第2話依頼の難易度は決められないものだろうか
京夏との約束は今日の放課後のようだった。俺は約束場所と指定された校舎にやってきた。新校舎と旧校舎が入り混じる我らが桜咲高等学校。その新校舎の前にやたらと広い敷地を誇っているのが新校舎の校庭である。
今は放課後ということもあり、校庭には陸上部やハンドボール部と言った桜咲高校が誇る運動部が部活動をしている。
その中で明らかに部活動とは、特に運動部とは縁がなさそうな少女が陸上部の練習風景を見つめていた。
部活のマネージャーとしてなら所属していてもおかしくないであろうちょっと褐色の入った肌が特徴的である。生まれつきの肌なのだろうか。外に出ている姿をあまり見ていないからな。
俺は少女の方に向かって歩いていく。少女は未だに俺のことに気づいていないらしく、視線は陸上部の方に向かれていた。誰か好きな奴でもいるのだろうか。これだからリア充は爆破してしまえばいいと考えてしまう。
俺がある程度の距離まで近づくとようやく少女は俺のことに気づいたらしく、こちらの方に振り向いた。
「あなたは……確か……」
考え込んだ。手に顎を乗せて考え出した。
ここは嘘を吐いて生徒会役員とか言ったほうがいいのだろうか。それとも生徒会長に押し付けられてここに来たとか言ったほうがいいのだろうか。俺も彼女同様に考え込んだ。
しばらく沈黙が俺たちを包み込んだ。聞こえてくるのは陸上部の走る靴音や生徒達の喧騒だけである。
その沈黙を破ったのは、俺ではなく少女のほうだった。
「あなたは同じクラスの三浦君、だよね?」
「あ、ああ。そうだが……」
「やっぱりそうだ。私ね、ずっと見てたんだよ?」
童顔を俺の視点に合わせるように覗かせてきた少女、綾瀬京夏は俺に対してそう告白をしてきた。
み、見ていた?俺のことを?あんなに目立たないように生活をしていた俺のことを?そんなこと言われたら期待してしまうではないか。
「三浦くんのことは早麻理ちゃんからよく訊いているよ」
「ああ。そういうことね……」
やはり火種は早麻理なのか。そりゃ知ってて当然と言うか、知らない方がおかしいと言うか。なぜだろう。俺は早麻理の手のひらで踊らされている気がする。
と、俺が考えていると京夏は俺の顔から目線を外し、俺の周りを忙しそうに見始める。誰かを探しているようにも取れなくはない。
「何をしてるんだ?」
「ねえ、生徒会の人はいないの?私、生徒会に相談事をしてたと思うんだけど」
「ああ、それなら安心しろ。俺がその相談を受け持ったからな」
「三浦君って生徒会の人なの?」
「いや、全く」
「そうなんだ……」
不安げな顔で俺のことを見てくる。そりゃそうだろうな。相手が知っていたとはいえ、面会という形では初めまして状態である。そんな相手がいきなり相談を解決するなんて言われても疑うに決まっている。俺だって京夏と同じ立場ならば同じ行動を取っているだろう。周りをキョロキョロと見るなんて不審な行動はしないだろうが。
「なんで生徒会じゃないのに相談のことを知ってるの?」
「生徒会長に言われたんだよ。生徒会の代わりにお前の問題を解決してくれないかって」
「そうなんだ」
納得をしたのだろうか。京夏は頷いてみせる。
「相談を訊いてるってことはどんな悩みかを訊いてるってことでいいんだよね?」
「運動音痴を直したいってことだろう?」
「そ、そうだよ」
「なんで顔を赤らめるんだよ……」
「だ、だって男子に見られるの初めてなんだもん。今までは体育とかは男女で別れてやってたし」
「人聞きの悪い言い方をするなよ」
確かに男子混合でやることはないけど、だからって勘違いされそうな言い方をしなくてもいいじゃないか。
幸い、周りには聞こえていなかったから何とか大丈夫だったのだが、それにしても初めてなんて言葉を軽々しく言わないで欲しい。俺がある意味ドキリとしてしまったじゃないか。
そんな茶番をこれ以上繰り広げると確実に時間がなくなってしまうので、俺はすぐさま相談の話に切り替える。
「それでだ。相談を承諾する前にお前の今の実力を見てみたいと思う。それでいいか?」
「それは別にいいけど……」
と、京夏はそう言いかけて口を止めてしまう。頬を膨らませて不満げな顔でこちらを見てくる。
「何か不満なことがあるならなんでも言えよ」
「……私、お前じゃない」
「は?」
「私には京夏って名前があるってこと!お前じゃないよ!」
「お、おう。なんか悪かったな、京夏」
「で、でも、いきなり名前ってものちょっとあれだよね……?」
名前を呼んだら今度は困った顔であはは~……と恥ずかしそうに笑ってみせる。いちいち注文が多いお嬢様なことで。だったら最初から名前で呼んでとか言うなよ。
そんなことで今日は京夏の、もとい綾瀬の運動能力がどれくらいのものかを知ることにした。
俺は体育倉庫からグローブとソフトボールを取り出す。野球ボールでも良かったのだが、相手が自分で運動音痴と自負しているから失くしたときに見つけやすいボールを使った方がいいと思ったのだ。
俺は綾瀬にグローブを手渡して少しだけ離れるように指示する。
「それじゃあ投げるぞ」
「待って。グローブってどうやってはめればいいの?」
開幕初回から不安要素が満載だった。と言うか、グローブの付け方を知らない人って本当にいるんだな、と感じたのだ。
綾瀬が何とかグローブを付けられたところでようやくキャッチボールを始められる態勢ができた。
「それじゃあ今度こそ投げるぞ」
「ば、ばっちこ~い……」
聞こえそうで聞こえないような大きさの声で気持ちが入っている。てか、恥ずかしいならそんなことを言わなければいいのに。
俺は誰でも捕れるであろう緩いボールを綾瀬に投げる。ボールはゆっくりと大きな放物線を描きながら綾瀬に方へ飛んでいく。ボールが頂点へたどり着いてそのまま重力に従って落下していく。
綾瀬は既に顔の前でグローブを構えている。おいおい、それって前が見えてるのか?明らかにグローブが視界を塞いでいる感じがするんだが。
俺の心配をよそにボールが綾瀬に向かって徐々に落ちていく。未だに綾瀬は顔の前でグローブを構えている。ボールが綾瀬のグローブに吸い込まれるように落ちる。
そのままグローブに落ちてくれ。何故か俺は心の中で願っていた。
しかし、突如綾瀬は怖くなったのか、顔の前に出していたグローブを下の方へ構え直した。そのおかけで彼女の顔は見えたのだが、そのせいで衝撃な光景を目の当たりにした
綾瀬は目を瞑っていたのだ。しかも目が開かないようにちゃんと瞼に力を込めている。いや、ちゃんと目は開いとけよ。怪我すんぞ。
しかし、俺の祈りは彼女に届くはずがなく、ボールが彼女目掛けて落ちていく。そしてついにボールは、
「あたぁ!」
綾瀬の額にボールがクリーンヒットした。綾瀬に75のダメージ与えた。綾瀬は倒れた。俺はその見返りとして経験値を得た。いや、そんなので経験値とかいらないし。そもそも俺は現実世界で勇者とかしてないから、マジで。
俺は倒れままである綾瀬のもとへ急いで駆け寄る。
「大丈夫か?」
「う、うん。額はまだ痛いけど」
「見せてみろ」
俺は綾瀬の額に傷がないかを確かめる。……うん。傷は出来てはいないが、少しだけコブみたいのが出来ている。
「ちょっと待ってろ。保健室から絆創膏をもらってくる」
俺は綾瀬にそう伝えて保健室へ向かう。窓から入るのは本来ならいけないことなのだが、今は放課後である。運動部も訪問することがあるため窓から声をかけるくらいなら大丈夫だろう。
俺は窓をノックする。中からは白衣を着た保健医が顔を覗かせ、窓を開ける。少しだけ不満げな顔をしているのは、やはり窓から訪問をしたからだろう。俺は状況を説明してから保健医から絆創膏を受け取った。
俺は綾瀬のもとへ戻ると、前髪を上げるように言う。綾瀬は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俺に額を見せてくれる。
そして俺は額のコブを見つけて先ほどもらった絆創膏を貼る。
「ほら、もういいぞ」
「あ、ありがとう」
「気にするな。それにしてもボールが捕れないとはな」
「う~……!」
「な、何だよ」
急に唸り始める。何か言いたげに俺のことを睨みつけてくる。しかし、京夏はいくらか睨んだあとため息一つ吐いて自ら離れていく。ちなみにボールは彼女の手の中にある。
「つ、次は私が投げるからね!」
「お、おう。ちょっと待ってろ」
俺はグローブをはめて少しだけ離れる。
「いいぞ。投げてこい」
「いっくよー!」
京夏が気合を入れてボールを投げる。が、ボールは放物線を描きながら飛んでいる方向は俺が立っている新校舎とは反対側の旧校舎側へ飛んでいく。
俺はグローブを構えることなく、飛んでいくボールを見ていた。だってボールが反対側に飛んでいってるのに構えてる方がおかしいだろう。
俺と京夏はボールが旧校舎の方へ飛んでいったのを見守ってからお互いに顔を見合わせる。
「取りに行くか……」
「そ、そうだね……」
俺達はボールが飛んでいった旧校舎の方へ向かう。旧校舎は建物自体は整備されているが、それ以外は全く整備されていない。校舎裏を回ってしまえば草が生えっぱなしで放置されている。
俺達は草をかき分けながらボールを探す。ところどころに黒ずんだ野球ボールが落ちているが、野球部が練習で飛ばしたボールを見つけられずに放置したものだろう。しばらく探していると京夏がボールを見つけた。
「あったよ!」
「そうか。それじゃあ一回ここを出よう」
俺達は新校舎の方へ戻る。
俺は足に違和感があったので、足を見てみる。草が濡れていたのだろう。俺が穿いているズボンは濡れていた。
「もー。足が濡れて気持ち悪い」
京夏も足が濡れているようだ。文句を垂らしながらも俺の方へ歩いてくる。
「はい、ボール」
「おう。それにしてもここまで運動音痴なのか」
「仕方ないでしょう。私は勉強は得意だけど、運動は苦手なの」
「ちなみに小学生の時はどこまで出来てたんだ?」
「えっと……で、でんぐり返しなら」
「前転が限界か」
前転までしかできないってことは相当の運動音痴ってことなのだろう。これはどのように克服をさせるかを考えないとな。
「ちなみに前転はできるけど、真っ直ぐに前転できないんだよね」
うん、俺をさらに不安に追い込む一言をありがとうね。全く感謝なんてしていないからな。
~*~
今日は京夏の運動能力を見るだけということで俺達は帰路に着いた。
俺は教室にある鞄を取りに戻っているところである。赤い夕日の射す廊下を歩いていると、前に見覚えのある後ろ姿が見える。
昼間に俺へ依頼を押し付けてきた桜咲高校の生徒会長の鶴見友莉だ。彼女の手には資料らしき紙が抱えられていた。鶴見も今生徒会の作業が終わったところなのだろう。
俺は驚かさない程度に近づいて声を掛けることにした。いや、別に嫌味を言いにいくわけじゃないんだよ。とんでもなく面倒くさいことを押し付けやがって、とか文句を言うわけじゃないんだよ?本当だよ。
「鶴見」
「わお。和弥君だねぇ。偶然と言ったほうがいいのかな?さっきからなんとなく視線を感じてからね」
「まるで俺がストーカーをしているみたいに聞こえるからな。それとリアクションがとれないんだったら無理に驚かなくていいんだからな」
「嘘だよ。和弥君は依頼からの帰りなのかな」
「そうだよ。鶴見は生徒会の資料を職員室に持っていくところか」
「うん。意外と資料が多くてね。結構時間が掛かっちゃったんだ。まあそれは別として、依頼の方はどうなのかな?」
「大変だよ。どうやって克服させればいいか分からないからな。それとお前は分かってて、俺にこの依頼を押し付けたな?」
「ふふ……それはどうかな?」
舌を出してあざとい仕草を見せてくる。もしかしなくても、鶴見は綾瀬を知っているのだろう。そりゃそうか。彼女は生徒会長。誰よりも学校のことを知っていてもおかしくはない立場にいる。てか、『彼女は生徒会長』って言葉の響きがエロく聞こえるのは気のせいだろうか。うん、気のせいだな。
「それで依頼の達成はできそうなのかな?」
「どうだろうな。状況が状況だからな。何から着手すればいいのかが分からん」
「そうか。もし、一人でできなさそうだったらいつでも言ってね。そもそも私達生徒会宛に来た依頼だからね」
人差し指を立ててウインクする。なんだこの会長さん。超可愛いじゃないか。いや、これは別に直感的に思っているだけだ。女なんて信用できない。マジで。
「分かったよ。そのときは大いに使わせてもらうからな」
「お、私たちを使いまわして京夏ちゃんもろとも調教するつもりなんだね。和也君って意外と鬼畜な性格なんだね」
「人聞きの悪いことを言うな。てか、別に俺は女をいじる趣味はないからな」
「女をいじるって言葉がもう鬼畜な人が使いそうな言葉だよね」
「悪ふざけも大概にしてくれよ」
「それもそうだね」
俺は頭を抱えてこの話題を止めた。まだ校舎内に僅かながら生徒がいて、俺達の会話を聞いていたのか、いないのか。俺達を見てひそひそ話をしていた。なんか視線が冷たい気がする。止めて。そんな冷ややかな目でこっちを見ないで!
俺は鶴見を職員室まで送ってから教室に向かい、鞄を取りに行った。綾瀬の席に荷物がなかったので、彼女は先に帰ったのだろう。俺は肩に鞄を掛けて教室を後にした。
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