ヴぁんぷちゃんは思いだす
フリークショー。
その単語をあげられて、ようやくルーミアは思いだした。
とはいっても、それはこの眼前にいる団長の事ではない。
数百年前――それこそ、吸血鬼になったばかりの頃、ルーミアはそのフリークショーというものに行ったことがあったのだ。
あの頃、吸血鬼になったばかりのルーミアに、始祖は奇っ怪なるものの世界を彼女に教えようと、そこに彼女を連れて行ったのだ。
一つを思いだすと幾つも思いだす。
それの見た目は普通のサーカスだった。
しかし中身は余りも鬱屈としていて、陰鬱としていて、性格の悪いものだった。
鎖で縛られた異形で異質な何かを、観客は取り囲むようにして、それを好奇の視線で見ている。
『ほら、見てごらん。まだ見慣れていないあなたから見ると、彼らは偽物にしか見えないだろう。あの下半身がロバの女の子は、体操座りの如く体を縮めて、下半身をハリボテの中にある空洞の中に詰めているのだろうとか、それが違うのだとしたら、ありえないとは思うけれど、そこまでするとは考えれないけれど、両足を太ももの辺りで切断して、そこにハリボテを差し込んでいるのかもしれないとか、そんな風に考える。非常識を見てしまって、それをどうにかして自身の常識で、内々的に、無理矢理にでも解決しようとする。でもね、それじゃあいけない。今まではそれで上手くいっていたかもしれないけれど、これからはそうはいかない。あなたはもう、今までの常識の中で生きていくことはもうできないのだから。非常識から目を逸らして、何もかもを知っているかのように口を叩くことも出来ない。いい? ルーミア。学びなさい。非常識を、異文化を、自分が新たに暮らす事となるこの世界の常識を、ね』
その時、恐れ驚いていたルーミアの隣にいた始祖は、そんな事を言っていたような気がする。
そんな事を、非常識の塊みたいな彼女は言いながら、そのフリークショーを壊滅させた。
いとも簡単に。
あっさりと。
『え、どうしてフリークショーを壊滅させたって? うーん、そりゃああれだよ。私ってほら、鎖とか嫌いなんだよね』
自由気ままを生業とするような、始祖らしい一言だとルーミアは思った。
確かその時、そこで働かされていた奇っ怪なるものは、その騒ぎに乗じて逃げていたと思っていたのだけれど。
「あの時助けてもらったものの一人です」
あの時はありがとうございました。と、一つ目の団長は深々と頭を下げる。
あの時彼を助けたのは、ルーミアではなく始祖なのだけれど、まあ、お礼を言われるのは吝(やぶさ)かではないし、そこは言及しないでおこう。
「あれ、でも……」
ルーミアは一つ目の団長の後ろにある、バスほどの大きさの車を見る。
近くで見ると分かるのだけど、その側面や天井に縛りつけられている荷物は、まさしくサーカスの備品だった。
「あなた、まだフリークショーをやってるの?」
「はい」
一つ目の団長は実にあっさりとした口調で答えた。
「どうして、せっかく自由の身になったのに」
「自由の身になったからこそ、ですよ」
一つ目の団長はやけに楽しそうに言う。
「私たちも人外とはいえ、もちろん食事は必要ですし、住む場所だって必要です。しかしフリークショーで見世物にされるほど、私たちの姿は普通とはかけ離れている」
一つ目の団長は、自身の一つしかない大きな目を指す。
そんな事は無い。と優しい言葉をかけるのもはばかれるぐらい、その言葉には説得力があった。
ましてや。
「うん、そうだね。その目じゃあ無理そうだ」
基本的にストレートな物言いしか出来ない不楽に、オブラートに包んだ物言いをしろだなんて、無茶な要望だった。
「ちょっと不楽」
「あっはー、その通りです。だから普通ではない我々は、普通ではない仕事をする他ないのですよ」
一つ目の団長は、言っていることとは裏腹に――普通ではない。という自虐的なセリフと違い、実に楽しそうに笑った。
「それで、フリークショーの再開を?」
「はい、その通りです。とは言ってもあの頃の劣悪な環境とは違いますよ? みんなが楽しくやれるよう配慮した、謂わばホワイト企業です」
おそるおそる尋ねるルーミアに、一つ目の団長は慌てて訂正を付け加える。
そして。
「そうだ、もしお暇ならば私たちの公演を見ていきませんか? ちょうどこの先の街でする予定なんですよ」
と、先ほどまでルーミアたちが歩いていた方向とはまるで方向違いを指さした。
「……」
「あはー、やっぱり僕たち迷子になっていた……痛いよルーミアさん」
「ん、どうかなされました?」
「気にしなくていいわ。たまに奇行にはしるのよ、彼は」
不楽のすねを蹴っておきながら、澄ました表情のルーミアであった。
「それと公演だっけ? まあ特に急用があるわけでもないし、いいわ見に行ってあげる」
「おお、そうですか! それでは車の方にどうぞ。道中ついでに、メンバーを紹介します」
一つ目の団長は二人より先にキャラバンの方に向かった。
それを目で追いながら、不楽は何気なく呟いた。
「彼、
「多分ね。昔、私と始祖の姿を見たらしいし、あの大きな目で私の目を見ていると思うけど、それがどうかした?」
「その割には言動が普通だなって」
「私が死ねと命令したら、首を掻っ切ると思うけど……する?」
不楽は首を横に振った。
別にそこまでしてまで確かめたいことでもないし。
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