまりにも対照的な静けさだ。

 しん、という音が聞こえてきそうなぐらい。


「…………」

 おかしい。

 妙だ。

 人が通らないというのはまだ分かる。

 ただ、物音がしないというのはどういうことだ?

 人がいれば、生活がそこにあれば音は起きるものだろう。

 はて、とルーミアは首を傾げる。

 ちょっと見てこようかと半ば職務放棄して、彼女は一歩進む。

 その時だった。

 体の中を、なにかが通り抜けたのは。

 ぞくり――と。

 どくり――と。

 さながら体に電気を通されたようだった。

 しかしルーミアは、漏電しているものに触ったりしていない。

 ――これは。

 ――結界?

 体を抜けたその感覚に覚えのあったルーミアは、思考しつつ振り返る。

 コンクリートブレーカーが瓦礫の上に倒れていた。

 電源は切られていない。

 瓦礫の上でガタガタ震えている。

 さっきまであれを使っていたやつの姿はない。

 いなくなっている。


「……人払い?」

「よう」

 声がした。

 振り返る。

 そこにいたのは、一人の男だった。

 男なのだろう。

 顔は白いフードを目深に被っているからよく分からない。

 見える口から発せられる声は太い。

 白色の装束を着ている。

 時代錯誤というか風変わりな服装という点においては、ルーミアにも引けをとらない。

 奇矯な男だ。

 ルーミアは思う。

 赤く光る指示棒を男に向けて突き立てる。


「今ここは工事中よ」

「見れば分かる」

「だからここは通行止め」

「問題はない」

「……なに、あなたもここをまっすぐ、ムリヤリ通ろうっていうタイプ?」

「ここに用があるのさ」

「ここに?」

「いや」

 男は言い直しながら、装束の懐に手を伸ばす。

「お前に用がある――ルーミア・セルヴィソン」

 瞬間。

 ルーミアは指示棒を自分の顔の前で横向きに構えた。

 指示棒の上に長方形の紙片が張りついた。

 紙片には崩されまくった文字のような、幾何学模様が筆で書かれている。


退魔師たいまし

 ルーミアは端的に呟く。

 退魔師。

 場所によってはエクソシストとか祈祷師とか悪魔祓いとか呼ばれている。

 人ならざるもの。

 世界に存在する不条理であり不合理である奇っ怪なるものを退治することを生業とする集団である。

 ――確か、日本には陰陽師とかいう古臭い集団がいたわね。

 いや、退魔師自体古臭い集団なのだけれど。

 ルーミアは寿司を食べに来たばかりの頃、陰陽師に見つかっている。

 まさか『四百年生きている少女』の情報が海を渡った先にまで届いているとは思ってもいなかった。

 一時は撒いたと思っていたが、どうやらまた見つかってしまったらしい。

 ルーミアは紙片がはりついた指示棒を後ろに捨てる。


「この人払いはあなたの仕業?」

「さあな」

 退魔師はわざとらしくとぼけてみせる。

 ルーミアは退魔師を睨む。

 目深に被ったフードは魅了チャームを防ぐ。

 ルーミアは心中で舌打ちをした。


「私を退治しにでもきたの?」

「まあ、そうだな」

 はん、とルーミアは鼻をならす。


「なめられたものね、私はルーミア・セルヴィアソン。百識の吸血鬼よ?」

「ふっ」

 退魔師は小さく笑う。

 まさかそれが『百識の吸血鬼』を笑っているのだと気づいていないルーミアは小さな胸をはる。


「まさか、さすがの俺もそこまでおごってはいないさ。お前が格上だということは重々承知しているさ」

「じゃあ─ー」

「だから、手はうってある」

 背後から瓦礫が崩れた音がした。

 コンクリートブレーカーが暴れて崩れたのだろうか。

 否、そうではない。

 ぬうっと。

 影が伸びた。

 月明かりでできた薄い影。

 それがルーミアを覆う。


「っ!?」

 ルーミアはとっさに横に跳んだ。

 直後、さっきまで彼女がいた場所に、瓦礫の山が落ちてきた。

 瓦礫の山はコンクリートで塗装された地面を砕き、その下にある土の中に沈む。

 その瓦礫の山はまるで、人の手のようだった。


「これは……」

 ルーミアの眼前には、見上げないと全体像を捉えきれないほど巨大な瓦礫の山がそびえ立っている。

 さっきまではこれほどの量の瓦礫はなかったはずだ。

 なかったはずだし、瓦礫は動いたりしないはずだ。

 動いて、襲いかかってきたりしないはずだ。

 瓦礫の山は動く。

 その動きは見た目相応にとろく、鈍重だ。

 地面にめり込んだ人の手を模したような形の山を引っこ抜く。

 砕けたアスファルトがまるで磁石に吸い寄せられるように、人の手を模した瓦礫にひっついて、それを更に肥大化させた。

 更に鈍重になって、更に強くなる。

 瓦礫の山はこちらを見た。

 多分、見た。

 頭だと思われる部分が動いてこちらのほうを見たのだから、きっとそうなのだろう。

 再び、手のひらを振り下ろす。

 ルーミアは跳んでかわす。

 地面が抉れ、手のひらは更に肥大化する。

 すでに体の部分よりも両腕の方が大きくなっていた。 


「これはあれかしら。早々に倒さないといけないタイプだったのかしら?」

 アンバランスなその見てくれに、ルーミアは思わず呟く。

 開かれた手のひらが振り下ろされる。

 最初の――今と比べればまだ小さかった頃に倒すべきだったなと、今更ながらに後悔する。

 したところであの瓦礫の山が小さくなってくれるわけではないのだが。

 攻撃の手も休めることなく、手のひらはさながら雨のように降り注いでくる。

 とは言ってもその動きは余りにもとろく、ルーミアは淡々とそれを避け続ける。

 その度に辺りのものは破壊されていき、その度に瓦礫の山はどんどん肥大化していく。

 鈍重だからいいものの、これがもう少し素早ければ流石のルーミアでも少しキツかったかもしれない。


「ねえ、そのノロマの背後に隠れている退魔師さん?」

 降り注ぐ手のひらをかわしながら、ルーミアは瓦礫の山の背後に隠れている白装束の男に話しかける。


「こんなに物を壊したりして騒々しいけれど、あなたは人の目を気にしないタイプなのかしら?」

「心配ないさ」

 フードに隠れてみえない顔の、唯一見える口がゆっくりと動く。


「人払いはとっくの昔に済ませてあるからな」

「ああそう」

 彼らの――退魔師たちの使う人払いの結界の強さを識っているルーミアはそれ以上言及することはなかった。

 やはりあの時の妙な違和感は人払いだったか。

 人の感性に干渉するこの術は、奇っ怪なるものには通じない。

 ただし、ルーミアの場合はるか昔とはいえ、人間であった。

 だから微かながらそれに反応することができるのだ。

 ルーミアは嘆息しながら、目の前にいる瓦礫の山を見上げる。

 この瓦礫の山の正体も大体の目星がついていた。

 その正体は、十中八九ゴーレムで間違いないだろう。

 ゴーレム。

 物言わぬ泥人形。

 無形の未完成品。

 出来損ないの人間もどき。

 ヘブライ語で『胎児』を意味するそれは、元々神のように人間が『人間』を造りだそうとして誕生した失敗作で、単純な命令しか理解できないうすのろである。

 感性を持たないという点ではゾンビと似通っているのかもしれない。

 ともかく。

 あの瓦礫の山がゴーレムであるのなら、当然暴走した時用の安全装置が額にあるはずで、ルーミアは避けるのに力を費やしつつ、その辺りを破壊しようとしているのだが。

 振り下ろされる手のひらをバックステップで躱し、地面に埋まったところでそれを足場にして駆け上がり、ゴーレムの頭と思われる場所に飛びつく。

 爪を長く伸ばした手の指をまっすぐ伸ばしてその頭を穿つ。

 そして他の所よりも頑丈な場所を発見すると、それを握り潰そうとする。


「ちっ……」

 しかし、潰せない。

 ゴーレムの安全装置は背後にいる退魔師が張ったのであろう結界によって硬く護られていた。

 忌々しげにルーミアは舌打ちをするが、自分の体が影に覆われていることに気づくとそこから飛び退く。

 その数瞬後に大きく開かれた手のひらがゴーレムの頭を襲う。

 瓦礫同士がぶつかりあい、派手な音と瓦礫を撒き散らしながらゴーレムは少しバランスを崩す。


「ふうん、本当にお馬鹿さんなのね」

 余裕そうに呟きながら、ルーミアは少し思案する。

 ――結界の強さからみて、彼の本職は恐らくそっち。

 ――となるとゴーレムは借り物?

 どうして自分相手にこんな愚鈍なものを選択したのだろうか。

 確かに壊したものを吸収して更に肥大化する能力は脅威だが、どれだけ強力になっても当たらなければ意味がない。

 吸血鬼の素早さを知っていれば、または特性を知っていればまず選びそうもない、愚の骨頂というべき選択だ。


「ん?」

 とまあ、もはや唐突に襲われること自体には特に言及をしない、狙われる事が当たり前になっている吸血鬼は、どうやってこの肥大化しているゴーレムの隙をついて、背後にいる退魔師の男を倒すか考えている時だった。

 ようやくどれだけ叩き潰そうとしても、小柄なルーミアを捉えることが出来ない事が理解できたらしいゴーレムは、その巨大な手のひらを振り下ろすのをやめた。

 その代わりに、その腕を横に、まるで地ならしでもするかのように地面を削りながら横凪ぎに振るった。


「ふうん」

 この行動が果たしてゴーレム自身が考えたのか、はたまた術者が考えたことなのかは分からないけれど(まあ恐らく後者だろう)、とにかくその単調な攻撃を、ルーミアはせせら笑った。

 うすのろなゴーレムは簡単な命令しか理解できない事を知っていてもなお、ルーミアは相手のことを小馬鹿にする。

 確かにその肥大化しきったその腕を横凪ぎに振るえばそれなりの範囲を蹂躙できるし、腕が通った後には草一つ残っていないだろう。

 ルーミアでさえ、マトモに喰らってしまえばキツいものがある。

 しかし。

 だったら避ければいい話だ。

 横範囲の広い攻撃をするのなら、上に飛べばいい。

 さながら縄跳びをするように、ぴょんと飛びこしてしまえばいい。

 だからルーミアは足に力をこめて、さながら迫りくる壁のような腕を飛び越えようとした――のだが。


 がくん――と。

 膝から崩れ落ちるように、ルーミアは前のめりに倒れ込んだ。

「え?」

 飛ぼうとしたはずだった。

 ジャンプして、飛び越そうとしたはずだった。

 それなのに、宙を舞っているはずの小さな体は、どうしてか地に伏せていた。

 込めていた力が霧散して、ルーミアは自身の体を地面に叩きつけてしまう。


「な、なんで……?」

 身体に力が入らない。というよりは力が残っていない。

 ランナーズハイの更に向こうのような、疲弊感のない疲れが彼女を襲っている。

 まるで自分の体ではなくなってしまったみたいに、芋虫のように這うことさえ出来ない。

 動けない。動けない。

「あ」

 そうこうしている内にも時間は進む。

 体は動かないけれど、時は動き続ける。

 辺り一面を薙ぎ払おうとしているゴーレムの、大きくて、重たくて、鈍重な、小さな女の子一人ぐらいアリを潰すが如く簡単に破壊できそうな腕が、彼女に迫っていた。

「まず……っ!」

 逃げられない。

 そう直感したルーミアは咄嗟にそのまぶたを閉じた。

 暗闇と、一瞬の静寂の後の激突音。

 しかし不思議と痛みはなかった。

 力だけでなく、痛みを感じる感覚も抜け落ちてしまったのか、はたまた痛みを感じる隙もなく殺されてしまったのか。

 いやはやまさか、四世紀もの長い時を生きてきて、生き続けてきて、生き永らえてきてきたというのに、その最期が体調不良のせいだなんて、虚しい終わりもあったものだ。

「……あれ?」

 なんて。

 そんな事を長々と考えれる時点で、彼女が生きている事は誰も目にも明らかだったし、本人の目から見たら尚更だろう。

 そもそもどれだけ強烈な一撃だったとしても、彼女を最終的に殺すことが出来るのは『銀』と『聖なる物』と『太陽』だけだ。

 あのゴーレムを構成している物質の中には銀も十字架も太陽もあるはずがないし、喰らったとしても精々体が四散するどころか霧散していしまう程度で済んだはずだ。

 だからこそ、まぶたを開くことが出来た事にルーミアは驚いたし、四肢五体全て無事だという事にも、驚いた。

 五体無事だという事はつまり、あの攻撃を喰らっていないという事だ。

 ――一体どうして?

 ルーミアはまだ気怠い体を、両腕で上半身を持ち上げながら、前を見る。

 ゴーレムの腕はルーミアの前で止まっていた。

 否、止められていた。

 ゾンビの細枝のような両腕によって、止められていた。


***


 お世辞にも健康体にも言い難い(そもそも死体なのだから、健康もクソもないのだけど)細長くて青白い、マッチ棒のような腕で、自身よりも巨大で鈍重なゴーレムの腕を真正面から受け止めながら、ゾンビは首だけを動かして、後ろで茫然としているルーミアを見る。

 必死そうな形相でもなく、かと言って余裕そうでもない、いつも通り、なんともなさそうな顔をしている。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫よ別に。それぐらい喰らった程度じゃあ私は死なないし殺せないわ」

 仮に体が爆発四散したとしても、一週間ぐらいあれば復活することが出来る。伊達に不死の王を名乗っていない。

 いや、名乗っていないけど。

 それに痛いのは変わりないから、出来れば死にたくないし。

「それよりも」

 そう考えると受け止めてくれたゾンビにお礼を言うべきなのだろうけど、やっぱりプライドの高いルーミアはお礼も言わずに、立ち上がりながらドレスについたホコリを払う。

 いつの間にか体には力が入るようになっていた。

 さっきの脱力はなんだったろうか、不思議に思ったが考えることは後にしよう。

「よくここが分かったわね。人払いだってされていたのに」

「人払いがきくのは人だけだからね。僕は人じゃない」

 それはそうだった。

 彼は今もこうして動いているし、ぱっと見ちょっと不健康そうな人間にしか見えないけれど、彼もルーミアとゴーレムと同じ、奇っ怪なものであるのだから。

 動く死体。

 感性のない末路。

 そんな彼に、人間の感性に影響を与える人払いがきくはずもなかった。

 ゾンビはゴーレムの腕を放り投げる。どうやら死体である彼は、リミッターが外れているからか、中々怪力があるようだった。

「でもまあ、君が無事でよかったよ」

「だからこの程度の相手に私が負ける訳がないでしょ?」

 歯の浮くようなセリフを自然に、どうという事もないように吐くゾンビを睨んでから、ルーミアは腕を放り投げられて、またもやバランスを崩しているゴーレムと、その背後にいる白装束の男をみて、眉をひそめた。

 笑っていたのだ。

 顔の上半分がフードによって隠れているから、詳しい表情までは分からないけれど、それでも口元は歪んでいるし、肩が上下に動いている所から笑っているのだろう。

「へえ、なるほどなるほど。得心いった。いいね、予想外だが、面白い展開だ」

 なんて独りよがりに納得しながら、自己完結しながら退魔師はくるりと踵をかえした。

「ちょっと」

 帰ろうとしている退魔師と、現れた時よりも数倍は大きくなっているゴーレムの背中に、ルーミアは言葉を投げつける。

「どこにいくつもり? これだけ散らかしておいてそのまま帰るだなんて、まるで子供ね」

「まるで子供みたいな体躯のお前に言われると形無しだぜ、百識の吸血鬼」

「……決めたわ。あなたの血は一滴たりともいらない。一滴残らず砂に染み込ませてあげる」

 振り向かずに鼻で笑われたルーミアは額に青筋をたてながら左手の爪を伸ばして、退魔師に襲いかかろうとしたが、上から振り下ろされたゴーレムの腕によって阻まれてしまう。

「ちっ……」

「おいおい、四百年も生きている癖に、お前、ゴーレムの一体も倒せないのか。もう少し張り合いのある奴だと思ってたんだが」

「い、今は手加減しているだけよ。全力を出せばこんな木偶の坊」

「負け惜しみ?」

「うるさい」

 まさか背後にいるゾンビにまで煽られるとは思わなかった。

 ゴーレムの巨腕の向こうから聞こえてくる煽り言葉に、ルーミアはやけになりながら返すも、返事はかえってこなかった。

 イラつきを隠そうともせず、ルーミアは目の前にある腕を蹴ろうとしたかと思ったが、直前にそれは音をたてながら崩れ去った。

 その向こうにいたはずの退魔師の姿は見えない。どうやら逃げられてしまったらしい。

 同時に、なんとなくだが空気が変わったのをルーミアは敏感に感じ取った。どうやら人払いも解除されたらしい。

「となると、ここに長く居座っているのも不味いわね」

 山積みになった瓦礫と、幾つも空いているクレーターを眺めながらルーミアは呟く。

 ――それにしても、変な敵だった。

 唐突に現れたと思うと、特に自分に被害を与えれた訳でもないのに(周りは被害を被ってるけど)やけにあっさりと退却していった。

 いや、それ自体は何らおかしくない。奇っ怪なものを相手取る時には有効な作戦の一つではある。

 同じ奇っ怪なものをぶつけるのも、まあ一手ではある。

 ただ分からないのは、それで選択したのがゴーレムだということ。

 ルーミアの事を知っているのなら、あんな愚鈍なゴーレムを選択する事がどれだけ無能な事か分かっているはずなのに。

 負けもしないし勝ちもしない。ただの消化試合に成り下がることぐらい簡単に想像できそうなものなのに。

 その選択はまるで――彼女の脚が止まることを前提としているような、彼女が倒れることを知っていたかのような、選択だった。

「……どうして?」

「あれ、逃げないの?」

「分かってるわよ」

 後ろからゾンビに話しかけられ、辺りに人の気配が増え始めた事に気づいたルーミアは、その思考を一旦捨て置いて、足早にその場を立ち去ろうとして、立ち止まった。

 ゾンビは「ん?」と首を傾げる。


「着替えるまで待っててもらえる?」

 彼女の装いは、泥だらけの青いつなぎだった。

 さすがにこの姿でそこらを歩こうとは思えなかった。

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