ヴぁんぷちゃんとにんにく
ニンニク。
強烈な腐卵臭が特徴。
殺菌作用が強い。
吸血鬼の弱点の中では太陽と並んでもっともポピュラーなそれ。
その臭いが鼻についた瞬間、ルーミアの顔は一瞬で真っ青になった。
ルビーの瞳はぐりん、と白目を向き、体全身を小刻みに震わせ、気分がこの上なく、尋常ではないぐらい悪くなったルーミアはそのまま――吐いた。
胃の中が空っぽになるぐらいに、胃液を全部、吐きだした。
「え、えっと。ごめん! 本当ごめん!」
「偉……俺は今日初めて、きみと同じ体だということを嫌悪した日はないよ」
「旭!? そりゃあねえよ!」
「お、お願いだから話しかけないで……」
甘酸っぱい臭いが充満する部屋の中。
なにやら黄色い半液体を拭き取りながら、偉は平謝りをする。
部屋の端っこでどんよりとした空気をまとって、壁と向き合うようにして体育座りをしているルーミアは、どう聞いても泣いているようにしか聞こえない声で返す。
実際泣いているのだろう。その小さな背中からはすすり泣きが聞こえてくる。
「というか偉、どうしてニンニクなんて持っていたのさ」
「どうしてって、同じ体なんだからさ俺が街でニンニクを買った所を見てただろ?」
「見てたけど。なにやら悪いことを思いついたみたいな顔をしながら、買ってたよね。ポケットの中に入れたってことは、食べるつもりじゃあないんだよね?」
その質問は、食べるつもりだったのか否かを聞いているというより、ポケットの中に突っ込んでいたそれを食べようとか思っていないよね。という確認に近い。
偉もそれを理解したうえで、こくりと頷く。
「ニンニクって臭いだろ。だからロッヅに不意をついて臭わせてやろうと思ってさ」
「や、やめ、やめておいた方がいいわ……ひくっ」
ルーミアは鼻をすすりながら、嗚咽をもらす。
「お、狼男も……に、ニンニク……弱点、だから……」
「へ、へえ、そうなのか」
「どうしてなんだろうねー」
「……臭いから」
「ごめん! 本当ごめん!! 俺かなり迷惑な事をした!」
偉は額を床に擦りつけるようにして頭を下げたのだろうか、背後から鈍い音がした。
ルーミアは鼻水をすすり、目からこぼれた涙を拭う。
「い、良いわよ別に。あなただって別に悪いがあってした訳じゃあないんだろうし……」
そしてゆっくりと振り返る。
すると、キャラバンのドアを開いて誰かが入ってきたのが目に入った。
男は、旭と偉を視界に入れる。
「あ、いたいた。おい旭、偉。団長が呼んでる……なんだこの部屋。なんか臭くねえか? 甘酸っぱい臭いだ」
「 うわあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーん!!」
「お前せっかく機嫌をなおしてくれたのに、なんでそんな事を言っちゃうかなあっ!?」
「は、なんの事だよ」
フリークショーの団員だと思われる男は、偉のその文句に、疑問の声をあげた。
その全貌は見る前にまた壁と向き合ったから分からない。
「わ、私、きゅ、吸血鬼、なのに……」
彼女らしからぬセリフを、壁に向けて言う。
もちろんの事だけど、壁は返事をしてくれない。
「つうかあの子誰だよ。ここは部外者以外立ち入り厳禁のはずだぜ? それともなんだ。また団長が誰にも言わずに引き入れたのか?」
「えっと、色々事情があってだな……」
背後からひそひそと声がする。
暫くすると話が終わったらしく、入ってきた団員は、ため息をついた。
「お前らなあ……ロッヅならともかく、客人に対してふざけるなよなぁ」
「い、いやあ。ちょっとした出来心というか」
「お前ら? あれ、もしかして俺も怒られてる? 何もしてないのに?」
旭が最もな事を口にする。
「相手の嫌がる事はするな。お前らだって大人なんだから、うちのショーのルールぐらい守れよな」
「あははー……」
「だからなんで俺まで怒られなきゃあいけないんだ……」
「気にするなよ旭。俺たちは文字通り一心一体。喜びも悲しみも半分こだ。お前が怒られる時は、俺も一緒に叱られるからよ」
「……俺、今まで怒られるような事をした事ないんだけどね。いつもいつも偉に巻き込まれてるだけなんだけどね」
「あ、あれそ、そそ、そうだっけか? あははー……」
語尾を強めに言いながら、旭は偉を半目で睨む。偉はから笑いを浮かべながら、とっさに目をそらした。
「ったく、ゴメンな。そこのじょうちゃん。二人が迷惑かけたみたいで。ここは結構な男所帯だからさ、こいつらみたいにデリカシーのない奴が多いんだよ」
「二人!? こいつら!?」
なにやら後ろの方で旭が心外だと言わんばかりに声を荒げている。
確かに今回のこれで一番言われもない害を被っているのは彼なのかもしれない。
もちろん。
言われのある実害を被ったのはルーミアなのだけれど。
「べ、別にいいわ。気にしてないし……うくっ」
と、ルーミアは明らかに泣いている、すすり声で返す。
嗚咽を漏らしてもいるし、やっぱり泣いているのだろう。
「いや気にしてるだろ、泣いてるし、嗚咽漏らしてるし」
「……泣いてない、嗚咽なんて漏らしてない」
「あーはいはい、泣いてない泣いてない。それは俺の勘違いだった。泣かないなんてじょうちゃん偉いなー」
「……あのね、さっきからじょうちゃんじょうちゃんって、こう見えても私はあなたよりも年上――」
とまあ、そんな感じに。
もはや常套句と化しているそんなセリフを言いながら、目に溜まった涙を拭ってルーミアは振り返る。
背後にいるシルエットの頭は一つで、旭と偉ではない事は分かった。
しかしそのシルエットは、人のものにしては妙にデコボコしているというか、頭の上に大きなタンコブが出来ているような……。
「ひゃっ!?」
ルーミアは驚きの声をあげた。
後ろにいた男の頭にある大きなタンコブは――人の生首だった。
その大きさは体にひっついている方の頭と同じぐらいで、その首の断面は桃のように盛り上がって塞がっている。
脳天から少し右にズレたところで引っ付いていて、その接合部分は黒髪に覆われている。
その目はまばたきもしているし、微笑んでもいるのだけれど、どうもそちら側に意思が見られない。
なんというか、マネキンの笑顔を見ているような……そう、それこそ、不楽の笑顔を見ているような感じだ。
笑っているだけ。そこに意思もなければ、意味もない。
「び、びっくりした……」
ルーミアはいつも以上に早く鼓動する心臓を掴むように、胸を押さえる。
「あなた、双頭児だったのね」
「お、なんだじょうちゃん物知りだな。だけど俺はもう『児』なんて言葉で呼ばれるような年でもねえし、寄生的頭蓋結合者。とか、そういう風に呼んでほしいね」
双頭児の男は笑う。
そっちは普通に、人間味あふれる笑顔だった。
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