わんこは、告白する
デュラハンのカラ・バークリー。
彼女の登場を皮切りに、このサーカスが一体どんなサーカスなのかを狛谷は理解し始めた。
ここにいる人たちはかならずどこか変なのだ。
多かったり少なかったり、欠けてたり増えていたり。
ロッヅが案内する方へついていくと、二人の兄弟に出くわした。
いや、彼らは二人なのだろうか。一人なのではなくて?
初めて見たとき、狛谷は少しばかり困惑した。
なにせ彼──ないしは彼らの足は二本で腰は一つなのに、胸は二つあって腕は四本あって頭が二つあったからだ。
腰より下は一人の体なのだが、そこからさながら頭を両断されたプラナリアのように二股に分かれていて、二人の人間が窮屈そうに並びあっている。内側の腕は邪魔になるからか互いに肩を組んでいて、二つの顔は互いに笑っている。
「俺は
「俺は
苗字が同じだった。名前は違った。
どうやら彼は『彼ら』であり、兄弟であるらしかった。いや、双子である可能性もあるけれど。
「産まれるタイミングの違う兄弟ならこんな感じにはならなかったけどな、なあ旭」
「双子だとして、兄は俺かな、偉」
「そこを気にするか?」
「偉の弟とか納得できない」
「どういう意味だよそれ!?」
屋台の中で二人はそんな風に兄弟喧嘩を繰り広げている。
狛谷はどう反応したらいいのか分からなくて、えーっと。と呟くことしかできなかった。
二人がつくってくれたタコ焼きは美味しかった。二人だから作業効率は二倍。というわけではないらしく、わちゃわちゃとケンカしながらつくっていた。
兄弟なら仲良くしたらいいのに。と思いながら狛谷は貰ったたこ焼きをほおばる。
タコが入ってなかった。騙された!
「ん? ああ、すまねえな。あいつら喧嘩しながらつくるとタコを入れ忘れるんだよ。悪かったな。お詫びにこれをやるよ」
唖然というか俄然としていると、横の屋台から声をかけられて、タコ焼きが入っているパックの上に焼きそばが入っているパックが置かれた。
てかてかとソースが光っている焼きそばで、パックが若干曇っているからおそらくは作りたてなのだろう。
「す、すみません。ありがとうございます……?」
狛谷は慌てて屋台の人の方に顔を向けて頭を下げた。
いいっていいって。という気さくな声が頭の上からする。ん? なんだろう。どこかで聞いたことがあるような声だ。
この気さくな声。薄っぺらくて、適当な。軽い声。
「あ」
思いだした。狛谷は頭をあげて、そいつの顔を指さそうとした。しかしその指先はどうしてか、少し困ったようにふらついた。まるで、どっちを指せばいいのか分からないという感じだった。
そこにいたのはやはり、今日の昼に出会ったロリコンナンパ誘拐犯であった。
今はあの特徴的な大きな鹿撃ち帽を被っていない。頭が露出している。
黒色の髪を目にかからないぐらいで切り揃えている。
そして、その頭の上には――もう一つ頭があった。
脳天から少し右にズレた位置でくっついていて、その接合部分は黒色の髪に覆われている。頭の上にくっついている頭の首は桃のように膨らんでいて塞がっている。
その首はなんというか、笑っているしまばたきもしているのだが、どうにも違和感がある。
人間にそっくりなロボットのまばたきをするシーンを見ている感じだ。
プログラムで不定期にまばたきをするようにされている感じというか。
不気味だ。
――どうりで、帽子が膨らんでいるわけだ。
これを隠していたんだ。
「あの時の誘拐犯!」
「余計な誤解を振りまくな。誘拐してないだろう。ナンパだナンパ」
いや。別にナンパもしてないけどな。なあ、ロッヅ? と彼はロッヅの方を向いて、意地悪そうな表情を浮かべる。ロッヅの肩はびくりと震えた。まるでバレてはいけないことがバレそうになったイタズラっ子のようだった。
はて。どうやらこの二人は知り合い――というか、同じサーカスの団員なのだろう。
となると、どうして昼は知らない他人のように振る舞っていたのだろう。少し考える。おのずとでてきた答えに、んーっと。と呟いてから目をそらしているロッヅの顔を覗き込むようにした。きっと今の自分は、そこにいるロリコン誘拐ナンパ野郎と同じ表情をしていることだろう。
「あれ、もしかしてお芝居?」
「……な、ななっんのことかなぁ?」
お芝居だったらしい。
嘘をつくのが下手すぎる。
「じょうちゃんにカッコいいところ見せたかったんだとさ。なあ、ロッヅ?」
「クロク!!」
ケラケラ笑いながら言うロリコン誘拐ナンパ野郎に、ロッヅは涙を流しながら声を荒げた。やはり、どこでもからかわれる定めにあるようだ。
狛谷もくすり、と笑ってからロリコン誘拐ナンパ野郎の方を向いた。
「大変ですね」
「そうなんだよ。こいつの世話は」
「分かります。でも楽しいですよね」
「楽しいなあ」
「バカにされてる感じがあるのは気のせいか?」
「気のせい」
二人の声はぴったりと重なった。ロッヅが怒ったように声をあげた。
***
彼はクロク・ドゥイと言うらしかった。
一緒にいたあの白髪混じりの死体みたいな男は『不楽』というらしく、今はどこにいるのか分からないらしかった。
「あいつがどこでなにをしているかなんて、主人のあの子でも分からねえんじゃあねえか?」
主人。どうやら主従関係を結んでいる相手がいるらしかった。
主従関係。そうそう聞く言葉ではない。
正確には彼はサーカスの団員ではなくて、団長の客なのだという。主人の方は、フリークショー自体にそこまで興味はないから眠っている。とのことだった。
「起きたら多分そこの椅子に座って焼きそばを催促してくるよ」
クロクは自分の後ろにあるパイプ椅子を指さしながら言った。
「なぜ後ろにあるのかと言えば、あいつの眼を見ると、俺はずっとあいつのために焼きそばを焼き続けないといけなくなるからだ」
そんな、訳の分からないことを言っているクロクかと別れ――焼きそばはとても美味しかった。なるほど、これがほっぺが落ちる。というものか――道を歩いていると、目の前から毛布が歩いてきた。
毛布?
確かに今は少し肌寒いけれども、さすがに屋外なのに、毛布で頭から足までを包み込みながら歩くほどではないだろう。
一応顔の辺りは外が見えるぐらいの隙間があるけれども、そこから顔を覗き込むことはできない。
ずるずると、なにかを引っ張っている音が毛布の中からする。毛布を引きずっているのだから当然か?
そんな毛布の隣を、人ひとりぐらいなら丸飲みできそうな大蛇が地を這っている。奇妙というか、珍妙な光景だった。
大蛇がロッヅの姿に気づいたように頭を動かすと、舌を震わせて、毛布もその動きを止めてこっちを見た。やはり顔は見えない。
「なんだ。ロッヅ。連れてきたんだ。覚悟決めたの?」
「うん」
ロッヅは頷いた。それから。
「なんで毛布被ってんだ?」
と尋ねた。
「今日はもう疲れた。もうこれ以上見られたくない」
ぐったりとした声が返ってきた。
なんだかよく分からないけれども、ご苦労様。と言いたくなる気分だった。
「エマ・サヘル。うちの団員で、えっと」
「ラミアー」
ロッヅが説明をしようとしていると、毛布の中から声が返ってきた。
ラミアー。どこかで聞いたことがある。確か西洋の化物ではなかっただろうか。
やはりここはおかしい。変だ。
どうして、そんな夢物語の中にしかでてこないはずの名前がでてくるんだ。
――いや。
――彼女は姿を隠している。だから、ラミアーを名乗っているだけかもしれない。
どこかの国にそういう見世物があることを、狛谷はネットのニュースで見たことがある。
「どうした、エマ。毛布なんて被って」
再び声がした。
これにも聞き覚えがあった。
先日自分の前に現れた『団長』だ。
「団長。もう疲れた。私、もう休んでいい?」
「いいよ。ゆっくりお休み」
優しい声だ。思わず彼に体を預けて眠りたくなってしまうような声。
今日もシルクハットに燕尾服という格好だった。どうやらそれが彼の普段着らしい。
毛布の頭(と思われる場所)を撫でて、団長は狛谷とロッヅの方を向いた。
「今日はすみません。ロッヅの無茶ぶりに答えてくださって」
「あ、いや。別に大丈夫ですよ。親が帰ってくる前に帰れば問題はないですし」
「……もしかして、親に内緒で来ました?」
「はい」
狛谷が頷くと、団長は困ったように慌てふためいた。
「どうしたものか。そんなの、相手のご両親を心配させてしまうのではないだろうか。けれど、ここで帰ってもらっても困るし……」
「あの、どうしましたか?」
「ええ。いえ。気にしないでください。こちらの話なので!」
訝しむように狛谷が見ていることに気づいた団長は、なにかをごまかすように顔の前で両手を振った。
ごまかされている気がする。
後ろの毛布の隙間から、睨む目が見えた。
狛谷は何度かまばたきを繰り返した。隙間から見えたその眼は、どこからどう見ても人間の眼ではなかったからだ。
じとり、と睨んでいる眼は丸く、黒目は縦に細い。ラグビーボールを更に細めたような感じだ。
その周りは鱗のようなもので覆われていて、そこだけを見ると、まるで蛇のようだ。
――ラミア―。
ラミア―と言えば下半身は蛇で、上半身は女性という化物だ。
蛇。
あの毛布の下はもしかして。
本当に。
「…………」
爬虫類のような眼が、すうっと狛谷の方を向いた。丸い眼の中で狛谷の体がびくりと震えた。
「……ダメかもね、これは」
「え?」
「なんでもない」
ふいっとカラは狛谷から視線をそらして、去っていこうとしてから足を止めた。
振り返る。
「あいつが寝ているのってどっちのキャラバン?」
「ルーミアさんなら手前の方だよ。カーテンが閉まってる方」
「分かった」
「……ルーミアさんって?」
狛谷は隣のロッヅに小さな声で尋ねた。
「客の一人。俺より小さい。吸血鬼でフラクの主人」
「へえ……」
吸血鬼。
当然のようにでてきたそのワードに、狛谷は少しばかり動揺した。
それも、化物ではないか。
それは、人間を襲う化物ではないか。
当然のようにそこを歩いている化物。夢物語の住人。
軽く目眩をおこしそうだった。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね」
ふと、思いだしたように団長がそう切りだしてきた。狛谷は、名前を教えてくれるのかな。と混乱している頭で、考えたがそうではなかった。
団長はシルクハットを脱いで、影になって見えなかった顔をさらした。
火傷しているとか、そういうわけではなかった。
頭はつるっとしている。顔には眉間の辺りに、大きな眼が一つだけあった。
眼が、一つしかなかった。
「私は見上げ入道。この通り、妖怪です」
***
二人はその後、サーカスの喧騒から少し外れた場所に移動した。
提灯も置かれていないそこは、月のかすかな光にだけ照らされていて、少しだけ薄暗い。月の光を遮るものが近くにないのが救いか。
設置されていたベンチに座って、狛谷は体を伸ばす。
なんだかとっても疲れた。ここに来てからまだ一時間も過ぎていないはずだが、もう半日ぐらい走り回ったぐらい疲弊している。
「……大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
遠慮しがちに、恐る恐る上目遣いで尋ねてくるロッヅに、狛谷は笑って手のひらをひらひらと振った。
もちろん、その動作からは大丈夫な感じは一切しない。
「驚いた、よな」
「そりゃあね。デュラハンに吸血鬼に見上げ入道にラミアー。お話でしか聞いたことのない名前ばっかりだ」
いや。現実でも聞いたことがあったか。
隣町の事件。狼男の事件。
ちょっと前の自分ならば変な話だと一笑に付して、ちょっとしたオカルト話なのだと話題の種にしただろうが、今では違う。
本当にいるのだ。彼らは。
夜の影に隠れるように、ひっそりと。
世界がひっくり返ってしまったような気分だ。
「ねえ、ロッヅくん」
「なんだ?」
「その、誰だっけ。ふらくって人も、人ではないのかな?」
人ではない。その表現に、少しばかりロッヅは悲しそうな表情をした。
あ。
しまった。
これはダメな表現だったらしい。
「妖怪、なのかな?」
言い直したけれども、これが正しいのかもよく分からない。
「ゾンビだよ。フランケンシュタインの化物とも言ってた」
「へえ」
もう驚く与力も残っていなかった。
「ねえ、ロッヅくん。きみたちみたいな妖怪って本当にいるんだ」
「いる。俺は旅している最中にたくさん見てきた」
「じゃあ、今まで話してくれた旅の話の中にも、妖怪はいるの?」
「いた。詳しくは言わなかったけど」
「スゴいなあ。そんな当たり前にいるんだ」
「この街でも見たぞ。確か送り犬と迎え犬……だっけ?」
その名前に狛谷は聞き覚えがあった。山中にひっそりと置かれている祠に祀られている妖怪で、この街を守ってくれているらしい。
迎え犬は外敵を排除しようとする祟り神。
送り犬は自分たちを守ってくれる守り神。
ここまで来ると、なにが嘘でなにが本当なのか分からなくなってきた。
虚実混合。
それが本当だと言わんばかりだ。
「あ、でも阻塞さんとクロクさんは人間だよね」
「そうだよ」
「やっぱり。なーんか雰囲気違ったからなんとなく分かった……よ」
クイズの正解を当てたような高揚感に浸っていた彼女の声が、段々と尻すぼみになっていく。
なんとなく。雰囲気で。
人間と妖怪は区別がつく。
あの、『ふらく』という人から感じた死体みたいな空っぽさや、覗き込めない内面から、ゾンビだと聞いたときはむしろ納得がいくぐらいだった。
目の前の少年は。
ロッヅ・セルストは――。
彼は、大きく息を吐いた。そして、決意した眼を、狛谷に向けた。
「俺は、狛谷が好きだ」
「……へ?」
突然の告白に、狛谷は素っ頓狂な声をあげた。
だって、彼はまだ十歳だ。小学校なら四年か五年。
その時期の恋愛感情なんて、友愛と勘違いしているようなものだ。
だけれども。
彼の眼は、勘違いの愛情ではないことをひしひしと語っていた。
どう、反応したらいいのか、分からなかった。
「だから」
狛谷が迷っている間に、ロッヅは話を続ける。
彼は体を回転させると、今まで背を向け続けていた月の方を向き直した。
満月の月を。
「俺を、知ってほしい」
変化は、ゆっくりだった。
満月を見た彼の体が、一回り大きく膨張したようにみえた。
しかしそれは勘違いで、実際は彼の体を毛が覆っただけだった。
麦のような体毛だ。
彼の影が、刻一刻と変化していく。
人の影から。
人のような影に。
獣の影に。
獣のような影に。
変わる。
変貌してく。
再び狛谷と視線を交わすように向き直したとき、そこにはあの元気溌剌でお馬鹿なロッヅの姿はなかった。
不思議な姿だった。
獣の中に人を混ぜ込んだような。人の中に獣を混ぜ込んだような。
かいまぜにしてごちゃまぜにしたような、そんな姿。
一言だけいえるのは、彼は人ではなく、狼でもない。
人間でも動物でもない。
彼は。
――妖怪だ。
「これが、俺だ」
俺は、狼男だ。
彼の二つ目の告白は、彼女の混乱を更に加速させた。
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