ふたつあたまの兄弟

 東から日が昇り、朝がやってきた。

 日の光は街を淡く照らし、窓から入ってくる光は、部屋の中を暖かくして、眠っている人々に朝の訪れを知らせる。

 しかしフリークショーのキャラバンのうち一つは、薄暗いままだった。

 窓という窓のカーテンは全て閉じられ、部屋の中は日光の恩恵を受けることなくひんやりとしている。

 その部屋の壁際には布団が一つ、敷かれていた。

 その上には真っ黒なドレスがハンガーにかけられている。

 日光を拒絶し、今から眠りにつく吸血鬼は、その布団の中で丸まって眠りにつこうとしていた。


「はい、じゃあ安全第一に頑張っていきましょう。無論、巨大化や増殖、形態変化等は禁止ですよー。近隣の皆様を驚かせてしまいますし、なにより、ネタバレになってしまいますからね」

「おー、すげーすげー! 俺ごと鉄柱を、しかも三つも持ち上げるなんてフラクは力持ちだなー!」

「遊んでないで働けバカ犬」

「うおわあ、あぶねえっ! 鉄柱を振り回すなよ! お前だってニナに手伝ってもらって楽してるくせに!」

「私とニナは一心同体だからいいの」


「……楽しそう」

 ルーミアが眠っている布団がもぞりと動いた。

 多くの人たちが『夜行性』であると想像している奇っ怪なるものたちだが、別に太陽が苦手とかそういう訳ではないので、現在は彼らのように日中に外に出るものも、そう少なくはない。

 そう『太陽そのもの』が苦手でもない限り。


「はやく寝ましょう……」

 布団の中で膝を抱え込むように、胎児のような形で寝転んでいるルーミアが、一人ひんやりとした部屋の中で眠りにつこうとした時、それを見計らったかのように、キャラバンのドアが乱雑に開かれた。


「団長ー、着いたのなら着いたとか一言言ってくれよ。無駄に時間を過ごしちまった……って、ありゃ?」

「団長いないね」

 ――二人?

 布団越しだからいまいちよく分からないけれど、声質が微妙に違う。

 一つ目の団長が言っていた、宣伝で先に街に行っていた団員だろうか。


「全く、自分たちが到着したら連絡するとか言ってたのによ」

「いつもながら、ちょっと抜けてるよね、団長。それにしても、どうしてこのキャラバンの窓は全部カーテンが閉じられてるんだろうね」

「さあな、寝た時のままで放って置いてるんじゃあないか?」

 そんな二人の会話の最中、カーテンがレールを滑る音が、確かにルーミアの耳に聞こえた。


「っ!?」

 カーテンが開かれると、外からの暖かな日光が部屋の中に広がり、ルーミアにとっての死地と化す。


「ちょっとあな――っ!!」

 早めに止めないと、ルーミアにとってデメリットしかない。

 だから彼女は眠りにつこうとしていた頭を覚醒させて、被っていた布団をどかしつつ、声を荒げながら立ち上がった。

 カーテンが開いているのはまだ一ヶ所だけで、日光が射し込んでいる場所はルーミアが眠っていた場所とは違ったからよかったものの、少し慎重さに欠ける行動ではある。

 それだけ焦っていたということだが。


「ん?」

「あれ?」

 カーテンが開かれた窓の前に立っている男は振り返る。

 二つの頭は振り返る。


「お前誰だ?」

「偉も分からない?」

 二つの頭はルーミアを見据え、首を傾げる。

 二つの手で、あごをさする。


「…………」

 ルーミアは言葉を失う。

 存在自体は知っていたとはいえ、やはり、実物を見ると驚いて固まってしまう。

 二人いると思っていたが、そこにいたのは一人だけだった。

 しかし、それを一人と呼称するのは少しばかり憚れる。


 彼の体は少し横に大きいけれど、確かに一つだ。

 床を踏みしめる足も二本。

 ただ、腕が四本あって頭が二つある人間を、一人と呼ぶべきなのだろうか。

 彼の体は、胸元あたりから分岐している。

 内側の二本の腕はぶつかって邪魔になるからか、後ろで肩を組んでいる。

 見ようによっては二人三脚をしているようにも見えなくはないけれど、彼の足は二脚しかない。

 結合双生児。

 確か、彼らのような人をそう呼ぶのだった。


***


「ふうん、あんたが団長を助けた吸血鬼か」

「思ったよりも小さくて可愛い子だね」

「ありがとう。ただ、小さいは余計よ」

 ルーミアがじろりと睨むと、左側の頭は苦笑いを浮かべて、右側の頭はそんな左側の頭を小馬鹿にするように笑った。

 どうやら両方共に自我があるらしい。

 その後、自分が吸血鬼だと、自分がどうしてここにいるのかを二人に説明したルーミアは、開いたカーテンを閉じてもらい、電気をつけて、向かい合うように座った。

 二人は床に直接、ルーミアは布団の上に腰を下ろす。


「俺は阻塞そそくえらい」と右側は名乗り。

「俺は阻塞そそくあさ」と左側は名乗る。

「私はルーミア、ルーミア・セルヴィアソン。えっとあなた……あなた達は――」

「一人か二人かで迷っているのなら、二人であってるぜ」

 と右側……偉は言う。

 左側に比べて元気がある。


「俺たちは本来二人で産まれるはずだった双子だからね。それがたまたま、くっついて産まれちゃった変なやつ」

 左側……旭は偉に続いて言う。

 目尻が少し下がった、覇気のない顔をしている。


「あなた達は、結合双生児でいいのよね? 日本にもいたのね」

「そりゃあいるさ。逆にどうして日本にはいないと思えるか」

「だって結合双生児って手術をすれば引き剥がせるでしょ?」

 ルーミアは気楽なふうに言うけれど、結合双生児を引き剥がす手術は条件も厳しいし、成功率もそこまで高くない。

 しかし、出来るか出来ないか。だけに焦点を当てるのなら、確かに出来る。

 長生きできない個体である彼らにしては長生きしている彼らなら、それを考えないはずがないのだが。

「はっはー、いや。確かにそうだけどさ。俺たちは出来ないんだよ」

 偉は笑いながら、自身の胸を親指で指した。


「俺たちの胴体には人体一つ分の臓器しかない。もちろん、心臓も」

「だから仮に分裂させたら、必ずどちらかが死なないといけない」

「もし仮にそうなるとしたら、死ぬのは旭だな。こいつの方が弱々しいから」

「うわっ、酷いことを言うね偉。まあ事実だけどさ」

「……あなた達よく生きてこられたわね」

「まあ確かに色々あったけどな」

 結合双生児の短命さを知っているルーミアは、笑いながらお互いをからかい合う旭と偉に呟くと、偉は言った。


「フリークショーに拾われてからは結構気楽に生きさせてもらってるよ」

「団長には感謝だね」

 ――あんなのほほんとしている割には、意外と慕われてるのね。


「それよりもさ」

 ずいっと。

 偉はなにやら企んでいそうな表情で、ルーミアに迫った。

 それに引っ張られて旭は「うわっ」と声をだす。


「あんた、本当に吸血鬼なんだよな」

「え、ええ。もちろん」

 顔を近づけてきた偉に驚いたルーミアは、少し体を仰け反らせながら答える。


「ふうん、じゃあさ」

 偉はポケットの中を漁り目的のものを見つけたのか、それを手に取り、ルーミアの前にだした。

 それは、ニンニクだった。


「これとか、苦手なわけか?」

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