セブンス・エッグ・フェアリーズ

七草御粥

炎の妖精編

第1話和弥の日常?

「おはよう。今日も相変わらず存在感を無くしているねぇ」

「お前さえ話しかけなければ完璧なんだがな」

「幼馴染みを舐めてもらっちゃ困るよ。何せ、長い時間一緒にいるんだからね」


 早麻理がウインクしながらうなだれている俺に話しかけてきた。

 俺は話すことなど一つもないのだが、早麻理はあるのだろう。俺が嫌な顔をしているのを知っていてか、いないかは分からないが、彼女は俺に他愛もない話しを提供してくれる。


 俺と早麻理は幼馴染みである。付き合いは幼稚園の頃からだ。彼女が一人で絵本を読んでいるところに俺が話しかけに行ったのだ。その頃から一緒に遊ぶようになり、さらに、家が隣同士だと分かると俺と早麻理はさらに長い時間遊ぶようになった。小学校、中学校も同じような感じで生活をしてきた俺達にとって、今の生活は当たり前のようになっていた。


「ところでテストの結果どうだった?」

「実力テストか?だったら自分の目で見ろよ」

「はいはい。じゃあ拝見しますよー」


 早麻理は俺から答案用紙を奪い取り、その用紙をまじまじと見つめる。

 よくもまあ、人の答案用紙を悪びれもなく見ることが出来るもんだな。俺だったら先ずそのようなことはしない。絶対に。だって興味ないし。


「へえ、やっぱり上位に入ってるもんだねえ。やるじゃん。でもやっぱり京夏ちゃんには負けてるんだよね」

「そこでどうしてそいつの名前が出てくるんだよ……」

「気になってるんでしょう?知ってるよ。熱い視線を毎日送ってるの知ってるんだから」

「嬉しそうだな」

「嬉しいんじゃないよ。面白いんだよ」


 屈託のない笑顔をこちらに見せてくる。止めてくれ。そんな笑顔で俺のことを見ないでくれ。俺の暗さが早麻理の明るさで潰れてしまいそうだ。


「とにかく返せ」

「ああ~!せっかく楽しく見てたのにぃ!」

「人の結果を面白く見んなよ……」

「ちなみに私は和弥よりも点数高いよ!」

「超どうでもいい情報提供どうも」

「どうでもいいって何よ!」


 手で拳を作り、腕を回しながら俺の肩を軽く叩きながら反抗してくる。

 俺としては鬱陶しいくらいに見てきた行動なのでウザい以外に感想はない。本当に鬱陶しい。可愛いなんて思ったことはない。本当だよ?


「それでお前は俺のテスト結果を笑いに来ただけなのか?」

「それも面白いかなと思ったんだけど、それじゃあまともな学生生活を送ってない和弥が可愛そうかなと思ってね」

「いらない慈悲でも言いに来たのか?」

「ホントに冷たいよね。昔は結構話しかける子だったのに。どうしてこんなにひねくれちゃったのかな?」

「ひねくれて悪かったな」


 俺は昔からそんなに人と話すことはなかった。それは今でも変わらない。早麻理は俺が話しかけなくても勝手に話しかけてくるのでそう感じるのだろう。


「あ、チャイムが鳴ったね。私、席に戻るね」

「おう」

「あ、言い忘れてた。和弥、昼休み生徒会室に来て欲しいって会長ちゃんが直々に言いに来てたよ」

「それを言いに来たんだったら、最初からそれだけを言いに来いよ……」


 世話好きなのだろうか、それとも一人でいる俺を気遣ったのか。真相は闇のままショートホームルームが始まった。


~*~


 授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。同時にそのチャイムは昼休みを告げるためのチャイムでもある。先生が教室を出ると生徒達は一斉に動き始める。


「和弥、今日はどうすんだ?」

「悪いな栄人。今日は生徒会室に行かないといけないんだ」

「いつもの故事付けか?」

「知らん」

「それにしても生徒会長がお前をワザワザ呼ぶなんて珍しいな」

「そうでもないぞ。なんだかんだで呼ばれてるからな」

「そうか」


 俺の親友あくゆうである栄人が話しかけてきた。昼休みになれば大抵は栄人と学食か購買で済ませるだが、今回はそうもいかない。

 俺は栄人と別れて生徒会室へと向かう。俺にとって生徒会室は無縁の場所だと感じていた。しかし、何故か俺は会長に気に入られてしまい、時々生徒会室へ呼ばれることが多くなったのだ。俺のどこがいいのかが自分でも分からない。

 生徒会室の扉の前まで来た。俺は躊躇することなくノックをする。


『入ってどうぞ』


 中から女の声がする。ドアノブに手をかけて扉を開く。


「あら、来てくれたのね」

「早麻理に言われてな。どこに座ればいい?」

「ここに座ってもらってもいいかな?」

「そこって会長の席だよな」

「大丈夫よ。それに同じ学年だから気にする必要もないよ」

「いや、色々必要だろ」


 この大胆でちょっと言っていることが不思議な少女は鶴見友莉。生徒会長であり、父親が大企業の社長だとかいうお嬢様だ。さらに、勉強や運動に抜かりなし、容姿端麗のまさに非の打ち所がない完璧少女。

 だが、このお嬢様には俺からしてみればちょっと羨ましい悩みを抱えている。


「あれ、葉山はいないのか?」

「ああ、真望ちゃんなら今日は先客がいるからって」

「要するに誰も話し相手がいないからいっそのこと俺を呼ぼうと」

「親しみを感じるからね」

「お互いに友人がいないからな」

「ただ友人がいないだけならいいんだけど、私の場合はお嬢様だから誰も近づかないのよね……」

「悪い。お前の悩みはよく分からん」


 鶴見はお嬢様というレッテルが貼られているため、一部を除いた生徒は近づきがたい存在になっているようだ。まあよくよく考えたら、お金持ちのお嬢様で勉強、運動、容姿共に完璧だからな。他の奴らの気持ちも分からなくもないが、流石にこの悩みは可愛そうだと感じる。俺は関係ないが。なんか言ってて悲しくなってきたな。


「それで俺を呼んだのは話し相手になって欲しいからか?」

「それもそうだけど、実は頼まれごとをして欲しいの」

「頼まれごと?何だよ」

「実は昨日、私達生徒会にある生徒から悩みを相談されたの」

「その悩みを俺なんかが訊いて大丈夫なのか?」

「それは大丈夫よ。ただし、条件があるの」

「何だよ?」

「私達生徒会はその生徒の悩みを解決したいの。そのためにあなたにその相談を解決して欲しいのよ」

「ほうふぁ(そうか)」

「興味なさそうにパンをほうばらないでよ」

「だって俺に悩みを解決しろって言われても無理だし」

「性根が腐りきってるよね」

「俺にとっては褒め言葉だ」


 何故生徒会が引き受けた悩みを俺が解決しなければならないのだろうか。生徒会としてはそれ相応の理由があるのだろうが、だからと言って俺がその依頼を受ける理由には全くならない。それ以前に俺が解決できるような問題じゃないような気がする。


「今回の相談は私達でも時間を掛けないといけないことなの。それに和弥君にとっても関係のあることだと感じるのよ」

「どうしてそう感じるんだ?」

「相談者の名前、知りたい?」

「知りたいか、知りたくないかって言われたら知りたいとは思うが……」

「じゃあ教えてあげるわ」

「結局お前が言いたいだけなんじゃないか?」

「うふふ。どうかしらね?」


 もったいぶってなかなか教えてくれない。そう言われてしまうと教えて欲しいという衝動に駆られてしまう。あれ、これもしかするとまんまと鶴見の手のひらで踊らされている気がするぞ?


「教えて欲しいかしら?」

「その言い方はずるい気がするぞ?知りたくなっちまったじゃねーか」

「素直でよろしい。じゃあ教えてあげるわね。相談者は綾瀬京夏ちゃんよ」

「また京夏、か……。今朝も早麻理との話で出てきたな」

「あら、そうだったの?和弥君は京夏ちゃんとどんな関係なのかしら?」

「特に関係はねーよ」

「そう。それでどうするのかしら?頼みごとを引き受けてくれるかしら?」

「相談者を知って逃げろとでも言うのか?」

「どうかしら?うふふ」


 お嬢様らしい笑みを浮かべる鶴見。彼女にとって他に頼む相手がいないにも関わらず、このような言い方をしてくるのは本当に珍しい。それだけ彼女は俺にこの頼みを飲み込んで欲しいのだろう。だったら俺が出す答えはひとつだけだ。


「仕方ないか。分かった。その頼みを引き受ける」

「そう言ってくれると思ったわ」


 そう言わなければいけないように仕向けたのは一体どこの誰なんだか。


「相談内容は『運動音痴を直したい』ってことらしいわ」

「俺が解決できる問題じゃないし、他に相談できる相手がいただろう」


 運動ができないわけではないが、上手いわけでもないので教えろと言われても困るだけである。しかし、引き受けた以上はやるしかないわけで……。仕方がないか。


「意外と話し込んでしまったわね。それじゃあ早く昼食を食べよう」

「いや、食べながらできたことじゃないか」

「食べながら話なんてできるわけないじゃない。行儀が悪いわよ」

「そこでお嬢様っぽいことを言われても困るだけなんだが」


 鶴見は自分の席に座って弁当を取り出す。小さくて如何にも女子って感じの弁当箱には、可愛らしく敷き詰められたおかずが入っている。


「鶴見って弁当とか作るのか?」

「時々ね。いつもは使用人が作ってくれるわ」

「そ、そうか……」


 使用人って言葉を発する人間を見たのは初めてだった。本当にお嬢様なんだな、改めて感じた。


「今日は私が作ったものよ。食べたい?」

「いや、別に」

「はい、あーん」

「……それをやりたいだけだよな?」

「あら、ダメかしら?」

「誰も見てないって思っても恥ずかしいことに変わりないからな」

「いいじゃない。私の願いを叶えて欲しいのよ」

「それなら彼氏のひとつやふたつ作ったらどうだ?」

「私ができるとでも思っているのかしら?」


 すごいプレッシャーを俺に掛けてくる。やめてほしいものだ。とても怖いです。声も少しだけトーンが落ちている気がする。鶴見の前でカレカノ話はダメですね。その気持ちは分かりますよ。はい。自分でも壁を叩き割りたくなったほどだもの。それってそれ系の話に耐性がないだけだと思ったのは俺だけかね?


「分かったよ。口開ければいいんだよ、な?」

「そうよ。はい、あーん」

「あーー……んぐ、もぐもぐ……旨いな」

「気に入って貰えて良かったわ。代わりに和弥君のパンを食べさせてくれないかしら?購買のパンは食べたことないのよ」

「それはいいが、俺が口をつけたものだぞ?」

「それでもいいわよ。食べさせてくれれば……」


 そう言って鶴見は口を開く。大きいわけではないのでパンが入るかは若干不安だが、それ以上に彼女が口を開いている姿がエロく見える。目を瞑りながら、耳にかかっていた髪をかきあげて待っている姿は、まるでベロチューを待っているように見える。うん、これがくだらない童貞の戯言だとは思っている。でも仕方ないだろう。だってお嬢様の無防備な姿を目の当たりにしているんだ。妄想すんなって方が無理な話だ。


「はやふひへふへはいはひら(はやくしてくれないかしら)?ふひはふはへふは(口が疲れるわ)」

「あ、ああ、悪かった」


 俺は食っていたパンを鶴見の小さな口に近づける。鶴見はそのパンをかじりついてパンを食べる。しっかり口を抑えながら食べているあたりは本当にお嬢様っぽい仕草だ。


「もぐもぐ……んくっ。まあ、美味しい」

「そ、そうか。それはいいんだが、口についてんぞ」

「あら、本当だね。じゃあ取ってもらおうかしら」

「な、何をだよ?」

「口についているもの。取ってくれない?」


 顔を近づけてくる。キスを迫っているように見えてしまう。ドキドキしてしまうからその仕草はやめてほしい。心臓に悪い。


「自分で取れよ。ティッシュあるから」

「あら、パンはくれたのに取るまではしてくれないのね」

「それとこれとは話が別だからな」


 俺からティッシュを受け取った鶴見は自分で口についているものを取る。のだが、全く違うところを拭いている。仕方がない。


「ちょっと貸してみろ。取ってやるから」

「ん……。結局取ってくれるのね」

「見てられなかったからな」


 そのあとはお互いの食べ物を食って昼休みを過ごした。

 俺としては鶴見といるだけで神経がすり減らされた感が感じられた。その後の授業はぐっすりと睡眠タイムにすり替わった。安眠は早麻理に邪魔されたわけなのだが。

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