ヴぁんぷちゃんとゾンビくん
空伏空人
そのいち ヴぁんぷとゾンビの恋愛関係
ヴぁんぷちゃんは出遭う。
――のどが渇いたわ。
満月が実に綺麗な月夜だった。
淡い月の光と、規則的に並んでいる電灯の光だけに照らされた道は少し薄暗い。
夜遅く、ということもあって人通りは少ない。
そんな道を、一人の少女が歩いていた。
歳は二桁に達しているかも怪しいぐらい。
銀色の髪に青白い肌。
血よりも赤い、ルビーのような瞳が特徴的な少女だ。
あどけない、どこか愛らしさも感じる幼顔の少女であるけれど、彼女は時代錯誤というか、かなり場違いな服装をしていた。
ゴスロリファッション、と言うのだろうか。
闇夜に溶けこむような黒色を基調にした、フリルやレースにリボンをふんだんにあしらった、まるでお姫様が着ているような
コンクリートジャングルである現代ではあまりにも場違いな、ひらひらしていてフリフリしている服をお人形のように着こなしている彼女は明らかに疲弊している様子だった。
そんな重たそうな服を着て歩いているのだから、まあ疲れがでても仕方ないとは思うのだが、しかし、どうやら彼女はそういった理由で――歩くのに疲れたとかそんな可愛らしい理由で疲れているわけではなさそうだった。
「まずいわ……」
ポツリと。
少し焦っているように少女はつぶやく。
「誰も歩いていないじゃない。ノドがからからなのに……ああ、お腹すいた……」
だらんと、行儀悪く長めの舌を垂らして、ルビーのような赤い瞳で誰も歩いていない道を恨めしげに睨んだ。
垂らしている舌の横にある犬歯はまるで、何かにつきたてる牙のようだった。
「こんなになるのだったら、もっと早くに動いていれば良かったわ……」
ちなみに、彼女の歩いている道の向こう側には、ネオンきらびやかな人通りの多い道があるのだけれど、彼女はそちらの方に向かおうとは露とも考えていなかった。
理由は四つ。
酒臭い。おっさんばっかり。明るいところは苦手。人通りが多すぎて目撃されてしまうかもしれないから。
だから彼女からすれば、この薄暗い道を一人で歩いている若い少年少女がいたら最高なのだけれど、残念ながらそんなうまい話があるわけもなく、彼女は数十分もの間、この道をふらふらと歩き回っている。
ぐーー、と腹の虫が鳴る。
「……むう」
しかたない。
気は惹かないけれど、むしろ引いているけれど、ゴミがたくさん落ちている路地裏に潜んで吐きにきた酔っ払いが来るのを待つか、と考えられる策の中で、尤も気が乗らなくて、一番最悪な案を実行しようかと思った時だった。
そんな彼女に、神がくれた助け舟だと言わんばかりに、彼女が歩いている道の向こう側から、一人の少年が歩いてきた。
歳は二十歳ぐらいだろうか。
苦労性なのか白髪が少し目立つ黒髪に、少女のそれよりも生気のない青白い肌。目の下には濃いクマがある。
よれよれのTシャツに、苔色の動きやすそうなズボンを履いた少年である。
買い物帰りなのか、片手にはビニール袋が握られている。
「あまり健康的には見えないけれど……まあいいわ」
今は四の五の言っている場合じゃないもの。
ゴスロリファッションに身を包んだ銀髪の少女は、じゅるり、と舌なめずりをして、向こうからやってくる少年の方に向かった。
少年の方も、少女に気がついてはいたようだったが、まさか自分に用があるとは思っていないようで、接近してくる少女に気にも留めていなかった。
「こんばんは」
「ん? あ、こんばんは」
だから話しかけられた時は少々驚いた様子ではあったが、少女の無垢な笑顔を見て警戒することはなかった。
その代わり。
「どうしたの、こんな夜更けに。きみみたいな小さな女の子が歩いてていい時間帯ではないと思うんだけど」
なんて、至極当然な注意をされてしまった。
確かにこんな……時計の針がてっぺんを越えた時間に、少女のような年端もいかない女の子が歩いていていい時間帯ではない。
たとえ彼女が三世紀とか四世紀とか、そんな期間をゆうに越えるぐらい生きていたとしても、今は少女の姿なのだ。そういう風にお叱りを受けてもおかしくない。
だからそれに対しては言及することはしなかった。
そんな事よりも、はやく食事にありつきたい。
「私はルーミア。ルーミア・セルヴィアソン」
だからルーミアは胸の前に手を当てて、もう片方の手は体の後ろに、腰にしなりをつくりながら自己紹介をした。
正直言ってこの一手間に意味があるのかと言われると、彼女自身困ってしまうのだが、まあ、彼女なりの流儀のようなものだ。
「あ、ご丁寧にどうも。じゃなくて、きみの家はどこ? 送り届けてあげるからはやく――」
「いただきます」
自己紹介を聞いた少年が、律儀に頭を下げた瞬間。それを見計らっていたルーミアは、彼にとびつくと、ガブリ、と。その首筋に牙をつきたてた。
「え?」
――ああ、良かった。これでお腹いっぱいになるわ。
かみついた所で少しばかり安堵しきった表情を浮かべてから、血管の中に流れている赤い赤い血でのどを潤そうとした――のだが。
「あれ?」
ない。
流れていない。
血管の中を、血が、流れていない。
いや、いやまさか。
血が通っていないなんて、そんな事あり得るわけがない。どんな生物だって、生きるためには血というのは必要不可欠な要素である。
だからこそルーミアは最初、牙をつきたてる場所をついうっかり間違えてしまったのではないかと思った。しかし牙はしっかりと首筋に通ってある太い血管に穴を開けている。
血管は――血を通す管はあるのに、肝心の血液がない。
ならば、その先にある心臓は? ポンプは一体なにを全身に通わせようとしている?
「あの」
未曾有の事態に、三世紀四世紀は生きている少女は、哀れにも、あられもなく取り乱していた。
そんな彼女に少年は、首筋に牙をつきたてられたまま(どうしてか)申し訳なさそうに、口を動かした。
「ごめんね、僕の体には血が通っていないんだ」
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